第12話:好きな気持ち
ーウィルス視点ー
風が肌に当たるも寒いとか痛いとかそういったものは全然感じられない。ただ目の前には銀髪の嬉しい表情をしているレントの顔があり、彼しか目に入らない位にカッコいいのだ。
改めてなのかは分からない。ただ、ずっと彼は優しくて何をするにも嬉しそうにしている。優しい表情しか知らないけど、ちょっと位驚いた姿を見てみたいなと思う。
多分……何をしても笑顔で躱されそうだと思ったが、今はこの嬉しそうに駆ける彼を眺めているのも良いのかも知れない。
(やっぱり、カッコいいし優しいな)
不意にレントと視線が絡む。あっ、と思った時にはほっぺにキスが落ち何度目かの真っ赤になる顔。うぅ~~、今日持たない気がするよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ークレール視点ー
「そう……あの令嬢もしつこいな」
「バーナン様、外です外」
キツイ言い方に思わず私は外だと言う事を強く知らせる。執務室ならまだしもここは外だ。何時、誰が聞いているのか分からないのだ。もう少し警戒して欲しい……そう思って溜息を吐いた。
「リベリー、いるな」
「はいはい」
声だけのリベリーにバラカンス達は周囲を見るも、居るのは私達だけであり、あとは見張りの兵達が居る位で変化はない。ラーファル様があまり微動だにしていないので、彼の事を知っているのだと思い何も言わない。
「何でもいい。材料が欲しいから探れ」
「はいはい。オレもあそこ嫌いだし……張り切るよ」
何より姫さんの為だし~、とのんびりした声に彼も気に入ったのだと理解して静かに笑った。するとバーナン様が「クレールも気に入ったんだよね」と、令嬢達が居たら卒倒するであろう笑顔を向けてきた。
「でなければ異動はしないですよ」
「うわぁ、はっきりと言ったね。そんなに信用ない?」
「ありません」
「……そ、そう……そうなんだ……そっか」
いい大人がしょんぼりとしない。だらしがないと背中を強く叩けば、何故かバラカンス達が気まずそうに視線を外した。
「……いつも、あんな感じなのか」
「そうだよ。オレ達、あんなだよ」
ジークが失礼な言い方をしてリベリーが即座に答える。ラーファル様も「王子達面白いなぁ」と、笑われてしまいました。
皆さん、失礼ですよ。人の事をなんだと思っているのか、と思いながらもさっと歩き出す。
バーナン様から話だけは聞いている。
自分達を取り入れようと画策し、強行な手段を使ってくるあの公爵令嬢とその両親。話によればバーナン様に毒を盛った疑いがあるまで聞き怒りが込み上げたのを思い出す。
彼はそれをきっかけに毒に耐性を付け、暗殺の手段を学ぶきっかけを生んだのだ。
(……許さない)
バーナン様が人を信じづらいきっかけを生み、今度はレント様にまで及ぼそうとするなんて。爵位などこの際関係ない。もし、レント様だけでなく彼女にまで危害を加えようとするならば……私は黙っていない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
どうしよう、この可愛い生き物は!!
思わず声に出したい。が、そんな事をしたら間違いなくウィルスは注目を浴びてしまう。阻止以外の選択肢はないが、可愛すぎて私が暴走しそうだ。
「わあ、凄い活気がある。昼とはまた違った感じだね」
「うん……そうだね」
私の心は大慌てだよ、ウィルス。
何でかだって? 隣で笑顔を見せて「ねっ、あれは何?」とか「キラキラしてるから雰囲気違うね」とか、些細な事で一喜一憂するウィルスが可愛い過ぎるんだよ。
ずっと「うん……そうだね」しか答えられない私は、ずっとウィルスの笑顔に心臓がバクバクしてる。はぁ、惚れた弱みって言うのかなこういうの。
「んー、おいひいー」
くっ、食べながらは反則だ。
そんなモグモグしてリスみたいに頬を脹らまさないの、抱き締めたくなっちゃうから。
夜の王都は中心部を魔法による電気で明るくしてある。
昼と違い出店が多いのも旅人の為だ。リグート国に来るまでには長い街道を歩く必要があり、王都に辿り着く前にヘトヘトになる。
海からの外交もあるから、警備に割く人数も他国同様に多い。リグート国の中心部は城を含めた王都。そこから東側には港、西側には魔法師団、騎士団の訓練施設がある。南側は中心部の王都を繋ぐ道、正門と格安の宿屋、手軽な飲食店、屋台が多い。
南側と中心部の王都の違いは簡単だ。
物価が安いか高いかだ。安くて国民に親しみやすいのが第1王都、高級品を多く扱い上級階級の貴族なども行き交うのは第2王都と呼んでいる。
北側は上級階級の人々が住む居住区。簡単に4つ分かれているから、全てを見ようとしたら1日では足りないし国土も広い。資源が豊富な点で同盟を結んでいない国からちょっかいを出される始末だ。
私とウィルスが居るのは第1王都。
屋台が多くあり、走り回る子供から仲良く散歩する年配の人達で賑わっている。小腹が空いたと言う彼女の目に止まったのは、鶏肉を串に刺して焼いたもの。梅風味のタレが掛かかるそれをキラキラした目で訴えてくる。買うしかないよね……どんどん甘くなるけど良いか。
その前にフルーツとかケーキとか食べてたけど、またお腹減ったんだね。……今までの量だと少ないなら言ってくれれば良いのに。私の前で遠慮はいらないからね?
「んー♪」
チラっと見れば美味しそうにして頬張るウィルス。それを見ているだけで私のお腹は満腹だ。楽しげに見ていたその時、一瞬だけ此方を見ている視線に気付く。
「……」
気のせい、か。いや、何か知ってる感じだな。
「楽しそうでなによりだ。あんな表情するとはね」
「!!」
真後ろに聞こえた声に振り向くも姿も気配もない。あぁ、もしかしたら厄介な奴に見られたか?
「レント、どうしたの?」
「知り合いだと思ってたけど違ったよ。気にしないで」
首を傾げたウィルスにそう告げた。
彼女は満足したのか笑顔でウキウキしているのか、足をバタつかせた。ふと、彼女の頬にさっき食べたタレが少しだけ付いているのが見えた。
服を汚したらマズいと思い、ペロリと舐め取る。
途端にビクリと体を震わし徐々に振り返ってくる。頬が赤くて林檎みたいだな、と思った時には──私は夢中でキスをしていた。
「っ、レ……ト……」
苦しげになる彼女に、心の中でごめんを繰り返す。パチン、と指を鳴らせば場所は早変わりだ。
「え……」
驚くのは無理もないよ。さっきまで居たのは屋台があって少し離れた所で外だ。でも、君が居るのは私の部屋のソファーだもの。暖かいでしょ?
「な、何で……」
「人前でキスするの、嫌いでしょ?」
「だ、だからって……っ!?」
反論は許さないよ。今は私に集中しないとね?
逃げようとしたから罰だよ。
「んんっ……」
さっきよりも、深く深く口付ける。文句も受け付ける。恥ずかしいのも分かってるよ。でも、何をしてもこんなに楽しい気持ちになるのは君だけだから。
ウィルスから好きって、ちゃんと口にしてくれるまでは私から愛を囁くね。
──愛するウィルス。早く私だけのものにしたいな。
数分後。
ウィルスはシーツをグルグル巻きにしてベッドの片隅へと移動していた。うん、怒ってるんだよね? その俊敏性、ここで発揮しなくても良いんだけど……。
「ウィルス」
「………」
「ウィ~ル~ス~」
うーん、どうしよう……呼びかけにも答えてくれない。何が原因だろう。
そう思っていたらひょこりと顔を出してくるウィルス。結んだ筈の髪は今は元のストレートになっている。それもその筈だ、だって私がキスをしながらバレッタを取って元のストレートに戻したんだから……あ、それで怒ってるのか。
「ごめんね、ウィルス。あの髪型、好きだったの?」
「………」
フルフル、と声に出さない代わりに首を振ってくれる。……どうしよう、可愛んだけど。少しずつ距離を詰めてしゃがみ込み、恐る恐る彼女の頬に触れる。
「キ、キス……の、時間が……長い」
「じゃあ、回数を増やせばいい?」
「そ、そう言う問題じゃ……っ!?」
成程、深く口づけたのがいけないんだね。チュッ、と音を立てて額に落とせばまたも顔を赤くしてパクパクとして私の事を見ている。
「……これもダメ?」
「ダ、ダメじゃ……ない。でも、急すぎて困る」
「ごめん。じゃあ少しずつ、慣らしておこうか……」
不安げに見上げるウィルスについつい笑みを零してしまう。慣れるって、どういう風に?、と告げてきた彼女に……思わず唸る。そこである提案を彼女に持ちかける。
「っ、えっ!? わ、私から!?」
そのままゴロゴロと転がるようにして考えている。その姿が可愛すぎて思わず堪えようと我慢するも……やっぱり出来なくて大声で笑ってしまった。私がウィルスに提案した事。
彼女からも私にキスする事。いつも私からしているから私のペースだけど、ウィルスからもすれば彼女のペースだ。
「こら、観念して」
「きゃっ」
彼女をベッドの上に置き、私も覆いかぶさるようにして乗りかかる。自分から入ったからね。逃げ場を自分からなくすとは思わなかったんだよね? 私からしたら嬉しい誤算だけど口には出さない。
「ねぇ、ウィルス。キス……して」
「う、うぅ……」
シーツを素早く剥げば、顔に手を当てて表情を見せないでいる。その手をどかし、ぐっと顔を近付ける。うん、やっぱり顔を真っ赤にしたウィルスも堪らなく可愛いなぁ。
「し、しないと……ダメ?」
涙目で訴えかけられてもねぇ。私だって色々と我慢してるんだから、これ位はやってくれないと困るんだよね。彼女の顔に手を添えれば一瞬だけビックリした顔をし「私からのお願い……聞いて」と耳元で言えば観念したようにふっと力を抜く。
「目、閉じてて……恥ずかしい……」
「うん。良いよ」
すぐに目を閉じたのが予想外だったのだろう。ウィルスから息を飲む音が聞こえ、その後に遅れてチュッとぎこちなくだけどしっかりとキスをしてくれたと思い目を開ける。
そこにはうつ伏せで体を震わし「も、もう……無理」と、私から逃げる様にして頭を枕に押し付ける。その仕草さえ私にはとても魅力的で、可愛くて外に出したくない気持ちに駆られる。
「ありがとう、ウィルス」
私からのお願いなら、それなりに実行してくる事が分かり心の中でガッツポーズをする。今度からはじっくりと時間をかけてお願いをしようと思う。彼女が羞恥心を捨てるのには時間が掛かるだろうけど、それも1つの楽しみだと思う。
その後、枕に顔を押し付けるウィルスを抱き抱えて眠った。なんだか文句をれてる気がするが、黙らせる為にもう一度深い口づけをした。
次に文句を言う様なら容赦しないからね、ウィルス。覚悟しといてね?




