第13話:狂う者
ーウィルス視点ー
「ウィルス。昨日はどうだったの?」
「き、きき、昨日、ですか……!?」
ラウド様の質問にどう答えて良いのか分からずに迷う。そしてレント同様にジリジリと追い詰められる。逃げるようにソファーを移動すれば、ラウド様はそれを追って行く訳で……。
もう、逃げられなくて昨日の事をちょっと話した。そしたら、キラキラした目で「続きは?」と迫りながらもファーナムが淹れた紅茶を飲む。
「………」
思わずファーナムに視線を送る。私は、あれから彼女の事をなんとか呼び捨てには出来たがまだ不慣れだ。彼女は姿勢を正し笑顔で「無理です、正妃様」と自分では対処出来ない事を告げた。
ん、正妃様? あれ、何でなの?
そりゃあ、レントと一緒になれればとは思っている。彼は私との婚約を望んでいる。……今まで、私の事が好きだと伝え、昨日もキスを迫って来たばかりだ。
今朝なんてカルラとして朝食を食べていた時もかなりの笑顔だった。機嫌は……良いんだよね。
「その様子だと良い事があったのね」
「っ!?」
はっとしてラウド様を見れば、これまた素敵な笑顔で私の事を見つめてくる。ファーナムが持って来たクッキーを、私の口元で止め「あの子の事、よろしくね」と言ってくる。
えっと、ラウド様……?
これは口を開けてと言う事? 強制ですか、強制なんですか。
「諦めた方が良いですよ、正妃様」
「うっ……あ、あーん」
「あーん。良く出来ました」
うぅ、仕方ないよね。目前に迫って、拒否しても止めないもん。レントの母親だもんね、迫りながら逃げ場無くすのは流石だと言えます。
お願いです。小動物みたいに頭ナデナデしないで。恥ずかしさがまた込み上げるから!!!
「ふふっ、もう可愛いわね」
「はい。レント王子が毎回、可愛いと繰り返し溺愛しておりますから。私が証明になります」
そりゃそうですよね!? レントが帰って来ると同時に夕食を持って来て、そのままファーナムの前で食べ合いっこだもん。酷いのは私ばかり食べてて、レントは見ているだけ。
だからこうして「あーん」をされると、反射的に食べてしまう辺りレントに操られてるよねってなる。レントも隙を見て食べてるから悔しい……。
だからファーナムには全部見られてる。
恥ずかしいのも、レントが笑顔で料理を口に運んでるのも……全部、全部見られてるの!!!
「っ~~~」
「あらあら、新婚以上に熱いわね」
「はい。私はレント王子が幸せそうなので、それだけで嬉しいです」
しみじみと言うファーナムに、ラウド様も何だか納得した様子。何だろう? と思い顔を上げると「バーナンはそれで人を信じづらいから、ね」と悲しそうに言った。
バーナン様が……人を信じづらい?
「最初にバーナンに連れて来られたでしょ? あれね、リベリーが貴方を運んで来たのよ」
「そ、そう、なんですか」
あぁ、バーナン様に見られた時か。そのまま連行されて、執務室に連れて来られた。でも、危害は加えられてないから私は平気なんだけどね。
「……貴方に危険がないように、と思うのだけれど」
「今、ラウド様に守って頂いています。……私も厄介事になるのに、すみません」
「前にも言ったけど、レーベのお嬢さんだし可愛い子は大歓迎よ。レントは興味ないって公爵達に言ってるんだけど……引いてくれないのよね。しつこいのは嫌われるのに」
「で、でも、私より相応しい人はいますよ」
「レントの前で言ったら駄目よ。……あの子、怒るから」
すっ、と目を細め告げられない内容に思わず身震いをした。無言で首を縦に振り、2度と言いませんと意思表示をすれば途端に笑顔になるラウド様。
美人が怒ると怖い。……これを身を持って味わいました。はい、2度と言いません。
ラウド様とファーナムがレントの部屋から出て行き、ほっと息を吐く。ソファーに横たわり少し寝ようと目を閉じた。レントが帰って来るのはもう少し。だから、自分でも気付かない程に安心しきっていた。
まず最初に感じたのは寒さと暗さ。
さっきまで暖かい所に居たから余計に感じて目を覚ます。レントの部屋に居たのにおかしいと思っていると、ジャラと言う音が聞こえた。
不思議に思い上を向いた。
私は手枷っぽいものに繋がれて、上に吊り上げられているのだと理解した。
「ここ、は………」
「やっと起きましたか」
凜とした声が地下室だと思われるこの場所に響く。電気が点けられたのか眩しくて目を瞑った。
徐々に目が慣れていき、金髪の自分と似たような年齢の女性が歩いてくる。艶のある髪にむせるような香水。
オレンジのドレスには派手な装飾品、身分が高い人だと気付けば──その人はいきなり私を平手打ちにした。
「え……」
意味が分からなくて、思わず叩いた女性を見た。彼女は怒りに、憎しみを込めた目で見てきた。よく見れば手には鞭をしならせ笑顔で言い放たれた。
「調教のなっていない動物ですこと。しつけが必要のようね」
残酷に怒りを乗せた鞭が、女性の感情を私に叩き付けるようにして襲い掛かった。私は──捕まったのだと。手を出したら行けない場所に、私は来てしまったとそう理解した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
「失礼します、レント王子!!」
いつもの執務室。
今日も仕事を終わらせてウィルスと過ごそうと考えていた時、ファーナムが慌てて入って来た。少し落ち着きを取り戻し、1度扉を開けて周囲を確認した後で、私に謝罪してきた。
ドクン、と嫌な音が私に知らせてくる。
今日、ウィルスはずっと部屋に居る筈だ。カルラの時もウィルスの時も、母が私が帰るまで居たいからと今朝突然言われた。
だからそんな事はない。そんなはずはない、と警鐘を無視し続ける。しかし、ファーナムが私の所に恐る恐る見せてきた物に──確証を得てしまった。
「すぐに夕食をと、少し席を外した時にはもう……。申し訳、申し訳ありません」
彼女が手に持っていたのは、私がウィルスにあげたバレッタだ。それを掴み、ぐっと固く握りしめる。リベリーが気配なく入り、私の握るバレッタを見て舌打ちをした。
状況はファーナムが言う事で間違いはない、と更なる絶望を持って私に知らしめた。
「悪い、弟君……」
「ファーナム。今日はもう休め……あとはやる」
「っ、ですが、私は……私は……!!!」
処分を待っている、と理解した。
ウィルスの事はファーナムしか知らないし、見張りの兵にも知らせていない。父も宰相も、秘密を知る者は少ない方が良いとなったが……逆にこれが裏目に出た。
「ウィルスが寂しがるから処分はしないよ。……これからも彼女と私を支えて」
「っ……」
言葉にならないファーナムは、キリッといつもの表情をし執務室を出た。恐らく自分を責めて泣いてしまうのだろうな、と思いリベリーから「平気か?」と問われる。
「無理。でも、さっきの言葉は本当だ。……彼女の所為でも母の所為でもないよ」
悪いのはウィルスを攫った奴。
よりにもよって彼女だ。相手は分かってないだろうね。……私だって、彼女の前で格好をつけたい。だから怒りとか憎しみとかそう言った感情を押し込めてきた。
だけど、良いんだね?
矛先を向けても良いって事だよね?
「私を怒らせたいって事だよね」
本音が出た。
リベリーが思わず距離を取るほどに、ジークとバラカンスが冷や汗をかく位に今の私は感情を止める事が不能になる。クレールは冷静さを崩さない姿勢だが、彼女の目はそうではない。
私と同じく怒りが読み取れる。
「レント、聞いたな」
鋭い声に入って来た人物を見た。兄も恐らくは母から聞いたのだろう。冷めた目で周りを見渡し、リベリーに詳細を言うように命令を下す。
「状況は今、言った人で全部だ。恐らく……いや、十中八九だがオレと同じ里の出身者かも知れない」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ー暗殺者視点ー
「ぽっと出の貴方に……貴方なんかに、何故王子はあのような笑みを!! 私や他の令嬢にも向けた事がないような、あの笑みを……貴方だけ1人占めして!!!」
しなる鞭が吊された女性に振るわれる。
少し痛い目に合わせる。そうコイツは言っていなかったか?
でも目の前では無抵抗の薄いピンク色の髪が、鞭で叩かれる度に揺れる。痛さに声を出す事もなく我慢している。
連れて来たのはボクだ。命令されて実行に見合うだけの報酬が支払いされる。暗殺や人身売買を元に働いているボクが言えた義理はない。
なのに、なのに……さっきから胸が痛いのは何故なのか。何でこんなに苦しくのか、と見ていられなくなる。
「ふんっ、随分と頑張りますのね。これだけ叩いて声を上げないだなんて」
「っ、貴方は……レントの、事……」
「気安く呼ばないで!!!」
バチン、と背中に鞭を叩き付けられる。流石に「うっ……」と呻くも鞭を振るう勢いはなくならない。更に激しさを増して襲い掛かる。
「!!!」
気付いたら鞭を掴み、ボクは間に立っていた。振るった側は驚愕の表情をしながらも、キッと睨み付けてくる。
「何の用よ」
「もう、十分でしょ……無抵抗の彼女に、これ以上は」
「そうはいかない!!! この女は、王子に取り入れようとした悪い虫よ。成敗してなにが悪いのよ!!!」
まだ殴り足りないのか鞭を振るおうとして、すぐに止めた。途端に歪んだ顔になり「まぁ、良いか」とあっさりとひいた。その引き際が少し怖いと思いつつも表情には出さない。
「ならアンタがその女の世話をしなさい。報酬は父に言って上乗せするわ」
ご機嫌が良くなったのか鞭を持って、そのまま出て行った。まだ拘束する気なのかと気が重くなり、吊された女性を床に降ろす。
「……」
自分の仕事にここまで嫌悪感を示したのは初めてかも知れない。髪と同じピンク色のドレスは、今はズタズタに裂かれて肌が見え隠れしていた。
すぐに毛布にくるませ、とにかく体を温めようと卵を暖めるように抱きすくめる。
「あり、がとう……」
ふっと濃い紫の瞳と視線が交わる。
綺麗に笑うから視線を慌てて逸らす。ドキリとした自分に何してんだと叱責し、おずおずと顔を向けた。顔にはまだ傷はないがいずれは付けそうだと思う位に綺麗な白い肌。連れてきたのはボクだし、彼女をこんな目に合わせたのは……全部、ボクだ。
「ごめん……こんな目に、合わせるなんて……」
「辛く、ない?」
弱々しくボクの頬に触れるその手に思わず「えっ」と言ってしまった。
責める言葉を覚悟した。泣き叫んでこんな目に合うなんてと、叩かれる覚悟もしていたのに……あまりにも予想外な言葉と行動にじっと見つめていた。
「ごめ……私、の……所為ね。……君にまで……」
撫でていた手が力を無くしたように下がる。彼女の手を握り、ポロポロと大粒の涙を流していた――ボク自身に一番驚いた。
「うっ、うあ、うああああっ………」
気絶してしまった彼女を強く抱きしめる。何でボクの心配をするのか、自分が一番辛い目に合っているのに……。疑問しか出てこない名前を知らない彼女に、なんてことをしたのだと今度こそ強く後悔した。
こんなに泣いたのは、里の人達が亡くなってから2度目だ。
ボクは自分の分も含め、彼女の分も含めて静かに泣いた。地下室に響く自分の声に構わず泣き続けた。




