彼の思惑
2人がやってきたのは、王城の敷地内でも王族のみが立ち入ることを許された庭園。庭師により丁寧に手入れをされた花達は花壇に植えられており、その花びらが宝石のような輝きを放っていた。
リグート国はエメラルドを守護の石として、また自国の象徴として知られている。純度の高い宝石には魔力が宿っているとされ、その力は計り知れない。
その例が宝剣とされるもの。
純度の高い魔力を抽出し、それを最高傑作の武器なりアクセサリーへと付加させる。そうして作り上げたものは、使い手を選ぶというデメリットを生んだが逆に言えば選ばれれば、とてつもない力を手にしたも同然。
過去、その宝剣を使って戦争が起きた事もあった。
いくつもの血が流れ、とめどない人の欲が膨れ上がった存在が魔獣だとも言われ、目に見えない存在である精霊の怒りに触れた姿だと言われた。
だが、その不確定な情報を後の世代にまで乗せたのかは分からない。
それでも、ひっそりとだけど確実に……獲物へと狙いを定めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「嬉しいな。私からの贈り物、全部身に付けているんだ。……もう、可愛すぎ」
そう言って婚約者のウィルスを褒めるのは、リグート国の第2王子レント。銀髪に国の象徴と同じエメラルド色の瞳を持った青年。ニコニコと笑顔を絶やさず、人に優しい彼は婚約者を得てさらに笑顔が多くなった。
「だ、だって……レントからの、嬉しいんだもん」
チラチラと様子を伺いながら答えるのは、彼の婚約者ウィルス。
背中まで伸びている髪はハーフアップにされ、バレッタで留めている。薄化粧ながら、彼女の肌は白くていつも思うのだが綺麗だ。夜会での美しく着飾るのも素敵だが、こうしてゆっくり過ごしている方が良い。
着飾る時と今の彼女の雰囲気は違う。
今はフワフワと癒されるような、可愛らしい姿。
その雰囲気と合わせるようにして、選択されたであろうピンク色のフリルのワンピース。
(スティングに会わなくて良かった……)
運悪く遭遇すれば彼は「可愛い」を連呼するだろう。
床に転がり、自分達は他人だと言う風に周りからほっとかれる所までも容易に想像が出来た。
ふと、彼女から普段と雰囲気違うよねと聞いてみれば――。
『お父様には王族であることを示すやり方だって、言われたから練習したんだよ。雰囲気を変えるのって凄く難しいんだ』
ぷうっ、と頬を膨らませ不機嫌に眉を潜めた。
何度も練習をさせられた苦い過去。しかし、この分の見返りは凄く課題を出した側である父親が呆けたのだと。
周りを圧倒し、自身が王族である証明の為。
彼女の世話をしていた人達から褒められればウィルスは応える。
良い方向にも悪い方向にも、だ。
「……」
「レント?」
「あぁ、ごめんね。ちょっと考え事」
首を傾げるウィルスにレントは何で自分が溜め息を吐いたのかを理解していないのだろうなと思う。庭園の奥には休めるようにとアンティーク調のテーブルと椅子が置かれていた。そのテーブルに広げられた物を見て「へぇ」と感嘆の声をもらした。
大きなバケットをリラルが持っていたので、何か入っているとは思っていた。密かに聞いたら「厨房の人が持って来たから代わりに持ったんだ」と、聞き彼が王族だとは知らないからだと気付いた。
気付いていたら彼には持たせないし、持たせてしまった人が可哀想だ。現に内緒にするように言われてしまった後だからどうにも出来ないのだけど。
(フィナンシェに、マドレーヌ、クッキーが一杯だ。小さいサイズだから、宝石箱みたい)
「えへへ、驚いた?」
コロッと笑顔に変わる。
さっきまで不思議そうな表情をしていたのに、自分の声に反応しての彼女の仕草がいちいち可愛くてしょうがない。
(これはこれでいい……)
良い面で言えば、彼女の新たな一面を見れた事。
周りを魅了するのは良くも悪くも働くのは既に実証済み。そう思いつつもレントの中では悪い点の方が働いている。
現に東の国の王太子は、それで彼女の事を気に入っている様子だったのを思い出す。そう思っていたらまた自分の機嫌が悪くなるのを感じ、すぐに止めた。
「……レント。もしかして疲れてる?」
心配そうに覗き込む彼女はシュンと泣きそうになっていた。
勢いのまま頷いた事で負担をかけてしまったのでは。そんな分かりやすい表情に、クスリと笑いつつ大丈夫だと伝える。
しかし、それでもなかなか信じてもらえない。
どうしたものかと思案し、ある事をお願いしてみた。
「わ、分かった……。あ、あーん」
広げられた焼き菓子を1つ手に取り、ウィルスは恥ずかしそうにしながらレントの口へと運んでいく。黙って口を開ければ、放り込まれた焼き菓子をモグモグと食べる。
「ん。美味しい」
「良かった……!!!」
食べながらいつもサイズが小さい理由を聞いたら、料理長が昔から付き合いのある型職人に作って貰ったと言う。通常のより小さくして、食べやすいようにすれば甘い物が苦手な人も少し食べられるのでは、と。
小腹が空いたときには良いかもと思いつつ、レントは2人分の紅茶を入れ手渡す。砂糖がなくてもちょうど良いのは、お菓子があるからか。または好きな人といるからだな、とそう納得した。
「前にラウド様に出してみたら好評で……。既にイーグレットも楽しみにしてたの。今度、お茶会してもいいかな?」
「良いよ。私に聞かなくてもウィルスの自由にしてて良いのに」
今まで動きを制限していた分、今はゆっくりと羽を伸ばせばいい。
そう思い、髪を撫でれば「ありがとう」とはにかみながら答えたウィルス。気分よくしていたが、次の発言で一気に急降下した。
「エリンスも執務の合間に――」
「ダメ」
「えっ……」
「イーグレットは良いよ。なんならクレールも誘えば良いんだし」
「ラーグレスも?」
「彼はエリンス付きの護衛だから、イーグレットの事を守るのも仕事に含まれるね。彼は平気」
「……」
「エリンスはダメ。絶対に」
ナークを使ってでも阻止する気のレント。
なんでもエリンス以外なら平気だと言うのだ。なら、密かに渡そうかと考えたウィルスはすぐに後悔した。
隣で微笑むレントが怖い。
絶対零度の笑顔。
少しずつ距離を離していたが、許される筈もない。腰を押さえられ、更には引き寄せられたのだ。逃げると言う選択肢を詰まれた。
「レ、レレレ、レント……?」
それでも抗う。
焦りながらも、上手く脱出出来ないかと考えた。
「うん。ウィルスが作ってくれたお菓子、凄く美味しかったよ。すごーく、ね」
「あ、ありがとう……」
本当ならもっと喜ぶべき所。
それを出来ないのは嫌な予感が自分の中で渦巻いている。
案の定、ウィルスの口元にはクッキーが当てられ開けるようにと迫っている。
「口を開けて? 私は食べさせて貰ったんだからお返ししないと。ほら」
首を振り、嫌だと拒否をする。
その攻防が続き、レントがため息をこぼす。諦めた、と一瞬だけ気を抜いたのがいけなかった。
ペロッと耳たぶを舐められたかと思っていたら甘噛みされたのだ。
「うひゃ……ず、ずるっ、んんっ!?」
反論しようとした瞬間にクッキーを入れられてしまう。
モグモグとしながら、レントの事を睨むのを忘れないウィルス。彼は楽しそうにしながら、次とばかりにマドレーヌを手に取った。
「まだあるから、これからゆっくり味わおうね?」
――覚悟は、いいか?
ウィルスにはそう受けとれた。嫌だと言っても、口を開けさせる為にどんな手を使ってくるか分からない。白旗を上げる意味で「降参します」と言ったら残念がられた。
分かりやすく、肩を落として。
(た、助かった……)
ほっとした。
気を緩めるとレントは黙って行ってしまったのだ。え、と思い手を伸ばすのも間に合わなかった。するっと風のように居なくなって、ウィルスが急に不安に駆られた。
怒らせた? 拗ねた?
時間が経つと悪い方向に考えてしまう。どうして良いか分からず、自分が作ったお菓子を食べる。パクパクと、食べている内に涙が溢れて来た。涙の味なのか、お菓子の味なのか分からなくなる。
自分の心も同じ位に、ぐちゃぐちゃで分からない。
「う、うぅ……」
「ごめんね。ウィ――」
言葉を待たずにレントに抱き付いた。
怒られるのを覚悟していたが、反応が違うし体が震えている事にも気づいた。気遣うように名前を呼ぶ。
ー怒らせたかと、思ったー
ーもう、戻って来ないかと……。寂しいよー
直後にレントの頭の中に響くのはウィルスの声。
すぐ謝って安心させる為にと強く抱き締めた。何処に居たのかと恨むような声色でウィルスが聞く。
「……似合うかなって、歩いている時に見てたんだ。花を摘んで驚かせようとしたんだ。ごめんね」
そう言って彼女の髪に付けたのはエメラルド色の薔薇。
レントとしては自分の物アピールとしてだが、思いの他ウィルスの喜びようが凄かった。
あとで花が朽ちないように加工しよう。そう思う位に、彼女の反応が良すぎで幸せ過ぎるのだ。
「じゃ。続きをしようか」
「うん。ありがとう、レント♪」
チュッと頬にキスをしたウィルスは、即座にお菓子に手をつけた。
しかし、この時レントが密かに笑っていたのを知らない。ワザと寂しくさせて、ウィルスが自分に対してどんな反応をするのか。
思惑通りに、ウィルスは寂しがり嫌われないようにした。翌日、ジークとバラカンスに伝えれば――
「「確信犯」」
文句も気にならないのには理由がある。
もうすぐウィルスが執務室に来るのだから。
「こんにちは。ジークさん、バラカンスさん。良かったらサンドイッチ食べて下さい」
今日も厨房へと足を運んでいたであろうウィルス。
楽しく過ごしているのが誰の目から見ても分かる。それが、嬉しく思い今日も仕事に励んだ。




