第151話:同族
ーウィルス視点ー
私が眠らされてから4時間ほど経った。外はすっかり夜だ。
そうラークさんからそう説明されて水を貰う。布に口を抑えられて、すぐに意識を奪われたあれも薬だと聞いた。
「飲まされたという感覚がないのなら、あらかじめ布に薬の成分を染み込ませていたのでしょう。証拠が残らないようにしていたのなら、用意が良かったのだと思います」
私が眠っている間にラークさんは体の隅々まで調べていたのだと言う。
眠らせる成分以外に影響を与えるものはないかなど、治療士と共に行ったんだって。
その前にファーナムが寝着に着替えさせてくれたんだ。だからかスッキリした気持ちになる。
治療士。
魔法で体の異常を調べたり、それ等に適した治療を行う人達。ギルドのように治療士達をまとめる施設があって名前を登録。国の専属になったり、冒険者達の手助けをしたりする。
魔法で傷は治せるけれど、毒とか魔物の攻撃で体が痺れたりなどは、薬草で作った薬か治療士に治して貰うのが一般的。ただ、薬草だと地方によって採れたり出来る量がまちまち。
だからか自然と冒険者達と行動することが多い。
国の専属で働く人はそう居ないとカーラスから聞いた事があった。専属になる為の試験がかなり難しいんだって。
「紹介するよ。リグート国の治療士のビリーさんだ」
「は、初めましてウィルス様」
そう言ってお辞儀をしたのは女性だ。
薄めの水色の髪を1つに結び、治療士の制服であろう青いマントを着てその下を白い上着とズボンを着ている。
右胸に付けられているエメラルド色の羽があることから、リグート国の所属だと言う事を示しているのが分かる。
「初めまして。ビリーさん」
綺麗な水色の瞳が驚いたように目を見開かれる。
何かおかしかったのかとラークさんを見ると、彼は無言で首を振った。ではなんだろうか? と首を捻ってしまう。
「申し訳ありません。その、ちょっと驚いてしまって」
聞けば今まで行って来た国では高圧的な態度の人が多く、顔色をうかがうのが癖になっていた。そうしている内に自分の体調を見誤り倒れた事があったのだと言う。
「お恥ずかしい話です。リグート国にはつい3週間程前に働かせていただいています。先輩方が優しくて、何だかほっとしてしまって」
「リグート国でそう言う人はそんなに居ないしね」
目配りをしたラークさんに合せて私も大きく頷いた。
なによりレントが優しい。護衛をしているジークさん達も優しい人達だから、ビリーさんには安心して働けると思う。
そんな話をしていた時。ノックする音が聞こえ、ラークさんが対応をする。ルーチェちゃんが私に会いたいそうだけど、平気かと言う内容。
断る理由もないから中に入って貰うと、泣き出しそうな顔をしてすぐに抱きしめて来た。
「良かったです。お姉様が無事で……」
「ごめんね。心配をかけて」
泣き出しそうから、既に泣いているルーチェちゃんの頭を撫でる。一瞬だけキョトンとした顔で見上げるけど、すぐに笑顔になってスリスリと頭を押し付ける。
可愛い仕草だと思って暫く続けていると、バーレク君の姿を見えた。
「大丈夫、ですか?」
「うん、お陰様で。あの時、ナーク君が居たからかな」
「そう……だね」
なんだろう。ナーク君の名前を出した途端に暗い表情になった。
私よりもバーレク君の方が心配だ。そう思ってラークさんの事を見ると気付いたように、彼を連れ出して一休みをしようと言う。
あの後、ルーチェちゃんから聞いたんだけど……。
バーレク君とナーク君がお城に着いた時、そうするように言ったのがリバイルさんなのだと。今も集中治療を受けている位に酷い怪我を負っているのだと聞き、さっと血の気が引いていくのが分かった。
「あ、あの……。ビリーさん、リバイルさんの怪我はそんなに?」
「はい。両目はギリギリ見える程度……。もしくは失明の恐れがあるくらいに酷い状態だと聞いています」
「お兄様が私達の事を心配して、リバイルをと配慮してくれたのに……。バーレクを逃がす為に1人残ったんだって聞いたのです。……多分、私以上にショックを受けていると思います」
「……ナーク君も?」
「彼も目が覚めてから見てない。お姉様の護衛なら無理してでも来てくれないと!!」
元気付けているのに、ルーチェちゃんも何だか辛そうだ。
私の場合は1日、安静にすれば次の日からでも動ける。名残惜しそうなルーチェちゃんとビリーさんを近衛兵が連れて出て行く。
その入れ替わりで入って来たのはレントだ。彼が抱えているのは……銀色の毛並みの狼の子供だ。
嬉しそうに尻尾を振ってるし、レントが放してからべったりとしている。
「ウィルス。何ともない?」
「うん。ラークさんが調べて異常はないってさ」
「そう」
ほっとしたように息を吐き、そのままぎゅっと抱きしめられる。
寄っていた狼を離そうとしたけどタイミングが失って、一緒に抱きしめられる。苦しくないかと下を見ればモゾモゾと動いて、やっぱり苦しんだと思っていたらレントからのキスがくる。
頬と額にそれぞれチュッとして、愛おし気に目を細められて力がふっと抜けていく。
(うぅ、なんかペースを乱される)
いつの間にか抜け出していたのか、ひょこと顔を覗かせて視線が絡む。じっと黙ったままだからか、私も同じようにじっとしている。
そんな間に首筋をペロッと舐められて「ひゃっ」と恥ずかし過ぎる声が出てしまう。
「ん。彼が気になる? ウィルスが身に付けているチョーカーに、銀色の水晶がいつの間にかあったでしょ? 聖獣が印を付けたんだよ」
「せ、聖獣……。ま、さか、夢で見たあの狼さん?」
【あぁ、そうだ。夢以来だな、使い手の主よ】
「ふえっ。夢で聞いた声だ!!」
「……夢って?」
見た目は小さいけど、あの時……ネルちゃんとミリアさんの儀式の場所を教えてくれた。あの時の狼さんがまさかの聖獣で、今はこの姿って。そんなにコロコロと変われるのだろうか?
そして何故だかレントの表情が、怖くてとても正面を向けられない。
「夢……。何を話したの?」
【話していないのか。魔女の儀式の条件に合いそうな場所を教えたんだ。あの森は俺が居た事もあって、かなり条件が良い筈だが】
「そうか。君がウィルス達に教えたんだね」
【困っていたから助けただけだ。彼女が居なければ俺は存在すら危ぶまれる】
ど、どうしようっ。
知らない間にバチバチと見えない何かがぶつかってる。え、え。何でこんなに雰囲気が悪くなるの。
「まぁいいや。今日、私はここで寝るから」
「ふえっ!?」
「明日、お風呂に一緒に入ろうか。もう近衛騎士は配置してるし、ファーナムには言ってるから安心して。部屋が変わってもウィルスと離れる位なら一緒に居るしね」
【暗殺の予防にもなるからそれが安全だ】
「そうそう」
いやいやっ!!!
絶対何かが違う気がする。そう目で訴えても、当然レントは無視するし聖獣さんは勘違いしているし。じゃあ下で寝るぞと言って行動してるし……。
ラークさん。安静ってこういう事じゃないですよね?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
場所は変わってもいつもの通りレントに抱きしめられたままだ。朝日の光で起きるも動くと落ちるから、動くに動けなくなる。
1人用の所を無理に2人だからね……。絶対、分かっててやったよね。
「朝から大変でしたね。ウィルス様、気分が悪くなったりいつもと違うと感じたら必ず知らせて下さい。気のせいでも構いませんから」
レントの言う様に一緒にお風呂に入った……。
なんかもう習慣になりそうで怖いです。ファーナムに相談したら笑顔を向けるだけで何も言わない。
諦めろと言われているような気が……する。
「あの、王子」
「ん? どうしたの」
「そんなにべったりだとウィルス様が全然動けません」
「嫌だよ。執務室まで一緒に来てほしいのに」
「……朝食もその状態なのでしたね」
諦めを含んだ声色。
曖昧に笑う私とは対照的にレントは、今日もキラキラ笑顔。チラッと狼さんを見ればため息にも似たように、【ワフッ】と鳴いてる。
ビリーさんが私達の状況を見て、どうしようといった表情でラークさんを見る。婚約者同士でいつもべったり、話題の2人だと言えば納得された。
恥ずかし過ぎる紹介、いらないですよ!?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れ、ウィルス」
レントの執務室に入れば、バーナン様にそう言われた。瞬きする私にリベリーさんが「相変わらずべったりか」と言われ、レントに睨まれる。
リベリーさんと一緒に来たであろうナーク君。ずっと下を向いているから、どうしたのかと思っていると泣きそうな顔を見せた。
「ナーク君」
「ごめん。気持ちの整理をつけたくて、目が覚めたのに行けなくてごめん。兄さんの事を置いてきたのに、守れなくて……」
「おい」
リベリーさんが注意する。
散々、話したのにまだ言うのかと睨んでる。それでもナーク君は止まらない。
聞いて欲しい話があるのだと言うのだ。言いよどむ様子のナーク君だけど、決したように私とレントを見る。次にバーナン様、ジークさん、バラカンスさんに、カーラスも見て言ったのだ。
「アイツは……。ボクとリベリーと同じ東の人間で、同じトルド族。リバイルさんが言うには裏切者で、ボクにとっては里を襲った仇だ」




