第100話:修復
ーウィルス視点ー
翌日、ギルダーツお兄さんからの呼び出しで執務室に訪れた。
ここに着くまでにピリピリとした雰囲気や空気が重いのを感じ、自然と緊張してくる。レントはエリンスと話をしてくると途中まで付いてきていた。
「何かあれば連絡して。すぐに行くから」
不安がらせないように、撫でて来るのが心地よくて思わず切なげに見てしまった。それに気付いたレントは耳元で「続きはまた後で」と言い離れていく。
顔に集まる熱を……どうにかして欲しい。
最近、ますますレントが甘い気がする。いや、気じゃないね。甘いの、かなり甘くなった。
(うぅ、思い出したらまた顔が熱くなった……)
パタパタ、自分の手で風を扇ぐが効果は薄い。
レントは風の魔法を使うんだっけ。ずっと涼しい顔なのもその所為かな?
「熱いのか?」
ピシッと体が固まる。
私を上から見下ろすギルダーツお兄さん。ぎこちなく視線が交じり目を逸らすと言う選択が出来ない。
フルフル、フルフル。
なんとか言葉の代わりに首を横に振り、違うと言う意思表示をする。そうか、とギルダーツお兄さんはフワリと頭を触り隣に座ってくる。
(あ、ソファー1人占めしてた……)
2人掛けの所を私は真ん中に座り、1人でワタワタと慌てていたのを考えると急激に恥ずかしくなりすぐにささっと隅に座る。
そんな行動をどう思われたのか不思議そうに見ており説明が難しい。
「師団から報告は届いている。コントロールが良くなっていると聞き、安心した。変にプレッシャーになって普段通り出来ないと言うのもあるからな」
「わ、私に出来る事は……これ位しか、ないですから」
ラーファルさんに手ほどきを受けながら、レーナスさんからは質問が飛んでくるのが慣れてきた。でも、まだレーナスさんの事を少し……怯えはある。
研究熱心なんだろうけど、その……質問しながら迫るのはどうにかならないのかな。レントがすぐに間に入ってくれるけど……何故か止める気ゼロみたいだし。
「……昨日。結界装置に来た俺はアッシュから襲撃を受けた」
――えっ。
思わず信じられないと言った表情で私はギルダーツお兄さんを見た。無意識なのか体が震えていた。聞かされた内容に驚いていた。
ギルダーツお兄さんが襲撃された事。
その襲撃者が、アッシュだった事……。
「………怪我、は、してないんですか?」
聞いて後悔した。
ギルダーツお兄さんに向けた事なのか、それともアッシュに向けてなのか……。私としては両方なのだけど、と思いながらも「怪我はしてない」と答えてくれて安堵した。
では、アッシュの方は?
思わず、そう聞こうとして思いとどまった。
自分の手をぎゅっと握る中で兄さんはさらに告げた。ルベルトを襲ったのはアッシュだと、本人から聞いたのだと。
「そう……ですか」
「いきなりで悪いが……アッシュの瞳の色を聞いても良いか?」
瞳の色……?
首を傾げつつ「水色、です」と答えれば、考え込まれるようにして黙った。私に直接聞かなくても、魔法を使った所は私よりは多く見て来ている筈だし何でそんな事を確認されるように聞かれたのか……不思議に思った。
「あ、あと……カーラスは、氷と風を使います。その時は、ちょっと緑色が混じった瞳の色になります」
「水色に、緑が交じった感じか。……分かった。すまなかったな、朝から呼び出す様な真似をして」
「いえ……それは全然、大丈夫です」
むしろ、ギルダーツお兄さんの方が私は心配だ。
ルベルト様が居なくなって、既に5日は経っている。ルーチェちゃんとバーレク君はあれから部屋に閉じこもっているままだ。多分、部屋から出るなと言われているのかも知れない。
私の方はレントとリベリーさんが常に居るし、すぐ隣の部屋ではエリンスとラーグレスが居る。ラーファルさんとレーナスさんは部屋の周りに守りの魔法をかけているし、私が研究科に行く度に一緒に来ている状態。
それはカルラになっても変わらないから、むしろ都合が良いらしい。
抱えられて手元に居るのが良いんだって。
ラーファルさんはカルラや猫の広場を作ってからか、猫が好きになっているからお世話は自ら進んでやっている。
レーナスさんはそれに驚いて、暫く「ラーファル、だよな」と確認をしてきている位の変わりようだとか。
……なんだか、ごめんなさい。と思ってカルラの時に謝り私の時に謝るんだけどね。
何で謝ってくるのか分からないみたいな顔をされてる。
その代わりとばかりに次々と質問してくるのは……どうなのだろうか。
「悪いがこのまま俺に付き合ってくれ。レント王子を呼ぶのも構わない。結界の修復を優先して行うから」
「分かりました」
なんとか、なんとか言葉を出す。
レントに念話で連絡をすれば、彼は傍に来ていたのではと思う程にすぐにやって来た。
ギルダーツお兄さんは、普通にしていたから予想していたのかな。
私は驚きすぎてて、何も言えなくなったのに……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
ウィルスとギルダーツ王子、リバイルと言うメンバーで来た部屋は周りが石造りの冷えた感じの空間。地下へと続く隠し階段を降りている時にリベリーと話した事を思い出す。
「うえっ、マジで言ってる?」
「文句あるの?」
「ないでーす……」
白旗を振るような感じで不満げに、だけど有無を言わさない様にした。途端に「参りました」と頭を下げて来るのを、エリンスからは全部を見られ「大変だな」と言って来たからまとめて睨んで黙らせる。
「なあ、怖いよな」
「あれがアイツの普通なんだよ」
怖い怖い、と言う2人はすっかり仲良くなっている感じ。
ラーグレスからは「何だか似ている部分があるんでしょうね」と、思い当たるような節があるのかそんな事を言っていた。
ついで、昨日、アッシュと交戦したんだってと聞いた。途端に、慌てた様に視線を逸らした。
「……すみません。でも、ここで研究していた枷を貰いました。魔法は暫くは使えません」
ウィルスが付けていたのよりも強力なものだと聞く。第3魔法師団は研究する場所でもあるからかと納得している。しかし、ラーグレスからは聞いた所は意外な所から貰ったという。
「……ギルド本部から?」
「はい。魔物にも魔法を使うのが居ますからその対策で、独自に作っているんですよ。勿論、国からの審査を通った上に管理はギルドマスターがしています」
「……そう」
少し引っかかるような感じもあるけど、一応は記憶に留めておく。リベリーに頼んだ事も含むから良いのかと思う。チラッと見れば2人は仲良く談笑を始めている。
内容は主に私に対する事だろう。
人使いが荒いと言う事なのは分かるから、聞かないフリをしながら次はどうコキ使おうかと考える。
「ふふっ……」
「レント、どうしたの?」
思い出して笑っていたらウィルスが、気になったのか身を乗り出して聞いて来た。何でもないと言いぎゅっと抱きしめているとリバイルから呆れたように言われる。
「君、場所をわきまえないね……」
「どうとでも。私はウィルスの為に頑張るだけですから」
「リバイル。言うだけ無駄だ。害はない」
「だね」
納得されるのは何だか癪だけど、そうだね気にしないでくれると助かる。
地下の空間に入るまで、ギルダーツ王子は何度か壁に手を当てていたのを思い出す。ナークから聞いていた王族だけが発動出来るという城の仕掛けだと気付き、じっと見たけど……普通に壁に手を置いているようにしか見えない。
「悪いが仕組みを見るのは無理だ」
笑いながら言われた。
聞けば反応するのは、王族としての資格と言うよりは血液と魔力量だと言う。この国の王族は魔女との交流と含めて皆、魔力が高いのが特徴。
元からこの城は、魔法での防御をメインにして作られており起動させるのには魔力量と魔女の血が必要なのだと言った。
「この国もバルム国と同様に最初の王妃は魔女の人なんだ。とは言え、昔も今も国の王族が魔女になったと言うのは珍しくない。恐らく、俺達が高い魔力を有しているのもその辺に関連しているんだと思う」
つまり、他人が仕掛けを起動させようとも出来ないと言う事か。
そんな話をしていると、目的地に着いたらしい。ギルダーツ王子がウィルスを中央へと連れて行く。
四方に置かれた台座の上にはダイヤモンドがあった。目に見えて淡い白い光が見えるから、結界の力の基盤になっているのだと分かる。
天井には吹き抜けになっており、暗い筈の空間は何故か明るく保たれており太陽に光が差し込んでいるような感じ。目的地に着くまでにも見た事もない文字が掛かれた壁が幾つかあった。
台座、部屋を支えている支柱にも同様の文字が掛かれているがビッシリと書かれている。驚いたのはその文字がここでは淡く光っている事だ。
(ダイヤモンドの光と同じ……共鳴しているのか)
「ウィルス。自分の魔力をこの水晶に注ぐんだ。第3魔法師団での魔力コントロールの要領でやって貰えると助かる」
「は、はい……」
私が周りを観察している間に、説明が終わったのだろう。ウィルスが緊張した面持ちで水晶に自分の魔力を注ぐ作業に入る。
(……銀の光……?)
あれ、と思った。
ラーファルから聞いた魔力の色と報告が違っていた。ウィルスの魔力の色はダイヤモンドの淡い白い光と同じだと聞いた。
なのに銀色の光。
変化しているのを感じるのと、ウィルスの髪の色が一瞬だけ白銀に見えた。注がれた魔力が装置に伝わって来たのか、部屋全体が銀色に包まれた。
時間にしては数秒だったのかも知れない。だけど、私の体感的には凄く長く感じられた。
「………お、終わり、ました?」
いつものピンク色の髪。
自分飲み間違えなのかと思い、目を何度もこするが……そこに居るのは変わらないウィルスの姿だ。
「あぁ、ありがとう。今、師団に確認を取らせよう」
安心した様子のギルダーツ王子に、ほっとした様子のウィルス。
その後、結界の強度を確認した結果は大丈夫だと言う報告。一先ずはこれで良いと安堵した中で私自身は……妙な胸騒ぎを覚えた。
次回、ナークが情報集めをしている部分をメインに書かせていただきます。




