第134話:力の継承
ーウィルス視点ー
「ほうほう……。姫様、ここをどうやって知ったんだい?」
「えっと、レントと出掛けた時に……。エリンスと見付けた場所みたいで」
夢を見た翌朝。
薬屋に行って大ババ様に聞いてみた。夢でとは言えないけど、狼さんの言うあの泉にナーク君と共に行った。
あの場所は今も変わらずの綺麗で澄み切っていて、そして近くで咲く花はいつもと同じ銀の粒子が纏った姿があった。
(やっぱり、綺麗だな……)
「……ん。ちょうど、月の光が差し込むし位置に陣を書けば平気だね。お手柄だよ、姫様。条件にピッタリだし、ギルダーツに頼まなくて平気だ」
良かった……。
ほっとしていると、ナーク君の体が光だした。結界の時みたいに、キラキラと目に見えたそれは周囲へと広がる。
花に泉へと広がり、チョーカーに吸収されていった。呆然とした私達に大ババ様は「魔力回復も早いね」と、1人納得したように満足げだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
儀式の準備もあるから薬屋はお休み。
ミリアさんに夜の7時に行う事を伝えれば、リーガルさんはまだ仕事中だから平気と言ってくれた。私達もその時間までゆっくりしようとレントの部屋で過ごす。
ナーク君が「またね」と言って姿を消す。えっ、としていたら後ろから抱き込まれる。それでナーク君の行動に納得してしまった。
「どうしたの、レント」
振り向けば「ん?」ととぼけた言い方をするレント。
私の隣にレントが座り、じっと見つめられる。その間にも、髪をいじったり匂いを嗅いだりとカルラにしているような事を私にしてくる。
「あ、の……レント?」
最初は抵抗していた。
でも、くすぐったさが勝っていて思うようにいかない。はね除けようともペロッて何度か舐められる。
この度に小さな悲鳴を上げていた。次とばかりにキスをされる。終わったらあちこち撫でては「可愛い」とか「綺麗だね」って心臓に悪い事を言ってきた……!!!
(わ、わっ、私、何かした!?)
いや、 レントには言えない事はいっぱいある。数えたらキリがない。
内緒で働いてるし、大ババ様の所でちょくちょく薬学んでいる事とか。ラークさんにも教わりながら、今は薬作りが楽しくなってきたし。
あとリーガルさんの厳しい指導の元、レントの好きな物を満足に作れるようになったし厨房の皆さんに味見しては改良を繰り返した。……渡すのはまだ先だけど。
「ウィルス。私を無視して考え事なの? 酷いなぁ」
髪をいじっていた手が今度は顔に触れ、正面を向かされる。
息を飲むほどに近い、レントの顔。
恥ずかしくて目を瞑ったり、そっぽを向いたりしてかわした。でも、そんなに長い時間逃げ切れる訳もなく。気付けばソファーの背に押し倒されている。
「ごめんね。急にウィルスに会いたくなって……。スティングがあまりにも癒しだってうるさいから、さ」
ス、スティングさん……またレントの事を遊んでいるんだ。
ううっ、こうなるとレントは満足するまで絶対に離さないしそんな気もない。が、我慢……我慢だ。
「大丈夫。執務の合間に来ただけだから休憩に、ウィルスの癒しって言うのを補充しようかなって」
そう言いながら手の平から腕にかけて、ゆっくりと口づけを落としては必ず私の事を見る。恥ずかし過ぎて困るのに凄く楽しんでるっ……。
しまいには見せ付けるようにしてやってるんだから、本当にタチが悪い。
こういう時に限って時間が過ぎるのが遅く感じるんだから、どうにかしたいんです!!!
「ふふっ。ホント、可愛いなぁ……。仕事、行きたくなくなったな」
「そ、れは……困る」
今からここに居るとなると抜け出せなくなる。
ナーク君もレントを前にした状態で、抜け出そうとするのは無理だって言うんだもの。
仕事に行ってくれないと、かなり困る……!!!
「んー。あんまり長く居るとジークが怒って入って来ちゃうからそろそろ行こうかな」
そう言ってくれたから良かった……と、思った私がバカだった。
「ウィルス。これから仕事に戻るから、ね。だからキスして欲しいなぁ~」
「っ……!?」
な、ん、で、そうなるの!?
驚きで目を見開く私なんか無視してレントは「どこにお願いしようかな」とか考えている。ちょっと待って、これを渋っていたらジークさんが飛び込んで来るって事だよね。
こ、困る、困る!!!
こんな押し倒された状態を見られるのは勘弁だ。流石にレントの自室に踏み込んで……は、来るね。前にナーク君が魔獣になった時、バラカンスさんと堂々と踏み込んできたものね。
「ほらウィルス。早く欲しいから、頬で良いよ♪」
何でそんなに楽しそうなの!?
「じゃ、じゃあ……目、瞑って……欲しい」
流石に見つめたままなのは無理。
レントは普通にしてくるよね。……なんだろう、この差は。
チラッと見ると困ったように笑って、良いよって言ってくれた。良かったと安堵したけど、いざとなるとすごく緊張する。なんか、こう……改めて、とか。
「……。」
うぅ……顔が赤いのが、止まらない。
レントはちゃんと目を瞑ってくれてるし、待ってくれる。
(あ、まつ毛……長い)
はっとして気付く。
普段、マジマジと見ていなかったからとここぞとばかりに観察する。
まつ毛は長いし、銀髪もキラキラとしていてカッコイイ。いつもエメラルド色の瞳で見つめられるけど、閉じられた表情も良いと思ってちょっと身を乗り出す。
「ウィルス?」
私が行動に起こさないから、レントは思わず聞いて来た。でも、ちょっと待ってと言うと素直にそのまま待ってくれてる。それが何だか可愛いと思ってしまった。
「レント!!! いいかげ――」
そう思っていたらジークさんが声を荒らげながら入って来た。
乱暴に扉を開けた音にビックリして、勢いのままレントの唇にキスを落としていた。
「っ……!!!」
あっ、ジークさんと目が合って……しかも赤くしてる!?
ご、ごめんなさい!!!
「あ、のジークさっ……」
レントを仕事に向かわせようとしたら、逆に腰を掴まれ顔を固定されてキスをされる。い、息がしずらい……!!!
「ちょっ、レン……ト……」
「ちゃんと待ったんだから、ご褒美ちょうだい」
「止めろ!!!」
ジークさんが強制的に止めてくれたから、良かったんだけどもうヘロヘロだ。フラッとなったらナーク君が支えてくれた。「大丈夫?」って、首を傾げながら聞くから……もうっ、それが可愛くて可愛くて。
「ありがとう……」
「ん。気にしないで。主の役に立てるならなんだってやるよ」
あぁ、心が洗われるってこういう事を言うのかな。
背後でなんだから突き刺さる視線を感じるが……気付かないフリをしよう。
だから気付かなかった。
この時、何でレントが急に来たのか。
思い知らされるのは全部終わった時になるのだから………。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いつにもまして疲れた表情をしているね」
「ちょっと、色々とありまして」
既に大ババ様達が揃う中で私とナーク君が一番最後に来た。
レインと居た事を告げると、皆は納得した表情をして「お疲れ様」とか「いつでも休んで良いからね」と優しい言葉をかけてくる。
……何だか違う気がするのは気のせいかな。
「ミリア。お前さんも準備は良いね」
「えぇ。平気よ」
いつもは司書の制服を着ているが、今のミリアさんは黒いマントに赤いワンピースの姿。深紅の髪を持つミリアさんにとても似合う色合いで、思わず綺麗だと言いながらワンピースを触っていた。
「あ、お姫さん。王子にアレを渡せたか?」
「なんとかね……。飲むかは分からないんだけど」
レイン君に確認されたのは、軽い痺れと眠り薬を調合したものだ。レントがここに来るのを阻止する為に、時間稼ぎ程度だけど飲んでもらっている事を祈る。
お茶を渡したから喉が渇いた時にでもって言ってあるから、多分……飲んでくれる筈だ。そう思って何度も心の中で平気だと繰り返す。
「良い具合に月が出ている。……姫様、この陣に手を置いてくれ」
月が映る水面は綺麗だ。
泉の周りが淡い銀色の光に満ちて来ているのが分かる。大ババ様に促されたのは魔方陣を幾つも上乗せして書かれた複雑は術式。
緊張しながらだったけど、何とか手を置けば変化がすぐに来た。
手を置いた所から泉と同じ銀色の光が満ちては広がっていく。一通り広がったのを確認してから、大ババ様も同じく陣に手を置いて魔力を流し込む。
「……よし、順調に起動しているね。それじゃあ、これからの儀式の確認をするよ」
儀式を維持する魔力は私と大ババ様。ナーク君達は念の為、魔物から私達を守る護衛役。そして儀式を受ける側のネルちゃんと力を授ける側にミリアさん。
確認をした後で先にミリアさんは陣の中へと入り横たわる。
ネルちゃんもそれに習って横になる。すると、ミリアさんがネルちゃんの手を握って来た。
「向こうでは空間に飛ばされる。現実に戻って来た時、私が傍に居るのが分かるのは良いだろ?」
「ありがとう……」
緊張した面持ちで応えるネルちゃん。
儀式を受けると言った手前、怖いのも不安なのも悟られないようにしているのだと思う。
私は陣に触れているのとは逆の手でネルちゃんの手を握る。ミリアさんと同じように手を繋ぐようにしていると、彼女は驚いたように私を見た。
「私も。ネルちゃんの事、応援しているから安心して。絶対に成功させよう」
「はい……ありがとうございます」
「こういう時はミリアさんと同じで、ありがとうで良いんだよ」
「………」
じっと見つめて来るネルちゃんはやがてほっと息を吐く。
肩の力を抜くように、でも私の手を握り返してくる力にははっきりと強い意志を感じ取れた。
「行ってきます」
ネルちゃんのその言葉を最後に、陣の光がより一層強くさせた。
眩しくてもネルちゃんと握った手を離さずにいると、段々と光が小さくなっているのが見えた。
落ち着いて目を開けると……。
ミリアさんとネルちゃんは眠ったように、とても安らかな状態だった。大ババ様が言うには儀式の発動をしたと言った。
ここからが本番。
ネルちゃんがミリアさんと戦って、勝ち残る。そうして強い魔女として1人前に認められれば、魔法を授ける側はそのまま勝ち取った方へと魔力を流す。
ネルちゃんにとって負けられない戦いが始まったのだと、唐突にそう思ったのだった。




