第141話:婚約式
ークレール視点ー
ウィルス様がお菓子作りが楽しくて、隣国のディルランドからイーグレット様を呼んでのお茶会を始めた。厨房の人達と新たにデザート作りにと試行錯誤を繰り返しているのは聞いていた。
それはもうスティングからうんざりする程、ね。
「ウィルス!!!」
「イーグレット!!!」
ディルランド国と共同で作った転送門。
所属している師団の数人で行う魔力調整と、転移させる人物を確実に指定した場所へと送る為に転移魔法を参考にして作られた特別製。
直径2メートルの大きな白くて丸い柱。
それを一定の間隔に6本配置し、円を描くようにして作られているのには理由がある。ラーファル様が言うには魔力の循環をしやすい形が円だからと言う。
「もう、今日をすっごく楽しみにしていたのよ。やっぱり会えるのって嬉しいわ!!!」
「あ、あうっ。イーグレット、そんなに抱き付かなくても……」
黄色のドレスに身を包んだイーグレット様に、ぎゅうぎゅうと抱きしめられているウィルス様。彼女の後ろに控えていたラーグレスと目が合い、互いに会釈をしながら微笑ましい光景を黙って見ていた。
ウィルス様はエメラルド色のフリルをあしらったドレスを着ている。そして髪にはエメラルド色の薔薇が髪飾りとして、左側に挿している。レント王子とデートをした時に彼からのプレゼントで嬉しくしていたのを思い出す。
その翌日には髪飾りとして魔法で加工した行動の速さには流石だと思える。
ウィルス様との仲も日が経つにつれて、仲の良さが増しているのは既に城に居る人達の中では周知の事。
『あぁ、今日も可憐ですね……ウィルス様』
『猫と戯れるお姿も絵になる……』
『あら、子猫に遊ばれているだなんて。可愛い一面だわ』
色んな人達からは癒しの象徴としているのを知らない。
つい先日には王城に呼んだ画家がウィルス様を見て、目を輝かせて密かに絵を書いていた位だ。
それを運悪くレント王子に見つかり、他国に出さないのを条件に騎士団の詰め所に飾ると言う話にまで発展した。そして、子猫と戯れるウィルス様の絵が一番美しいと豪語した画家は怪しさ満点でつらつらと絵を仕上げていく。
護衛をしていたナーク君が即座に捕らえようとしたのを、リベリーが止めに入り事情を説明されるまでの彼を抑えるのは大変だった。今にも飛び掛かりそうな睨みをしているのに、絵に夢中な画家は殺気にも似た視線にすら気付かない。
……1つを極めた人の怖さを見た瞬間でもあった。
そんなこんなで、絵が飾られれば激務で倒れそうな人達の癒し場として盛り上がっている。そして密かに国王様も通い、ついにはラウド様も通う事になろうだなんて誰が思うのだろうか。
「ウィルスが可愛いの分かる!!! ラーグレス、1日位彼女を泊めても平気だと思わない?」
「速攻で王子に阻まれるので無理です。その際、殿下がダメージを受けますから」
「むっ。それはダメね。エリンスにはまだまだ働いてくれないと」
容赦なく断るラーグレス。ガックリと肩を落とすイーグレット様に、ウィルス様は困ったように私へと視線を向ける。ここで時間を潰すのもマズいと思い、すぐにお茶会用の場所へと移動を開始した。
転送準備をしていたラーファル様、スティングは彼女達の会話を聞いて楽しそうにしていた。小声でお礼を言いつつ、彼女達の後を追う。
「ディルランドの薔薇園も好きだけど、リグート国の薔薇園も綺麗ね。エメラルド色だなんてこの国でしか見ないもの」
「うん。私もついこの間、知ったばかりで……。イーグレット、薔薇が好きなのを思い出したから今日のお茶会には良いかなって」
「ふふっ。髪飾りと同じ薔薇を挿しているだなんて、相変わらずレント王子とは上手くいっているのね」
「そ、そういう、イーグレットだって……エリンスと仲が良いんでしょ?」
負けじと反論するウィルス様。
私の後ろでラーグレスが「くぅ……」と苦し気に胸を押さえているのが見えた。スティングと同じように可愛さに悶えているのだと思いつつ、彼女達の様子を黙って見守る事に徹した。
「わぁ……。凄く可愛い!!!」
目を輝かせて出て来たお菓子に興奮するイーグレット様。
通常サイズのマフィンやクッキーと言った焼き菓子が小さく、綺麗に整えられた飾りつけは宝石箱を開けた様な華やかさがある。
現にその飾りつけを見て、食べるのがもったいないと体をプルプルと震えている。
「んーー。おいしいぃ」
「良かった。レントの時にも思ったけど、作った甲斐があった」
「ウィルスが作ったの!?」
凄いと言いながらお菓子を味わうイーグレット様は、驚いたようにウィルス様の話を聞いていた。彼女達の話を聞きながら、ラーグレスとは呪いが解けてからの様子を話す。
「そうですか。……今のところは経過観察中なんですね」
「油断は禁物だからと、レーナス様も時間を作ってウィルス様の様子を見ているの。何か変化があれば対応出来るようにって」
「……今、楽しそうにしている姫を見れて良かったです。なんだか自由に過ごしているようですね」
「えぇ。ウィルス様は気付いていなんですけど、既にお城の皆さんは彼女のファンが多くて」
「……王子が大変そうですね」
遠い目をしたラーグレスに思わず頷いた。
こうしてイーグレット様とのお茶会も、無事に終わった。また誘うと言ったら今度は私も入れての3人でやりたいと。アクリア王の王妃様も、どうやら楽しみにしていたのを聞き、日程を調整したら向こうから連絡をくれると言う。
「じゃあね、ウィルス。またレント王子との仲の良さを聞かせてね?」
「き、聞かなくても、噂になってるんでしょ? 何処が面白いの」
「んーー。ウィルスの慌てる姿って庇護欲を掻き立てられると言うか、イタズラ心が働くと言うか……」
「ひ、酷い……!!!」
落ち込むウィルス様には申し訳ないけど、イーグレット様の言う通りだ。私にも同意を求めて来たから、頷いたら「クレールさんまで!!!」と泣きそうな声で訴えて来た。
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ーウィルス視点ー
「もうしばらくの辛抱です。大丈夫です。ウィルス正妃様はとても美しいです。文句は言わせません」
「「「言わせません!!!」」」
うぅ、と泣きそうになっているとカーラスと私付きの侍女達からはエールを送られる。緊張しているとかそういのではなくて、と思うも溜め息が出そうなのを我慢する。
イーグレットと楽しいお茶会をして、ネルちゃん達にもお菓子を作る事が多くなって数日。レントから、婚約式をするからと笑顔で告げられた。お城に来て随分と経つなぁと現実逃避をする。
『呪いが解けた祝いのようなものだから、気楽にしてていいよ』
そう、レントは言っていた。
呪いを解く事が出来た記念として、ギース様は何かお礼をと考えていた様子。そうして悩み抜いたのが婚約式と言う儀式だ。
「この日の為にと急ぎではありましたが、象徴の色も身に付けています。レント王子から頂いたあの薔薇を髪飾りにしたのは、この為の物だったのかとお思う位に似合っています」
あの時、私はかなり舞い上がっていた自覚がある。
エメラルド色の薔薇って初めて見たのもある。あとは、イーグレットが前に夜会でコサージュとして付けていた深紅の薔薇。あれを見て、憧れを抱いていたからかも知れない。
レント的には自分の物アピールを目立たせる為だから、一番大きい薔薇を選んだと聞き、リベリーさんには「独占欲つよっ」と言われていた。
この婚約式。私とレント、バーナン様とクレールさんのも行うと聞き、諸外国からの縁談を断る意味も含めて行うらしい。本当の狙いは別にあるみたいだけど、レントは絶対に言わなかった。
何故だかナーク君が全力で同意していたのを思い出す。
「ウィルス様。準備はよろしいですか?」
「は、はいっ」
ジークさんが迎えに来てくれた。
いつもと違い、正装で身を包んだジークさんはカッコイイ。口に出していたらしく彼は少し照れたように「ウィルス様も可愛らしいですよ」と言われて、思わず恥ずかしい気持ちになった。
あわわ、どうしよう。レントにも伝わってるよね? あとが……怖い。
「ウィルス様。そんなに青ざめなくて大丈夫です。レントには説明しますから」
「……すみません」
また表情に出てしまっていた様子。
どうにか気を取り直して、ジークさんのエスコートを受けて会場へと向かう。謁見の間の扉の前では、バーナン様とクレールさんが来ていてレントの姿も見えた。
私を見た途端、レントが蕩ける様な甘い顔をした。思わず直視出来なくてふいっと不自然に顔を逸らすとバーナン様に笑われた。
「あんまりにも構うからウィルスが直視できないってよ」
「平気です。出来ないのなら、出来るまで慣れさせますから」
「止めろって、それ……」
ジークさんの制止する声にレントはむくれていた。
すぐにべりっと引き離され「綺麗で可愛いよ」と耳元で言うものだから、さっきまで引いていた熱がまた復活する。
「ちょ、ちょっと、やっと収まったのに……」
「ん? なんの事かな」
知っててワザとやったのだと分かり、睨むとふにっと頬を軽くつねられる。言葉を発しようとしても「うむむっ、むーー」と言葉にならない。
クレールさんが噴き出してるじゃん!?
バーナン様だって、「可愛い妹だよね」と現実逃避しているんだけど!?
またもジークさんに止められ、しっかりしろと言われる。私にじゃなくてレントに叱ってたけど……。そうして4人で中に入り、国をまとめるであろう人達からの視線に思わずビックリした。
イーザク宰相が目を合わせて来て「大丈夫だ」と告げているのが見え、ギース様は誰も見ていないのを良い事に勢いよく首を縦に振り続けていた。
どうにか婚約式が終わりを告げ、きちんとこなせた事にほっとする。この事はすぐに諸外国を含め、東西南北の国々へと知らせているなどこの時の私は知る由もなかった。




