第18話:代われるように特訓してました
ーウィルス視点ー
朝日が昇る。窓から差し込む光に自然と目が開く。寝返りをすれば隣で「う、うぅん……」とレントが寝ぼけながらも引き寄せる。
「フニュ!?」
レントは寝ぼけているのかそのまま猫になった私――カルラを引き寄せ、スリスリと頬を擦ってくる。それが少しくすぐったくて「ニャウ、フニャニャ」と抵抗をするもさらに体を密着させてきた。
「ん……カルラ?」
「ニャウ!!!」
ーおはよう!!!ー
どうにかして這い上がり、レントの頬をペチペチと叩く。何回も叩くのにレントはなかなか起きてくれない。ぐぐっ、両足を使って叩くから押し付けるに切り替える。
「ふふっ、くすぐったいよ」
ダメだ、効果なし。
でもいつまでも寝ていられないと感じたのか、レントは眠そうにしながらも起きてくれる。それが嬉しいと思っていると何を思ったのはこちらに微笑みかけてくれる。
「……嬉しいんだね」
「ウニャ!!!」
ーカッコいいもん!!!ー
「っ、そ、そう……それは……うん。嬉しいな」
少し顔を赤くしたレントはそっぽを向く。それに不思議そうに見上げていると「何でもないよ」と言って頭を撫でてくれる。気分がよくその場で佇んでいると、レントは着替える為にと服を脱ぎ捨てる。
「ニュ!?」
ーっ、わああああっ!!! ま、待って待って!!! カルラ、隠れて!!! かーくーれーてー!!!ー
シュタッ、と素早くベッド下へと潜り込むカルラ。うん、流石ね。
服が擦れる音とか敏感に感じるがそれによりも猫である前に、私も居るのだからと言う気持ちを分かって欲しい。
レントは猫とであるカルラと私とを分けて考えているのだろうが……意識を共有してるからなのか、何故だかカルラで見聞きしたことは私は覚えているし理解している。
そ、そのっ……レントの裸とかも何度か見ちゃったし……。
無論、全部じゃない!!! 全部じゃないよ!?
そ、そりゃあ上半身、綺麗な体つきだよ?
よく抱きしめられる時に気付くけど、結構細いわりに力があるって言うか……。
あ、違う何を言っているんだ、何を考えているんだ私はーーーー!!!!!
人であったなら、バンバンと音を立てて拒否を示したい。が、今は猫でありカルラだ。彼女は主人である私の言う事を聞くように、耳に手を当て尻尾でパタパタと音を立てる。
うん、私に聞かせないようにしてくれてるんだね。ありがとう、元に戻ったら一杯可愛がる。こんなにも可愛い子が私の親友なんだと、声を出して自慢するよ。
「カルラ? どうしたの、終わったよ。って、あぁ……」
雑念を飛ばすように様々な行動を起こしていると、ベッド下からレントの腕が伸びそのままブラーンとした状態で目が合う。すぐに顔を逸らしているとレントはクスリと笑い「どうしたの?」とちょっと意地悪な顔をしてくる。
ーくぅ、こっちの気も知らないで!!!ー
「あぁ、言ってないもんね。……ふふっ、これはこれで楽しいからいいや」
「ニュ?」
ー何のこと?ー
じっとレントを見つめる。しかし、彼は変わらない笑顔で「秘密♪」と言い定位置である頭の上に乗る。寝室から出ると既にファーナムが出口付近で待機しており挨拶をかわす。
「おはよう、ファーナム」
「ニャニャ!!!」
「おはようございます、レント様。カルラ様、ウィルス正妃様」
ー……うぅ、嬉しいんだけど恥ずかしいー
「ファーナム。ウィルスから聞いてるんだけど、まだ正妃って呼ぶのは早いよ」
「いえ。早くはありません。私は彼女しか認めないですよ、レント様」
「安心して良い、私もウィルス以外ではあり得ないから」
あ、あの、お二人とも?
一応、当事者の私も居るんだけど?
そういうのは、カルラと私が居ない時に話してくれないかな!?
そんな声は届かないとばかりに2人好き勝手に会話を始める。曰く、私に何が似合うだとかそんな話。……何を着せる気でいるのかと、警戒する。
「ニャウン」
ヒラリと空中で回転し、綺麗に着地したカルラはそのまま出て行こうとはする。レントが「カルラのもあるよ。もうさっきの話はしないから」と、ちょっと悲しそうに言われピタッと止まる。
……睨んじゃえカルラ。レントの事を睨んで2度と言うなって威圧しちゃえ!!!
「分かったよ。君達のコンビプレーは強いよ……もう話さないから機嫌直して」
シュンとした表情をするレントに私はうっと顔をそらしそうになり、カルラもそれに合わせて気まずそうに顔をそらす。その間にヒョイと持ち上げられ、自然と目線が合わさる。
「カルラ、許して。……ダメ?」
コテン、と首を傾げながら聞いてくるレント。
どうしよう……こんなカッコいい人の聞き方はズルい。コロッと、本当にコロッと違うよと言ってしまいそう。
でも、言えない。言ったらそのまま丸め込まれるし、追い詰められるし逃げ場を無くしていくし……私ばっかり慌てるんだ。そんなのは嫌だ。
「ニャン」
「……ダメか」
勢いよく顔をそらした事で、私とカルラの意思表示を読み取ったレント諦めた様子。よしっ、とガッツポーズしている内に降ろしたレントは「じゃ、夕方までには部屋に戻っておいてね?」と、あれ以降同じ言葉を繰り返し言って来る。
「ニャウ。ニャニャン、ニャ」
分かったと言うように返事をしたカルラはそのまま窓から身を乗り出し、風に乗るようにして地面へと着地。そのままある場所へと向かう。
だから、その間にレントとファーナムが何やら話をしていたとしても私達は知らないでいた。
「……本当に良かったです。カルラ様も、ウィルス様も痛々しかった傷跡が綺麗になくなって」
「師団を統括しているラーファルと、薬草に詳しいラーク薬師長の2人掛かりで治したんだ。綺麗な肌に痛々しい痕なんて……残す訳にはいかないよ」
「あのお2人の実力ならば安心ですね。……王子、例の手配は滞りなく出来ております」
「悪いね……もう少しだけ待っていて。ファーナムの負担が減るまでの間だ。公爵家を1つ潰しただけで終わりにはさせない……周りから文句がでて同じような事が起こされる前にこっちから仕掛けさせて貰うから」
「そうですね」
「リグート公爵を国外追放した為なのか、あれからまたしつこい位に縁談を申し込もうとする家々がある。うんざりするし、断りを入れているのに向こうは無視だ。……だったらこちらも手段は選んだりする必要はないもんね」
証拠を見せろと言うのであれば、思う存分見せてやる。
ショックを受けようが構うものか……ウィルスに手を出した時点で、私の敵として認定する。それだけの事なんだから。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ニャー♪」
「あぁ、猫ちゃん。また来たね」
そう言いながらも手を広げて待ってくれるのは魔法師団の統括をしているラーファルさん。カルラも気に入っているし、私もあの時の怪我を治してくれたりとお世話になりました。うん、魔法って凄いよね。
魔法師団や騎士団の人達が特訓する為の施設がある西側の区域。訓練場と評されるだけあって、一般の人達は入る事は出来ず見張りの兵士さんが常時、目を光らせています。
最近ではここに居る事が多いです。
「ふふっ、そのチョーカーがパス代わりになるんだから国王様も大胆な事を言うよね」
「フニャ、フニャ」
私があの公爵令嬢に散々、鞭を叩かれその後に熱を出したと言うあの日。国王様は城内の人達に対してある命令を下したのだ。
「私が個人的に送った赤いベルト型のチョーカー。それを付けた白毛並みの猫と薄ピンク色の髪の女性、この者達は丁重に扱うのだぞ。知り合いの娘さんと飼い猫なのだ。……くれぐれも粗相のないように、な」
まさか、熱にうなされている間にそんな事を起きていようとは思わず目が覚めた時にレントに泣きついてしまった。自分の所為で国王様にどんでもない事をさせていると、思っているとレントは笑顔で――
「城内を歩いていても不思議がられる事は無いよ。ウィルスとカルラは、最上級のお客さんとしてもてなすって事で通っているから♪」
悪化してません?
ひっそりとレントの部屋に待っているだけの生活が……大事件のように感じられ、頭を抱えてしまった。あぁ、やっぱり私は踏み入れてはいけない所に踏み入れたのかと思うも……それでも私はレントの事が好きなのだと言う自覚は強く残る。
「……うん、どうやら調子は良いようだね」
「ニャニャン!!!」
ラーファルさんの調子とは鞭で叩かれた痕の事。
叩かれた側の私だけでなく、猫のカルラにも似た様な状態であった事から、痛覚も共有してるのだと分かった。熱にうなされながらの2週間の内、3日ごとに私とカルラは入れ替わりになっていたと聞いた。
そうなった理由としてナーク君と契約を結んだ影響ではないかと、ラーファルさんは言っている。
自分でもビックリだよ。気が向いたらってなるけど、カルラが変わりたい時には意思表示をしてくれる。何と言うか、甘えたように私の頭の中で声が響くのだ。
散歩したい時、ゴロゴロしたい時、のんびりしたい時などなど。頭の中で響くのだから自由に出し入れするみたいに代われるのなら代わりたい。でも、それも魔力の扱い方を知っていないと難しいらしいんだとか、だからラーファルさんの指導の元で今日も特訓が続く。
「じゃ、猫ちゃん。今日も頑張ろうか」
「フニャニャ」
背筋をピンと伸ばし元気よくラーファルさんの周りを走り回る。途端にチョーカーの水晶が輝き、青と赤い光に包まれたカルラから水色のドレスに身を包んだ私自身が姿を現す。
「……ふぅ。どうにかイメージ通りに出来ました」
「うんうん。偉い偉い♪ じゃ、代わった方の猫ちゃんは眠った状態になるんだよね?」
「ですかね。……ラーファルさん、今日もお願いします」
「そんなにかしこまらないで、姫猫ちゃん。これもレント王子からのお願いな訳だし」
ニコリ、と優しい笑みを浮かべたラーファルさん。……その後ろでは気絶させられている魔法師団の人達が積み重なっており思わず何があったのかとラーファルさんに視線を向ける。
「報告書の提出期限が遅れてるからね。……ちょっとした罰だよ。次は容赦ないよって意味も含めてね?」
「そ、そうですか……」
ヒヤリとなる背筋に姿もないのにナーク君から「平気? 主」と言われ思わず悲鳴が上がってしまった。ごめん、姿が無いのに声だけって言うのは……慣れないんだ。
「……悪い」
うわーん、ショック受けてるよ!?
ど、どど、どうしよう!?
「今は私と彼女だけなんだから姿を現しても平気だよ」
「……うん」
そう言ってすぐに私の前に現れたナーク君。黒いマントを羽織り、スカーフをした美少年。ただし、目が既にウルウルだ。
「ごめんなさい!! 驚いただけなの、ナーク君が悪い訳じゃないの!!!」
「ん……だい、じょうぶ……」
ダメだよね!? 怯えた様な仕草に思わずギュっと抱きしめる。でも、知らなかった。その時、ナーク君がニヤリと表情を変えていたのを。
(……あぁ、姫猫ちゃん気付いてないね)
ラーファルさんは私とナーク君の事をずっと笑顔で見ています。何だか、その視線が頑張れって読み取れるんだけど……何でなのかな?




