第115話:次なる疑問
ーギルダーツ視点ー
レント王子がウィルスとお風呂に入ったとルーチェが知らせてきて、思わずガタッと足を机にぶつけ頭も打った。
「つっ~~~」
「お兄様、大丈夫です?」
「あ、あぁ………」
ルベルトが笑いを堪えているのが見え睨み付けるが無視をされた。その後、ルーチェから詳しく話を聞き今日もレント王子と一緒に寝るんだとか。
「お姉様の尻尾が可愛くてついつい触ってしまうんですけど、途中で離れてしまうんですよね」
それはそうだろ。尻尾は無闇に触れたら怒るんだから……。
ルベルトが思い当たる節があるのか気まずそうに視線を逸らしている。
そんな弟の反応を楽しみつつ、ヘトヘトで戻って来たバーレク。何故だが、俺の部屋で全員集合になってきている。この頃、そんな些細な事でも嬉しく思い兄妹達と盛り上がった。
翌日。
大ババ様が到着し、すぐに迎えに行った。城に着くまでにはレント王子に知らせ、第3魔法師団の所へ連れて行く。事情を話し終えた時、大ババ様は何故かニコニコと俺の事を見ていた。
「………何か」
その視線に耐えかねて、俺はそう言っていた。
思えば話している間、ずっとずっと笑顔だったのだ。
おかしな事は言っていない。ウィルスが猫耳、尻尾を生やした時には慌てた。そう言ったが、この笑顔はリバイルの自分の事のように嬉しくしている表情と被る。
今、思えば復興中ではあるが皆、笑顔を忘れずに互いに手を取り合っているなとも思った。
王都ではギルドと騎士団、魔法師団達の強力もあり完全ではないが元の体制に戻るのも時間の問題となった。
「いえいえ。前は少し近寄り難い雰囲気でしたが……今は雰囲気も柔らかく、共に居て息苦しさもない。随分と変わられたなと思い、ついニコニコとしてしまいました」
「…………そう、ですか」
彼女、大ババ様とは俺が王位を継ぐとされた継承式の時に国王である父様から直接紹介された。
その時に魔獣の事、魔女の事を説明され国の成り立ちを聞かされた。
この城自体に大きな魔法の仕掛けである事。
王族のみに反応するのは自分達が少なからず、魔女の力を遺伝子的に持っている事。例え血が薄くなっても、潜在的に魔法が発現しやすいようになっているんだと言う事。
幼い時の俺は話が大きすぎて頭が混乱した。
しかし、今思えばバルム国に来た時に俺を襲ったのはその魔獣の仕業だとも納得出来た。その事を大ババ様に伝え、彼女から魔法の特訓を受けた。
毎日、王族してのマナーや様々な国の特徴を覚えていく中での魔法の特訓。俺が扱うのは紫色の雷と地属性の魔法と言う2つの魔法を扱える。そう言った事も含めて、俺としても彼女はもう1人の母親的な存在でもあり魔法の師匠だ。
(結構、グサグサと心を刺さる事を言うがな……)
容赦ないのは変わらず。
本人的には魔女として虐げられた者達の母親的な存在でありたいと言う信念らしい。とは言え、俺に対する印象がそこまで変わったのかと不思議に思っていると彼女は笑いながら言った。
「ウィルス姫が貴方を変えられたと思って良いですね」
「………そ、れは」
「おや、違うのかい? ルベルト王子から聞きますよ。彼女の事となると妹のルーチェ王女並みに、慌てて必死だとか」
引き攣った俺の顔を大ババ様は面白しろそうに笑い、研究科の扉を叩き中へと入っていく。途端に「にゃにゃ!!!」と元気な声が聞こえ、何かが倒れる音が起きドタバタと騒がしくなる。
(……いつの間に、そんな事を言ったんだ。ルベルトは)
溜め息を吐いてガックリしと頭が垂れる。
それをクスクスと見て笑うのはさっき話題に出していたルベルトだ。俺達の護衛をしているリバイルも、同じように笑っているのが腹立たしい。
そればかりか城で働いている侍女達にも同じように笑われてしまう。なんだか俺が酷く疲れるんだが……どうしてくれようか。
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ーナーク視点ー
王子からの連絡でラーファルさんよりも魔法に詳しいと思われる大ババ様が到着した。薬屋で別れて以来からの再会だったからボクとしては、無事であったことが嬉しかった。
第3王子のバーレク様が言うにはギルダーツ様、ルベルト様と密に連絡を取っていたらしく自分もさっき知ったと不満を漏らしていた。
今はカルラの意識が強い主に抱きつかれながら説明をしてくれた。ボクはネルと共に距離を離れて、共に王子の後ろに隠れている訳だけど。
「……そんなに引っ付かなくても」
「やだ。これは譲れない」
「同意。これは私達にとって死活問題。……王子の言う事は聞いてくれるから、一番の安全圏」
力説するボクとネル。
譲れないのだから無理だと言い、何故だかポンポンと頭を撫でられた。じっと見ていたら「あぁ、なんとなくね」とちょっとだけムズ痒い感覚になった。
「お姉様。今日も可愛いです。肌艶が良すぎです」
「みゃ!!」
「ちょっ、尻尾で突かなくても……あぁ、でもフワフワで良い……」
「みゅー!!」
「えへへ。ナデナデされるの好きだからどんどんして下さい~」
「ふみゃーー!!!」
バーレク様、何でそんな簡単に意思疎通が……懐かれるのが早すぎる。
愕然としたボクは思わずぎゅっと王子の服を強く握った。ちょっとむくれていた自覚はある。
ぶすっとしたボクの頬を王子が面白そうに突いてくる。膨らんでいる頬だからとそれはもう面白そうにやられる。何故かネルにもやられるからパシッと弾く。
「……そうですね。ラーファル様の言う様に今までのサイクルがズレた事でこのような状態になったと言えるでしょう。あとは広範囲の魔法を使って一気に魔力が低下したのも原因の1つと考えられますね」
ラーファルさんと同じ見解でありつつ、真剣に主の事を見てくれる。でも、主の方はじっとしていられないのか大ババ様の周りをグルグルと回ってる。時々、下からじっと見たかと思ったら肩に寄りかかったりと忙しく動く。
少し経った頃には大ババ様の膝の上に頭を起き、リッラクス状態で寝てしまう状態。ボクとネルが恐る恐る近付けば、耳がピクピクと動き同時に足を止める。
「「………。」」
「警戒しなくても寝てるよ」
「「…………」」
「何で信じない。猫なんて可愛いもんじゃないか」
それに対しネルが追い掛け回されたと言い、ボクも同じように訴えると猫なりの愛情表現なんだから我慢しろ、だってさ。……猫なら全然良いんだけど、主の状態でされるのは……ボクは恥ずかしい。
「い、色々、キツイ……。主から良い匂いするのが……」
「姫様は猫の状態なんだから、猫だと思って接すれば良いだろう?」
「………で、出来ない……」
「男には刺激が強いかい?」
さっと顔を逸らしたら笑われた。リベリーがニヤニヤして「まっ、思春期だからな」と面白がって言ったら思い切り足を踏みつけてやった。痛がったけど構うもんかと無視をする。
ネルも「もっとやれ」と反省してないんだからと言ってさらに追撃を加えて来る。そう言えば、さっき主に何かを飲ませていたけど……なんだろう。
「今、姫様に飲ませたのは魔力の循環を落ち着かせるものだよ。空になった魔力を生成するには睡眠が一番効くからね」
聞けば主が猫になるのも元に戻る時にも魔力を消費しているんだって。そう言えば最初の頃、疲れてた様子だったなと思い返す。
一定量の魔力を消費して生成するのに適していたのが3日間と言うサイクルだったのが、主自身が魔法を扱う事になった事で少しずつ狂い始めていったという話。
「レント王子から聞いたら、姫様が魔法を使う時には治癒を行う時であり頻繁じゃなかった。でも、ディーデット国に着いてからは治癒以外の事もし始めたと聞いてね」
確かに。主はここに着いてから魔法について学ぶ為にとラーファルさんから手ほどきを受けていた。あっ、それも原因なの?
「コントロールを覚えたが馴染む前に色々と酷使させたのもあるね」
「………」
ギクリとしたようにギルダーツ王子が視線を外す。
結界の張り直し。魔獣に変化するのをボクの時と同じように、完全に抑え込んだ事で魔力が一気に空になった。カルラになる為に必要な魔力分の生成も間に合わない位に使った事、本来のサイクルを狂うのを防ぐ為にと実行したのが……今の主の状態。
だから、本当なら3日間このままだと言う。
今日で2日目だからもう1日続くのか……。そんな表情をしていたのが大ババ様から見えたのだろう。今、飲ませた薬ですぐに元に戻ると言って思わずネルと顔を見合わせた。
「さっき姫様に触れた時に、保有している魔力を感じ取ったよ。ほれ、変化はすぐ出ているよ」
そう静かに言って寝ている主の傍に寄うる様にとジェスチャーをする。恐る恐る自分でも驚く位に慎重に近付けば、耳と尻尾が段々と小さくなっていくのが見えその変化に驚く。
ポンッと言う音と共に見事に生えていた耳と尻尾が綺麗になくなった。
試しにと頭を軽く触れる。昨日みたいに触れた時に耳が動く事もなく、スヤスヤと寝ている主に安堵の表情をする。そのまま仮眠に使う用のベットに主を運んでいる時に王子達が大ババ様と出て行くのが見えた。
その時の深刻そうな表情が気になってこっそりと後をつける。
その前に、レイン達に主を頼んですぐに行動に移す。アーサー師団長が使っている研究部屋兼自室に入り、耳を立てると話し声が聞こえる。
「それで? レント王子。話しとは一体なんだろうか」
中に入っていったのは大ババ様、王子、バーナン様、ギルダーツ王子。リベリーはさっき殴って気絶させて来たからここに来る事はない筈。王子は彼女に聞きたい事がある様子だと思い、もっと集中した。
「ウィルスの変化を……貴方はどう思いますか」
「変化、とは」
「彼女が使う魔法は特殊すぎます。ナークの時での事は聞いている筈です。……結界を張り直した時に私とナーク、カーラス、ラーグレスは見ました。彼女の瞳が紫から白銀に変わる様子を」
ドクン、と自分の心臓が強く鳴る。
王子の疑問はボクも思っていた事。魔法の発動時に髪に色が変化するのが光の魔法を扱う人の特徴であり、それが元で迫害されてきた事。だからこそなるべく魔法を使わないようにとしてきたけれど、魔獣がそれを見逃す筈がなかった。
だから同じく迫害を受けて来た魔女達と手を取り、共に暮らせる場所を隠れ里を作っては点々と移動してきた。だから、今でも昔から使われている場所を再利用したり魔法の研究所として使っているのだとスティングさんから話を聞いていた。
だから王子は聞いたのだと思った。
恐らくは自分の師団よりも魔法に詳しい彼女なら、主の特殊な魔法を知っているのではないかと。
「………そうかい。ついにそこまで変化が現れたか」
「昨日、髪を洗った時に少しではあるけれど白銀に変化している所がありました。まだ近くで見ないと分かりずらいですが、いつかは完全に変わるんじゃないかと思っています」
「光の魔法を扱う者達の中でも特に特異な力を持った者がいるんだ」
それが主と同じ変化。
髪も瞳の色も白銀に変わる使い手。世界で唯一無二の魔法が白銀の魔法と呼ばれるもの。
聞いた事もない魔法だと聞き、もっとと思っていると扉が開いてべちゃと情けなく倒れる。……見ると大ババ様がやっぱりと言う表情でボクの事を見降ろしていた。
そのままボクも話しに加わる事となって……王子とは何だか気まずくもなってしまった。




