第123話:初めての薬作り
ーナーク視点ー
リグート国に戻って来れてほっとした。
自分の家みたいに帰ったような安心感と心地よさ。主の傍に居られてば良いと思っていただけに、自分がこう感じる事に少なからず驚きを覚えた。
「………。」
何を考えるもなく、珍しくボーっと空を見る。今、主は王子と居るし部屋で籠りきり。南の国に行ってて分からなかったけど、ここに戻って来て実感した。
王子の部屋。防壁の魔法が自動で入るようになっていたんだ。だから、部屋に入る時には王子の許可がいる。最初は不思議に思って、今では確認してから入るけど……まさか、自室にそんな魔法を掛けてるなんて思わなかった。
ただ、王子が部屋に居る間だけだから万能って言う訳でもない。
あぁ。だから最初、主の事を攫った事が出来たのだと思った。今は王子が居ない時、仕事で部屋に離れている時は平気だって。
ボクが主の傍に居るから。
それが分かるから、自分が部屋に居る時は休んでいいって。……だから、言葉に甘えて今は適当な中庭っぽい所で空を見る。
(涼しいぃ~~)
今は昼頃。気持ちいの良い風とディーデット国のような強い日差しではない、丁度いい位の暖かさの日差しにウトウトとし始める。
(………猫の気持ち、分かる。こういうの、何て言うんだっけ……)
天国? 極楽?
まぁ、どっちでも良いかと思ってボクは完全に意識を手放した。
誰かに撫でられているのが分かる。
たまに頬を突いたりとイタズラをしている。遊ばれているのが分かるんだけど……それもまた気分が良いと感じてしまう。
「起きた?」
「……起き、ました」
ごめんなさいと謝るとクスクスと笑う声が聞こえる。だってビックリだよ。
王子のお母さんが面白そうにボクの頭を撫でてるんだもん。
……どうしよう、顔に集まる熱を処理したいけど。
何だか離れる気が無い感じにどうすれば良いのか、と考えを巡らせるとラウド様がボクをお茶に誘った。
「………。」
えっと、どういう事?
まだ、寝ぼけてる? 夢? 現実??
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
案内されたのはラウド様が休憩にと使っている部屋だ。風が心地いい理由は窓から吹く風なのもあるし、小さな庭が部屋と繋がっているからだ。
「………」
「私、緑が好きでね。このドレスもだけど、私にとってこの国の象徴とも言えるエメラルドが好きなんだ。だからギースに頼んでちょっと作って貰っちゃった♪」
普通、頼んだ位では作れませんよ。なんて言える筈もなく、ボクは「凄いですね」と言った。
ラウド様は優しい笑顔を向け、好きだと言った緑系のエメラルド色を少し薄くしたようなドレスを身に付けていた。綺麗って言えば良いのかな。……なんだろう、主にならすぐ言えるんだけど。
「ふふっ。ウィルスになら言えるって顔してるね」
「!?」
「慌ててる慌ててる」
よしよし、と何故か撫でられる。
頭にハテナが浮かびながら、されるがままの自分自身にどうにか区切りをつけた。
ボクとラウド様。あと主と王子の世話をしているファーナムさんと言う異色な組み合わせ。落ち着かなくてファーナムさんを見るけど、笑顔しか返してくれない。……酷い。
王族の作法なんて分からない。
ダンスの心得もないし、マナーなんてものもよく分からない。そんなボクを王子のお母さんが呼ぶ理由も本当に……何でなのかと思う。
「レントの無茶に振り回されていない?」
「へっ……」
目の前に用意された焼き菓子と高そうなティーカップに注がれる紅茶。用意されるまま、誘導されるままに席に座るとラウド様からの質問に思わず目が点になった。
無茶……。
王子が無茶するのはいつだって主の事。ボクも主の為なら普通に無茶だってするし、そうだと思っている。
だからラウド様の言う心配事はない。振り回されてはいない、と思う。
「大丈夫、です。王子といるの……楽しい、ですから」
「そう……」
何の心配をしているのか分からないけど、ボクの正直な答えを言う。そもそも、何でボクを誘ったのかと首を捻ってしまった。
ラウド様が言うには、城の中庭で散歩していたら日向ぼっこしているボクを見付けたんだって。ウトウトして完全に寝てしまったボクを見て、体を壊すとマズいと思ったんだけど起こすのに忍びなかった、という。
………ごめんなさい、中庭でそんなことして。うぅ、恥ずかしい。猫だったら平気だったのだと今更ながらに思った。
「貴方は危険な事を危険と言えるかしら」
なんか、答えに困る事を聞く……。
うぅ~と唸っているとノックする音が聞こえ、ファーナムが出るとニコニコ顔で「来ましたよ」と言ってここに来たのは王子のお父様。
えっ!? 何で!?
「おぉ、息子よ!!!」
「い、いえ……」
「聞いて。表情が豊かで反応が可愛いの♪ 息子達にはないタイプだわ」
「そうだな。レントもバーナンも早くから達観していたし、扱い酷いし」
何故だか挟まれるように座り、2人してボクの事を良い子、良い子と言ってくる。反応に困るから焼き菓子をパクッと食べてどうにかやり過ごす。
「これからもレントの事、よろしくね。バーナンには別のお兄さんついているから平気だと思うし」
それはリベリーの事を言っているのかな。
まぁ、バーナン様は平気そうだと思うから良い。リベリーは……いいや、どうでもいい。
「無茶を言ったらすぐに言ってくれ。君もここを自分の家のように使って良いんだからな」
「……ありがとう、ござい――」
「こらーーーーー!!!!!」
お礼を言おうとして、怒り狂う宰相が入ってくる。
ズカズカと大股で歩いてきて、ボクが居るのとラウド様を確認して最後にギロリと睨んでいるのは……国王。
この様子だと仕事を抜け出してきた感じ、かな。
すぐにイーザク宰相の説教が始まり、近衛騎士は部屋の中を伺うもすぐに扉付近に立って見なかった事にした。……どうやらボクはあの2人にとってのお気に入りらしい。
いつでも遊びに行って良いんだって。
主を連れて来たら、もっと喜ぶかなって、リベリーに聞いたら「止めとけ」と言われた。……どうして?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス視点ー
薬屋に働き始めて1週間。レントに知られずに1週間。……頑張っていると思う。
分かってはいるけどお金はすぐには貯まらない。
まず、ここにお客さんが来ない。ネルちゃんが最初の方で暇そうにしていたのがなんとなく分かる。そして、初めてのお客さんだと思っていたらラークさんですぐに事情を話した。
「……それで、内緒で働いている、と」
「はい」
お礼をするのに、と強く強調した。
今もレントは籠っている。そろそろ禁断症状が出る頃だろうと言う。
「倒れませんか?」
「ジークが管理しているから平気ですよ。症状の方は……ウィルス様は知らない方が良いです」
え、そうなの?
後ろで大ババ様が笑ったような気配がした。振り替えるといつものように、薬の材料となる実を割ったり砕いたりと作業をしている。気になって後ろから見ていると「やるかい?」と聞かれてしまった。
……売り物に、なるんですよね? いきなり、こんな素人にやらせます?
「前にも言ったろ。経験を積んでおいて損はないよ。どんな事でも繋がる時は繋がるんだ」
「ここで覚えたら、薬師室での練習も出来ますよ?」
「………。」
ラークさんの甘い誘惑に負けて、大ババ様から指導を受けた。
今、思うとリグート国の王城では厨房、図書館と時々に師団の訓練場と範囲は狭いので広げて見るのも良いかもと思った。
ディーデット国は師団との行き来、ルーチェちゃんとバーレク君の2人と秘密基地での冒険と動き回った記憶はまだ新しい。だから動き回るのも良いと思っていたので、ラークさんのお誘いは嬉しい限り。
「力が強いと実が砕けるよ」
「はいっ……」
「力だけでやると成分が苦いのしか出ないから軽くだよ」
「はいぃぃ!!!」
どうにか出来たのは塩のような見た目の薬。
ただ、本来はもっと作れるらしいんだけど、初めてと言うのもあるから一つまみ分の量しか作れなかったけどね。
「ただいまーー」
その時、レイン君達が戻ってくる。ただ、扉を勢いよく開けた所為で私の手の平のあった薬が全部床に……落ちた。
「あうぅぅ~~~~!!!!!!!」
「「「…………」」」
「え、え、何?」
せめて一粒でも!!! って思ったけど、無残にも全部床に落ちた。自分で作ったというのもあるし、初めて出来上がった物もあるからショックが大きい。泣き崩れるような私の姿と、大ババ様達が冷めた目でレイン君の事を見ている。
察したニーグレス君は持っていた道具や薬の材料を素早く奪い、ささっと離れる。それで真っ青になったレイン君が逃げようとしたのを……バタンと扉を閉めたのはラークさんだ。
「ちょっ……な、なにが。待って、俺は何したの!?」
「うん、酷い事」
「だから何をしたの!?」
サラリと簡潔しか言わないラークさんに、レイン君の焦りが聞こえてくる。でも、私は衝撃が大きいから気にしていられない。落ちてしまった薬を涙ながらにすくう。
それを見たナーク君がすぐに雰囲気を変えた。
「………ネル」
「分かってる」
「えっ、うわっ!! な、何してんだネル!!!」
慌てる声に思わず顔を上げる。
見ればネルちゃんがレイン君の事を縛り上げ、ラークさんは出入り口を死守しニーグレス君は大ババ様と話をしている。
「ぐほっ……!!!」
ナーク君に思い切り殴られるレイン君。やり切った感のナーク君に何故だか周りは拍手を送る。
ガクリと倒れる彼を起こす者は居ない。それも可哀想だからと起き上がらせると「もっと反省しろ」とネルちゃんに言われていた。
大ババ様にはまた作れば良いと聞き、そうなんだと切り替えたから……レイン君には申し訳ない気持ちで一杯になった。




