リラルの挑発
リラルからそう言われて、ウィルス自身いずればバレてしまうのだろうと思っていた。でも、早いかも……と思うのも仕方がない。
「……そう言う事情があるんだね」
「ねっ、リラル様。俺の言った通りでしょ?」
「うひゃ!? ス、ススススティングさん!!!」
そこにとてもいい笑顔のスティングが入ってくる。
ラークと来た事もある彼は、大ババ様達が奥へと行ったのを聞くと追ってそんな事を言う。
「実は警備の人も、スティング経由で聞いていたんだ。半信半疑で休憩時間に行けば……ウィルス。君が居たって訳だ」
「俺はウィルス様の護衛から外されていない。逃げられません♪」
「そ、そんなぁ……」
ペタンと座り込むウィルスの肩を叩くのは大ババ様だ。
その目が諦めろと言われているようで、ウィルスはさらにガックリと肩を落とした。
その様子を見てスティングはクスクスと笑っており、リラルからは「相変わらず性格悪いね」と言われている。
「さて、ウィルス様。これで3度目になるね。レントがなかなか貴方をこちらに会わせてくれないからこうして来ているんだが」
「は、はいっ」
最初はレントとバーナンの2人が発表した披露宴。2度目は港町での時、そして今の3度だとウィルスは頭の中を整理していく。
すると、彼はウィルスにと小包を渡した。
エメラルド色の包装紙に、可愛いらしくリボンで飾られた物。ウィルスは誰からかと聞いたら、相手はギルダーツ王子からだと言った。
「ギルダーツお兄様から……」
世話になりっぱなしだな、と思いながら慎重にリボンを解いていく。中から小さな箱があり、その箱を開けてみると淡いピンク色の台座に乗せられた水晶があった。
直径6センチ程の水晶。透明な中に、自分の髪と同じようなピンク色に淡く輝いているようにも見えた。
これは……と思わず大ババ様に視線を向けたウィルス。
彼女の必死な視線を分かっては敢えて気付かないフリをしているのか、大ババ様はずっと笑いを堪えているばかりだ。
「その水晶に、自分の魔力を込めると良いよ。すぐに結果が分かる」
「結果……?」
何だろうと思いつつ、言われたように魔力を込める。
途端に水晶は輝きだしたと思ったら、次に出て来たのはルーチェの姿が映し出されていた。半透明の彼女は、いつもの色が濃いドレスではなくウィルスが着ているような淡い色合いのもの。
濃い色の赤も彼女らしいが、色を抑えてただけで随分と印象が変わるのだと思った矢先。
ルーチェが「成功です!!! お兄様、成功!!!!」とその場ではしゃぎ、次に彼女の隣に姿を現したのは弟のバーレクだ。
彼はルベルトやギルダーツと違い、瞳がクリクリとした可愛らしい印象。見た目、可愛い女の子と言われても納得できる容姿。しかし、その面とは違いルーチェ同様に剣を扱い魔物を相手に容赦なく行う。
ウィルスの前ではそう言った部分は出さない。知っているのは、彼女の従者として契約している同い年のナーク。話が合うからか2人が仲良くなるのは早かった。
「お姉様!!! 繋がった。大成功!!!!」
「これでお姉様と離れてても話せますね」
「「やったぁ~~♪」」
テンションが上がっている2人にウィルスは思わず首を捻った。
すると、その2人を後ろへと追い払うようにして現したのはギルダーツと手を振っているルベルトだ。
「妹と弟がすまない……」
「寂しがっているからね、仕方ないよ。ギルも念入りにって感じで、ハルート様経由でウィルスに渡すんだもの。……君も大概だよ」
ぶっ!! と噴き出したのは大ババ様だ。
何しているんだい、と言えばギョッとしたようにギルダーツは固まる。ルベルトは普通に「あれ、どうしたんです」と質問をして今までの経緯を話していく。
「——ふうん。お礼、ね」
ニコニコといつものように笑顔でウィルスを見る。
ギクリと肩を震わしたのは、何処かレントの兄バーナンに通じる所があり隠し事をして怒られている感じがあるからだ。本人に言えば、確実に自分の身が危ないと言うのを察している。
「何を送るつもりか、考えたの?」
「えっと……まずはお金からと思って、ここで働いてます」
何をするにもお金が必要だ。
食材を買うにも、贈り物を探すにもだ。
ギルダーツが送ったのは、ウィルスは寂しがらないようにと、考えた物だった。水晶は、2つありウィルスの分と自分達の分。リアルタイムで会話が出来る魔法道具はカーラスと遠見の魔法を融合させた自作だと言う。
「過保護過ぎ……!!!」
「こら。そんな事を言うもんじゃないよ」
スティングがそう言えばすぐにリラルから注意を受け小突かれる。
嬉しいような恥ずかしいような気持ちのウィルスは、真っ赤になりながら俯くしかなかった。そんな様子を微笑ましく見ている大ババ様と、リラルの父のハルート。
「王子と部屋は別室でしょ? 少しでも気が紛れればと思ってのプレゼントだよ」
「レントとは一緒の部屋ですけど……」
「えっ………」
そこで沈黙が起きた。
ルベルトはうーんと唸り、スティングは「あれ知りませんでしたか?」とすっとぼけた言い方をした。リラルとハルートは頭を抱え「……なんだか、悪いな」と呟きウィルスはキョトンとした。
「……何か、悪い事を言ったのでしょうか?」
「ん? あぁ、気にしないでいいよ。王子の溺愛ぶりが凄いな位な認識で平気だよ」
「そ、そう……ですか?」
小声で話される内容はウィルスと大ババ様のものだ。
その後、考えた末にルベルトは水晶は破棄して貰う? というとんでもない事を言いだした。
「そう、だな。……レント王子が居るなら、必要のないものか」
「えぇ!?」
「まさかそこまで一緒に居るとはね……」
「お姉様のラブラブぶりを見れただけでも、まだまだ頑張れます」
「元気な姿が見れて嬉しいもの」
「なら、課題を早く終わらせてくれ」
「「………」」
2人揃って顔を逸らし、聞かないフリをするルーチェとバーレク。
スティングが何処の兄も容赦ないなと思っている内に、気付いたら夕方近くまで話が弾んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「遅くまですみませんでした」
「気にしないで。私がそうしたいだけだから」
城の正門前。
ウィルスとリラルが話をする。スティングは護衛の為に、父のハルートを屋敷まで送っている。本当ならスティングがやろうとしたのを無理矢理に代わったのだ。
「人の仕事、奪わないでくれません?」
「いつも一緒なんだから良いでしょ? 私はたまに、なんだから」
「……」
その時のスティングの顔は忘れることはないだろう。
ぶすっとした顔でリラルを見る。スティングが可愛い物好きであるのは知っている。レントの兄であるバーナンと同い年であり、時々ではあるが魔法師団の飲み仲間として誘われる事もあるから、レーナスとラーファルとは面識がある。
バラカンスとリベリーも入ったりと気が休まるメンバーでのお酒を飲むのは、父のハルートと飲むのとはまた違った味わいがる。
バラカンスの弟であるスティングの性格を知っており、彼がレントの婚約者でバルム国の姫の事も気に入っているのは既にバレている。だからこそ。彼を抑える術をリラルは知っているのだ。
「あ、昼間のサンドイッチ美味しかったよ」
「ありがとうございます……」
顔を少し赤らめながらも、嬉しそうに言うウィルス。そのフワフワとした雰囲気と愛らしさから、レントが構いたくなるのも分かるな、と。親衛隊なるものの事はリラルの耳にも届いている。
その後、彼女が厨房での出入りも含め図書館とを行き来しているのを聞く。師団の敷地の中に猫の遊び場を作られたという話を聞き、癒しがここにもあるのかと考えた。
今度様子を見に行くのも良いのかも知れない。
そんな事を考えていれば、ウィルスはレントが働いている執務室へと辿り着く。リラルにここまで送り届けた事のお礼を言ったら、扉が開き中からジークの姿が見えた。
「あ、ウィルス様……っ、リラル様!? 待って下さい、今――」
「気にしないで。私が送り届けているだけだから」
「は、はぁ……」
リラルの姿を見た瞬間、ジークは慌てている様子。それを手で制し、ウィルスの事を送ったと言い落ち着かせる。中に入ればまだ仕事をしているレント。彼の周りには大量の書類が詰まれ、バラカンスは終わったものを整えまた細かく整理をしている。
レントは入って来たのがウィルスだと気付くと、すぐに顔を綻ばせた。
「ウィルス!! ここまで迎えに来てくれたの?」
「リラル様に送って貰って。ナーク君はリベリーさんと居るよ」
本当は魔物退治をして、薬の材料となるものを探す事だがそれは言えない。苦しいながらの嘘をついたウィルスに、その事情を知っているリラルからすれば思わずクスッと笑ってしまったという状況。
「ん。じゃあ、もう切り上げる。ウィルスと居たいから♪」
そう言いながら既にウィルスに抱き着いている。
人目があるのだからと、彼女はすぐに顔を赤くし「ちょっ、恥ずかしいから……」という密かな抵抗も綺麗に無視だ。
そんな様子を見ていたリラルはちょっとだけ。というよりイタズラ心に火が付いた。別れ際にレントに耳打ちしたのだ。
手作りサンドイッチ、美味しかったんだ。良いでしょ?、と。
「………えっ」
「レント?」
どうしたの? と聞くウィルスだが、今のレントにはそれすらも聞こえない。頭の中ではリラルの言葉を何度も繰り返される。
理由を問いただそうとしたが、既にリラルはジークを連れてさっさと出て行く。ウィルスに今日1日、何があったのかと聞くもどうも歯切れの悪い彼女にむすっとなる。
しかし――。
ーり、理由があるし。それに、レントには喜んで欲しくて……ー
そんな婚約者の心の言葉に今度はレントの方が打ちのめされる方だった。必死に嘘を言いつつ、頑張って隠すウィルスが可愛くてしょうがない。
怒られるのが分かっていて、それでも言わない健気な所が可愛いと。
結局、レントはウィルスにそれ以上聞くことはせずに改めて自分の婚約者が可愛いのだと思い知らされた。




