第135話:魔女同士の戦い
ーネル視点ー
フワリと自分の体が浮いている感じ。
瞑っていた目を開ければ、広がるのは闇の中。その場で足を踏み、地面なのか壁なのかを確かめる。
姫様に握ってくれた手が、まだ温かいのを感じる。
ぎゅっと自分自身の手を握り、感覚がいつもの自分なのかと確かめている時に大きな魔力を感じ取った。
「っ……」
すぐに後退して距離を稼ごうとも、着地した地点から炎が柱となって阻む。熱を間近で感じ取り、前に進もうとして同じく炎に阻まれる。
「随分と余裕ね。ネル」
重みのある言葉とプレッシャー。
ミリア姉さんは私にとって憧れの存在だ。最前線で魔獣を狩り魔物を狩り、冒険者として各地を回りながら、私達に物資を持って来てくれたりと優しいお姉さんだ。
だからこんなにも、厳しい表情を知らない。
いつも外を詳しく知らない私やレイン、ニーグレスに教えてくれる、優しい人。
「悪いけど――」
ミリア姉さんが私に向けて手をかざす。その動作と同時に両側から炎よりも濃い紅い炎。焼けるような感じに、自然と後ろへと下がるが逃がさないとばかりに後ろにも同様の炎が上がる。
「手加減はしない」
鋭く睨まれた事で、私がビクリと体を震わした。
優しい瞳で楽し気に語ってくれたミリア姉さんではない。
今、私の目の前に居るは……紅蓮の魔女、ミリア。
それを頭で理解し、体で理解したのと私が炎に包まれたのは同時だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス視点ー
「ぐっ……う、はぁ。はぁ……う、あああっ」
ネルちゃんの手をギュっと握りしめる。
継承の儀を初めて既に2時間は経った。その中で、またネルちゃんが苦し気に声を漏らす。
陣の維持をするのに、私の魔力は必要不可欠なのは大ババ様から聞いて理解はしていた。いや、していた筈……だったんだ。
魔女同士の決闘には受け取る側の力量を見る為。
彼女達の使う魔法は、その高すぎる魔力を持っているが為に攻撃に転じた時の威力が凄まじい。それこそ国を滅ぼすのだって出来る、とも言った。
(……ネルちゃん)
今、片手でしか彼女の手を握っていられないのが悔しい。
本当なら両手で握って安心させたい。大丈夫だよって言いたいし、ネルちゃんだったら絶対に出来るって思うから。
何度か苦し気に息を吐き、やがては落ち着く。
私がほっと安心していると大ババ様が「これで1度、死んだね」と不吉な言葉を言った。
恐る恐る大ババ様の事を見ると、彼女は安心させるように訂正した。
「悪いね、姫様。言葉を選ばなかった。……死んだって言うのは、儀式を行っている空間での事だよ」
「……空間、ですか」
大ババ様の話では、この決闘は現実にダメージは来ないし、傷も負う事はない。1度死ぬ度に精神がすり減っていく。だから、今も苦し気に唸るネルちゃんは向こうの空間で死んだ事を意味するのだという。
「この儀式が出来るのはミリアにも利点だよ。今まで魔力を封じられ、下がり続けて来たんだ。向こうの空間なら魔力を失う前の自分の力に戻るし、母体に影響はないから安心して良い」
「はい」
子供に影響がないのは嬉しい。
子供にミリアさんの魔力が届く前に、ネルちゃんに力を継承させようと今回の儀式を行っている。
ミリアさんはずっと落ち着いて眠っている。
対してネルちゃんは、苦し気に息を吐き続けている。
ネルちゃんがミリアさんに対して劣勢になのだと感じる。
「……」
「あの、良ければこちらをどうぞ。寒さを軽減してくれるマントです。北の国の寒さでも耐えられるので」
そう言って黒いマントを掛けてくれたのはニーグレス君だ。
同時に冷えているであろう私の手を温めてくれる。遅れてお礼を言えば、彼は「大丈夫」と言ってくれた。
「姫様のお陰でネルは……前とは違う視点から物事を見れましたから。外をよく知らない私達に、ミリア姉さんは様々な事を教えてくれた。でも、私もレインもネルが魔獣に対して復讐心で戦っているのを知っている」
独り言として聞いて欲しい、とニーグレス君は言った。
レイン君もニーグレス君も、ネルちゃんと同じ村に居た。最初、ネルちゃんが目覚めた音の魔法で耳が良く聞こえるようになった。そして、それが魔法と呼ばれる不思議な力であると分かると自分達も村の人達も大いに喜んだ。
ネルちゃんはそんな不思議な力で皆の役に立とうと、1人で色々と工夫を凝らし研究を進めた。
魔物に襲われる村をその魔法で追い払い、耳に刺激を伝える事で強烈な耳鳴りを魔物相手に行った。魔物も耳が良すぎるのがいるから、ネルちゃんの攻撃には耐えられず、怯んだ隙に村の男達が斧で倒した。
「ネルはその斧にも知らずに反響の魔法を掛けていたからか、威力が上がった。魔物の皮膚は地方によっては固いのもいるし、ワザと柔らかくしてダメージを負わないようにしてるのもいる」
そこで、ニーグレス君は苦い顔をした。
まるで何かに耐えるように、震えているのが寒さでないのは分かった。
「魔獣が来たのは、魔物が倒されて少し経った後。魔物を初めて倒せたから、私達は浮かれていたんだ。でも、ネルはちゃんと危険なのを分かってた。村から逃げようと言ったネルの言葉を無視したのは、私達だ」
黒い体を持つ魔獣は、倒してきた魔物とは明らかに別格だった。
同じ魔物だと思っていた所為で、村は襲われて生き残ったのがネルちゃん達3人だけだ。
それも、皆……両親に逃がして貰って。
「最初からネルの言葉を聞いていれば、もしかしたらって思った。でも、それを責めていたのはネルだ」
もっと上手く魔法を扱えたのなら――。
音の魔法で無理矢理にでも、言う事を聞かせられたのなら――。
ネルちゃんはそう言ってずっと自分を責め続け、いつも以上に気を張った。何も失わないように、同じ村の出身であるレイン君とニーグレス君を守るために。
「ホント、情けないな。……ネルにとって足枷になっていたのは、どう考えても私達。それが原因で心がすり減っていくネルの魔法が、暴発して危うかったのを助けてくてたのがミリア姉さんなんだ」
助けて貰った後で、ネルちゃんが魔女として目覚めていた事。魔法の暴発と言う形で、レイン君とニーグレス君にも魔法を扱うきっかけを生んだ。
その経緯で、3人は隠れ里に引き取られて大ババ様に生きる術を学び、ネルちゃんの事を見守る為にと強くなって……今に至った。
「どうして姫様が泣くんです」
「っ、だって……だって……」
過去を話す時、凄く辛そうにしていた。
自分の力の無さを悔しい気持ちも、全部全部……自分の事を責めていたから。泣きそうになっても良いのに、全然そんな風にはしないから……だから……。
「ネルが明るくなれたのは、やっぱり姫様のお陰ですよ。そんな風に親身になってくれる人はミリア姉さんや、同じ魔女の人達だけだった」
涙で顔がぐちゃぐちゃだと思う。
でも、ニーグレス君が涙を拭ってくれる。優しくて暖かくて、また涙が溢れて来るから止まらなくなる。
「私もレインも姫様には感謝しているんです。……楽しくしているネルがまた見られて、本当に嬉しいんです」
ピタリ、と額をくっけて「大丈夫」と何度も言ってくれた。
その優しさが本当に心に響く。止まらないといけないのに、また涙が出てくるからどうしようもない。
「離れて!!!」
「うわっ」
「きゃっ」
ニーグレス君が勢いよく後ろに引っ張られる。
それに驚いているとナーク君がピタッとくっついてきて「主に触れるな」と言わんばかりに睨み付けていた。
「……あ、の……ナーク君?」
「ボクと王子だけの特権。主、良い匂いするから色々危ないんだ」
「へっ……」
「どういう特権だよ」
呆れ口調のレイン君がニーグレス君の事を起こす。飛ばされた彼は笑顔で「確かに良い匂いだったよ」と嬉しそうに言うから、またナーク君がキッと警戒心マックスで睨んでいる。
「お前さん達、ちゃんと護衛しているんだろうね?」
大ババ様からの言葉に、3人はピタリと動きが止まる。
………。
サッと顔を逸らすレイン君。ワザとらしく夜空を見るニーグレス君に、ナーク君は私の事をギュっと抱きしめる力を強くする。
「さっさと持ち場に戻れ、馬鹿ども!!!」
雷が落ちた様に大ババ様からキツく言われ、飛び上がった3人は「はいぃぃぃ!!!」って言ってからそれぞれに散っていった。ポカンとした私に大ババ様は集中するようにと言って来る。
「姫様も姫様だ。あの子達に寄り添ってくれるのは嬉しいがね……。今はネルの事を見ておやり」
「……はい」
逆らうなんて私の選択肢はない。
素直に返事をしていたら笑顔で「良い子だ」って褒めて来る。……何かそう言うのはズルいなと思う。
気を取り直して魔力を維持させて、ネルちゃんに強く願った。傍に居るのも嘘じゃないし、応援しているのも嘘ではないのだ。
魔力を強く込めるようにして、ネルちゃんの寝ている陣へと注ぐ。その瞬間フワリと自分の体が浮いた感じがして周りを見る。
暗くて全ての周りが黒で染め上げられた、空間。
「ネルちゃん!!!」
儀式の空間だと理解した。
だって、そこには倒れているネルちゃんが居たからだ。息を乱すネルちゃんとは違いミリアさんは息一つ乱していない。なにより驚いたのは、今までのミリアさんとは違い冷たく見下ろしていた。
あんなに冷えた目で見ているのが、本当にミリアさんなのかと疑う位に。
「っ……ネルちゃん、頑張って!!! 頑張って!!!」
声は聞こえないと思う。でも、応援せずにはいられない。
小さな体で私とミリアさんの為に命を削る思いで儀式を受けている。うつ伏せで倒れているネルちゃんは、ずるずると落ちている武器を拾う。
その為に、必死で手を伸ばす。
「頑張れ!!!」
精一杯の声でネルちゃんに向けた。
大鎌の柄に手が触れた時、反撃に出た。恐らくは早い斬撃。どういう原理で繰り出したのか私には分からない。
でも、その攻撃は反撃しないと思っていたミリアさんに虚を突くようにして届いたんだ。




