白銀の世界
「姫様。どこか体が痛みますか?」
カーラスの案内によりギルダーツに案内して貰った場所と同じ所。結界の張り直しを言われてから丁寧に教わっていた時の事。カーラスからの呼び掛けにウィルスはどこも痛くはないから大丈夫だと答えた。
しかし、彼はその答えを聞いても微妙な表情をしていた。
それを不思議そうにしていると、カーラスがその疑問に答える。
「では……何故、泣いているのでしょうか」
「えっ……」
言われて、自分の頬に流れているものに気付いた。
気付いた途端、溢れて来る雫の勢いは収まらない。
でも、とウィルスは何故流れているのかが分かった。レントから授かった刻印。心の中で思った事は通じる、危険を知らせると言った不思議な魔法。
これは……レントの悲しみを共有したからなのかと分かる中でウィルスにも変化が起きた。
(……ここ、は……城の外?)
中に居た筈なのに、自分はその城の外にいたのだ。
いつもと違うのは自分が空を飛んでいるように浮かんでいる事と、自分の体が半透明になっている事だ。
(これは……一体)
刻印の力だとしてもこれらの現象を答えられる程、ウィルスは魔法に詳しくない。最初は城の外、次に王都へと場面が変わっていく。王都では騎士と魔法師団とが魔物に対処し、冒険者達も国の防衛に協力している状態だ。
防衛がなされているのを確認した途端、次へと場面が変わっていく。
「ギルダーツお兄様……!!!」
思わず声を上げてしまった。
しかし、それだけの場面をウィルスは見ていたのだ。ギルダーツは魔獣と対峙していた。
4足歩行のライオンの様な大きな体。鋭い爪はまともに当たれば、大怪我で済む筈がないのは確実だ。彼の傍にはラーファルとレーナスがそれぞれ支援をしている。
後方からの防御と回復をラーファルが行い、レーナスはギルダーツの支援と敵の妨害を担当しているように見えた。
(ラーファルさん……レーナスさん……)
その後からギルダーツ達の所に来た人物に、ウィルスは思わず泣きそうになった。しかし、と思い留まる。
この現象を呼び起こしてるのなら、それはレントがきっかけなのだと。本当なら今、起きている外の状況など分かるはずはないのだから。
(うん……きっと大丈夫。レントの方に行こう)
そう想いを込めれば、また場面が変わる。
そこに目的の人物がいた。居たのだが、ラーグレスとレントの表情から何かあったのは読み取れた。ウィルスはそこでレントが泣いている所を初めて見たのだ。
(レント……)
思わずレントの手と重ねるようにして自身の手を乗せた。姿は見えなくても、感じ取れなくてもいい。
ただ、ウィルスがそうしたかったのだ。
自分が悲しみに暮れてた時。優しくしてくれたのはレントだ。彼がしてくれた事を、今度は自分もしたいという気持ちから彼女は行動を起こした。
ピクリとレントの肩が揺れた。
一瞬、気付かれたのかと思いウィルスは強張った。
泣いていたのなら、これは自分には見せたくない姿の筈。
そう思い、ドキドキと見付からないでと祈る。そうしていた時、レントから発せられた言葉はウィルスの予想を裏切った。
「エリンスが魔獣ごと転移したのは……私の、所為だ……」
初めて聞いた弱気な言葉。
その内容はこの場に居たとされるエリンスの事。魔獣と共に消えた、と言う衝撃にウィルスは触れられないと分かりながらもぎゅっと手に触れ握った。
「……すまない、ラーグレス。感傷に浸る暇はなかったね」
フラフラなまま起き上がるレントにラーグレスはその体を支える。そうしている中で、彼は周りを見渡し魔物なり魔獣がこちらに来ていないのを確認する。レントを抱えてそのまま城が見える方まで走るのが見えた。
そこで唐突にウィルスの見ていた世界が変わった。
「姫様!!!!!」
肩を揺さぶられて気付く。
ウィルスの事を呼ぶ人物がカーラスである事。今、自分が居る場所がディーデット国の結界を張る為の装置の前に来ているという事。
「………わ、たし……」
「大丈夫ですか。先程から声を掛けても返事が無くて……。やはり気分が優れないのではないですか」
「ううん。大丈夫……私の出来る事を、精一杯やるだけだもの」
エリンスの事が気にならない訳ではない。しかし、こうしている間にも国の中では混乱が続いている。刻一刻と状況は目まぐるしく変わり、誰かが泣いて傷付いている。
自分にはそれを少しでも防ぐ力があるのだ。
それを行使するのにウィルスに迷いはない。
「ありがとう、カーラス。私の事、また支えてね」
「……はい。もったいないお言葉です」
意を決してウィルスは水晶玉の前に手をかざす。
ギルダーツから教わったやり方を頭の中で復習するように、同時にもっと強力な結界へとイメージを固める。
「主!!!」
そこにナークが音もなく姿を見せウィルスの元へと向かって行く。
ウィルスも顔を綻ばせ「ナーク君!!!」と力一杯に抱きしめれば、ナークの方もぎゅっと抱きしめて「ただいまぁ~」とデレデレとし始める。
「銀の、膜……?」
「うん!!!」
ナークがここに飛び込んだのはウィルスが呼んだからだと言った。
例え言葉に出していなくても、トルド族なら契約を結んだ主の前に瞬時に姿を見せると言う事も可能だと説明をしてくれた。
思わず刻印の力と似ているんだ、と思っているとレントとラーグレスも飛び込む様な形でこの場に現れた。
「ちっ」
「おい、聞こえてるぞ」
着いた途端、ウィルスには聞こえない位に。しかしラーグレスには分かる位の態度を見せたカーラス。それを見たナークはカーラスの態度の違いに気付きもしかして……と考えた。
(記憶……戻ったの?)
≪そうだよ、ナーク君≫
あっ、と思ってウィルスを見る。
カーラスを見ながら少しずつ距離を詰めて耳打ちで「こ、怖くない?」と聞いてしまった。
キョトンとした顔でナークを見るウィルス。
あぁ、これは彼女の前では絶対に見せないんだなとカーラスの行動を理解したナーク。すぐに何でもないと今の質問をなかったことにした。
そして、そっとレントの方へと視線を向けた。
酷く憔悴したような、大事なものを失くしたような感じの目には見覚えがあった。だから……それとなく見守る事をナークは決意した。
「ここ……」
「レント」
あの時、酷く傷付いたレントに触れられなくて支えられなかった。
でも、今度はちゃんと触れられるし支えられる筈だと。すっとレントの手を握る。
「大丈夫。分かってるよ、レント」
「っ」
それだけで彼は分かりやすかった。
刻印の力で全てバレているのはこれまでの事で分かり切っている筈だ。隠し事が出来にくいのは良い面でも悪い面でもあるのだと、レントは思いすぐに頭を切り替える。
「ここに、手を置くの?」
ウィルスの前に結界を張る為の水晶玉がある。透明な中に中心部分には淡く小さな光が灯っている。ナークが聞いたらこれはウィルスの魔力のものだと言う説明を受け、今度は3人は実行しようと言う提案をした。
「1人よりも2人で。2人よりも3人で……って言いたいんだけど、私達3人で行動する事も多くなったでしょ? 私の頭の中で思いついた最初の人物がレントとナーク君なんだ。2人がいると安心できるの」
前に結界を張った時は城を中心とした円形の形。
今やろうとしているのは、それを1度外して新たに構築する為の結界。強度は薄くても強力に保てるように、城を中心にするのではなくこの国を中心にする為にと範囲を広げる。
「……広がるのは多分、平気。ボク、ある村で似たようなものを見たんだ」
主の力だと思うんだけど……と伝えて来るがウィルスは身に覚えがない。後で詳しく話すねと言われ、3人で同時に魔力を込める作業へと入った。
最初に淡い光を放っていた白い光は、緑色の光と合わさる様にして混ざる。次の来た光はそれらを包むようにして膜を作っていく。
(もっと……もっと広げないと……)
今、居る場所だけではない。
少し前まで過ごした街にも広がるようにと魔力を込める。
「っ……」
「あの、姿は……!!」
後ろで控えていたカーラスとラーグレスが驚いたような声を上げる。レントとナークも驚くが、魔力を注ぐのに集中しないとと自分に言い聞かせた。
ウィルスの容姿が変わっていたからだ。
薄いピンク色の髪は白銀に、瞳の色も紫から同様の色へと変わっているのだ。
(あの変化はまるで……レーベ様のようだ)
カーラスは何度かレーベが魔法を使う場面を見た事がある。それは決まって魔獣を倒すときのみ。だから彼女も滅多な事では魔法は使わないし、娘の前ではあまり話さなかった。
「ウィルスに背負って欲しくないから……。あの子には笑っていて欲しいの。こんな戦いなんて……知って欲しくない」
だからカーラスは頼まれたのだ。
ウィルスが笑って過ごせるように、魔法を扱うのは難しいと言い続けて欲しいと。興味を持ってしまえば、魔法を使おうとすれば自分と同じになると、レーベは予想していた。
遺伝子によっては、両親の魔法をそのまま受け継ぐと言うケースがある。カーラスも母親の魔力の高さと父親が扱った氷の魔法を受け継いだ。
だから、きっとウィルスは強い魔法を秘めている。それは予想ではなく確信を持って言えるのだとカーラスは思った。
(結局、ギルダーツ王子の時に使わせてしまった。記憶を軽くいじったとしても、限界はあるか)
水晶の輝きが銀色へと満ち足りる。それに呼応するように、四方に置かれた水晶、柱も同様の色を放ち強い魔力が流れ込んでいく。
「なんだ……」
「空から何か降って、くる……?」
ギルドの冒険者達が、王都に入って来た魔物を対峙している時に起こった。晴天の中、キラキラと輝くものが空から降る。魔物にそれが当たった瞬間に体がボロボロと崩れていく。
その現象に驚く間もなく今度は自分達の身にも起きた。
魔物から受けた傷が綺麗になくなっている。それだけに留まらず、体力も回復し、魔法を扱っていた者は魔力の回復を感じた。
明らかな変化。魔物は倒れていく中、自分達は回復へと向かっている不可思議な流れ。それらは全て雪が降るような、この銀色の小さな光がもたらしたものなのか……。
その日、南の国全土で同様な事が起きていた。
この魔法を引き出したのは1人の少女。国を失ったからこその教訓なのか、彼女は南の国全土を守った英雄へなるなど、この時は誰も知らない。




