表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/256

ごめんなさい


「はぁ、はぁ。はっ……う、やっぱり追い付かれる」




 伸びてくる腕にそう判断を下したウィルス。

 頭の中で響く鳴き声は、彼女の飼い猫であるカルラだ。


 咄嗟に右側に避けて曲がり角にそのまま入る。石造りの壁を足で蹴り上げて上へと移動すれば、その間に大きな体がズズズッと曲がり角に入って来る。


 体が柔らかいのか苦もなく進み、奥へ奥へと消えていく。下に着地してからすぐに走った方向とは逆へと走る。 


 


「はっ……はぁ、はぁ、はぁ……」




 これらの攻防が続いて既に30分程は経つ。

 ルーチェがウィルスにお願いをしに、部屋を訪ねた時は昼過ぎだったと思い出す。




(っ。……やっぱり、同時には……まだまだ厳しい)




 カルラと合体してからと言うもの。

 ウィルスとして過ごした時に、ちょっとした変化が起きた。


 跳躍力、瞬発力、スタミナが前よりも上がった事。

 カルラが危険だと判断したら、頭の中で鳴き声が響く。


 実際、これらで危機を回避出来た事もある。だから彼女は、カルラの鳴き声1つでどうしたら、正解かなのかが分かるようになった。




「にゃにゃ!!」

「っ!!!」




 ふわっと軽くジャンプして、何かを飛び越えるようにして進む。進んだと同時に下から伸びてきた長い腕。


 気配なんてウィルスにはよく分からない。

 人の気配1つで、暗殺者かどうかなどナークとリベリーに聞かなけば分からない。彼女の感覚はごく一般的な、普通の人なのだから。


 


(一瞬……ほんの一瞬でも、気を緩める訳にはいかない)




 あくまで自分は時間稼ぎ。

 ルーチェ達の逃げる時間を稼ぐ為だと、心に刻み後ろを振り返る事もせずにひたすら真っすぐに進む。




(左、右………左斜め……)




 跳躍を繰り返し、壁を中央無尽に駆け上がる。

 ヒールでこんなことは出来ないが、彼女のチョーカーに埋め込まれた小さな水晶には走るのに適した靴がある。魔法で出来る事は様々であり、物を水晶に閉じ込める事も可能なのだ。

 

 それらが出来る技術のある国は限られており、それは同時に大国である事も示している。




(ギース様には本当に感謝しないと……。ヒールがない靴だから、走るのにも負担はない)




 走っているのは石造りの壁であり、ルベルトが安静にと使っている部屋の扉もあれば不自然に小道に入る場所などがある。扉を開けて入れば、また別の小道へと出る。

 小道に入ればいつの間にか、部屋に入っているなどビックリ箱のような場所。


 王族の認証で開けられるこの場所はダンジョンと呼ばれる魔物が住み着くとされるのをイメージして作られた。


 複雑な造りにしたのは外からの敵から身を護る為。

 内から現れた敵を混乱させる為。


 この2つを目的にして作り出した。

 追っていた者がいつの間にか居なくなり、そしていきなり姿を現すなど奇襲にも使える。



 しかし、ウィルスは奇襲するような、余裕のある状態はない。

 今、彼女が使えるのは治癒魔法と銀色の魔法のみ。




(っ、ダメ……だ)




 ふっと気絶しかけで壁を頭に叩き付ける。

 無理矢理に意識を起こし、魔獣から逃げる為にと考えを巡らす。額から軽く血が流れる。思い切りぶつけたのと、目を閉じかけた事で何度も頭をぶつけた為に軽く血が流れていた。


 カルラは、ぶつけすぎだと注意するように頭の中で鳴くがウィルスはフラフラとなりながらも歩く事に集中していた。


 その為に、カルラからの警告を聞けないでいた。




「!!!」




 バクン、と自分が何かに飲み込まれたのだと気付く。

 抜け出そうとするも、水の中にいるように服が水を吸いさらに動きが鈍くなる。




(魔物、まで……)




 今まで全速力で走って来たが、彼女は先程までルベルトに治癒魔法を施したばかり。銀の魔法は、魔力と同時に体力も多少なりとも奪う。

ゆっくりする間もなく魔獣の襲撃。そして、自分を囮にと走り回った。


 既に体力の限界は超えており、それでも走り続けたのは時間稼ぎの為だと何度も思った。




(っ、意識、が……)




 もがいても、暴れても水をかいでいるだけ。水の中に閉じ込められ、体力も無駄に使った事で意識を保つのが難しくなっていく。


 カルラからの声が、段々と聞こえなくなっていく。そう思った時に、ピシッと亀裂が入るような音が微かに聞こえてきた。




(誰……)

 



 亀裂が入る音が大きくなる。一瞬だけ感じた冷気。

 ガラスが砕けるような、大きな音。


 気付けば自分が抱えられている事に気付く。




「すみません。もう少し、もう少しだけ……待っていて下さい」




 姫様と額に手を置いた人物に言われた。

 手からひんやりと、でも何だが懐かしい気分になったウィルスはそこで意識を手放した。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ふっと明るいな、と思い目を開ける。

自分では既に開いている状態だと思ったが、頭がぼおっとしてフワフワとした感じ。




「……」




 声を出さなければ。

 そう思いながら、懸命に声を出そうとした時。「お姉様!!!」と自分の手を握ってきた人物に目を向ける。




「ルーチェ……ちゃん……?」




 まだ頭が上手く働かない。

 起きあがろうとするのを、ルーチェから止められる。それからウィルスは、自分がレントに保護された事。ルベルト、アースラ、ムジカの無事を伝えられ今は、別の部屋で休んでいると聞いた。




「バーレクが上手く隠しています。あの、それでお姉様……」




 気まずそうにしていたが、ルーチェはウィルスの手を取り謝罪をした。自分が頼んだ事で危険な目に合わせてしまった。その事に責任を感じ、これからは部屋にも秘密基地にも行かない事を話す。


  


「城の内部で、魔獣と繋がっている者がいる、と前にギルダーツお兄様が言っていました。……その事もあり、ルベルトお兄様の事は、絶対に知られる訳にはいかないと……バーレクとで話し合いました」




 もし、あの魔獣がルベルトを狙ったものなら自分達の動きを見られている可能性がある。

 秘密基地に、魔獣や魔物が入って来た時点でルベルトを診るのは危険と判断したのだ。




「今は、バーレクの別宅へと運んでいます。……レント王子の協力もあり、エリンス殿下、ラーグレス様が共に付いています」

「そっか……ラーグレスは強いから大丈夫。エリンスにも何度か助けたし任せても良いよ」

「申し訳、ありません……」




 自国の事ではあるが、今のレント達は客人だ。

 心苦しく思っていると、ウィルスの手がルーチェの頭へと伸びた。




「良い子、良い子」



 

 子供をあやすような、優しい手つき。

 ルーチェはこれまでそんな風には褒められた事はなかった。


 妹ではあるが、この国では唯一の女王。

 兄が完璧に仕事をこなす事から、自然とルーチェにも期待は集まる。


 兄が出来るならば。と、そう言ったプレッシャーに押し潰されそうな事は幾度となくあった。ルベルトが気遣い、同い年のバーレクが気晴らしにと秘密裏にたまに大胆にとイタズラを仕掛けた。


 そうした事で少しは気が紛れた。

 母もルーチェには気負えなくと思い、気遣うがルーチェにはそれが辛かった。



──期待に、答えろと……そう言われている気がする。



 もちろん、それはルーチェの考え過ぎであるが1度そうだと思ったら直すのは難しかった。

                        



(あぁ……お姉様は、凄い……)




 ルーチェはただ誉めて欲しかった。

 王族だから当然だと言うのではなく、ただのルーチェとして褒められたかった。


 今、ウィルスがそうしてくれたように。

 



「ルーチェちゃんは偉いよ。バーレク君と考えて、そうするのが良いって自分で決められたんだから。……だから、そんなに気負わないでね?」




 甘えて良いんだよ?

 瞳がそう訴えている。ルーチェは、最初は迷いながら自分達しか居ないのを確認した上でウィルスの事を抱き締めた。

 



「ありがとうございます。お姉様のお陰で、まだ頑張れます。……甘え方を、忘れていましたから」

「お兄さん達は優しいから、きっと受け止めてくれるよ」

「……はい。そうだと良いです」




 厳しいだけだと思っていたギルダーツと、そつなくこなしながらも一線を引いたようなルベルト。いつからか、そんな兄達を見てルーチェは自分はあぁなりたくないと思った。


 でも、と考える。

 自分に一歩踏み出す勇気があるなら、もっと早くに兄達との仲を改善されたのではと思ってしまう。




「ギルダーツお兄様と、話してきます」

「うん。頑張ってね」



 これ以上は、ウィルスの負担なるからとルーチェは部屋を出て行く。

 それを見送った後、ウィルスは今までの疲れが溜まっていたからかすぅと目を瞑った。



(魔法を使って、魔獣から逃げ回ったんだから……当然か……)




 そう思った途端すぐに眠った。

 ルーチェと入れ替わりでレントが入って来たのにも関わらず、だ。


 レントが入って来た事には気付かなかっただろうに、彼がウィルスの傍に来た途端にポツリと言ったのだ。


──ごめんなさい。




「……はぁ」




 思わず漏れるため息。

 頭を天へと向け参ったなと言ったのは誰に対したものだったのか。

 レントは眠った様子の彼女の寝顔を見る。

 いつも隣で微笑んで、幸せそうな顔をしている。そう思うのが嬉しくて、ついウィルスの髪をサラリとかき分けた。


 途端に触れられたのがレントだと気付いたのだろうか。

 ふにゃりと笑ってから、気持ちよさそうに眠るウィルスをレントも同じく笑う。




「これじゃあ、怒るに怒れないな……」




 起きたら叱ろうとしたのに、と。 

 結局、リベリーが来るまでレントは飽きもせずにウィルスの傍を離れる事はなかった。


次回、レント視点から入ります。

ナークは離れていても、主のピンチに気付きます。が、レントの事を信じて我慢している状態です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ