第16話:彼女の追憶
ーウィルス視点ー
私は何も出来ない人間なのは、あの時から理解してる。
カルラに助けて貰わなければいずれ炎に巻き込まれる。そしたら共倒れだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はわぁー。カッコいい人だったね、カルラ」
「フニャー」
「カルラも気に入った?」
「……ニャ、ニャウ」
明らかに視線をそらしたカルラ。ちょっと不機嫌そうなのは私との時間を取られた、と思っているのかな? でも、そうなのかも。私はニコニコ顔でカルラを頭の上に乗せて城内を歩く。
そんな私の姿に周りはいつもの光景とばかりに微笑ましく見ており「姫様、ご機嫌ですね」とか「良い事でもあったんですか?」と言って来るのでついつい何があったのかを話してしまう。
「あぁ、リグート国の王子ですか」
「そう言えば、お見送りはもう済ましたのですか?」
「うん♪ 手を振って、絶対に迎えに行くねって言われたの!!!」
女性騎士さんが話相手になり、ここ1週間リグート国と言う国の偉い人がバルム国に来ていました。国王様とその息子が来たと言う事で場内はちょっとバタついていました。
私がその息子の王子について話していたら、2人の騎士さんが微笑ましそうに「良かったですね」と笑顔で答えています。
「良かった?」
「えぇ、とても嬉しそうに話してくれますし」
「それに……ね」
互いに顔を見合わせ、私に耳打ちしてくれます。その言葉に思わず顔に熱が集まり、お湯が沸いたみたいに熱くなる。その反応でカルラから猫パンチを貰いました。
痛いよ……。
「ふふ、これは将来楽しみですね」
「そうですね。……きっと合いますよ、お二人は」
「……っ」
何だか恥ずかしくなってそのまま走る。
逃げる様にして行ってもその騎士はずっと微笑ましそうにしており、理由を聞くのが何だか怖くなった。
その日の夜。
家族3人で食事をしていた時、昼頃に言われた事を思い出して思わず父様に聞いた。
「父様、好きって……何ですか?」
「ぶふっ!!!」
「……あらあら」
丁度、飲み物を飲んでいた父様は軽く吹き出し向かい合わせに座っていた私に少し当たる。うぅ、冷たい……と思っていると、すぐにタオルで濡れた部分を拭きに来る侍女。
その表情は少しだけ笑いを堪えているようにも見え、母様を見ればほっぺに手を当て「ウィルスも女の子ねぇ」と女性騎士と同じような笑みに気恥ずかしさを覚えた。
「なっ、なんだいきなり……」
「んー、今日レント様……帰られたでしょ?」
「あ、あぁ。いきなり来て1週間泊めろとか……全く好き勝手に動いている迷惑な者達だな」
あれ? 仲が良いと言う話を聞いてた筈なのに、ちょっとだけ父様の機嫌が悪くなる。それを母様が抑え「ウィルス、レント王子がどうしたの?」と話を振ってくれる。
「ん、カルラとも仲良く出来たし、また来てくれないかなーって」
「……ダメだ」
「ふふっ、それはレント王子に来て欲しいの?」
「だって彼としか仲良くないし……でも、そんなに簡単には来ないよね」
「誰が許可するか……」
「でも、ウィルスは彼に会いたいのよね?」
「……う、うん。話すの楽しいから……なんかね、胸がポカポカして温かい感じになるの。すごく……嬉しいんだ」
「ならん!!!」
さっきから父様が小声で言っていたが、今の声は大きくて同時に立ち上がっていた。それにマズい事を言ったのかと思った私はギクリと体を震わし、父様は何故だか「絶対に、絶対に認めん!!!」と顔を真っ赤にして怒っている。
「……ウィルス、レント王子の事好き?」
「うん、好き!!!」
「うぐっ……」
あれ、父様がダメージ? を受けたみたいにうずくまっている。あれ、何で周りは助けないの? とキョロキョロとしていると母様から次の質問が出される。
未だにダメージを受けている父様を無視しての質問。容赦ない……。
「レント王子のお嫁さんになりたい?」
「……お嫁、さん……?」
それは父様と母様の事を言っているのだろうか。……私が、彼のお嫁さんに。銀髪の髪が印象的で、宝石みたいなエメラルド色の瞳で優しい印象をしたレント王子。
カルラと触れ合っている時も、私と話す時も笑顔でいた彼。何故かカルラと遊ぶ中でどんどん喧嘩のように発展していく不思議な、何処か頭に焼き付く自分と同じ少年。
あの子が……私と一緒……お嫁さん……。
「………」
まただ。あの女性騎士からも言われた「王子と姫なら似合う」、「花嫁衣装も姫様の髪なら、輝く位に映えますよ」と言われて顔に熱が集まる。
母様が父様と結婚した時に着ていた淡いピンク色のウェディングドレス、それを着て笑顔でいる2人の絵を見せて貰った事がある。
あの、ドレスを着た私と……レント王子との結婚風景。
「っ、あ、いや……そのっ。え、えっと……」
慌て出す私に母様は嬉しそうにしており、父様は「ダメだ……まだ娘はやらんぞ!!!」と変な気合でいるが私はそれ等に集中できない。
うぅ、どうしよう……顔に集まる熱が、全然……全然取れないの。水を飲んでも冷たいタオルで顔を冷やしても、全然治まらないの。
「ど、どど、どうしようっ、顔が熱いの止まらない。おかしいのかな、私」
「おかしくないわよ、ウィルス。だって――」
———それが好きって気持ちだから。
それ以降、何故か父様はリグート国と連絡をあまりしなくなった。変わりにマナーやダンスなどの指導が厳しくなったのだ。不思議に思いながらも必死で付いて行き、どうにかして全てをこなす。
父様が言っていた。頑張ったのならその褒美にレント王子に再会させようと。成人する15歳の時にでも良いだろうと言い、母様はずっと「大人げないわよ」とジト目で見るも父様が意見を変えることは無かった。
また、彼と話せる。カルラとも仲良くなれた彼も成長した姿での再会。なら、自分ももっと頑張らないといけない。再会してガッカリされないように、美しく王族として恥じないようにと必死で取り組んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レント王子と再会したのは互いに17歳になった時。私はカルラと体も意識も共有されると言う呪いにされ、これをどうにかして元に戻したかった。どうしようかと思っていたら、運よく王都に着き目的の国に降り立つ。
不安でいた時、最初に浮かんだのは幼い時に会ったレント王子の事。押し潰されそうな日々の中、どうにかやって来れたのも彼の事を思い頑張ろうと必死でいた。
もしかしたら、私は幼い時に彼に惹かれていたのかも知れない。猫と仲良く出来ると言う事を理由にしてきたが、寂しくて怖い思いをした時に彼の笑顔を思い出すだけで頑張ろうって思えた。
諦めたらダメと、そう……思えたのだ。
「王子の名を気安く呼ばないで!!!」
手枷で動きを封じられ、吊るされた私に待っていたのは罵倒されながら鞭を振るう品の良い同い年の女の子。聞かされる言葉はレントの事。
普段見る事のない表情を、私に向けてくれる笑顔が彼女にとっては気に入らないのだと言う事。
考えてみれば当たり前だ。
レントはこの国の第2王子。彼の妃になろうとする令嬢達は多い。貴族家の娘として生まれたのなら王族との繋がりを持とうと教育をされる。
王子の気を惹こうと様々な手を使って動くに決まっている。
安心してしまった。
ここに居ていいとレントに言われて、それで気を良くして……甘えてしまった。鞭で体を痛めつけられても、段々と感じなくなってきたから痛覚がなくなっていくのが分かる。
そんな時に助けてくれたのは私を連れてきたと思われる少年のナーク君。
彼はその後も何故か協力的で、私の事を主と言い契約を結んだ。その後の事は上手く思い出せない。記憶が飛んだみたいにフワフワで、ずっと体が動かなくて眠ったからなのか……。
「ウィルス……起きて、ウィルス」
レントの、声が聞こえる。心配している声に何だがまた迷惑を掛けてしまったのだと思い、申し訳なさが込み上げる。
「お願いだよ、ウィルス。……起きて、謝りたいんだ。私の……私の所為だから」
泣きそうな、声。手を握られているのが分かり、目を開けたいのに開けられない。
体に力が全然入らない……。
答えないと、いけないのに……。
その時、ふっと触れる感触に今まで入らなかった筈の力が入る。全身に行き渡る様な温かい感じに思わず、私は手を伸ばした。
泣いているであろう彼を抱きしめたくて、離れたくなくて思わず抱きしめた。
「っ、ウィル、ス……?」
「ごめんね、レント」
目を開ければ驚いて固まるレント。温かさに身を包まれているのは当たり前だ。私が居るのはレントの部屋であり、彼の寝室だ。
カルラのお気に入りでもあり、私がよくレントに抱き抱えられて眠っている――彼の匂いが染みついている場所だ。
「……もう、平気? 気分は悪くない?」
さっきまで不安げな声で私に語りかけてくれたレントは今ではすっかり安心した様子だ。心配をかけた私を責める事もなく、いつも通りに笑顔で対応してくれる。この笑顔に癒されるし、安心できる……だからこそ彼の抱える苦しみや今日みたいな事は起きるだろう。
——覚悟を、決めなければいけない。
「レント……」
「なに――っ!!!」
ふふっ、初めて驚いた顔したね。私からキスするのは、こうして自発的にするのは初めてだもん。そりゃあ驚くに決まってるか……だって気付いてしまったんだ。
レントの事が好き。隣に居たいし、彼の為に何でもしたいと言う気持ちになる。逃げて欲しくないからとギュっと抱きしめていれば、レントから「どう、したの」少し戸惑った声で聞かれる。
「……ううん、何でもない。私、レントの事……好きなんだ」
「うん。私も好きだよ」
「猫になっちゃう、私でも?」
「うん。そんなウィルスも好きだもの。ほら、猫好きのきっかけをくれたのもウィルスだからね……」
あぁ、どうしよう。顔がニヤケてしまう……今、思い返して恥ずかしい事を言ったなと思い顔をそらす。でも、レントは許さないとばかりに顔を向けられ目を細めて来る。
「隠さないでよ……。ウィルスから告白してくれるなんて……私は凄く嬉しいのに。もっと見ていたいのに隠さないでよ」
「っ、ごめっ……やっぱ、忘れて」
「ごめんね、無理」
そう言ってレントからキスがくる。いつもは軽くなのに、今日はしつこくて深くて逃がしてくれない。
自覚したからなのか、そんな行動が嬉しくて幸福に感じてしまうのだから……私はもうレントに囚われているのだと自覚した。




