第114話:問題発生
ーレント視点ー
私はエリンスの事が気がかりでルベルト王子の話や、周りの話にはついていけていない。ナークが時々こちらを見ているが、その間にウィルスが構って欲しいからと抱き付くのが見える。
多分、カルラには最初から分かっているのだろう。この状態の私にはどうあっても近付かない。むしろワザとそっとしている感じさえ思えた。
前から思っていたけど、人の感情に敏感だし察しが良いからね。ウィルスが愛情を持って育てているからその辺は心配していない。
(なのに。なんでこうなった………)
私が居るのは簡易的に作られた脱衣所。
そして、私の足元でくっついて離れないウィルス。まぁ、今はカルラの意識が強いんだけど……体にはタオルを巻いたままだけど、いつ脱ぐかも知れないと言う緊張感が襲う。
「ふにゅにゅ!!!」
早く!! そうせがまれずっとスリスリして来る。むっとした表情で私を見るウィルスが可愛いのをぐっと堪えて平静を装う。
「………分かったよ。後ろ向いてて、すぐに行くから」
「にゃあ~♪」
そう言ってカルラはぱっと後ろを向く。その間に私も服を準備を整える。濡れてもいい服を予め用意して貰い、それにぱっと着替える。
髪を洗って欲しいからなのか。カルラの時には私が体を洗っていたからか、ウィルスの見た目でも離れる事はなかった。ルーチェ様にクレール、ネルにも手伝って言い聞かせては貰ったが……無理だと判断した。
恐らくは何度目かの説得な時だろう。
兄様と話をしていた時に、いきなり視界が暗くなったのだ。
「……?」
手探りで何があるのかと手を動かすと「みゃっ」と頭上から聞こえてきた。思わず(頭上……?)と疑問に思って顔を上げたらウィルスと目が合った。
私はどうやらウィルスの谷間に顔を突っ込んでいる状態だ。タオルを巻いているけど、裸なのを理解している。視界の端にナークが居たのが分かったが、顔を赤くしてすぐに姿を消していった。
(消える前に、どうにかして欲しかった……)
首を両腕により固定されてるから動くに動けない。
普段のウィルスなら絶対にしない行動だからか、別にドキドキはしない。普段の彼女がそういった行動に出たのなら話はかなり変わるんだけど。
「うぅ、お姉様……。体を洗うのも髪を洗うのも拒否してきて。どこが間違っていたのか」
ルーチェ様、お願いだから早く助けてくれないかな。
そこで何故かむすっとされてしまい、さらに兄様に頼もうかとしたらすぐに視線を逸らしてきた。
「…………」
へぇ、兄様でもそう言う態度をとるんだなっと初めて知ったよ。
このままだとウィルスが風邪を引かせちゃうし……。と、仕方なくウィルスの髪を洗う事にしたんだよね。思わずため息を吐くと「にゃ?」と振り向かれる。
「ううん。何でもないよ……ほら、前を向いてタオルをしっかり持ってて」
「みゃみゃ!!」
ちょこんと大人しく座り、私は後ろからウィルスの髪を洗う。
所々だけど、ピンク色の髪の中に銀が混ざったような部分が見えるようになっていた。
銀となると、ウィルスが結界を張り直した時に使ったものだと思い出す。
あの時はとにかく必死だった。
遅くなればなった分だけの被害が、ディーデット国に襲い掛かる。白昼堂々とした中での魔物と魔獣の襲撃。
ギルダーツ王子から聞かされていた魔獣の中に魔物を操る力があるのだと。リベリーからも喰らった魔物の能力を自分の物にしている節があるらしく、再生能力を身に付けた魔獣も居たと言った。
(………今の所、再生してくる魔獣は攻撃に特化した魔法で対処してる。ナークの魔法が一番有効みたいだし)
ナークがスティング達と合流していた時に、彼の魔力をスティングが調べある物を作った。魔力を圧縮させて作った魔法弾。ネルがいつも持っている薬を入れる小瓶にそれらを入れ、使う時にはその瓶ごと割れば即座に解放される仕様のもの。
ナークの扱っている力はウィルスの魔力を受け取った事で身についた光の魔法。
魔獣に有効であり、魔物もこの力で対処できている。スティングが作ったのはあくまで即席の魔獣用のもの。それをレーナスと連絡を密に行い、実戦用に仕上げていった。
その効果は実際に役に立った。
ギルダーツ王子が対峙した魔獣に瓶を当てるようにして、投げ付ければ苦しみだしそのまま消滅をしたと聞いている。例え外したとしても、瓶が割れた先から魔法が発動するようになる。
その効果範囲は狭いと言うのが欠点らしいが、レーナスと魔法師団とで研究を進めている最中だと聞く。
………復興作業に参加しないと思ったら、そこなのかとある意味レーナスらしいなとは思った。やっぱりリグート国に戻った時にはしっかりとその辺の事を話した方が良さそうだなとも思った。
「ふにゃん!?」
「あ、ごめん………」
考え事をしていた為に、思い切りカルラの尻尾を握ってしまった。
驚いたように声を上げこちらに振り向く視線と絡む。
「みゅ、みゅ………」
あぁ。目に一杯涙が溜まってる。
痛かったか、と考え事をしないようにと頭をリセットする。
ごめんと謝りながら軽く頭を撫でれば、ピクンと動く耳。ウィルス自身の耳は既に真っ赤だから恥ずかしがっているのだと判断する。
「………ごめん。もう、大丈夫だよ」
「………」
フリフリと動く尻尾が時たま突いてくる。
本当に? もう、考え事はしないのか? と、尻尾に突かれながら睨まれている。やっぱり痛かったんだなと反省をした。
「エリンスの事なら……もう、平気だから」
「うにゅにゅ」
「うん……兄様から全部聞いているからね」
そもそも兄様がここに来たのは私達の心配も含んでいるし、いつの間にかこの国との友好条約を結ぼうと動いてたのもある。……それでも、仕事をする前に兄様は私に言ったんだ。
「レント。エリンス殿下なら心配いらないよ。無事いるし、今はイーグレット嬢と仲良くしているだろうから邪魔しないでね」
それは向こうのイチャイチャを邪魔するなって事だと言うのはすぐに分かった。そうか……と。生きているのだと分かり、心の底からほっとしたと力が抜けた。寄りかかった私を兄様は受け止めてよしよしと背中を優しくさすってくれる。
「リベリーから状態が酷いって聞いていたんだ。ラーグレスにも伝えているから安心しといて」
頑張ったんだ、偉いと。そう褒めて来る兄様に、ちょっとだけ……恥ずかしさを覚える。兄様がこうして褒めて来る事はあんまりない。殆ど城に居る事が少ないからだ。
外交での仕事。危険もありつつ、戻ってくる時は決まって私は仕事をしているか時間が合っていない時。そう思うと今、ウィルスが私の傍に居る事は幸運なのだろう。
兄様に会う確率は増えていくし、城に居る事も多くなった。
「心配かけさせてごめんね。もう、大丈夫だから……」
私の親友が生きている事が嬉しい。兄様が前よりも傍に居てくれるのが嬉しい……ウィルスと過ごせる事が嬉しいのだと言えば、カルラは分かったように頷きいつものように甘えて来た。
「にゃーん!!!!!」
「わぷっ……」
お風呂に上がり、髪を乾かした途端にナークに抱き着く。相当、お気に入りの様子だ。今もスリスリと甘えているのが証拠だし、尻尾がクネクネと動いている。
まぁ、抱き付かれた方のナークは顔が真っ赤なんだけど……。
ウィルスが着ていた白のネグリジェに、水色のカーディガンを羽織っているがナーク的には無理そうでずっと顔を合わせていない。
「まっ……主っ!!! お願いだから、もう少し……もう少しだけ離れて」
「みゅうぅぅ~~」
「うっ……嫌いって訳じゃないよ? ただ――」
「にゃにゃーん!!!」
嫌いでないと分かった瞬間に、カルラは嬉しそうに抱き寄せて頬ずりをした。堪えているナークが可哀想だからと、今度は私が抱き付く。
「カルラ。ナークが嫌がってるから離れようか」
「うみゅ………みゅみゅ」
「寂しいのは分かるけど……。ネルの所に行く?」
「なんでそうなる!?」
自分が標的にされたと思い逃げようとするネルをレインが止める。そうして、足止めをされている間にカルラは思い切り飛び付き嬉しそうに耳をピンと立てる。
その様子を見て微笑む私を兄様が近付いて来て「もう平気だね」と聞いてくる。私は当然、平気だと言い色々と吹っ切れたと答えた。2人揃ってウィルスに追いかけられるネルとナークを見る。
楽しそうにしているあの笑顔を、私はこれからも守りたいと強く思った。心の中で誓った翌朝に、魔女を統括する大ババ様がディーデット国に着いたと言う報告を受けた。




