第108話:氷の怒り
ーウィルス視点ー
それは、まだ城が襲撃も受けていない少し前の事。
レントに軽いお仕置きを受けた上に、リベリーさんの目の前で……そう、目の前であーんをされてからヘトヘトになった時だ。
「お疲れ。嫌なら断れば良いんだぞ?」
「そうしたら……もっと酷くなりそうで」
「………あぁ、悪い。何でもない」
そうした掛け合いを小声でする。
リベリーさんも遠い目をして「弟君なら容赦ないな」と、肩をポンポンと労わる様にして頑張れとも伝わってくる。
「ウィルス。リベリーと何の話してるの?」
エリンスと話していたのに、もう戻って来たから慌ててしまった。でも、そうした私の心の声は当然聞こえている訳で……。
「あとでゆっくり話そうか」
「………はい」
笑っていないレントが……怖い。
エリンスも何だか可哀想な感じで私を見て来るし……。あとで気晴らしに一緒に出掛けようと言っていたのだが、どうも無理そうだなと心の中で思っている。
さらに部屋の気温が下がった感覚に思わずギクリとなる。
無表情のレントが目の前に居る訳であり目が逃がさないとばかりに言われているようだった。
反省した私は、体力と安全の為にと部屋での待機をお願いされた。私としては元々動かない方が良いなと思っていたから助かっている。レント達はそのまま確かめる事があると言って、部屋から出て行った。
「ルベルトお兄様……大丈夫かな」
思わず、ポツリとそう言っていた。
意識をしてしまった。自分で治療しておいて、ルーチェちゃんとバーレク君に安心してと言っていても……やっぱり声を聞きたいと思うのは普通だ。
そう思っていたら、突然爆発のような音が響いた。
外から城の中から起きた音に私はすぐには動けないでいた。すると、部屋の扉を乱暴に入って来た人物が居た上に私が知っている人だ。
「良かった。ご無事ですね!!!」
この国の冒険者達をまとめるギルドマスターのエファネさん。
レントが何かとギルドに行くので私もカルラの時でも、一緒に付いてきておりエファネさんとも何度か話した。
だから、知っている人が来た事で私は完全に気が抜けていた。
「あ、あの、エファネさん」
「落ち着いて下さい。まずはこちらを飲んで一息ついて下さい」
私がいる部屋は簡易的なベットと食器棚がある。
治療する人の為でもあり、師団に人達や騎士団の人達にとっての休憩場所にもなっている。
思わず使って良いのかと思っていると、笑顔1つで「ギルダーツ王子からの要請です」と言われてしまい申し訳なさが出てくる。
「あ、はい。ありがとうございます……」
エファネさんが慣れた様に食器棚からコップを取り出し、そこに水を注いでいく。そう言えば少し喉が渇いていたなと思い、エファネさんから受け取ったらカルラからダメだと鳴かれた。
「ふみゃみゃ!!!」
まるで、この飲み物に何か入っていると言わんばかりの鳴き方。せっかくの好意をと思いつつも、私は意を決して飲まない言い訳を言う。
「すみません。喉は乾いていないので……」
「そう、ですか」
コップを起きカルラからの警告の意味を考える。
考えたくないけど、体は自然とエファネさんから離れていく。彼はその変化に気付いたのか「へぇ……」と驚いたと言わんばかりに私の事を見る。
「警戒心はそれなりにあるんだな」
口調が変わったのを感じ、私はすぐに彼の横をすり抜けるようにして走った。驚くほど、妨害もなくそのまま部屋を出た。思わず振り返りたい気持ちに駆られたが、嫌な予感しかしないので放っておく事にした。
すぐに彼が私の事を追わない理由を理解した。
城内で爆発が起きた為に逃げれる場所はかなり限られた。
ルーチェちゃん達は秘密基地に居る事を祈りつつ、私も同じ場所に行こうとして――その考えを止めた。
(ダメ。もし、鉢合わせしたら……狙われる)
私はここの師団の人から貰った白いローブと、群青色を基調とした女性用の制服を着ている。靴も師団からの貰い物であり、思わず断ろうとしたのだがどうしてもと押し切られてしまった。
「お願いします。王子からのご命令で……」
そう言われてしまえば着るしかなかった。
その制服は胸元に星の形が縫われており、可愛い感じのもので興味はあったから良いとしようと思いながら必死で走った。
瓦礫で普通なら通れないような場所も軽く壁を蹴り、崩れにくい場所を瞬時に判断。ジャンプしても届かな場所を超えて静かに着地しとにかく外へと走り出す。
途中で崩れて来た瓦礫を避けていき、もうすぐ出口だと思った時。
護衛をしている騎士達が床に倒れていた。様子を見に行けば途端に苦しみだし、その体が黒く変色していく。
(まさか、魔獣になるつもり……!?)
それはマズい、と思い迷うことなく私は魔法を行使した。
ナーク君の様に治る様にと強く願って行えば、すぐにその変化は止まり徐々に元の身体へと戻っていく。
ラーファルさんから教わった転送の魔法で、バーレク君の別宅にと飛ばす。治療出来る薬が揃っているし、起きたらそのままルベルトお兄様の護衛にも出来るだろうと思ったからだ。
でも、私はその魔法を使った事で確実に逃げるタイミングを失っていた。
「本当に厄介だ。何故、無傷で捕らえろと言うのか……分からないな」
「っ」
エファネさんの声が、後ろから聞こえてくる。
強張る体が振り向くなと訴え、逃げろとカルラから聞こえてくるが同じような状態の人が他にも3人程おり魔獣に変化しようと体を作り替えていく。
「ダ、ダメ!!!」
さっきと同じように行い、完全に抑え込んだ時には別の場所へと飛ばした。それらが終わった時には逃げる為の体力もなく、その場に動かなくなっていた。
「はあ、はあ……うくっ」
「はははっ。本当に凄いな……あのままなら完全に魔獣になったのに、全部抑え込んだ挙句に安全な場所へと移動させたか」
もう無理だな、と向けられる言葉。
分かっている……。ここまで連続で魔法を使ったんだ。回復しきっていないのに再び魔法を使ったのだから、自分の分まで考えないといけなかった。
でも、自分の事を考える前に目の前で苦しんでいる人を優先していた。悔しい気持ちを抱きながら私の意識はなくなっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーアッシュ視点ー
「これで完遂か」
そう聞こえた言葉に思わずカッと自分の身体が熱くなるのを感じた。
敵が城をある程度破壊した後ですぐにでも拘束をしようと思った。だが、私が隠れて見ていたのは……あの方が横抱きにされていた所。
そして、この城の中で先程まで使えなかった魔法を彼女は無理に使った。魔法が使えないように城全体に、或いは国全体に仕掛けていた。それらの反発もあり知らない内にダメージがあるのだと思い、ギリッと自分の唇を強く噛んだ。
このままでは……連れ去られる。
彼女が東の方へと連れだされてしまえば、最悪の場合自由はなくなる。それだけ希少な事を、希少な力を行使したのだから。……ハーベルト国が逃すと言う選択肢はない。
徹底的に自由を奪い、思考を奪い、記憶を奪い別の記憶を植え付けようと非道な事を平気でやりかねない……。
そんな不安を抱させたゼスト王太子。
(恐らく、彼女はそのまま……)
考えて吐き気がした。
彼女はあの王太子の王妃になる所など、ありはしないし認めない。
私は確信したのだ。
彼女が笑顔で居られる場所は……レント王子の傍だと。
「その汚い手を、放せ……」
彼女の目が覚めていないのを良いことにギルドマスターである男の胸と両手を氷で貫く。
返り血を浴びない為に、貫いたと同時にその箇所にだけを凍らせた。例え血の1滴とは言え、彼女に付ける訳にはいかない。そう、私は判断したしそれが当たり前だと体が勝手に動いていた。
彼女が着ていたローブを捨てる。チラリと見れば自分の腕の中に、大事なものがあるのだと言う実感で……つい笑顔を零していた。
それもほんの一瞬。すぐに戦闘に集中する。
「お、まえ……!!!」
既に半分以上が、黒い体に覆われた魔獣の姿になりかけの者が、私の事を見て驚きと信じられないと思う表情で入り乱れている。そこに水の刃が襲い掛かり、水辺もないと言うのに瞬時に激流に飲まれそのままま出口へと吹き飛んでいく。
それを実行した人物に、私は思わずいつもの調子で言った。
「遅いぞ、ラーグレス。さっさとしろ」
「その言い方……。まさか芝居でもしてたのか」
呆れた様な声に懐かしさを覚え、そして頭の中であやふやだったものが全てカチリ、と綺麗にはまっていく。ふっと息を短く吐いたのは、いつものようになったのだと言う思いとどうしてか隣に来る奴の所為か。
「はっ、まさか。記憶が無かったのは本当だ。そもそもお前と話すのに、芝居をする必要があるか?」
「…………いつもの、カーラスだな」
引き攣った顔と諦めの声。
決して彼女の……姫様の前では言えないものだし、今まで隠してきた。
ラーグレスは姫様の無事を見て気を緩ませるが、さっと引き締めた様に剣を持ち私と姫様を護る様にして立つ。
「そのままでいろ。姫様を連れ去ろうだなんて真似はさせない」
「バカが。私は奴に仕返しをする」
「は? って、おい!!!」
そのまま姫様をラーグレスに預け、意識が浮上していないのを念の為にと確認した。
平気だと判断すれば周囲の温度が下がる。
私達の後ろにある瓦礫が、周りで崩れているものが凍りづくようにしてどんどん温度を下げていく。
無論、姫様の……一応、ラーグレスの周囲には適温になる様に調整しながら私の周りには幾つもの氷の刃が生み出されていく。
「私を使って好き放題したな。なに、怒ってなんかいないさ。私がバカで油断して、お前達に良い様にされたんだからな!!!」
ラーグレスは「それ怒ってるだろ」とか言っているが無視だ。
終わった後にきっちり言い聞かせようと思い、私は躊躇なく氷の刃と氷の塊を魔獣だった者へと投げ付ける。
凄い音がしたが気のせいだな……と思いそのまま攻撃を続けた。
反発が上手くないのを実感し、始末する事だけを考えた。




