第150話:魔獣の始まり
ーレント視点ー
魔獣が元は……聖獣。
今、目の前にいる彼もその可能性を秘めている。そう思っていると彼はすぐに首を振って【もしそうならとっくに襲っている】と、言われてそうかとも思ってしまった。
でも、ラーファルが警戒を緩めずに質問をした。
聖獣の周囲に小さな竜巻を発生させながら。いつでも攻撃出来る態勢なのは誰で目から見ても明らか。
そして向けられている方の聖獣も、機嫌を損ねている様子もなく普通にしていた。
「今、確認されている魔獣が人工的に作られたと何故で言えるの?」
【俺の魔力探知に引っかかっていないからだ】
聞けば最初に魔獣へと変化した聖獣は、魔力を帯びた獣そのものだと言う。白銀の使い手が生み出したものだから、私達が扱う魔法と同様に魔力を伴いものだ。
……そうか。
魔獣の元が今いる聖獣。生まれが同じなら、自然と感じ取れるのは当たり前。だからこそ違うものを感じたそれらが人工的だと言えるのか。
【分かってくれる者がいるのは良いな。話が省けられる】
「念の為の確認だよ」
引きつった笑みを浮かべながら答えるラーファルに、スティングが自然と離れていく。私もチラリと見たけど、笑顔なのに怒っていると言うのがピッタリな表現だよ。
「レント。なにか用なのかな」
「いえ、ないですから平気です」
ちょっと、いつものラーファルと違う。よっぽど聖獣の言い方に腹を立てたのだろう。言ったら倍に返されそうだから何も言わないのだけど。
【彼女の為にも話しておくか。……俺の、いや我等の誕生の始まりを】
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それは私達が生まれるよりも、もっと昔のことだと言う。
精霊と言う存在も知らず、魔法と言う言葉も全く広まっていないそんな時代。
今でこそ薬師や大ババ様のように、薬に詳しく原料を作れる位に知識が豊富な人がそれなりに居たのは昔もあまり変わらない。今は馬車や魔法での移動が普通になってきているが、国と国との行き来も村も、町も何をするにも距離があり過ぎる。
昔の方は今よりも自然が多く、森で囲まれている所の方が普通だった。
だから村を行き来するのにも、普通に1日以上かかる。街道のように整えられた道なんて無く、信じられるのは太陽の位置と歩いて来たという自分自身の経験だけ。
【森は方向感覚を狂わす。そうでなくても、昔は今のように地図なんて便利なものはない。完全に自身が歩いて来た、自分だけが持っている頭にある地図が頼りだ】
だからもし村でも街でも、大きな病気にかかってしまえば治療するのに、薬草がいる。ちょっとしたスペースで薬も作れて、採って来た薬草を保存したりなどが出来る小さな小さなお店。
それが大ババ様のような薬屋と呼ばれる始まり。
各地を旅して薬を広め、または知識を広める活動は昔からあったのだと言う。それでも天災には勝てない。
嵐のような大雨で洪水が起き、火の不始末で森に火があがりその被害は近隣の村を襲う。
魔法のように留める事もできないまま、何も出来ずに同じ所に村を復興し何でもない日常を過ごす。家を流されても、火で焼かれたとしても他の場所へと移動しようとする人は少なかった。
いや、移動しようとは思わなかったのかも知れない。
【昔には魔物は居ないが、野生の動物達がいる。今は絶滅しているが、人間を襲う種類の動物なんかもいる。自ら危険を冒して他へと移ろうとする者は圧倒的に少ない】
そうした経緯から辛い経験をしながらも、その場を動かなかったのは慣れ親しんだからだろうし、聖獣の言うような事もあったのだろう。昔の人達の考えを今の私達が読めるとは思えない。その術をもたないのだから……。
だけど、そんな時にある奇跡が起きたのだと言う。
雷に打たれた影響で森で火事が起きた時。
火を消したいと思った者が天へと願った。火事をなくしてほしい、雨を降らしてほしいのだと。
そう願ったのは1人だけではない。複数、もしくは村人全員で行った些細な願いだ。
その村は雨が来ない事で作物が育ちにくく、1日食べる物にも苦労していた。この村だけでなく最近では不作が続く所が多く、まだ国と呼べるような大きな所もない。
些細な願い。どうせ叶わないものと誰もがそう思った時。空から小さな光が降りて来た。それも1つだけでなく、雨のように降ったその光は土に力を与えた。
火を消し、病に苦しんでいた人達が次々と回復していった。
【それが……白銀の魔法の始まりだ】
その光はウィルスが行った時と同じ銀色。
だけど、村人達も何でそれが起きたのか説明がつかなかった。ただ、願い天へと願った結果。そう思ってくれたのなら良かったが、その力を自分の物にしようと動く者達がいた。
それが小国の数々。
不思議な現象がきっかけで、村に訪れる者は多くなったが逆に言えばその村人達を引き裂いて各国に縛り付けた。中には結婚をしようとしていた者もいただろうし、家族と引き離された者がいたのは当然だ。
その中には聖獣のように、動物の姿で力を行使する者も居たのだと言う。でも、好きで使った訳でもない力。力を示せば村に戻せると聞き、実行した事でさらに国へと縛られた。
その願いは叶えられる事無く、魔法を生成する道具としてそこで一生を終えた。
【……魔獣は、使い手の恨みを化身としてこの世に具現化した。当然、我が物顔だった国は滅んでいる】
静かに告げられた話。
白銀の魔法が生み出した聖獣が使い手を守るのは、恨みを抱えて死なせない為。使い手以外を信じないのは、過去の経験からによるもの。
だけど、魔獣に有効になるのもまた同じ白銀の魔法であり、それ等で生み出された聖獣。
【魔獣が人を襲うのは過去の恨みがあるからだ。そして魔女達は白銀の魔法の一部を継いでいる。彼女達、彼等が今まで苦しい思いをしてきたのはこちらの責任もあるんだ】
今までは自身の力を削ってでも、魔女達に被害を及ばないようにとしてきた。でも、使い手が死んでいく度に力は削がれ続けられてきたのだと言った。
元から使い手が少ない魔法だ。
そうでなくても、魔女達を守るのに自分達の命を使ってきた。だからこそ使い手が現れるまでは弱っていく一方。
使い手が現れてはその人の為に尽くし、また魔女達を守って来た。時には魔獣とも戦う事も多かったと聞き、いつ消滅してもおかしくない状況。それでも全ての魔獣を倒すまで彼は居続けた。
【我等の仲間が1人倒れていく度、力を俺に移してきた。だが、今の俺に次に渡す為の力はない。だからここで……この時代で終わらせる】
相性が良いのもウィルスが治癒に長けていると話した。
最初に白銀の魔法が発動したのも、被害を抑える為と病気で動けなくなった村人を助けたのがきっかけだ。
そして、ウィルスが初めて魔法を使った時のきっかけも誰かを治す為に力を行使した。
「レントと会う前はギルダーツ王子に治癒をしたというし、それがきっかけで覚醒してもおかしくないのか。だとしたらバルム国自体、この魔法についての詳しい資料があってもおかしくないのか」
【バルム国を襲ったのも、最初の妃が魔女である事と白銀の魔法を使った事が重なったんだろう。……その子供も近い力を受け継いでいる可能性はあった】
ラーファルが納得したように言い、レーナスも縛られた状態でずっと唸る様に考えている。チョーカーに付いた銀色の水晶は彼が、ウィルスと同じものを見る為の装置であり危険があれば、さっきのように出て行く気でいたのか。
人工的に作られている魔獣を作っている国はと思って見ると【ハーベルト国だ】とはっきりと告げて来た。
【あの国は……。王族が狂ってからおかしくなった。恐らくは自国の防衛で、止む無く禁術に手を染めてしまったのが原因だ】
「禁術?」
「レーナス黙れ」
「はい……」
またレーナスの悪い癖をと思ったら、速攻でお兄様が止めに掛かった。スティングも口を塞ぐ準備をしていたからか、持っていた手を止めた。
【……あれはそう言う生き物だと認識しておく】
「そうしてくれると助かるよ」
なんだろうか。
聖獣と兄様との間で確かな絆を感じるのは……。そしてそれを恨めしそうに見ているレーナスにラーファルが溜め息を吐く。
いつもとあまり変わらない感じだと思ったが、ラークからウィルスとナークが目を覚ましたと聞いてすぐに飛んでいった。そう思っていた私も、結局はいつもと変わらないのだと自覚させられた。




