第121話:新しい日常
場所は東の国、ハーベルト国。
その国の城。王座に座っていた人物は怒りに体を震わせていた。
ついには耐えきれなくて、床に叩きたつけた。パリーンとガラスのコップが砕け散り、それを憎々し気に睨んでいるのはこの国王。
ふー、ふーと獣染みた荒い息を吐き聞かされた内容にギリギリと拳を作り強く握りしめる。
「今、なんと……言った」
「………」
「なんと言った!!!!!」
報告をしたのはハーベルト国が抱える暗殺ギルド。
告げた者は全身を黒いマントで覆い、王の前だからと膝を折り頭を垂れている。苛立ちは分かっているがこちらも仕事だと割り切り、報告を続けていく。
「……南の国は生存。衰える所か逆に耐え抜き、何故だかあれ以降の魔物の出現が減っています」
ウィルス、レント、ナークが協力して張った国の結界。
魔獣に効果を出しただけでなく、魔物の活動にも多少なりとも影響を与えていたが、当然この国は詳細な事など知らないでいる。
その原因も調べるように言われていた暗殺者達も、誰一人として帰って来た者は居ない。南の国でも同様の暗殺者は居るのだ。ある意味帰って来ないと言うのが普通かと思いつつ静かに息を吐いた。
なにせ相手は一国の国王だ。疲れない訳はない。
「ぐ、ぐぬぬっ……。どういう事だ、どういう事だ!!!」
ダンッ、ダンッ、と床を強く踏む。
ここでどうしてかなど分かり切った事は聞かない。イーゼストを落とし、この大陸の覇者として君臨する為にと、様々な国に圧力をかけようと画策していた。
現に歯向かった国は魔獣で蹂躙してきた。その例がイーゼスト国。それを知っているのは東の国の中ではいない。全て壊してきたからだ。
そんな時に今まで鎖国していた南の国が、貿易も交えて他国と交流しようとしているのを聞いた。これはチャンスだと思い、人為的に作れる魔獣達をその国に向かわせ滅ぼそうとした。
(バカな……あれに勝てる存在がいるのか……!!!)
本物の魔獣でさえ、魔物と違い災害扱いとされている。
一晩で国を潰した。街も村も関係なく蹂躙し、あとに残ったのは無残な跡。魔法での攻撃も上級クラスの攻撃でやっと効くか、足止めに成功できる位の些細なもの。
だから彼は疑わなかった。
魔獣が負けるなど……あってはならないのだ、と。
「……調べよ」
「………」
「本物と違い人為的に作った魔獣はこちらの手で制御が出来る。だが、それでも仮に……魔獣が負けて来るなどど言うなよ」
ギロリと睨むは報告を告げて来た男。
黒いマントをフードのように被せていたが、国王の言葉により取り払われる。
サラリと流れる髪は黒。
王の前でもニヤニヤとしていたが、すぐにすっと真剣な表情になる。猫の様な目で黄色の瞳が怪しく光る。
「知らべて報告して……捕らえますか?」
「生かして私の前に差し出せ」
「止む無く抵抗されたらどうしましょうか……傷、付けない方が良いんでしょう?」
自分が傷を付けたいんだから、と言いたげな口調でも気にした素振りも見せない。鼻で笑い「軽くなら構わない」と聞き思わず聞き返してしまった。
「軽く……ですね。分かりました。こっちも部下を何人か飛ばしておきましょう。――おい」
男の呼びかけにすぐに姿を現したのは3名の人物。
皆、黒装束に身を包み闇に紛れやすい服装を着ていた。今までの会話を聞いてたなと言えば「もちろんです」と答えが返っってくる。
とりあえずの候補として中央大陸のリグート国、隣国のディルランド国。落としきれなかった南の国、ディーデット国の3国を調べろと言いそれぞれが動く。
「調査にはそれなりの時間が掛かります。今暫くはお待ちください」
そう言って報告した男は音もなく姿を消す。
誰も居なくなった部屋で、国王以外にもう1人の人物が居た。漆黒の髪に群青色の瞳のゼストが、ニヤリと密かに笑っていた。
(クククッ。踊っていろ……気付いた時には――)
その時は終わりだ、と声に出さずに静かに自室へと戻っていく。
彼の元にも報告は来ていたのだ。国王とは違った報告を受け、この先が楽しみだと彼は言った。
(待っていろ。姫……)
あの夜会で出来事を思い出す。
自分に対して一歩も引かない所。ハッキリと断って来た度胸と時折見せる幼さのある笑顔と、ダンスの時に見せた場を支配させた凛とした雰囲気。
諸外国も含めて彼女を求める理由が少なからず見えた様な気がした。
籠の鳥のように閉じ込めたいと思うのは自分だけではない。彼女は既に他人の物となった。
『私はレントの物ですから』
心揺らぐことはない。どんな誘いになってもと無理だと言わんばかりの強い意志。他人の物でも関係がない。何故ならば――
「愛する者が居ようと塗り潰せばいい」
それこそ自分無しではいられないようにさせる位の強制力。姫の瞳に自分しか映らないと言うのはいい気分だとゼストは思った。
当面は国王の行動を静観しつつ、狙える所は狙おうとある男に依頼を出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス視点ー
「今日も頑張らないと……!!!」
シャッキと背筋を伸ばす。後ろに控えていたナーク君は「頑張ってぇ」と応援してくれている。
お兄様達と別れて既に1カ月。
私達はリグート国へと帰って来た。ルベルトお兄様と踊ったあの日。彼が最後に私に言った言葉を思い出すと今でも顔が熱くなる。
『別れる直前に、ギルに軽くで良いからキスして欲しいんだ』
何故? と思わず聞いた。
しかもレント達の目の前で、だ。これは怒られるパターンなのは分かっていたから断ったのに……。
『彼には私から言っておくから心配無用だよ』
笑顔でそう言われてしまった。しかも、断言的に……。でも、ルベルトお兄様ならやりかねないと言うか実行するのだろうと言うのが分かる。
そして、別れの日からずっとレントの不機嫌さが目に見えて分かり、ナーク君の後ろにビクビクと隠れた。
………だって怖い、もの。
ナーク君が懸命にガードしてくれるから助かった。ありがとうと言う意味で頭を、軽く撫でたら『頑張る!!!』と言ってやる気をさらに出した。
そんな私の様子は当然ながら周りは分からないし不思議そうにしている。ナーク君には教えてないけど、察してくれているのだろうと思う。
リグート国とは転送魔法で繋げると言う話。その役目が先に戻っているラーファルさんとレーナスさん。
2人が準備をしており既に完了したと言う。
帰る前にギルダーツお兄様を呼び、別れの挨拶をする。ルベルトお兄様からの圧もあるしさっと終わらそう。ささっと、ね。
『どうした。急に呼んで』
お兄様達のお母様、お父様には挨拶をしたと自分の中で確認していく。意を決して耳打ちするように……お礼も込めてそっと顔を近付けて、頬にチュッとキスをした。
『……』
呆然とするお兄様の顔を見ないまま、魔方陣の中に入り『楽しかったです!!』と言って別れた。
……レントは事情を知っているけど、話さないまま。だけど唸っているし、あとでごめんなさいしよう。
バーナン様はどうしたの? と聞いてくれるけど答えるのに恥ずかしいからそのまま黙った。お兄様が考えたイタズラに付き合わせる身にも考えて欲しい。
「はあ……」
思わずため息を漏らしてしまう。
とりあえず。バーナン様達にはそのまま話さないままだけど、レントの不機嫌さはリグート国に戻った事で一気に治った。
「これで思う存分、ウィルスの事を愛せるね♪」
……向こうでは遠慮してた、の?
とてもそう見えない。向こうでの行動を思い出しても……あんまり変わらない。そう思ったのは私だけではないようで、リベリーさんがすぐに言った。
『どっちでも変わらないだろう』
その言葉でレントが笑顔でいたのが一気に冷めた目でリベリーさんを見ている。その変化に流石にマズいと思ったのか、バーナン様に視線を向けるとさっと見なかった事にされた。
『ひ、卑怯者ーーーー!!!!!!』
そんな叫びを上げながらリベリーさんは飛ばされた。
どうなったのかを気にする間もなく私はレントに抱えられて、いつものように部屋へと連行されて行って……彼の愛を受け止めるのに必死だった。
翌朝、ファーナムが「お疲れ様です。そしてお帰りなさい」と笑顔で言われそれをぎこちなく手を振る。そうするのが精一杯の私の意思に、彼女は分かったように「これからもよろしくお願いします」と言って仕事を始めたのだ。
「こんにちは~~!!!」
「あ、今日も来ましたね」
「よく抜け出して来るな……」
「ボク、いるし」
むすっとしたナーク君に絡むのはレイン君。奥からネルちゃんが出て来て私達2人が来ると「待ってたよ」と言って手招きをされる。ニーグレス君が店番をしているからと奥の部屋に入れば、大ババ様が私を見てニコリとした。
「流石はトルド族。誰にも見付からずに、とはね……」
「えっへん!!!」
「アンタ、本当に主大好きバカね」
「……バカじゃないよ」
言い合うのは自覚しているからか、ちょっとむくれている。ネルちゃんはその反応に満足した様子。そうしたら私にと作ってくれた緑の下地に水玉のエプロンが渡され、その場でかけてみる。
「じゃ。今日も頼むね、お姫様」
「はい。頑張りますのでよろしくお願いします!!!」
ネルちゃんに薄緑の三角巾の付け方を教わる。ナーク君はその間、私の護衛も含めて見張りをするからとさっと姿が消えている。ぐっと拳を作り気合を入れる。
今日も私はネルちゃん達の薬屋で働いてます!!!




