第15話:失態
ーリナール視点ー
出された紅茶を飲みながらも心の内ではイライラが募るばかり。思い出すのは王子に向けられる笑顔が、私ではなく把握している令嬢とは違う特徴の女。
薄いピンク色の髪に濃い紫色の瞳の気品も佇まいも、一目見て何もかも負けたと思わせてしまう程の美貌を持った名前も知らない女。
「ふんっ、忌々しい……」
思い出すのは昨日の出来事。
珍しく城の正門付近で第2王子のレント様を見かけた。新調したドレスに香水も変えていた為、彼に良い印象を残そうと近付いた。銀髪に髪が揺れ、エメラルド色の瞳を持つ美形であり才能あふれるお方。
王子の名を呼べば振り返る姿まで様になり、思わず顔に熱が集まる。しかし、それを表には出さずに何でもないように振る舞う。
私は彼の婚約者として、他の令嬢達に牽制を繰り返し彼の隣に立つ。そう……私はそう指導されたのだ。幼い頃から公爵として振る舞い、リグートと言う王子と同じ名を持つ者として王族になると言う義務。
それを執行して何が悪いのか。当然の権利でしょ?
「……リナール公爵令嬢」
目を細めた王子はカッコ良くうっとりとなる。興味がなさそうな表情も、憂う姿もどんな事も様になる。彼に私の事を思い出して欲しいからと、彼の腕に絡みつきなるべく自然に体を預ける。
「失礼……お邪魔でしたか」
そんな時、魔法師団のラーファル様と視線が合わさる。もう少しで良い雰囲気になるのに邪魔をしたなと思いながらも、聞けば彼との仕事があると言い、スルリとかわされてしまう。
あぁ、そんな冷たい姿もカッコいい。またもうっとりしながらも彼と触れ合えないのなら、仕方ないと迎えの馬車に乗り名残惜しそうに王子の居た方へとじっと見つめる。
「……庶民のいる王都に寄るわ」
「かしこまりました」
執事に頼んで普段なら絶対に寄る事はない。庶民の連中が行き交う所には今日は気分が良いし、彼等を守るのも王族の務め。様子を見るだけで長居などはしない。
そこで見てしまった。
髪と瞳が違う王子が知らない女と居る所を。楽しげに歩き笑い合う姿を……信じられなかった。
あんな表情は、城内では決して見せないし、見せたなら絶対に噂になる。
屋敷に戻り父に言って調べてもらった。でも掴んだ情報は少なすぎた。髪と瞳の色以外では何処の家の令嬢なのかも分からない。
だから、そんな正体の分からない女には退場して貰わなければいけない。ただ、退場するだけでは気が済まない。王子が見せない顔を私に見せた罰。
そう、これば罰だ。
妃になる私への反逆。だから痛め付けた。私以外に、あの方の名を呼ぶなんて……恥知らずなバカなお嬢さん。
「失礼致します。お嬢様」
「何かしら」
自室にノックをされ、扉を開けたのは見慣れた執事。今、バーナン王子とレント王子が屋敷に来ているとの報せに、遂に来たかと歓喜した。
「分かったわ。すぐに支度します」
「……はい」
だからこの時気付かなかった。執事の表情が既に青白く、冷や汗をかいていた事に。そんな些細な事に気付かなかった私は、王子が来たと言う本当の理由すら知らないでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーバーナン視点ー
「お父様、お母様」
屋敷の玄関ではなく、屋敷の大広間へと通された俺達は入って来たリナール令嬢を見て溜め息を吐いた。レントは既に見てもいない上、リナールの両親を冷たく見下ろしている。
この異様な雰囲気に気付かない時点で、令嬢の頭はお花畑だと言う事がよーく、よーく分かった。両親は既に顔面蒼白なのに、だ。屋敷の使用人達も俺達の態度からヤバいものに手を出したのだと理解し、意気消沈で人によっては壁にへたり込んだりし色々と後悔を始めている。
ここまで来るのに見て来たであろう異様な光景を、あの令嬢はおかしいと思わない。その時点で自分の失態すら気付いていないのだから恐ろしい。
「あら、何故おもてなしをなさらないの。それに王子様達を立たせるだなんてダメじゃないですか」
当たり前だ。誰があの子に手を出した連中の物になんかに座るか。本当なら空気だって吸いたくはない。隣に立っていたレント、後ろに控えていたジーク達がその言葉でさらに不機嫌になる。
早い、早過ぎる。もう少し抑えろって。
そんな時、壁が大きな音を立ててぶち抜かれ大柄な男が吹っ飛んで行く。そのまま庭へと転がりやがて大木にぶつかって勢いが止まる.
随分と派手だなと、ぶち抜いた人物が居るであろう場所へと視線を向ける。隣でそれを見ていたレントの目が大きく見開かれ、駆け出しそうなのを必死で止めた。
「ガラム。お前は一番強く叩きのめしたぞ。主の事を嫌らしい目つきで見てきたんだ。本当ならもっと」
「ナーク君、お、お願い。その、呼び方は……」
「しかし……ん?」
黒い髪に赤い瞳の少年。彼は黒い布のようなものを全身に纏っていた。恐らく服の内部にも暗器等を隠し持っているのだと予想をつける。
茶色のズボンが切れ目から、一瞬だけ見えた刀身が短い剣の様なものが幾つか腰に差しているのが見えた。
(暗殺者か?)
俺の護衛兼側近を務めているリベリーも似た様な恰好をしていたのを思い出す。そして彼は言っていた。恐らく自分と同じ里の人間がやった仕業の可能性があると。それらを総合して、彼はリベリーの言う同じ里の人間だと言う答えに辿り着く。
少しだけ幼い顔立ちだが、見た目に騙されれば彼の鋭い攻撃により重たい一撃を貰いそうだと感じた。見た目に関する物は彼にとっては禁句になりかねないと感じ心の中に留める。
しかし、ウィルスの様子がおかしかったのも気になった。彼女は毛布によりグルグル巻きにされながらも、腕だけは外に出し彼に抱えて貰っているのか密着している。……それに、手首と腕の部分の赤い跡が妙に気になった。
「よぅ、ナーク。お仕事、ご苦労さん」
何故、そんな跡が付くのかと聞こうとした時だった。場違いな声が響く、すぐにリベリーだと気付く。気配なくナークと呼ばれた少年と、彼が大事そうに抱えられているウィルスの前へと姿を現した。
アイコンタクトを送ったようにも見えたがはっきりとは分からない。
「社会見学としては良かったよ、先輩。……この家の余罪、そして彼女――いや、主を傷付けたんだ罰は重いよ」
「ほうほう、どんなのがあるんだよ。ここで言ってくれねぇか?」
「裏家業を金で雇っているし、王子との婚約の為にとある伯爵令嬢や公爵家の家を没落させたり、違法薬物、人身売買……まだまだあるぜ?」
「なっ、なっ、何をバカな事を!!!」
ナークの言った言葉に反応をしたのは娘の父親の方だ。何かの間違いだと言いたげな表情。黙って入れば良かったのに、娘の方が怒りが収まらなのか怒鳴りつけた。
「アンタ、金で雇った分際で!!! 何が社会見学よ!!!」
「コイツはな……オレの後輩だ。バーナン様側近のオレがナークに教えたんだよ。社会見学としてこの家の余罪と可能な限りの証拠を抑えろってな」
「っ……」
ここまで言ってようやく父親の方は抜け殻のようにストンと椅子に座り込む。我慢の限界だったのかレントはウィルスの方へと歩み寄り「……その、痕は」と泣きそうな声で呟いた。
リベリーも少し遠慮しては視線をそらしのを見て不思議だった。それを、ナークと呼ばれた少年が抑揚のない声で告げた。
「あの令嬢は彼女の事を鞭で散々痛めつけたんだ。顔は遠慮したようだけど、もう少し時間が遅ければ顔にも傷付ける気でいた。……全身、真っ赤だしボクが傍で見ていたから証人になるよ」
「なっ、あ、あれは……!!!」
「お前、なんてことを……」
狼狽するリナールに父親の方は今度こそ終わったと言う顔で娘を見る。今ままでの栄光もリグートと言う名も、今日この場で終わらせる。終わりにしなければならないのを……俺達は引き伸ばしてきた。
時間はあっても、決定的な証拠をみせなければかわされる。今まで渋っていたがウィルスが傷付けられたと分かり……誰の目にもレントが怒っているのが分かった。
現にレントの睨みでリナールは体を震わせ、ガクリと地べたにへたり込む父親は「何故、何故……」とうわ言のように呟き続けていた。
「……よくも……よくも私の、大事な者に手を出してくれたな。……痛かっただろうに。ごめんよウィルス」
後半はいつもの優しめな声でウィルスに向けて治癒の魔法を施す。目を伏せ彼女の頬に触れて今にも、キスをしそうな程に近い距離で見つめるレント。ウィルスは戸惑いを覚えているのかそっと視線をそらす。
「昨日も、昨日もそうでした。王子、その女は何なんです。何故、私や他の令嬢に向けるような笑みではなく、その女に特別な笑顔を……今の様な表情をしているのです!!!」
ピクリ、とレントがウィルスに触れる手が止まる。
リナール令嬢が怒っているのはウィルスに対する嫉妬。しかも、レントの表情が違うのが耐えられなくて仕返しをした。恐らく理由としてはこれに当たるだろう。
だからその原因であるウィルスを狙い捕らえ、傷付けた。それがレントの怒りを買うだけでなく、俺の怒りまで買っているのだとは気付かないのだろう。もう暫く静観しておこう……我慢なら慣れている。
「……彼女は私の妃となる者だ。それに前から言っているだろう? もう、来るな。関わるな……余計な事はするなと。何度も何度も……断りを入れているのが分からないのか?」
言葉1つ1つでここまでプレッシャーを与えて来るんだから、流石にあの令嬢も気付いただろう。自分の愚かさを、自分の行った数々の行動。何がレントをここまで突き動かし、普段なら来ないような屋敷にまで足を踏み入れたのか。
「ご苦労だったなナーク。あとで詳細を頼む。……お前達、自分達が行ってきた数々の行い。今更悔い改めようなどと思うなよ。今日を持ってこのリグートの権限を全て白紙にする。……宰相の所に連れて行け」
この家を潰すのは既に宰相も了承していた事。彼も余罪を調べていたが証拠がない上に上手く隠れられたりして、何度も悔しい思いをしてきただろうからな。今回の事でさらなる追求が待っているだろう。
……あの人は本当に怖いから。
宰相を使って遊べる自分の父も、別に意味で恐ろしい人物だと改めて思った。ジーク達に連れて行かれるリナール一家。彼女は最後までウィルスを心配し、髪や頬を優しく撫でるレントをすがる様な表情で見つめていたが……諦めが付いたのかそのまま連れて行かれた。
「バッ、バカ!!!」
「「っ!?」」
少年の慌てるような声に振り返り、すぐに見なかったことにした。一瞬だけど、本当に一瞬だけど白い肌が見えてしまった……。あー、くそ、レントに殺される。
「主は殆ど裸なんだ!!! 服がボロボロにさせれてるのに、毛布を取ったらダメだと……」
手を覆った隙間で見れば、毛布を取って固まるレント。向かい合わせて真っ赤にして固まるウィルスは涙目で、再び毛布に包まれナークに抱き着きながらも泣きついてる。
「ごめんね、主。一瞬とは言えこの連中に肌を晒すとは……リベリー、消えろ!!!」
「何でだよ!? ってか、俺達全員にそれ言えるぞ!!!」
「記憶から消去しろ!!!」
「な、そ、それは……無理だろ!? 印象残り過ぎだし、あんな真正面で!!!」
「「「忘れろ!!!」」」
俺とレント、ナークの殺気に似た脅しに流石に「あ、はい……わりー姫さん」と謝る。
あとで俺も謝罪しないと……一応、これで一件落着か?




