第131話:話し合い
ースティング視点ー
「え、ミリアさん。お休みしてたんですか?」
ウィルス様と図書館で合い、最近よく話すようになったミリアさんの事を聞かれたのでそう話せば……分かりやすくシュンとなった。
体調が悪いのかと色々心配していたが、明日にでも復帰する事は分かっていたからそう伝えた。
「本当ですか……!!!」
ぱあっと一気に明るくなるウィルス様。これまた可愛い笑顔を見せて喜んでいた。髪を1つに結んでいるから一緒に揺れる。それがまた、可愛い。
朝から可愛い、癒しオーラ全開。
やっぱり連れ帰りたい。
父と兄さんにはそれを知られて速攻で叩かれた。酷い……。
ちなみに、今ウィルス様と居るのはいつもの遊び場。緩み切った俺の顔を子猫が叩くがダメージにはならない。むしろ、心のメーターが振り切って今すぐにでも可愛いを連呼したい気分だ。
「ミャミャ」
「こら、スティングさんの事を叩かない。めっ」
「……ミャ」
あぁ~~~もう!!!
最後の「ミャ」が、どう考えてもウィルス様の「めっ」を真似しているのが分かる。首を傾げないで。こんな朝から癒しオーラ全開で浴びたら仕事に支障が……働きたくない。
「はあ……癒される」
「和むよな」
「猫にもウィルス様にも」
「「「同意」」」
おーい、そこの騎士達。
にこやかに見るなって。そんな事してると、後ろから――。
「そんなに暇ならメニューを倍にして増やすか」
「「「………」」」
ほら。そんなに冷や汗をかかないで。こっち見ないで!!!
俺は関係ない。そっちは肉体派で動くでしょ? 俺の場合は頭脳で動くの。だから関係ない。
そんな睨まれても困るよ。兄さんに注意された自分達を呪って欲しい。
「バラカンスさん、朝からお疲れ様です」
「おはようございます」
さっきまで叱っていたとは思えない程の笑顔に切り返し。
こういう所はまぁ……ある意味では宰相としての教育を仕込まれているようなと思う。あ、俺もか。
「今日、レントは仕事ですか?」
「……すみません。ですが、あのスピードならすぐにでも自由になる時間が増えると思いますよ」
確かに。
最近のレントの執務スピードが速い。それに付いていくジークも兄さんも凄いんだけど……。
チラッと子猫と一緒にウィルス様を見ると分かりやすい位にまた落ち込んでいる。それに兄さんが傷付いたような表情をしているのも見える。……ちょっと面白い。
「無理、しないといいんですけど……」
「レントが無理をしているのはウィルス様の為でもあるんです」
「えっ……」
それは初耳。
俺の足によじ登ろうとする別の子猫が「ミャー」と鳴き、ズボンを噛んで知らせて来る。何だろうかと見ていると、手をウィルス様の方に向けて指している。
……聞きに行く、のかな?
「ミャウ」
コクリと頷いたから当たりっぽい。
しかも声を小さくしている分、ひっそりと聞く気でいる。でもごめん。ウィルス様とはそんなに離れていないから、ひっそりとか意味ないんだよと伝えたい。
にじり、にじりと姿勢を低くして近寄る子猫。俺の頭に乗っていた子猫も真似をして同じようにしている。
……こんな可愛いの止められない。
俺の後ろでは「あぁ、ダメだ」、「可愛すぎる」と同意見な事を言っている騎士。気付けば師団の同僚も居る。思わずいつから居たのかと聞けば、俺が頭を抱えている時だって。
ほぼ最初からいたのかよ……。
「ウィルス様と過ごす時間を確保する為に、いつにも増して取り組んでいます。あんなにやる気なのは久々に見ました」
「……私と、過ごす為……」
その意味に気付く事、約3秒後。ウィルス様は顔を真っ赤にした。湯気が出ているんじゃないかと思う位に真っ赤で、そのまましゃがんだ。火照った顔をどうにかしたいのか、それとも兄さんから言われた言葉に恥ずかしがってなのか。
唸りながら首を振っている。
そうしている内に、ひっそりと近付いていたであろう子猫と視線がかち合う。すぐに引き寄せて赤くなっている顔を隠す。
「ミャウ~」
「ニャア~」
ポン、とウィルス様の頭に手を置く。
そのままナデナデしている感じにもう俺が色々限界だった。
(はあ~~~。眼福ってこういう事を言うんだろうなぁ)
「おいっ。デレデレとしているな。ほら行くぞ」
ズルズルと引きずられるのも構わない。
今なら何を頼まれても「分かった」と言いそうで……。
朝から癒しを浴びたのに、ラーファル様からの仕事量が半端なかった。抗議したら「はい、やりますって言ったの誰かな」と笑顔1つで塞いできた。
あぁ、俺ですね。
……いいもん。ひっそりついて来た子猫を片手に仕事しようとしたら、簡単に奪い返されて「ちゃんとやれ」と言われてしまった。
「ミャー」
ほら!!!
手足をバタバタと揺らして俺の所に行こうとしてる。この可愛い反応を置いて行けと!?
終わったのが夕方……。疲れ果てた俺のご褒美なのか、子猫はずっと傍に居てくれた。嫌になったらその度に「ミャミャ」と応援してくれる。そんなこんなでどうにか終わらせた。
うん。効果凄い。
癒し……最高だったな。俺の意識はそこで暗くなって寝たんだと気付いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス視点ー
バラカンスさんからレントが頑張っているのが私と過ごす体と聞かされ、凄く熱くなった。見られたくない気持ちもあったけど、スティングさんと話をしていたのを思い出してしゃがんだ。
子猫でガードしながら、恥ずかしくなってそのまま図書館へと向かう。中にはこの子を入れられないから、遊んできて良いよと言えば寂しそうに「ミャ、ウゥ」と鳴かれてしまった。
そこに、パクッと首を咥えてささっと連れ出しのはビーだ。
オス猫の彼は私にチラリと視線を向けると、じっと図書館の方へと手を指してきた。
「……ありがとう。その子の事、お願いね」
分かったと頷いたように首を振られ、未だに鳴く子猫を無視して移動を開始した。ナーク君にもレントにも懐いているようだから良かったなと思い、中に入ると心地いい風を感じる。
照明代わりのライトには魔力を蓄積出来力るものを仕込んでいる。
魔力を通せば、炎を出すのも風を出すのも一瞬。他にも罠を張ったり出来るし、生活にもこうして役に立っている。
見た目は優しいオレンジ色の明かりだけれど、魔力を感じるからとこの前スティングさんに聞いたら風の魔法が付与されていると聞いた。風が通っているし本を保存するのにも適しているんだって。
極めると凄く便利なんだなって思って、思わず目を輝かせてしまったのは仕方ない。だって知らないのは事実だし、自分の知識として吸収できるのは面白いと思うんだけど……おかしいかな?
「んーー。すっかり遅くなっちゃった」
今日はここで1日を過ごした。
魔法について学ぼうと様々なものを読み漁った。子供から大人にまで分かりやすくまとめられたものを呼んでいる内に……夕方になってしまった。
手軽に食べられる様にサンドイッチを用意して、司書さん達の休憩場所にお邪魔していたらすっかり遅くなったし、寝たのもある。
気付いたら、居るのは私だけみたいだし…
「そんなもん、納得できねぇよ!!!」
そんな静かな場所に、怒声が聞こえた。
その声は良く厨房から聞く声。
周りに厳しくも妥協をしない、リーガルさんの声だ。
「何で理由を言わない!!! 何を隠してるんだ、ミリア!!!」
「っ……」
リーガルさんはまだ仕事中なのか、厨房服を着ていた。でも、後ろ姿だけでもイライラしているのが分かる。そして、ミリアさんも来ている事に驚く間もなくリーガルさんは話を続けた。
「この所、様子がおかしいし何かに怯えたように俺を見る。……なんだ。俺が何をしたんだ。何で、何も言わずに出て行くなんて言うんだよ。子供を抱えたまま!!!」
凍り付いたように私は動けなくなった。
ミリアさんが出て行く?
リーガルさんに理由を言わずに……? しかも、子供って……。
「何の不安がある。育てられない事か? それとも、俺との子供が嫌なのか」
「ち、ちがっ……そうじゃなくて」
「じゃあ、何で何も言わずに出て行こうとした。ミリアも子供にも、無理をさせたらダメなのは分かってるだろ」
「………」
リーガルさんは厳しいけど優しい人。
見習いさんに丁寧に教えつつ、ダメな所はどんな所かと説明して実践してくれる。
私にも最初は厳しくしていたけど、デザートを作る時のリーガルさんは楽しそうにしていて……ここ最近、味が安定して美味いと言われたばかり。何気ない優しさに厨房の皆は惚れ込んでいた。
だから、分かる。
リーガルさんは理不尽に怒ったりはしない。ミリアさんの事情もあるんだろうけど、それを踏まえて何も言わずにいたのかも知れない。それも……黙って出て行こうとしたミリアさんに我慢がならなかった。
会話の流れ的にはそんな感じを受けた。
「迷惑をかける……」
「そんなもん、最初に会った時から覚悟してたわ。今更、はいそうですかって言って捨てる訳ないだろ」
「……」
「言えない事があってもいい。でも……頼むから俺の事を突き放すな。誰にだって秘密はあるだろうが」
そう言った後に「体、冷えるから……ちゃんと戻れ。いいな」と、優しくミリアさんの頭を撫でたリーガルさん。仕事だからとその場から出て行った後で、すすり泣くミリアさんの声が聞こえて来た。
何度も、何度もごめんを繰り返している声が……辛そうにしていた。
出て行ければ良かったんだろうけど……。どうにもほっとけなくて、悪いとは思いつつ私はミリアさんにそっと上着をかけた。ハッとさせられたミリアさんは私の名前を呼んで抱きしめて来た。
それが何だか、私にも謝っているような気がした。リーガルさんの言うように体が冷えるとマズいからと一旦外に出る。そうしたら意を決したように私に言ったんだ。
話があるから付いてきて欲しいと。
そう言って案内されたのは……私が働いても良いと言ってくれたあの薬屋だった。




