幸せの形
「あれ……?」
レントとのデートを終えての翌朝。
ウィルスは首に付けているチョーカーに変化がある事に気付く。
レントの父親から貰ったチョーカーには3つの小さな水晶が埋め込まれていた。彼女は単に装飾の一部だと思っていたが、ラーファルに質問をしたら違うよと教えてくれたのだ。
彼の説明では、その水晶には普通のと違い魔力が込められた特別なものだと言う事。青い水晶はレントとの刻印、赤はナークとの契約で色が付いたもの。
(初めて聞いた……)
そう思ったのはウィルスの印象だ。
自分に魔力があるのは幼い時にカーラスから聞いて知ってはいた。レントと刻印を結んだことで、それが確実に実感できるものと理解もした。
彼女はまだ魔法について多くを知らない。
今はこうして生活が出来るが、つい数か月前までは不安で押し潰されそうなのをカルラと共に乗り越えて来た。
朝から夕方は猫のカルラとして、夜は人間として入れ替わる。
原因が呪いである事を知り、それが魔女によるものだと知った。
呪いを実行したミリアは、ウィルスを魔獣から守る為に行った。
それらを知る事が出来たのは、彼女に手を差し伸べたレントであり協力してくれる人達だ。
(幸せで……良いんだよね)
今でも思う。
魔獣を国に襲われ、両親を失い城に暮らす人達を失い自分が生き残った事に意味はあるのだろうか、と。
ウィルスを護衛していたラーグレスはギリギリの中で生き残り、隣国のディルランドでエリンス殿下の護衛をしている。南の国、ディーデット国では同じく護衛をしていたカーラスと再会し、そこで自分の魔法について触れた事。
少しであろうと学べた事。
だから、ウィルスは少しの変化だったとしても気になってラーファルに相談しに行った。レントは執務室まで送り届けた後で、事情を話しその方が良いと了解済みだ。
(よしっ。ラーファルさんの所に行こう)
疑問に思ったら行動を起こしてみる。
知らない事は調べてみる。今の自分にはそれをするだけの猶予もあるし、今まで知らない事を知れるのは楽しい事だと最近知ったのだ。
「このチョーカーを調べて、欲しい?」
「はい。あ、でも、忙しい……ですね」
彼女が通されたのはラーファルの仕事場である執務室。入って目の前の席にはレーナスが机に突っ伏しており、心配そうに見ていたら「寝ているだけ」と近付かせないでいた。
寝ていると思われるレーナスの前には、来客をもてなす様に長い木のテーブルとソファーが配置されていた。彼女はラーファルに進められ、ソファーに座り朝に思った疑問をそのまま話した。
「ふうん。昨日までは無かったのに、今朝起きたら既に変化が現れていたんだね?」
「はい。レントに確認したんですけど、昨日まで変化がなかったのは同じなんです。寝ている時にでも起きたんでしょうか」
首を傾げつつ聞くウィルスだが、ラーファルはレントから事情を聞いている。
大森林で聖獣に会った、と。
(……白銀の魔法を守る為のもの。初代の使い手が守りの使役としての魔法か。我等、と言っていたからにはその狼以外にもいたとみていい)
その狼は銀色に光っていたと聞く。
そう……3つ目の水晶がその銀なら、何かしらの意図があっての事だと言うのがラーファルの印象だ。
「良いよ。こっちでも手を尽くしてみる。そうなるとそのチョーカーを渡して貰う形になるとすぐカルラになるんだよね?」
「はい。でも、ここの猫達が護衛してくれるので大丈夫だと思いますよ」
朝から夕方までは飼い猫のカルラになる。
今では野生の子猫達で城の中を放し飼いにしているのが日常になりつつある。そのお陰か皆、人の言う事を聞く。それはカルラの教育の賜物であり、またカルラと同列に並んでいるリーダー格の猫が居るからだった。
白い毛並みのカルラとは対照的の黒い毛並みの猫。
しかし、3日おきに現れるカルラとウィルスには思う所があるのか野生の勘とも言えるべき所なのか。
その黒猫、ビーと名前を付けたその猫は察しが良くカルラの代わりに子猫達に教育を行った。
元より野生。
ナークにたまたま拾われた恩を返すべく動いていた。ビーはナークの事を主人として懐いている。だからこそ、ナークが主と慕うウィルスとカルラにも同様の敬意を払うのだ。
「ふふっ。じゃあ、猫ちゃんライフを楽しんでね」
「はい。久々にのんびりしておこうかなと思っています」
そう言ってウィルスは躊躇する事無くラーファルにチョーカーを渡す。彼女の元から離れた途端、ウィルスの体は淡く光りだしてそのまま飼い猫のカルラへと変わった。
ニャーン、と鳴くカルラは体を伸び伸びとしすぐにラーファルの肩へと向かいジャンプする。
「じゃ、私はこれを調べるから暫くの間その姿でね?」
「ミャミャ」
コクリと頷く。
そのまま、窓へと移動すればカルラが向かうのは1つ。猫の遊び場として設けている場所だ。トン、と軽々と下に降りて行けば見回りをしていた兵士達からは嬉しそうな声が上がる。
「おっ、またフラフラとして……今から遊び場に行くのか?」
「フミャン」
「そうかそうか。気を付けて行くんだぞ」
声を掛けられ、嬉しそうに鳴く。
ここも、随分と猫ワールドが広がったなと思いつつラーファルは仕事へと取り掛かる。
無論、寝ている上司を引っ叩く事を忘れずに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
遊び場に着いた途端、子猫達からのダイブと言う歓迎を受けた。
ビーがすぐに止めるように鳴くも、身動きが取れないカルラは首を振り構わないとサインを送る。
「ニャーー」
「フミャミャ」
「ミャウミャウ」
甘えたい子猫達からの声に、カルラは嬉しそうに対応する。
それを静かにみまもりつつ暴走をさせないように見る様は、父親のような貫禄さえある。
「あれ……どうしたの」
音もなく現れたのはナーク。
猫になった主を見て、疑問に思い抱き抱えると念話で事情を話した。初めは念話の行うのも難しかったが、回を重なる毎に慣れていきすっかり馴染みのものとなった。
「そう。ならずっと猫達といる?」
《遊んでから散歩するー》
慣れないのはナークの方だった。
ウィルスの言葉とカルラでの行動が違う。今もペチ、ペチと頬を叩かれながらも念話では違う話をされる。
でも、尻尾が揺れている。のんびり散歩出来るのが嬉しいのだ分かったナークは頭に乗せる。
「ミャ、ミャウ~」
「ウ~~」
「ニャ、ニャニャ」
カルラを乗せた途端に、目を輝かせているのは子猫達だ。ナークの足元に縋る様に鳴き、時には頭をグリグリと自分にもやって欲しいと言う意思表示でやっている。
それをひょい、ひょい、と自分の背に乗せていくのはビーだ。
ナークでなくとも誰かの背に乗りたいのかすぐに嬉しそうに鳴く。
「……和む」
ふにゃりと普段では崩さない表情も、猫達の戯れの前では無意味となす。ナークがそう言いつつ、カルラを撫でれば同意するように「ニャー」と鳴く。
気温が丁度良く空も快晴。
自然と目がつぶれていく。気付いたら猫達と寝ると言うスタイルになり、この時ばかりは護衛のナークも気持ち良さそうに寝ていた。通りがかったリベリーが「……まぁ、気持ちいい空だもんな」と言いつつ自然に寝る。
気付けば空は夕日。
久々に気持ちよく寝れたと思い、起き上がるナークは隣で同じように寝ているリベリーを見付ける。
「……やっと懐かれたんだ」
笑みを零すのも仕方がない。
リベリーの寝ている前と横では子猫が2匹。腰の辺りにはだらしなく体を預ける子猫が1匹。どれも気持ち良さそうに寝ており、少し離れた所ではビーがチラチラと気にしながらも見ていると言う状況。
(何だろう……家族感って言うのかな。安心できるんだね)
そう思っていたら、寝ぼけているのか子猫はペシッとリベリーの顔を叩く。それが何度か続いた時に彼を探しに来たと思われるバーナンが現れた。
「猫ワールドが広がってる」と言った表情がとても悲しそうだったのはナークとカルラの秘密にしようと思った。
結局、ラーファルに預かったチョーカーを調べて貰ったが異常は見られないこと。このまま様子を見て、変化があった時にはいつでも来て良いと知り思い切り頷いたカルラ。
「あっ。カルラぁ~~」
「ニャン?」
ひしっと抱き付くのは仕事が終わったと思われるレント。
スリスリと顔を寄せ、撫でる第2王子。ナークと同様に緩み切った表情にラーファルも同じようになる。
「さて。婚約者の時間を奪う訳にもいかないからあとはごゆっくりね」
「ん。それもそうだね。……じゃ、戻ろうか」
「………」
「カルラ?」
カルラの時でも思う。
この手を、彼の手を握っていても良いのだろうか。
迷惑を掛けていないかと様々な思いはカルラにだってある。けれども、レントは分かっているのかいないのか。
カルラを抱き寄せて「どうしたの?」と優しく何処までも優しく聞いてくる。
レントに会わなければ、この生活もない。あのまま泥水をすするような真似、カルラはよくともウィルスにはさせたくない。結局、カルラもウィルスが大好きでありウィルスもレントが好きな時点で、カルラもその好きに入るのだ。
「フミャン」
ーこれからもよろしくね、レントー
婚約者の問いに応える。
機嫌よく鳴いたカルラとウィルスの心の声が同時に聞こえてくる。それを聞いたレントは嬉しそうに、上機嫌のまま自室に帰ったのは言うまでもない。




