第130話:聖獣
ーレント視点ー
風が心地良い。そう思うのは隣でスヤスヤと寝ているウィルスのお陰かなと、思いつつ寝ている彼女の顔を撫で髪を触れる。
「ん、んぅ………」
「ふふっ。可愛い」
くすぐったいのか手で払ったり、避けようとしたりしている。その拍子にポスンと私の膝の上に落ち着いた。暫く見ていると幸せそうに寝ているウィルスに本当に良かった、と思えた。
戻ってからのジークから散々言われた。
私の愛が重いとか、ウィルスの事を縛り付けていないかと口うるさく言っていた。
『あんまり近いと嫌われるよ』
嫌われる?
ふと、言われた言葉を考える。嫌う……嫌う。ウィルスが私の事を?
『いやだ……いやだ、いやだ、いやだ、いやだ』
『そんな分かりやすく抗議しないでよ』
『ジークが嫌な事言うからでしょ』
そもそも何でウィルスが私の事を嫌うのか。何でそんな事を言われないといけないのか。
思わずじっと睨むようにしてジークを見ると、彼ははっきりと言ってきた。
『毎日、レントの自室で過ごして見せびらかす様にして食べさせ合って。しかも、ウィルス様と会う時間が少なくなると私達に魔法でぶつけてきて……訓練していた騎士達が参って、嘆かれるし』
え、ダメなの?
誰かさんの所為でウィルスと会うのが段々少なくなっている。この頃は一緒に食べられなくなったし、仕事が終わる頃に部屋に戻ればウィルスは寝ている。
1日あった事を話すのだって大事な事だと思うんだけど、それすらも出来ない。ファーナムから聞いたらいつもギリギリまで待っていてくれるんだけど、体を壊すのも悪いからと早めに寝ていると聞いた。
ウィルスの時でもカルラの時でも、だ。触れ合える時間が少ないから、今日みたいにゆっくり出来る日とかウィルス自身が私の所に来てくれたら嬉しいに決まっている。
『……それは……』
そもそも何でこんなに仕事をよこしてくるのか分からない。
睨むとジークは顔を逸らしながら、これでも私達の為だと言った。
少しでも2人で過ごせるようにと思っていたが、溜まる一方の書類整理。不穏な動きを見せているハーベルト国。周辺諸国にも被害は出始め、西と北では警戒が強くなっていると言う報告。
積まれてくる報告書の数々には似たような事が書かれている。
「……あぁ、もう。ウィルスと居る時にこんなこと考えるの止めないと」
こうして2人で揃っているのも久しぶりだし寝るのも久々だと。
フニフニ。
寝ている彼女の頬を押せば跳ね返る弾力。モチモチとした肌触りについ笑顔で続けていると、今度はその手が重なる。思わず起きているのかとドキッとした。
でも、聞こえてくるのは寝息だ。
触れてくれるだけで嬉しいのだから、もうこの気持ちはどうしようもない。止めろと言われて止められるものでもない。
「私も少し寝よう……」
彼女が用意した物は片付けたし、サンドイッチを食べていたから汚れるようなものはない。あとは帰るだけだからと水筒をしまい、心地いい風を肌で感じながら彼女の事を抱き寄せる。
私の腕を枕代わりにして一緒に寝る。
仕事の疲労はやっぱりあったのか、私はすぐに目を閉じた。
その時に近付いている者が居るだなんて思いもしなかった。その事に気付くのが遅れたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「んん……」
少し寝るつもりだったのに、思いのほか長い時間寝ていたようだ。
空を見れば既に茜色に染まった空が見える。そろそろ戻ろうと思いウィルスの事を起こそうとして違和感に気付く。
(っ、居ない……!!!)
隣にある筈の彼女の姿がない。
ドクンッと嫌な音が私の中で警鐘で鳴らす。すぐに辺りを見渡すが泉が見えるのと、花が咲き誇っているのは変わらない。
もしかして先に起きて、少し移動しているのかと思いすぐに走り出した。
「……鈴?」
何かの間違いかと思ったが、耳を澄ませ辺りの音を探る。
少ししてからリーン、リーンと綺麗な音が聞こえてくる。それは何処からだと歩く。そうしている間に、今まで浮かばなかった疑問が浮かんできた。
この泉はエリンスと見付けた時に偶然だった。
周りは木で見えないようにして生えており、通るのも一苦労した。それこそ剣で枝を切り分けない程に量が多かった。
なのに、ウィルスと来た時にはすぐに見つかった。
私達が見つけた時とは違い、邪魔をしてくるような木々もない。初めから見付けてと言わんばかりだったと今更ながらに思い出す。
「……最初から誘われていた? でも、誰が何の目的で……」
とにかく、と自分の頭を切り替える。鈴の音がする方向に進むべきだと考え、深い森の中を進む。夕日の光が差し込まない程の暗い場所。
彼女は居た。長い髪を揺らし私が上げたバレッタを付け、髪を1つに結んでの変わらない姿。その髪が薄いピンク色ではなく銀色に変わっていた事に少なからず驚くが、私には関係ない。
「ウィルス。無事だったんだね」
「………」
「戻ろう。私と一緒に」
そう言って彼女の手を取ろうとしてかわされる。振り向いた彼女はいつもの紫色ではなく、髪と同じ銀色だった。でも、そこにいつもの光はない。虚ろな目で私の事をじっと見ている。
「………」
「ウィルス?」
【恐れぬのか】
「!?」
目を見開いて、ウィルスの事を見る。
声は……間違いなく彼女から発せられている。でも、声は彼女のものであってそうではない。
プレッシャーがいつものウィルスではない。すぐに彼女の中になにか居る、もしくは乗っ取っていると思った。
「恐れるも何も私と彼女は婚約者だ。どんな姿でも、彼女の事を愛するのは変わらない。誰だか知らないがウィルスの事、開放して。しないと言うのなら――」
自分の手の平に魔力を集中させる。
魔力を通して現れたのは、私自身が扱う宝剣だ。相手――ウィルスはそれを見て驚いた様子。かと思ったら腕を組んで宝剣を覗き込んできた。
【ほう。珍しい……宝剣は守りの象徴だ】
そう言いながら妖艶に微笑む。例え相手がウィルスであっても油断しない。他の男達ならコロッと行くだろうが、私はそうはいかない。ウィルスがそう言う仕草をするのなら考える。
何をするのにも恥ずかしがる彼女にそんな事は出来はしない。
【……そんなに大事か? 髪の色と瞳が同じだけなら良いが、透き通る銀は違う。片方だけなら良いが、両方となると忌み嫌われる。昔から化け物扱いされて来た色だ。魔女達と同じだ。強すぎる力は嫌われ、恐怖を植え付ける】
意図しない事でも、と睨まれる。
フワリとジャンプしたかと思えば、私から離れるようにして立つのは泉の上。沈む筈なのに、まるで地面の上に立つ様にして立つ姿は浮世離れしている。神秘的とも思える光景に見惚れていると、彼女の手には宝剣が握られていた。
「え……」
気付けば私の手から離れた武器。
そんな私の反応に相手は面白いとばかりに笑われる。何だか気恥ずかしくなって居た堪れない気持ちでいると、【悪かったな】と謝られる。
【ここに入ってから暫くは見ていた。……この姿でいても、本当に何も揺らがないのかを確かめたかったんだ。許せ】
そう言った彼女の体から抜け出す様にして現れたのは狼だ。
毛色が銀色の瞳も同じ銀色。3メートルはあろうかという程のとても大きな姿。体が淡い銀色に発光しており、この世の存在とは思えない程の美しさがあった。
一方のウィルスはその狼を背に気持ち良さそうに寝ていた。
緩み切った表情は、この非常事態とも思える状況でも変わらない。余程、気持ちいいのだろうと言うのが読み取れる。
【今回の使い手は運が良い。今までの者達は皆、忌み嫌われ存在を否定された。愛する者からも、親友からも、両親からも……様々な者達からその存在を否定されて来た】
「……貴方は一体」
【我等は初代によって生み出された白銀の聖獣。強大な魔力から作り出された使い手を守る存在】
初めて聞いた言葉に戸惑う。
国の歴史の中でもそのような言葉は記されてはいなかった。それに魔法によって生み出されたものと聞き、それだけの強い力であるのは間違いないのだろう。
ウィルスが使った魔法にも銀の粒子が流れていたのを見たからこそ、その力の流れ方は聖獣と名乗った狼にも同様。
嘘を言っているようには見えない。
私が警戒を解いたのを見るとその聖獣は宝剣を返してくれた。受け取った宝剣をそのまま魔力で消し去る。その行動に目を見張ったようだが、聖獣はそのまま話を続けた。
【武器を返しはしたが、まさか消すとは思わなかったな。もし、悪い奴だったらどうする気だ】
「それこそ聞く意味はないね。ウィルスが既に貴方に対して警戒を解いているんだから、私はそれを信じる。ただそれだけ」
いくら寝ていると言っても、カルラからの警戒が無い時点で信じるに値する。ウィルスからも聞いている。自分が表に出ている時、カルラが不審に思った事はすぐに知らせてくれるのだと。
カルラがおかしいと思えば、寝ているウィルスを起こす為に鳴き続ける筈だ。
それがない。私が信じると思えるのはやっぱり彼女を基準にしているようだと苦笑する。
【ふむ。やはり我が出張る事もなかったか……。しかし、彼女に危険が迫っているのも事実。その事を伝えたいが為に姿を現した。叶うなら彼女の元に、とも思ったがそれはまたの機会にするか】
危険が迫っている……?
つまり警告をする為に現れたのか。ん、ちょっと待ってウィルスの傍にってどういう事?
【そう警戒を強くするな。顔が怖いぞ】
「ウィルスの事でなら緊急を要する。危険ってどいう言う事?」
【魔獣達の活動が活発化してきている。疑似的にその力を使っている国がある。それを知らせる為に、姿を現したんだ】
だが、と1度そこで言葉を切ると空を見上げる。私もつられて上を見るとすっかり夜空に変わっていた。
このままだと戻らないからとジーク達が探しに来てしまうか。そう思っていたら足元に魔方陣が光っている事に気付く。
【安心しろ。無事に城に帰すだけだ】
「え、ちょっ……!!!」
まだ話は終わっていないのにと焦るのを無視して、魔法が発動する。視界一杯に銀の光が溢れて目を瞑る。光が止んだのと驚いたような声が上がったのは同時だ。
「レント!!! 戻ってこないから心配したんだぞ」
「ウィルス様と過ごせて嬉しいのは分かりますが、こっちの気が休まらないから連絡位は寄越せって」
飛ばされた場所は城内で、私や兄様も使う休憩場所と知られている中庭だ。私達を探しに来たバラカンスとジークからの抗議を受けつつ、今まで大森林の中に居たのに一瞬の内に戻って来た。
その事に頭が追い付かないでいると、心配そうに顔を覗き込まれる。
すぐに何でもないように言い、抱えているウィルスをもう1度見る。彼女の髪はいつもの色だし、変わった様子はない。
ただ、1つだけ変わった所があった。
彼女が付けているチョーカー。3つある水晶には私との刻印の印として青色に染められ、ナークとの契約で赤に染められたのが2つ目。そして、透明な筈の水晶には銀色に染められていた。
長くなってしまい申し訳ありません。これでも、消せる範囲は消したのに……。
謎の狼とのエンカウント。レントは出来てもウィルスとはまだです。だけど、一応の印はつけたと言った感じです。




