第99話:襲撃
ーエリンス視点ー
ナークが離れて既に4日は経つ。
最初、レントから聞いた時には耳を疑った。あのナークがウィルスの傍を離れると言う選択をしたからだ。
いっつも、いっつも、ベタベタとしていた。
見ているこっちが恥ずかしい位に、それはもう……色々と目のやり場に困った。そんなナークの行動をレントが許すのも謎だと思ったが――
「その分、倍にウィルスの事を愛するから良いんだ」
とんでもない事をさらりと言って来た。
おーい、ウィルス。
お前、とんでもない奴がとんでもない事を言ってるんだが……と注意を言いたい気持ちになった。
「はぁ……」
思わず溜め息が漏れる。
ラーグレスはそんな俺を見て「頑張って下さい」と助ける気ゼロだ。……味方、いないのかよ。
「んで、ウィルスはどうしてる?」
俺の質問に、さっきまで笑っていたラーグレスが表情を消した。
順調に魔力コントロールが出来ている事もあり、そろそろ結界の修復をするかも知れないと伝えてきた。
ラーファルとレーナスの2人から色々と教わっている状況……。
聞いた人が聞いたら、贅沢だよなぁ。師団長と副師団長の教育。何故かレントはむくれていたと言ったがどうでもいい。
「ナーク君が頑張ってるんだもの。私だって頑張るよ!!」
寂しがる所か出来る事を精一杯にやる。
次にナークと再会した時に恥ずかしくないように、と言う事らしい。
まぁ、ナークはどんなウィルスでも「主♪」と言って抱き付いてそうな気もするが……。
「俺も殿下と同じです。ナークは姫様の事、好きですから」
俺から言わせればラーグレスも、なんだがな。
そう言ったら「普通ですよ」と言ってきた。思わずジト目で見て何度目かの溜め息を吐く。
え、お前はあれが普通だって?
いやいやいや。普通じゃない。レントと一緒になってウィルスの魅力を語り出したのが普通?
「え、違いますか?」
何故、俺が異常みたいな言い方をされないといけない。
絶対に違うと言う俺の言葉を、ラーグレスは信じられないような顔をしてきた。
(俺は普通だ。これだけは、絶対にこれだけは自信を持って言えるぞ!!!)
「殿下……おかしいですよ」
だから、絶対にラーグレスの方がおかしいんだよ!!!
そこで呆れるとか意味分からないんだが!?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れ様……?」
ウィルス。
そこは首を傾げながら聞くな。頼む……。
「う、うん……。えっと、ナデナデ?」
「何で疑問系……」
疲れた表情の俺にウィルスは頭を撫でていく。
最近の彼女のブーム? らしい。ウィルス自身、撫でて貰うと気持ちが良いんだと。
……猫かよ。あ、昨日まで猫のカルラだったな。
「悪い。色々、疲れた……ラーグレスに」
「俺にですか……」
「え、ラーグレス優秀でしょ?」
「姫様……!!!」
おい、そこで嬉しそうにするな。
感動してジーンとなるな。ってか、何で軽く泣いてるんだよ!?
「なぁ、ウィルス。疲れない?」
「平気だよ。ラーグレスは話が面白いし、飽きさせないし」
………。
それはウィルスにしか発動しないんじゃないか?
俺と居る時は護衛としてからなのかすぐに黙るし。
「そうなの?」
「っ……」
え、なに。その知られたらマズいみたいな顔。
んでもって、密かに俺を睨むなよ……。えぇ、これ言ったらいけないものなのか。
「エリンスの話しに耳を貸さなくて良いよ」
「うぐおっ!!!」
おい、レント。
だからって、俺に乗りかかるなよ!!!
「私のウィルスに膝枕して貰っておいて文句あるの?」
「このっ……」
「レントも休む?」
「………うん、そうする」
即決!? 早すぎだろ!!!!
「………凄いね」
ラーファル……。
そんな楽しそうに見ないでくれ。何で、ウィルスの膝にそれぞれ膝枕して貰ってるんだよ俺とレントは。
「ナーク君がいたら3人でやってそうだね」
「すぐにその絵が浮かんだ……。レント王子はウィルス様の前での変わりようが凄い」
いつまでも慣れん、と言うレーナスには同情の視線を送る。
レントのウィルスの甘やかし度は日に日に凄いからな……。
「ウィルスの髪。いつも以上にキラキラしてるね」
「そ、そう……? あんまり自分じゃわからないんだけど」
「うん。可愛いから良いだけどね」
「……あ、ありが、とう……」
目の前でこれをやられる俺の気持ち……。
おい、そっと視線を逸らすなよ。おいこら、ラーグレス。こっちに合わせろよ!!!
「王子と仲が良いですね、姫様」
「あっ……レ、レント!? ワザとだよね!!!」
「んーー? 可愛いのは事実だし、広めたいと思うのは普通だよ」
「うっ……」
顔を赤くしてあたふたするウィルスが面白い。
ついでにご満悦のレントは通常運転過ぎる……。披露宴でも思ったけど、ピンクの空間どうにかならないか。
あの時よりもピンク感が凄いんだが。なんでもうこんなに甘い空間なんだよ……。
「イーグレット様とこんな感じにならないの?」
「お前みたいに恥ずかしいセリフ吐けるかよ」
「うわー。プレゼント用意しといて、口説くセリフも無いの?」
「……うっさい」
(あ、エリンスの髪触ってみるとフサフサだ。……猫みたい~♪)
何故かウィルスが俺の髪をよく触ってくる。
その度に向かい合わせに居るレントからは殺気に近い目で見られる。引き攣る顔を無視していると「エリンスは猫だぁ~」と撫でるのが猫にしているみたいな力加減。
おい、俺は猫じゃないんだが?
「あ、ホントだ。うわっ、意外……」
「2人してやるな!!!」
あぁ、くそっ忘れてた。2人は猫好きだって……。
ちょっとした休憩のつもりが、その後2人に良い玩具にされた。
「ふふっ」
おーし、ラーグレス覚えてろ。
今、笑ったな? 確実に見たからな。後悔させてやる!!!!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーギルダーツ視点ー
ウィルスの魔法が安定していくのと同時にそれらのコントロールも良くなったという報告を聞く。
「……ふぅ。もうそろそろ良いか」
結界の管理は俺達王族の務めであるのは、魔女の存在を隠す為。未だ彼女達の事を悪く言う者達も、国もある。保護をしている、協定を結んでいると言われても全てを信じはしない。
南の国の魔法力が強いのを盗み出そうとする連中もいる位だ。
腹に何を抱えているか分かったものではない。
(3日ごとの入れ替わりを考えれば、明日にでも1度やって貰う必要があるな)
国の結界を司るのは直径30センチ程の4つのダイヤモンド。
東西南北に置かれたそれらは、台座に乗せられ白い光を放ち続けている。しかし、本来ならこの部屋を満たすだけの光を生む筈。
それが今では原石の周囲にしか光を放っていない状況から見れば、どれだけの間、魔力が注がれなかったのかが分かる。
明かりの代わりに松明を用意しないといけない位に、この部屋の周りは殆どが暗闇だ。
「っ……」
振り向き様に剣を抜く。すぐにぶつかる音が響き、襲撃者が誰なのかと見つめる。
「アッシュ……!!!」
「ちっ……」
氷の剣で対応していた彼は、すぐに後ろに下がりながらこちらの様子を窺っていた。水色の瞳をしていたアッシュだったが、今はその色が赤に変わっている。
誰かに操られている……?
「アッシュ。答えろ、ルベルトを襲ったのは……お前か」
「っ……。そう、だと、言ったら……ぐうっ!!!」
様子がおかしい。
途端に苦しみだしたかと思ったら、膝をつきながら近付かせないようにと氷柱を降らせる。
結界の装置に傷が付くのはマズいと思い、すぐに防御魔法を展開する。
「わた、しは……あの方を……」
逃げるようにして後ろに下がると、巨大な魔力の渦を感じ取った。
自爆する気でいるのかと焦ったその瞬間。アッシュに向けて水が放たれる。
「!!!」
その水を防ぐ為に使った魔力と、新しく作り出そうとした魔力のバランスが崩れ暴発する。
霧雨となって部屋が水浸しになるが、パキン、とその水がみるみる凍り付いていく。
しかもその音は水だけでなく、空中からも聞こえてくる。気付けば俺の周りを氷の刃が囲んでいた状況になる。
「くっ……」
今度はその氷を炎が焼き尽くす。
アッシュがそれに驚いていると、彼に向けて剣を振り降ろしたラーグレスと視線が合う。一瞬だけだったがすぐにアッシュは剣で応戦を始めた。
(魔法だけでなく、剣も扱えるのか)
騎士のラーグレスの動きに付いていけている上に、紙一重で攻撃をかわしている身のこなし。魔法のみを鍛えている訳では無いのは一目瞭然だった。
「殿下!!!」
ラーグレスが叫ぶ。
その声が聞こえたと思った時、アッシュの前に突然現れたのはエリンス殿下。彼の手にはウィルスが付けられていた枷が見え、その枷が消えた。
ガチャン、とはめられる金属音。
アッシュの手首に現れたその枷は、魔法を発動しようとしていた事で彼の身体に電撃を走らせた。
「うっ、ぐあああああっ……!!!!!」
痛みに絶叫するがすぐに何かを床へと投げ付けた。
青い魔方陣が現れ、アッシュのみを別の場所へと飛ばした事で部屋が静まり返る。
今のは……確か開発中の転送魔法の筈。
既に出来ているという報告は聞いていないが……。そう思いながらもエリンス殿下とラーグレスがこちらの様子を窺うようにしており、申し訳なかったと謝って来た。
「捕えるつもりが、みすみす逃げられるなんてな」
「いや、襲撃者が誰か分かっただけでも進歩だ」
「お怪我はありませんか、ギルダーツ王子」
ラーグレスが俺とエリンス殿下に怪我がないかを聞き、周囲の様子を見る為にと1度この場所から離れていく。
「今すぐに出口を固める。この場所も知られたし」
「すみません。アッシュの後を付けてたら……ここに」
気まずそうに言われ、この部屋で無い場所に移動させるかと考えいる。師団や騎士達に念話で指示をして、朝を待ったがアッシュを見付ける事は出来なかった。
アッシュの瞳の色が変わっていた事から、本来の瞳の色を聞く必要がある。本当に操られているのか、確かたいからだ。
「悪いが、ウィルスを呼んで欲しい。聞きたい事があるんだ」
ルベルトを襲ったのなら、目的はなんなのかハッキリさせたいからな。そんな気持ちを抱きながら俺はウィルスが来るのを待った。




