第11話:夜の王都
ーウィルス視点ー
「よくお似合いですよ、ウィルス正妃様」
「そ、そそそそ、そうかな!?」
「えぇ、似合うわよ。ねぇ、ファーナム、ウィルスの髪を結いていて。その間に私はシンプルなイヤリングを探すから」
「かしこまりました」
頭の中が大パニック状態。
あれだ、レントがあんな事を言うからだよね!!!
なんか言われても全部焦って答えるから、舌を噛んだと思われるだろうが……ファーナムさんは気にした様子は無い。
「夜、デートしようね?」
わあああああっ、ダメ!!!
頭の中で同じ台詞が……繰り返されていくよ。うぅ、顔は真っ赤だし耳もだよー。
そんな私の状況を楽しんでいるのはレントの母親であり、国王様の王妃様であるラウド様。ずっとクスクス笑われてます。笑いながらも逃がさないとばかりに、手を握られてます。……逃げる場所なんて何処にもないから。大丈夫です、逃げませんから。
ファーナムさんとは知り合いらしく、ずっと仲が良い感じで服を選び装飾品を選んだりと楽しそうにしている。王妃様と1週間過ごした時には、ドレスを何度も着せ替えられ、ヘトヘトな私に容赦なく何着も何着も持って来て着せてきます。……鬼だ。
「失礼致します」
「クレールさん!!」
そんな時、王妃様の部屋に訪ねてきたのはクレールさんだ。嬉しくて多分キラキラした目でいたんだろうなって言う自覚はある。ファーナムさんから「動かない」と、キツく叱られ思わず「はい……」と反射的に謝りシュンとした。
クレールさん、笑わないで。ラウド様と楽しく話さないで。ほっとかないでー。
「はい。これで良いわ……ふふっ、どうかしら」
「完璧です」
「ウィルス様、綺麗ですよ」
クレールさんの方が綺麗だよ!!、とは言いたくても姿見で見る自分を見てマジマジと見てしまった。
背中までの髪をアップにし、幾つか三つ編みがしてある。髪留めに銀色のバレッタを使用してます。このバレッタ、午前中にお散歩デートした時にレントが買った物。
「髪を結んだウィルスが見たいからね♪」
理由を聞き、思わず受け取った。手にしてよく見た。鳥がクローバーを運ぶような綺麗な絵であり、クローバーの部分は翡翠色の宝石を使っていた。嬉しくてニコニコしたのがいけなかった。それをラウド様に見られ……夜にレントと出掛ける事を言えば、そのままお部屋に連行されていった。
仕事が終わったフォーナムさんまで巻き込んで、服を選びバレッタがよく見えるようにと髪もいじった。
淡い水色のドレスに、黒のボレロ。イヤリングはクローバーのデザインで、バレッタと合わせてたとか。軽く化粧をし髪も艶が出ていて一瞬、誰だと思い何度も鏡と自分とを見合わせてしまった。
「………」
「ふふん、驚いてるわね」
「もちろんです。ラウド様、ご自身の娘のように扱うのだから私も困りました」
「でも合わせてくれたんだから流石よ」
後ろで話している会話があんまり聞こえない。
……緊張して、きた。顔が赤いのが化粧の所為なのかどうか分からなくなっていると、クレールさんが「大丈夫?」と優しく声を掛けてくれた。
「あ、いや……な、なんだが本当に……良いのかなって……」
「あの後のレント様、凄かったの。仕事を手早く片付けててジークが開いた口が塞がらない状態で、バーナン様も微笑ましく見てたわ」
「そ、そう、なんですか……」
「……レント様と出掛けるの、嫌?」
小声で話し、膝を折って話すものだから別の意味で顔が赤くなった。
クレールさん、騎士団に所属してるからなんだろうけど……様になり過ぎてて直視できない!!!
「大丈夫。彼は喜んでくれるわ」
「そ、そうだと……いいな」
何だか後ろで微笑ましく見られている視線を感じたが……振り向いたらなんかまずい気がした。その後、クレールさんにエスコートして貰う形で場内を歩いているとやっぱりと言うか、その……騎士団の人達とか、侍女、料理に携わる人とかが1度はチラリと見て必ずと言っていい程に立ち止まる。
やっぱりおかしいのかな?
あ、私が居るのが……かな?
そんな事を思っていたらバラカンスさんと目が合い、すぐに駆け付けてくれました。
「………」
「バラカンスさん……?」
あれ、駆け付けてすぐに止まった。クレールさんが隣で「ぷっ」て噴き出した。え、え、何?? やっぱりおかしいの!!!
「あの、どうしました?」
「っ、いや、あ……そ、その………」
途端に視線を外しながらもチラチラと私の事を見る。ちょっと顔が赤い気がするような? 首を傾げていたら後ろからバーナン様に声を掛けられました。
「おっ……成程ねぇ……どうりでやる気な訳だ」
「こ、こんばんわ」
「うん、こんばんわ。……バラカンス、見惚れてないでなんか褒めろって」
「なっ……!!! み、見惚れてなどっ……」
しどろもどろなバラカンスさんにバーナン様はイタズラ心が働いたのか耳打ちしてる。レントとは幼馴染だから自然とバーナン様とも仲が良いのか……納得だ。
「あー、その……ウィルス様」
「は、はい……」
がっしりした体格のバラカンスさんは、黒髪に黒い瞳の力強い人だ。見ていてほっとする安心感があって私もカルラもついつい甘えてしまう。
なのにそのバラカンスさんは未だに視線を合わせてくれない。合わせてくれるようにちょっとジャンプしたり、近付いでじっと見つめるもなかなか合わせてくれない。
服の袖をクイッ、クイッ、と引っ張るも視線を降ろす事はない。後ろでバーナン様が笑っている気配があるが、呼んでくれたのに向いてくれないのは何だが悔しい気がした。
「っ………」
むっとした表情で見ていたら、手で顔を覆ってしまったではないか。何でなのかとしつこいくらいに、服を引っ張り続ける。クレールさんもバーナン様も笑いを堪えているから、どうしようかと思ったら「そのまま続けて」と言われてしまうから……続けた。
「バラカンスさん、一体どうしたんです?」
「あー……その、似合っていますから……自信を持って下さい」
「あ、ありがとう……ございます」
「すっごい似合ってるよ!!」
勇気を振り絞って言ったバラカンスさんの言葉に思わずお礼を言えば、ジークさんが続けざまに褒めてくれた。呆気にとられた私とバラカンスさんは互いにじっと見た後でふっと笑い合った。
「これからレントと行くのか?」
「は、はい……」
「楽しんでおいで」
「うん。一番、楽しみにしてるんだろうしね」
ニヤつくジークさんにバラカンスさんは小突き、クレールさんが「レント様を待たせるとマズいですよ」と言い皆で揃ってレントが待っている城門へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーレント視点ー
はー、と白い息を吐き星空を見上げる。
カルラと散歩デートを終えて、ちょっと早めに執務室に戻ってからはウィルスとのデートの為にと仕事を早く終わらせた。自分でもビックリしたよ……人間、あんなに早くやろうと思えば出来るんだね。
「こんばんわ、レント王子」
「………こんな所でどうしたんですか、リナール公爵令嬢」
ウィルスとの楽しい時間を考えていた矢先、凛とした声に思わずげんなりとなりそうなのを抑え込んだ。いつもの作り笑いで目の前に現れた金髪の同年代の女性に挨拶を交わす。
リナール・ウェラ・リグート。
翡翠色のドレスに厚めの化粧をし、香水をふんだんに使い艶のある金髪の髪をこれでもかと自慢げに振るう。私はこの人が大嫌いだ。彼女の両親は私か兄へと縁談を申し込み、そのまま王族へと上がる事だけを望んでいる。
同じリグートと名は付くが血縁関係はない。赤の他人だ。
最初にこの国を作った時、王族の助けをしていけるようにと願いを込めて名を授けられただけのもの。最初は良かったのかも知れない……しかし、世代が変わり年月が経つにつれてそれは歪められた。
同じリグートと名を付くのだから王族になれる。
そんな歪んだ教育の元、その家に生まれた子供も不幸としか言いようがない。それしか道が選べず、王族へとなる為に様々な事をしてきたと聞く。他の公爵令嬢への牽制はもちろんの事、私や兄が何度も断りの知らせをしているにも関わらずそれを良い様に解釈してくる……。
あぁ、ダメだ。腹が立ってきたな……これからウィルスとデートなのに。
「こんな夜に何処へ行かれるのです?」
「そう言う貴方こそどうしてここへ?」
「私は新調したこのドレスをレント王子に、是非見せたくて。どうでしょう、お似合いだと思いません?」
「自分で言っていたら世話ないな……」
「はい?」
危ない危ない……つい本音が。幸いにも聞こえていないから助かった。さて、どう切り抜けようかなと思っていると、リナールが静かに近付いてきて体を引き寄せてきた。
「……何のおつもりで?」
「嫌ですわ、王子。私は貴方の婚約者じゃありませんか」
何を言っているのかと本気で耳を疑った。来るなと睨み付けても、それが好意と受け取るんだからどうかしている。
「レント王子、ちょうど――おや、これは失礼」
そんな時、ラーファルが声を掛けてきた。ワザとらしくフイっと顔を逸らしたからその意図に気付いた。
「いや、平気だ。もう時間か」
「えぇ。こちらが遅れたので申し訳ない……ですが忙しいようでしたら」
「いい。用は済んだ。悪いが、私はまだ仕事だ。……あまり目立つような行動を起こすなよ」
スルッと彼女の手から逃れ、何気ない顔でラーファルの所へと向かい警告を込めて言い放った。その後、ラーファルが嘘の仕事の連絡や報告をしているのを聞いて残念がるリナールはそのまま家へと帰って行った。
気配がないのを2人で確認してからラーフェルにお礼を言えば「大変ですね」と笑顔で返された。
「……私はてっきり猫ちゃん姫だと思ったんだけど」
「私はウィルスしか興味ない」
「ですが面倒ですよね。あぁいうのは……」
「どうにか潰せないかな」
「物騒ですよ王子」
沸々と怒りが込み上げてきたのをラーファルが宥めるが……無理だ。何でウィルスと会う前にあんな女に会わないといけないんだ。何のいじめだ、まったく!!!
「レント……?」
はっ、として振り返る。
そこにはいつもの彼女ではない。髪を結び淡い水色のドレスと黒のボレロ。なによりクローバーのイヤリングをしている時点で母の物だと気付き、これらを仕立てたのが誰かをすぐに理解した。
「ウィルス!!!」
「わぅ」
ボフッと思いきり抱きつく。その時、キラリと光るバレッタを見て思わず後ろへと移動した。……間違いない、今日渡した物だ。
「……付けてくれたんだ」
「っ、う、うん……ラウド様が色々と手伝ってくれて、ファーナムさんも巻き込まれたのに嬉しそうにしてくれて……」
どう、かな……?
消えそうな声だけど、はっきりと言いたいことは分かった。嬉しくて顔を緩ませていれば、ウィルスは顔を合わせようとせずに下に向いてしまう。
「顔を上げてよ、ウィルス」
「うっ、ちょっと待って……」
「ウィルス」
クイッと顔を上げさせれば、何度見ても飽きない顔を真っ赤にした愛しい人。さっきまでのイライラも綺麗に無くなる……それ位に私は彼女の笑顔が好きで、真っ赤に染まるのも好きなのだ。
「じゃ、行こうか♪」
兄達が居るのだろうと気配で分かる。しかし、口を挟まない辺り好きにして良いと受け取り、颯爽と夜の王都へと彼女を抱き抱えて飛んだ。




