第14話:契約
ー暗殺者視点ー
ボクはナーク。
ハーベルト国の国土の中でも恐らくは土地としては狭い里に住んでいた。でも、苦しいとは思わなかった。ボク達は主に仕えるトルド族の人間だ。仕える主は人それぞれであり、一度仕えると決めた主にはどんな事であろうと従う。
主に仕えるとボク達は魔法が扱える。主の魔力を貰うから、ボク達にも扱えるんだとか。かなり珍しい一族だと父さんが言っていた。
「良いかナーク。仕える主を間違えたらオレ達は一生道を踏み外す。だから、お前がこれだと感じた主に仕えろ。ようは直感だ、直感。んでもって、頑張って超えろよ――オレをな!!!」
そう言われながら自分が吹き飛んでいくのがよく分かった。
あぁ、今日も勝てなかったかと舌打ちし……ボクは地面に叩きつけられた。
恨めし気に見ればボクと同じ黒い髪に、水色の瞳を宿した軽い男はケラケラと笑った。
コイツはリベリーって言う軽い男。
だけど、1度も勝てた事がないし言い方もムカつくからやり返したいのに……軽くいなされて今日も倒される。
「おいおい頑張れよ」
「うっさい……」
「まぁ、最近だとこの国も危ういって感じだ。気を付けろよ?」
「出て行く人間に言われたくないよ」
「可愛げのないガキめ……」
そんなやり取りも含めてボクは彼を兄として慕っていた。自分は紅い瞳でリベリーは水色だからか里の皆には勝手に兄弟扱いされている。
それにもムカつくんだけど、兄が居ない自分としては半分は嬉しかった。……半分だ、半分。
あとは尊敬なんてしないし、そんな部分はない。
でもリベリーが旅に出て数年後、ボクが15歳の時に里はいきなり襲われた。
この国の王は忠誠を誓うボク達一族が欲しがっていたのだと、噂程度でも知っていた。
恐らくは……ハーベルト国の兵士達が襲って来たんだ。誰か使える人間はいないか選別するために。
「逃げろっ!!!」
そう言って庇った父さん。
助けたかったのに、それが出来なかった。周りでも似た様な出来事があり逃げ遅れても、兵士達に斬られる。
泣き叫ぶ子供の声もあったが、やがてそれもなくなる。
無我夢中で逃げ延び、暗殺の仕事をしてどうにか食いつないでいた。その腕を買われてボクを手元に置いた者達がいる。
それが――今、行動を共にしている裏家業を専門に行っている男達だ。
「……随分と懐かしいものを見た」
自分が泣き疲れるとは思わず重い瞼をこする。近くでは自分に寄りかかる彼女がいる。
傍に誰かが居るのがこんなに心地いいんだと気付き……もし、彼女に仕えられたのなら、と考えてしまう。
「……無理、だよな」
頬を軽く撫でていると、乱暴に扉を開ける音が聞こえて来た。途端に自分の頭が冷めて来る。
「よぅ、ナーク。随分と可愛がってるんじゃねぇか」
「……世話を頼まれただけ」
自分の声がここまで低くなるとは思わなかったな、と思う。ボクよりも体格のいい大きな男、ガナムが気絶している彼女の顔を覗く。
「ほぅ、上玉だな。なんだ、ナーク。お前も男だな……お楽しみか?」
「バカ言え。あの令嬢の叩き過ぎで気絶だよ」
下品な笑みを向ける奴に思わず、殺そうとした自分に焦る。何で、こんなに……と、予想外な事になるのかと思った。
(……彼女、だから?)
ほらよ、と自分達に食事を持ってきたから受け取る。
温かいスープとパンと言う軽めのものだが、彼女にはささやかでも良いだろう。自分達はここに暫く滞在すると言う話を聞きながら適当に相づちをうつ。
「……早く出たいな」
「んなこといってもな。金はいいし、食事も上手いときた。残る理由としていいだろうよ」
お前等のだけどな、と心の中で吐き捨てているとピクリと動く彼女。
既にガナムは出ていっている。クンクン、と鼻を嗅ぎ食事の匂いだと気付くとキラキラとした目で見ていた。
「食べ、る……?」
「うん!!!」
さっきまで叩かれていた人物とは思えない位の笑顔。それが何だか可愛くておかしくて……笑ってしまった。
キョトンとした彼女は首を傾げて来て「貴方も……お腹、減ったよね?」と今度はボクをも巻き込もうとしている。
「ごめんごめん。……はい、パンはちぎるから食べにくいなら言って。小さくするから」
「ん」
餌付けしている気分になりながらも、自分の心は不思議と満たされる。じっと彼女の事を観察した。
ゆっくりとだけれど、咀嚼がしっかりしているしこちらの受け答えにも答えてくれる。自分の体内時計から夜の8時過ぎだと推測をつけて改めて地下室を見渡す。
出入口はガナムが入って来た所の1箇所のみ、外に出るならここしかない。あとは鉄格子で固められた小窓が2箇所あり、窓を割っても人間が入れる隙間ではない。
「……食べないんですか?」
ボクが1人で考え込んでいたら彼女からそんな質問が飛んできた。
しかも、裾を引っ張って何度も呼んでいたらしい。無視されたのが嫌なのか、むっとした表情をされてしまった。
「ボクは毒味をしたから平気。全部食べても良いよ」
我ながら自分がこんな優しげな言葉を使うとは、とてもじゃないが信じられなかった。そうしたらパンをちぎりこちらに差し出してきた。
「倒れちゃう、から……」
それでも平気と告げた。ボクはまず彼女を優先しているから、と根気よく説明をしなんとか納得して貰えた。
頭で納得しても感情が納得してないんだろう……むっとした表情は継続中だ。
「今日ほど自分の仕事に嫌気がさすとは思わなかった。すぐに脱出を」
「平気。……これは、私がいけない、から」
「——えっ」
疑問が浮かんだ。
こんな事、普通なら2度と合いたくない筈だ。パニックに陥っていない状況にも不思議に思いながらも、これ以上に過酷な事を彼女は知っている。
そう、思わずにはいられない程に冷静になっているのが……少しだけ恐怖心を生んだ。
(落ち着きすぎている。……いや、この見た目で暗殺に携わってはないはずだ。でなければボクに気付く筈だ)
「彼、に……迷惑を、掛けたくない……」
震える声でそう訴えてきた。彼、と言われて思い出すのはこの国の第1王子と第2王子のどちらかだとすぐに分かった。
なんせ彼女がいた部屋はその王子の自室だ。
どちらの部屋なのかは時間に限りが調べられなかった。でも、この国王と王妃の顔は調べて知っているからすぐに当たりを付けられた。
その王妃の傍で楽し気に話しているのを見かけてじっと待っていたからだ。同時にあの令嬢からも追加の命令が下された。
――王子の傍で楽し気にしていたピンクの髪の女……ソイツをすぐに連れて来なさい。痛い目に合わせてやる。
その言葉に少なからず憎悪があるのは読み取れた。ボクも昨日、彼女の事を何と無しに見ていた。探している人物がピンクの髪である事以外の情報は分からずに詳しい容姿も言われていない。
無理な依頼内容だと思っていた矢先に、昨日の夜の王都で見かけたんだ。賑わう王都の中でも、1人だけ……いや、一緒に居た男性も含めて目を奪われた。
1人は黒髪に黒い瞳の男性でとても幸せそうに女性を見つめていた。そして、その女性が自分が依頼された人物であるとすぐに分かった。同時に彼女の笑顔が眩しくて、自分とは相容れない存在であるのが痛感し同時に羨ましくもあった。
自分にもあんな感じに笑えるのだろうか?
何気ないものでも、あんなに嬉しそうに目を輝かせている。1つ1つの動作がどうにも気になってつい後をつけてしまったボクは悪くないと信じたい。……いや、ダメか。
「……ナーク、君?」
「良いよ、呼び捨てで。年上でしょ?」
「……17歳です!!」
そんなに「自分が下だよね?」って言うアピールは要らないから。何でそんなに自信たっぷりに言って来るんだろう。
ボクが16歳だと言えば、何故かショックを受けた挙句に「ご、ごめっ……え、だって……」と慌てしまった様子。
「……ふっ、ふははははっ」
「ナ、ナーク……君?」
あー、ダメだ。色々と敵わないな、と涙目でウィルスと名乗った女性を見る。いくら大人びているように見えたとしても、凄く慌てた様子の彼女がどうしてもあの令嬢と同じだと思えずに笑ってしまった。
もっと高圧的で、人を見下すのが当たり前だと思っていたから。なのに、彼女はそうじゃない。
ただ、それだけなのに……たったそれだけの違いだと言うのに満たされる心は嘘を付けないのだと思った。
「……やっぱり君は帰す。迷惑かどうかはその王子に聞けばいい」
「っ、でも……ナーク君。そんなことをしたら」
分かってる。ウィルスはどうやら重要人物っぽい。あの令嬢はそれを知らないから恐らくは王族の怒りを買った可能性がある。
……今から城に送り届けても、ボクは生きてはいないだろうね。
攫った賊としてその場で処刑なり、尋問されるだろうけど末路は同じだ。
でも、このまま彼女を閉じ込める方がボクには耐えられない。せめて……巻き込んだ代償として自分の命を支払う覚悟はしてある。
「……いい。ウィルスの身体に傷を付けた代償として……死は受け入れる。こんなボクでも償いにはなるよ」
「そ、そんなっ、そんなこと言わないで!!!」
死を受け入れると言ったその瞬間、ウィルスは酷く焦った表情をした。死と言う言葉は引き金になったのか、彼女はずっとそんな事はしないでと繰り返した。
自分が傷付くのは良いけど他人が傷つくのは嫌だと、涙ながらに語った彼女はボクに話した。
自分の身に起きた出来事、呪いの事。不自由な体でも、大事にしてくれる人がいるのは良い事だけど、他人が傷付くのは我慢できないと訴えてきた。
「私が我慢すれば……それで上手く回るなら……それで、いいの。皆に、迷惑を掛けたくない。ナーク君も、死ぬなんて……そんな悲しい事、言わないでよ」
「悪い……受け入れられない」
「!!!」
秘密を暴露したら考え直すのだろうと思ったようだけど……逆だ。余計に張り切らないといけなくなった。
そう思い、懐に小回りの効くナイフを取り出して――自分の右手の手の平を貫く。
「なっ!!!」
慌てるウィルスを無視してポタリ、ポタリと血が流れる。それが意思を持って円形を描き赤い光を発した。それを驚いた様子で見ているが、ボクはやっぱりと思った。
彼女のチョーカーにある水晶には刻印が淡くだけど光って見えた。
契約を行う刻印は魔力を伴うものが殆どだと理解していた。だからボクは、ウィルスには高い魔力が備わっていると確信できた。
だから――結べると思った。
「我が名はナーク。トルド族の名に懸けて、この命は今から主たる貴方だけの物だ」
赤い魔方陣がチョーカーに付けられている水晶に集められていくのが見える。魔力を溜められる水晶は珍しく貴重な物だと聞いていたから、内心で良かったと思い笑みを零す。
透明だった水晶に赤く色づかれていく様を見る。それに呼応するように、隣の水晶からは淡い青い光が放たれるのが見え別の魔力が感じられた。
「い、一体、何が……うきゃっ」
驚いているウィルスに構う事無くボクは彼女を抱き抱える。驚いてしがみつき、どういう事なのかと視線で訴える。
それは走りながらでも説明出来るからと言いどうにか納得してもらう。
「まずはここを脱出します、主。少しだけ辛抱していて下さい」




