第148話:銀色の風
ーレント視点ー
いつものように執務をこなしていた時だった。
私の目の前に見慣れた銀色の狼が現れた。ただ、あの時と違い半透明の姿だ。だけど、その目がとても真剣な目で見ているのに嫌な予感がした。
【前に伝えた事は覚えているな?】
「っ……!!!」
その意味を分かる前に行動していた。
溜まっている書類も無視して宝剣を手にした私は、殆ど衝動的に走った。途中でジークが呼び止めるけど、そんな声も私には届かない。
(ウィルスの身に何か起きたのか)
でもおかしい。本当にそうならナークから必ず連絡がある筈だ。念話も出来るようにしたし、何より彼は察知が早い。
と、言う事は――。
「王子。今、王都に不明な魔力を感知しています」
「不明な魔力だって?」
私の傍にラーファルからの報告を聞く。
何でも第2王都の一部分に感知された魔力が、妙な結界が作り出されているんだと言う。魔道具の中には空間を切り取って閉じ込めるものもある。
道具を壊せばすぐに解けるが、使う人間が魔法を扱える者ならさらに加工を施している事もある。スティング達みたいに師団の人間だったなら、その構造も他より詳しい。
「……元師団の人間が使っているのか」
「可能性はあります。引き続きレーナスが探知を続けています」
「たまに思うのだけど、師団長の事をバカにしている時あるよね?」
「え、ないですよ」
ニコッと笑顔を向けるが私にはそうは見えない。
まぁ、レーナスは探知能力がラーファルよりは高いから細かい所まで下手をすれば、術者の位置を特定できる位に高い。逆にラーファルは攻撃魔法の力が強いから、よく魔物を狩ったり出来るし前線の指揮は彼がしている。
適材適所と言われればそれまでだけど……。
「ここから南の方角に1人、東に1人居ると師団長から連絡が来ました。対処してきますね」
「お願いします」
「任せておいて、レント。姫猫ちゃんの事、お願いね」
そう言って数人の部下を連れて現場へと飛ぶのを見る。
私に魔法の指導をしていたし、性格もよく知っているからこその信頼の言葉。
思わずフッと笑みを零す。
自分の性格を知られている上に、私が執務もしないでいる事の疑問も看破されている。
術者の対処はラーファルに任せておけば良いだろうと思い、私はすぐに目的地へと進む。気付けば私の目の前にはさっき見た狼が居る。
「……付いて来いって事だね」
こちらに振り向かないまま頷いた事で、確信に変わった。
ウィルスの身に何かが起きている。それと同時にナークの身にも危険が迫っているのだと言う事に。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「凄い、凄いよ!! 君達、あの時にも思ったけど気に入った」
ザーブナーで少しだけ対峙した暗殺者。
不気味な笑みをしながら私と切り結ぶ。彼の影を使った攻撃も、ウィルスとナークの事を守っている狼が防御魔法で全てを弾いていく。
「うわぁ、ズルいな。それに何? あの狼。突然、現れて邪魔するだなんて」
「さあね。そっちこそ何の目的でこの国にまで来たの!!」
彼の武器を風で弾き肩を狙って振り下ろす。予測済みとばかりに避けられ、トン、トン、と何かの合図のように地面を叩く。
「なっ……」
目の前の光景に驚きすぐに後退する。
影の中から現れたのは魔獣だ。それも5体……。
分が悪いと思いすぐにウィルスとナークの元へと戻る。暗殺者と対峙するだけならまだ良いが、2人を守りながら魔獣の相手もするのは無理だと悟る。
「ハーベルト国が魔獣を使っているという噂は本当だったか。それで同じ東にある国を滅ぼしたというの」
「ふふっ。それは言えないね」
パチン、と指を鳴らせばピタリと動きを止めていた魔獣達が動き出す。宝剣に魔力を注げば鋼色からエメラルド色へと変化する。そんな時、それに上書きされるように別の魔力が割り込んできた。
「!!!」
【力を貸し与える。魔獣相手には一番効くものだ】
直接、私の頭の中で響く声。
ウィルスと出掛けた声、私にその場所へと案内した時点で彼は既に私達の味方なのだ。聖獣と言う存在の謎も分からないが、その聖獣はウィルスの事を大事にしているのはデートの時に分かっている。
上乗せされた魔力がエメラルド色から銀色へと変わる。
一斉に飛び掛かる魔獣に向けて私は一閃を放つ。
眩い光が視界一面へと広がり、ガラスが割れた様な音が聞こえてくる。光が止み、王都に居る筈の私達は森の中に立っていた。
【人に見られるのはマズいと思い、勝手だが移動させて貰った】
傍まで戻れば申し訳なさそうにして謝る声に平気だと伝える。
王都の中で魔獣が暴れてたと分かれば、また規制をかける事態になる。そこを突いてハーベルト国が余計な事を言わないかと、宰相がピリピリしていたのを思い出す。
まぁ、この国の王都に結界を張ったという事実は消えないから師団達が必死で証拠を見付けるだろうけど……。
「マジ……? 魔獣が一撃でやられるとか」
こちらを見る男は少しだけ余裕がないように見えた。でも、それも一瞬だけで姿勢を低くする。その場所に兄様が剣を振り抜いており、続けざまに2撃目を繰り出す。
「おっと」
影が剣を阻み、兄様の影を伝わって攻撃を繰り出される。それを弾き返したのは私に魔力を貸し与えたあの狼の力。影だけを消し去り、攻撃を不発に終わらせている。
「今日はもう止めるよ。その狼、反則過ぎだよ」
「ちっ!!」
珍しく舌打ちする兄様が相手を睨み付ける。
決してウィルスには見せないであろう顔だと思い、言わないでおこうと心の中で思った。
ヒラヒラとこちらに手を振る暗殺者を睨む。影に包まれて姿を消した後には静寂があり、背中越しでも兄様が怒っているのが分かりソロリとウィルス達の元へと戻る。
「レント」
「はい……」
思わずピシっと背筋が正される。
こういう時の兄様は決まっている。笑顔で色々と追い詰めていくんだ。
消える直前に剣を投げていたのを、取りに戻り私の方へと歩み寄る兄様。誰がどう見ても凄く怖いオーラを纏っているのだと理解し、顔が引きつるのが分かる。
「勝手に動くなとは言わないけど、せめて誰かに伝言を残すとかしようよ。ジークとかバラカンスとか、さ」
「……急いでいたので、すみません」
「ナークの手当とウィルスの精密検査をしよう。レントはその間、執務の続きをすること」
良いね? と冷え切った目で睨まれれば、弟であろうと素直に従うしかない。そう言えばあの狼はまた姿を消したのかと思っていれば、足元から何かに引っ張られる。
その方向に視線を向けて思わず「えっ」と言ってしまった。
「レント。いつの間に犬なんて飼ったんだ?」
【ワンッ!!!】
ギョッとしたのは仕方ない。
聖獣と言う存在がどういった存在なのか分からない。レーナスも調べているが、彼もまだ全てを分かってはいない。
精霊は人には見えず、精霊士と呼ばれる者だけが心を通わせられる存在だと言われているのは聞いた。
だが、聖獣はその存在がよく分かっていないと言うのが正しい。
だと言うのに、その聖獣は私の足元でずっと鳴いているんだ。
子犬として、愛らしい表情で私の事を見ているんだ。
「……えっと」
流石に事態についていけない。
狼の筈だから、子供の狼と言う認識に近い。だけど、だけど……と私は言い表せない様子で見る。
一方で見られた側はキョトンとしながらも【これなら歩いても平気だろ】と言う声が頭の中で聞こえる。
そうか。仮の姿として、また私以外にも姿が見えるようにも彼なりに考えた対策という事か。
「あの、兄様。仕事はしますが、その前に色々と伝えたいことがあります」
「だろうね。隠し事してるのは分かるし、明らかに様子がおかしいのってウィルスとデートしてからだよね。しかも、チョーカーに銀色の水晶がみえるようになってから余計にね……」
全てを見透かされる事に怖さを感じ、私の考えの甘さが浮き彫りになる。そんな私を気遣ってなのか、狼が心配そうに【ワンワン】と鳴いてくる。
申し訳ないと言われている感じがした。
そんな事はないと思って、彼を抱え兄様に話す覚悟を決めるのだった。
兄は何でもお見通し。弟は怒られるのを覚悟している、と言うそんな図です。
10月23日(水)から訂正し、30日(水)に行います。申し訳ありません。




