第96話:突き付けられた事実
ージーク視点ー
「えっ。それは……本当?」
思わず、そう聞き返してしまった。
資料を渡され、続けて言われた内容に思わず目が点になった。
「本当も本当だ。ほら、2カ月くらい前だったか? 王子が公爵家を1つ潰したあの件。あの公爵達を国外追放した時だったか。魔物が通ったらしいくて、消息不明になったんだ」
お陰で途中まで見送った俺達は酷い目にあったぜ……と、愚痴る同期。
その同期の話では巻き込まれた形であり、他にも行方不明になった人達が居るそうだとも聞いた。
ただ、その魔物は獣の咆吼を轟かせ、突然姿を消したと言いそれ以降の目撃はない。
(獣の、咆吼……)
言われて思い出したのはナークが魔獣になったあの時。あれも確か獣のような咆哮だったな、と記憶を引き出す。
彼の小さな体は突然変化し、黒い体思った魔獣になりウィルスを攫った事。
今、思うと何で攫ったのかよく分からないんだけど……。
あの時、刃が通らなかったのを思い出し、思わず腰にさした剣に触れる。
「あ……悪い。嫌な事、思い出させたか?」
「いや。大丈夫」
「にしても護衛とは言え、いきなり魔獣と対峙するなんて運が悪いな」
「あははは。そうだね……」
「んじゃ。俺はまだ仕事があるから。レント王子が居ないからって寂しがるなよ」
「ならないから安心して!!!」
はいはい、と気の良い返事をして互いに仕事場へと向かった。
同期が伝えてきた内容を、すぐにバーナンに伝えると途端に彼は険しくなった。
……ウィルス様が、見たら怖がられるよ。
「……大型の魔物に、獣の咆吼か」
「まぁ、思い出したくもない事だろうけど」
「だが気になる。……なぁ、何で仮面の奴はナークを実験にしたんだと思う?」
「は?」
え、そんなの知らないよ。
それこそ実行した奴に聞いて欲しい。何でナークを選んだかって……近くに居たから?
「そう言えば、その魔獣が現れたのってレントがウィルス様の事をお披露目した時だったと聞く」
「はあ……」
「あの時、貴族も多く居たし令嬢達はこぞってレントの事を見てたし」
「ウィルス様の事を敵視した人もいたでしょうね」
そう言って、バーナンに大量の書類を渡す。
すぐに嫌な顔をして「それで」と会話を開始するのを、無言でやれと訴える。
「………」
そんな子犬のような目で訴えられてもね……。
レントは当分帰って来ないし、その間もウィルス様と楽しくしてるんだろうね。
巻き込まれたリベリーには同情する。ナークは喜んで付いていくのが想像出来る。なんせウィルス様が大好きでしょうが無い子だ。
……ますますリベリーが可哀想に思った。
(彼、バーナンと居るから苦労しているんだけど……。何だろ、もっと苦労してる気がする)
可哀想に、と再び心の中で合掌する。
バーナンの執務室にバラカンスが入り、黙った空間にピタリと足を止めた。
「タイミング、変えるか?」
「いや、面倒だから入って」
いつまで唸るバーナンを無理矢理に仕事をさせる。
ほら、レントが居ない分はきっちり働かないと。
「酷くない? バラカンス、ジークが仕事の鬼だよ」
「そうですね。あ。これにも目を通して下さい」
「………」
バラカンスが容赦ないのは今に始まった事じゃない。
頭を机にくっつけ「酷い……」とウジウジ始める。それを叩いて仕事をさせる。
「癒し!!! 癒しが欲しいの!!!」
「はいはい。次、やって」
「終わったらこれもお願いします」
「ウィルスーー!!! クレールーー!!!」
癒しーー、と大声で訴えるのをバラカンスがため息し、私は南の国に行ったレント達を思う。
とにかく戻って来たら、逃がさないように対策するのが先だな。ウィルス様にも協力して貰えばレントのやる気を上げるのは簡単だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーナーク視点ー
真っ暗な場所。
自分を認識しているけど、周りが見えない。真っ暗で何も聞こえない。
「……どう、したんだっけ……」
なんとか声を出す。言葉として発していく内に、段々と自分と言うのを認識出来た。黒い髪、瞳は紅い目。自分がトルド族のナークだと言うのも思い出してきた。
「ボク……」
主はウィルス・ディルラ・バルム。
契約して彼女の魔力を受け取って、彼女の呪いを緩和出来た事を思い出す。
バルム国を襲った魔獣の集団。
駆け付けた紅蓮の魔女ミリアにより、ウィルスと飼い猫のカルラが合体しちゃったんだ。だから朝から昼はカルラのまま、夜はウィルスとして生活していたんだ。
それをボクが契約したのと王子から受け取った刻印の力で、緩和出来た事。今では3日ごとに入れ替わる……。
そこまで思い出した事で、今、自分の状況を理解した。
ルベルト王子が襲われた場所まで行って……倒れた。
(血を、見て……倒れたんだった)
暗殺者として技術を身に付け、魔物を魔獣を倒してきた。
ただ、あの血は嫌なものを思い出させた。
カツン、カツン。とヒールの高い音が聞こえてくる。ボクに近付いてくる気配に自然とピリピリと警戒する。
「互いにしぶといわね。……そう思わない、ナーク」
その人物を睨み付ける。
ボクは元からお前が嫌いだ。見た目も、声も、香水の匂いも……なにもかもが。今、思えば最初からボクは嫌いだったからこそ言う事を聞く事もしなかった。
「なんなの、お前………」
敵意を向ける。お前は主を……ウィルスを傷付けた。
鞭で何度も何度も……。王子が向けていない表情を主にしか向けていないから、主にしか王子は本当の意味で笑顔を向けないから。
主に嫉妬したんだ。
同じ王子を好きになる。でも、お前はやり方が気に喰わない。兄のバーナン様に対してだって、弟とくっつきたくて毒を仕込んできた位の女だ。
王子は最初からお前を見ていない。
お前と言う存在を最初から許してはいないんだ。多分、嫌悪していたのは兄に行った事を実行したのがお前だと気付いていたんだと思う。
だから、気に喰わない。適当にあしらう。態度で近付くなと言葉で直接言って離れたのも……全部、全部、お前と言う存在を王子は嫌ったんだ。
「王子の勘は正しい。お前、バーナン様に毒を仕込んだんだ。嫌われるのは当たり前だ……。そうでなくても主を傷付けたお前を王子は絶対に許さない」
「それはアンタだって同じでしょ?」
連れて来なければ、何も起きなかったんだから。そう、言われた時にドクンと嫌な脈を打ち、はっとさせられる。
「アンタが私の事を、嫌っているのなんかとっくに見抜いてたわ。でも、アンタも金がないと生きていけない。頼んだ事をそれなりにやってそれなりに無視してきた。アンタが拒めば、あの女だって傷付かなかった」
「っ………!!!」
嫌な汗が伝う。
自分の鼓動の音がやけにうるさく聞こえる。ドクン、ドクンと言う音が自分を追い詰めるみたいで……不安が襲う。煽られる。
「私も傷付けたけど、アンタも共犯じゃない」
「……がう。……違う!!!! ボクは……お前とは」
違わない、と言葉に出さなくても迫ったリナールの顔がそうではないと訴える。お前も追い詰めた、お前も同じ位に傷付けた。
なのにどうしてお前だけ、そんなに幸せそうにしている。
いつもいつも、嬉しそうにしているんだと、目が訴えている。
「っ……。そんな、事……」
「見てたわよ。中からずっと……。あの女の起こす行動にいちいち嬉しそうにして王子も嬉しそうにして……。あぁ、壊したい。全て壊して、ぐちゃぐちゃにして、絶望に染め上げたいわね」
「やめろ!!!」
手で振り払う。認めたくなくて、ボクは即座に心臓にナイフを突き刺した。
血で染まるリナールはそれで動かない筈なのに、倒れもせずにそれを受け止めてる。
普通なら死ぬ。ボクは殺す為に心臓に突き立てた。
なのに、なのに何で……何で動く。
何でそんな狂気じみた目でボクを見るんだ。
「邪魔、するな……!!! そんなに、そんなに主が嫌いか!? 元々、お前の行動が原因じゃないか。毒を仕込んで近付こうとしたお前が」
「自業自得なのは分かってる。でも、それでも私は王子が好きなの。……愛しているの」
違う。お前の言葉は全部気持ち悪い!!!
主と同じ愛してるでも、お前は全然違う。同じ言葉を吐くな、王子を好きだと言うな。
そんな気持ちを込めて更に深く深く刺す。
「あはははっ。なにを必死になってんの? 無駄よ、無駄。私はとっくに死んでる。死んだ人間に罰を与えるなんて無理」
「………お前」
死んだと自分から言った。
だったら何で出てくる。ボクの心の中に出てくる。嫌なものを見せて、不安にさせて……何でと言う疑問が出てくる。
ボクの中から、と言った。
どういう事だ。何で、ボクの中だと強調して言って来た。どう考えたって人間の中に入り込むなんてことは出来ない。意識を、魂を別の人間の中に入る事なんて普通は出来ない。
「ま、さか……」
思い出す。ボクは一度、飲み込まれた。
それを主に助けられた。そう、魔獣になったボクを……主は助けた。
「お、お前……あの時の、魔獣なのか!!!」
「やっと気付いた? そうよ、あの披露宴を壊してやろうとしてアンタに見つかって……。上手く外に連れ出したのに、結局何も出来なかった。あの女に邪魔された」
でも、とリナールは言葉を続けた。
このまま消えるのは悔しくてなんとか、ギリギリの所で保っていた時に懐かしい匂いを感じたと言う。
それがあの血だと言った。
同じ魔獣に憑依され、保護された人間の血。それをボクの中から見聞きして、香った匂いは同種のもの。自分の中に再び、魔獣としての本能を呼び覚まさせたと言った。
「もう一度、もう一度アンタを壊してやる。アンタを壊して女を殺して、そして私を認めなかった王子を絶望に染め上げる。どんな風に壊れてくれるかしら」
「っ……」
ゾクリ、とボクは本能的に怖いと思った。
恍惚の表情で吐き出す言葉は怖いもの。一歩、また一歩と後ろに下がるのは遅く感じる。
とにかく距離を稼ぎたい。
その一心で下がりたいのに、自分の手が血で染まるのを見て足を止めた。
「ねぇ……壊れましょう? 今度こそ、あの女を壊すの」
「やめっ……!!!!!」
逃がさないと伸ばされた手。
そのまま抱き込まれて、自分の身体が違うものへと変化していくのを感じる。嫌だと思えば思う程、浸食されていくのが早い。
意識を、別のものに変えられる。
今まで見えていた明るい風景が、全部黒く染め上げられていく。自分と言うものを、失くしていくような感覚を必死で否定する。
「ナーク君。大丈夫?」
主の声が聞こえる。
聞こえた方向に必死で手を伸ばす。暗くて嫌なものしか思い出させない空間に光が差し込まれる。
明るくて優しくて、大好きな声。
「主……!!!」
ボクは必死で伸ばした。
手を掴まれ、そのまま上へと引き上げられる。その光に縋る様にしていたら同時に意識も浮上してきた。
「ナーク君。大丈夫?」
ボクを暗闇から助けてくれたのと同じ言葉。
それを聞いて安心した。
気付いたら、ボクは主に抱きしめられていた。ポンポンと背中を優しく叩くのが、戻って来れたと認識させた。そう、させてくれた。
だから抱き締め返した。強く、離れたくない気持ちを込めて。
「主……」
大好き。
ボクがそう言ったら主は笑って「私もだよ」と、何処までも優しい笑顔に癒された。




