第101話:材料
ースティング視点ー
ナーク君を隣に来させて、色々と話を聞いた。
ウィルス様が自ら魔法を発動しようと訓練している事。そこは気にしていない。ラーファル様とレーナス様が付いているからね。
不安なのは、レーナス様かな。
「自分に興味ある事なのか、主に根掘り葉掘り……。ビックリして毎回、壁側に追い込まれてるし」
うん、簡単に想像つくね。
軽く泣いているだろうと一連の流れが見える感じ。レーナス様の怒濤の質問攻めは、回避不能だ。頭をパニックにさせる天才だよ。
「王子とラーファルさんに、注意されても居なくなった時に……。何度吊そうとしたか」
ナーク君の雰囲気がピリピリし始めた。
まだ吊し上げていないらしいから、別にやって良いんだけどと思うが他国だから遠慮した、とみて良い。
リグート国ならやりたい放題だろうから、あとでラーファル様に確認してみよう。
あの方はもうウィルス様の味方側になっているから、すぐにでも「やって良いよ」と言ってくれるだろう。無論、俺も同じ意見だから容赦なくやって平気だ。
「……ちょっと待って」
ナーク君の声が鋭くなる。
ネルちゃんが照明変わりにしていた灯りを更に弱くし、自分達の足元のみに照らすように調整された。
「ボクが先に行って様子を見てくる」
チョンチョン、と俺の服を引っ張りナーク君がそう進言した。あまりの不意打ちに、俺は頭を抱えたくなった。
その仕草が可愛いとか、言え……言えない……!!!
「スティング、さん……?」
「変なスイッチ入っただけよ。気にしたら負け」
「そう……なの」
「こっちに聞かれても」
首を傾げたり不思議そうに見てるナーク君とネルちゃん。
あぁ、こんな場所でなければなぁ……。思い切り撫で回したいな。クレールからの言葉は敢えて無視だ。
俺の事を知っている分、冷めた目で見られるし。
そんな事を思っていたら、ナーク君は既に姿を消して奥へと進んでいった。仕事人だなぁ、と思っていると──
「グキャアア!!!」
「キーーキーー!!!」
魔物の断末魔が聞こえた。
ナーク君が、容赦なかったのを思い出した瞬間でもあった……。
「うるさい」
そう言って魔法で一掃し始めた。
ネルちゃんが魔法で作った火の玉がユラユラと淡く光るのに、対してナーク君の居る所は強い光が発していた。
目を閉じ、暫くしているとナーク君から「平気ですよ」と明るく言われた。足元だけだった光が上へと上がり、天井に張り付く。
上に光があると便利だな、と気付かされる。
薄暗い洞穴が、城に居るときのように明るくなり周りがハッキリとしてきた。ナーク君を見ればいつにも増してニコニコ顔だ。
「魔物、倒しておいたよ♪」
褒めて欲しいオーラで言って来るから思わず、そう……思わずナーク君の頭を撫でると「ふふん♪」と嬉しそうにしている。おかしい、尻尾はない筈なのに尻尾が生えてるような幻覚を見る。
「戻って来なさい」
「あいてっ……」
ペシッ、とクレールから叩かれる。
睨みと呆れとで俺を見るクレールが怖い……。バーナン様、彼女を妃にするの凄いなぁ。
そう思っていたら睨まれた。え、そんなに顔に出てたかな?
「……気絶、してる?」
ナーク君が倒した魔物の残骸を通り過ぎた所で、大きな穴があった。白い糸でグルグル巻きにされた繭のようなものが積まれている。
試しに1つを丁寧に外側から裂いていくと、中から出て来たのは20代前後の男性だ。
「辛うじて息が吸える位には緩いけど、手足とかは動けない様に蜘蛛の唾液で固められている。……急ごう」
そこからナーク君がてきぱきと繭を切っていく。
剣でも、破れたから強度はかなり弱いから助かった。繭から解放された人達から順番に、ネルちゃんが持ってる液体の薬を飲ませていく。
それらの作業が終わると、ナーク君はこの先に行くと言い、進もうとするのを止める。
「この先にも同じような人達が居るなら、一旦外に出て彼等の安全を確保してからがいい」
「そうしたら、先に捕らわれた人が間に合わない」
「それは……」
事情は聞いた。
近くの村で男達が魔物に攫われて、次に女性や子供が攫われている。魔物を操る者が近くに居るなら、この事を見られている可能性もある。
危険だと、俺は言った。
なのに、ナーク君は首を縦には振らない。……目が、彼の纏う雰囲気が、前に行くと伝えてくる。
「スティングさん達はこの人達を、その村まで送り届けて欲しいんだ。他にも人、居るんでしょう?」
あぁ、バレてるのね。
いや、そうでないと仕事にならないんだから良いのか。でも、やっぱり心配だからと俺が共に行こうかと聞くとナーク君は「大丈夫」と言って銀色の腕輪を見せて来る。
「ギルダーツ王子からの貰い物がある。お守り代わりに使えって言われたから、使わないと……多分、怒られる?」
うん、そこは疑問に思いながら言う事でもないよ。
多分だけど、ギルダーツ王子は突っ走るナーク君を守れるように渡したのであって、速攻で使えとかそんな意図で渡してないと思うんだよね。
「あっ……」
止める間もなく彼は速攻で居なくなった。
相変わらず闇に紛れるのは上手いというか、早すぎると言うか……。
「今から追っても追いつけないんだから、私達は私達の出来る事をしよう。スティング、まず連絡してくれないと」
「了解」
クレールだって止める気は無いし、ネルちゃんは必死で介抱しているし。うーん、年下がこんなに頑張って俺が頑張らないのも悪いか。
そんな気持ちのまま、俺はナーク君が消えた方へと目を向けたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーナーク視点ー
スティングさんが微妙な表情をしていたのは分かっていた。
でも、ごめんなさい……。
ユイちゃんに約束したんだ。お父さんをどうにかしてくるって。
どうにかしてくるんだから、連れて戻すのがボクにとっての任務であり優先事項。
頭の中でさっきの繭の事を想い出す。
手足を固めた割には、繭自体に固めた様な事も無かった。剣や魔法で引き裂かれた事に違和感を感じていた。
(そうだ……逃げられないようにしていたのに。何であんなに簡単に)
ピタっ、と足を止める。
逃がさない割には、繭は手でも裂けるくらいに柔らかい。中身が重要……かと考えた時に「材料はどうだ」と言う低くて気味の悪い声を聞いた。
「……っ」
思わず、足を止める。
この感じ、全身が気持ち悪いという信号を発している。息を殺しているのに、自分の状態が分からなくなる。
息をしているのか、いないのか。
足は動くのか、手は動くのか……色んな事を頭の中で考えないと、気が狂いそうで正気を保っていられない。
「まぁまぁ、だな。この間、村1つ分の生贄を出して作ったが……失敗だ」
「やはり憑依させた状態で、人間を生贄に出した方が成功率が上がるか」
話をしていると思われる2人。
背格好とかは分からない。話をしている2人にだけ、光が当たり他は真っ暗だ。影が膨張しているし、距離もかなり離れている。
ただ、その話をしている2人の近くには倒れている人が居た。
男性が1人。そうだと思うのは暗闇の中で見た骨格の感じからしてボクはそう判断をした。
(もう少し近付きたいけど、アイツ等は気配とか敏感だ。獣並みだと考えると、ここが限度……これ以上はダメだ)
距離的に5メートル弱。
暗視が出来るようにとラーファルさんから学んでおいて良かった。少しだけなら状況は分かる。
「だが、この間ディーデット国に送ったのにもう補充か」
「あぁ。魔獣を葬れるのが魔女だけとか限らない。そう言う事だろう」
「つっても……そんなにホイホイ出来ないって」
「だから、村とか里とか人口が少ない所から攻めてるだろ?」
「そうだったな。……ネズミか?」
ヒュンと風を切る音がした。
咄嗟に掻い潜りながら、倒れている人の所に辿り着いて目眩ましにと強い光を発した。
「平気ですか!?」
倒れている人を抱えれば、上から月の光が差し込んできた。上から逃げれると思っていたらビギビギと妙な音が聞こえてくる。
何か、別のものに変えられる。
腕が急に黒く、毛深い大きな腕へと変わる。瞳が赤く鋭く睨まれる。
ボクは、これを自分自身の体験として知っている。
魔獣に、なるその瞬間を。
「グアアアアアアッ!!!」
体が段々と巨大化していく。
洞穴が崩壊していく。下がろとして、自分の背が壁に当たっているのを感じた。
行き止まりだと分かりほっとしながらも、自分の前では魔獣になっていく人を見つめる。
(……助ける。主がボクを助けてくれたように……!!!)
そう強く思っていたら、ボクの体から光が纏うようにして現れる。受け取った魔力は、主が魔法を学ぶ度に蓄積されていく。
傍で見守りながら、ボクも一緒に学んできた。だから、大丈夫だと何度も言い聞かせる。
「絶対に、助ける!!!」
ユイちゃんとの約束を守るためと、主のようになりたい気持ちが募る。
ボクは魔獣に、向けて光を纏ったナイフを投げ付けた。




