第107話:出現
ーウィルス視点ー
「んん」
今日はゆっくりと、随分と長く寝ていたように思う。瞼を開いて目を軽くこする。
「あ、レント……」
そこにはカクリカクリと何度もしていたがらも、私の手を握ってくれているレント。ずっとこのままだったのかと思い、名前を呼んだり肩をゆすったりしたけど……無反応だ。
「んしょっ、と……」
どうにか中に引きずり込み、ほっとした。
椅子に座ったままだど絶対に腰を悪くする。その間に出ようとして失敗した。
(出られなくなった……)
引き寄せて気付いたが、私がギリギリまで下がれば壁に当たる。目の前には、自分で引き込んだレント。
なんとなくレントを飛び越えるのは悪いな、と思ったのがいけなかった。私の腰にレントの腕が回される。寝ぼけているのだと思いながらも、赤くなった顔は熱があるわけで……。
(うぅ。寝ぼけてるだけ、寝ぼけてるだけ……!!!)
自分の中で早口にそうだと繰り返す。
するとクスクスと、我慢が出来なくなったのかレントが笑っている。
……ん、もしかして。
「お、起きてる……?」
「ウィルスが頑張って、私の事を引き寄せた所からね」
最初から起きていたんだね。
むぅ、酷い……レントの事、心配したのに。
「ごめん。可愛くて」
そう言いながらナデナデと頭を触り、頬を触る。むくれてるのも気にしない様子。だから私は小さい声で言った。
「……バカ」
「うん、そうだね」
むむっ、なんか振り回らされてる感じがする。
そのままレントとは反対側に体を向ければ、レントの方へと引き寄せられてしまった。
あ、と思った時には遅くキスをされてしまった。
「っ、レ、ント……」
「リベリーが来るまで、ね?」
甘く蕩けそうな言い方。私がその声に弱いのを知っててやっているんだ。意地悪だと思っていると心配かけたお仕置き。
そう、レントの心の声が響く。
そんな事を言われてしまったら、抵抗出来なくなるでないか。
心配させた自覚も、怒られる自覚も、あるのだから……。
抵抗がない事にレントはクスと笑った。
結局、リベリーさんが起こしに来るまで続けられてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーエリンス視点ー
「お前、テンション上がるの分かりやすいな」
「そう?」
いつも以上にニコニコとしているレント。
リベリーが隣で睨んでいるから理由は分かる。ウイルスに構ったなと思っていると、ラーグレスがソワソワしたようにレントに聞いてきた。
ウィルスの無事を聞きほっとした様子。
次にルベルト王子の様子を小さめの声で今までの事を伝えていた。
昨日、俺とラーグレスとで守りを固めている間。ラーファルが魔獣の襲撃で怪我を負っていたアースラとムジカの治療をしていた。
2人が護衛をしているのも知っているし何度か顔を合わせている。だから、ほっとしたし剣の訓練にも付き合った事がある。
知っている人が居なくなるのは……夢見が悪いしな。そう言えば、起きて来た2人は驚いたような、でも「そうですね」と笑顔で答えてくれた。
「とにかく無事で良かった。あまり仕える人に心配させるのはマズいからな」
「貴方がそこで言いますか」
おい。速攻でツッコむなよ……。
最近、ラーグレスからの圧が凄いんだが? ウィルスと居る時と全然違うんだが。何だその差は。
「国王からは程々にと言われていますから。姫様にだけは甘いので」
「見てて分かるわ」
思わず遠い目になったのに、ラーファルはクスクスと笑うしどうにでもなれと思っている。俺が拾ったのにその恩を忘れているんじゃないだろうかと時々、そう思うんだが……いかん。言ってて悲しくなってきた。
「冗談はそれ位にして、と。姫猫ちゃんの治癒が遅かったら最悪の場合、これが元で後遺症が出ていたかもね。とは言え、銀の魔法か……。彼女以外に使える人が居るのなら詳しく聞いてみたいけど、今の現状では姫猫ちゃんのを手探りでやるしかなしね」
流石と言うべきか魔法の事となると途端に饒舌になる。
まぁ、それでも師団長のレーナスと比べるのなら全然マシなのだが、本人はそれにすら気付いていない位に魔法の研究に没頭している。
何だかスティングからの頼まれごとと新しい可能性がレーナスの研究魂に火を付いたのだろう。今も殆ど、自室と言う名の客室に引き籠り状態。
既に1週間も姿を見ていないから、心配になるんだがレントとラーファルは「いつか戻るよ」と言われてしまい頭を抱えた。
(俺の所の師団長は……そんなに変では無かった気がする)
むしろそう願いたいものだと、本気で思った。
まぁ、話しは脱線したが護衛の2人は無事だしルベルト王子の方も程なくして目を覚ますだろうと言えばほっとした様子のレント。
「………ん?」
レントが話を聞いてた時、リベリーと共に外を見た。
なんだろうか、と思い俺とラーグレスもそれに習って見ると城の付近だけでなく王都から黒い煙が出ていた。
「おい、これって――」
俺の言葉と重なる様にして起きた大きな爆発。
それが城の近くで起きているだけでなく、中にまで響いた。すぐにレントはウィルスの所へと動こうとして――俺達全員に黒い魔方陣が浮かんできた。
「っ……!!!」
その眩しさに全員が一斉に目を閉ざした。
次に来たのはいつも感じていた暑さ。
城の外に出された。そう認識したのと、俺とレントに魔物達が飛び掛かったのは同時だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーギルダーツ視点ー
「ギャギャ……」
トカゲの魔物を両断して流れる汗を拭う。
俺の傍にはアーサーがおり、一先ずの危険を回避したと表情が物語っていた。
「あの、ギルダーツ王子」
「分かっている。……急いで城に戻るぞ」
「はい!!」
俺は執務をしながら昨日のアッシュの言葉を思い出していた。
彼は言った。
結界が張られた今、起こされる行動は早くなるのだと。
「あの方が結界を張り直すまでに成長したのは、正直驚きましたが……少し、嬉しくもあります」
「記憶が戻ったのか」
「……断片的、ですよ。だからあの方を裏切る真似は決してしません」
アッシュが……カーラスが言うあの方。
すぐにウィルスの事だと分かる。アーサーから、ウィルスと会って変わったのは報告で聞いていた。
普段しないミスをする。
研究に没頭したかと思えば、ウィルスに付きっきりになる。
ハーブティーの種類や、美味しい淹れ方を必死で覚える。
などなど、恋をしたのかと思う位に勤務態度が変わった。
何が彼をそうさせたのかは、一目瞭然だった。
ウィルスと会ってからだ。
彼女と会ってから、アッシュは知らない内に彼女が好みそうな事。好みそうな物を探していた。
例え記憶がなくても。
名前すら、自分の居た場所も国さえも、生まれも……。
(そろそろか……)
俺は剣先をアーサーへと向けた。
幸いと言おうか、俺とアーサーが居るのは城から離れた所にいる。
いや、彼がそうさせた。
「な、何を……」
「確かお前も、アッシュと同じく氷を扱える筈だ。違うか?」
俺が鋭く睨めば「そうか……」と。
なんとも気の抜けたような声を出したかと思えば、俺の両サイドから魔物が出現してきた。
「ちいっ」
紫の雷を剣へと帯電するイメージを思い起こす。
すぐさま両断しそのままアーサーへと振り降ろすも、魔物が盾になって距離を稼がれる。
「やはりお前が、魔物を操っていたのか!?」
俺の言葉にアーサーは眉を顰めた。
気付けば俺の周りには皮膚の固い特徴を持ったトカゲの魔物が固めていた。
ニヤリと普段のアーサーとは違う嫌味な笑みに、俺の中で確定した。
コイツは偽物だ、と。
「やはり……? 知っていて泳がせたとでも言いたいのか」
「情報をくれた者が居るからな。仲間の皮を被った真似をしたんだ……さっさと正体を表わせ。魔獣」
「……」
ピクリ、と。眉と口を引きつらせる。
不機嫌になったのは誰が見ても明らかだ。その時、暴風が魔物だけを巻き上げていき雷が直撃する。
「へぇ。貴方、魔獣なんだ……どうみても、アーサーさんにしか見えないんだけどねぇ」
「憑依と言う感じでもない。夜と言う条件をクリアする為の研究をされていたと言う訳か」
そこに現れたのはリグート国の師団長と、副師団長であるレーナスとラーファルの2人。城に居る筈だと考えたが、自分が飛ばされた事を思い出し彼等も同じ状況なのだと思った。
それで、とラーファルからは妙に殺気立った雰囲気で相手に聞いてくる。
「国全体に張り巡らされたあの黒い魔法陣はどういうつもり。……私達を飛ばしたのも、ギルダーツ王子を飛ばした面倒な事も……狙いは彼女だね」
「くくくっ………」
ビキビキ、と耳障りな音がアーサーだった者から聞こえてくる。
体の至る所から聞こえてくる嫌な音。骨を、体を、全てを作り替えるようにして奴の姿が変わっていく。
黒い蛇の尾が3つ。黒を基調とした体は4つ足の身体を持った姿はライオン。咆哮のような声が、言葉が響き渡る。
「お前の言う通り、あの中では魔法は使えない。向かおうとしても無駄だ。俺達が妨害するんだからな!!!」
その為の罠だと高らかに言った魔獣に俺は自然と笑う。
魔獣の頭上に鏡のような物が現れ、俺達にその映し出された場面を見せて来た。そこには気を失ったウィルスを、抱えるようにして守るアッシュの姿があった。
「バ、バカな……!!!」
恐らく俺達に見せようとした場面とは違ったのだろう。
滑稽だなと思いつつ、俺は魔獣の首を斬りに行くが上手くかわされた。片目しか傷付かない事に心の中で舌打ちをした。
(ウィルスの事は任せるぞ……カーラス)
瞬時に距離を詰めた途端、目の前に氷の刃が襲い掛かる。
それをラーファルが防ぎ切ればレーナスが立て続けに、雷で周囲の魔物を排除していく。
状況はかなり悪い。
魔獣にとって都合が悪い俺達を国の外へと追い払い、城の中や王都は魔物の襲撃を受けて何処も手一杯。守りが手薄になった所をと思ったのだろう。
前の俺なら自分だけで引き受けようとした。だが、アッシュから言われた事、幼いウィルスに言われた事を思い出しそれではダメだと気付かされた。いや、分かっていて……逃げていたのかも知れない、と。
「俺はディーデット国の王子だ。国が危ない目にあっているのを見過ごせるはずが無いだろう!!!」
さっさと倒して、国を守らないといけない。家族であるルーチェ達を護らないといけない。
俺のやるべきことはとても大きくて、そして……とても大事なものなのだから。




