第95話:悪意
ーエリンス視点ー
喧嘩らしき事をしていたと思うレントの様子は一辺して、かなり明るい方向に。じゃない……すんげーウザい。
「はいはい、うるさい。うるさい!!!」
「えー」
「うるさいんだよ!!!」
バシッ、と目の前で惚気全開のレントを叩く。
くそっ、叩かれてるのにヘラヘラ笑顔なのが気持ち悪い!!!!!
「良かったなぁ~。仲良く出来て、プレゼントも渡して好感上がりまくりだな」
「うん♪」
「だからって報告するなよ!!!! うっとしい!!!!!」
「誰かに聞いて貰おうかなって」
「俺じゃない人を選べ!!!!」
今、レントと居るのは王城のバルコニー。
ラーグレスは俺達2人の事を見てクスクスと笑っている。隣でナークの奴がいるから時々話をして会話が弾んでいるのが分かる。
分かるんだが………。
「姫様はカルラと過ごしてから猫が好きでしてね――」
「姫様の好きな食べ物は……」
「あ、姫様は実は――」
どんだけ!!!!!!
お前、どんだけウィルスの事を好きすぎるの!?
ナークはナークで「へえ~~」、「ホント!?」、「主、可愛い~~♪」とか全力で肯定!!!!
くそっ、分かってたよ。
お前達3人はそう言う奴だよな!? いつでもどこでも、場所を選ばすにウィルス、ウィルス、ウィルスと………。
「そうそう。ウィルスがね、すっごく可愛くなって」
「お前等………俺に休ませる気、ないな」
今頃、ウィルスはギルダーツ王子達と仲良く食事だろ?
親族同士に外部の人間が入る訳にはいかないって、珍しくレントが自分から退くから何かあるんだなとは思ったが………。
ウィルスと過ごせないのを俺で埋めるんじゃない!!!!!!
「お前、俺に対しての迷惑考えてないよな!!!!」
「もちろん!!!!!」
「全力で答えるな!!!!!!」
あぁ、もう、こんな時にリベリーは薬飲んで逆に動けなくなるってどういう事だよ。
薬の意味ないだろうに………。あぁ、疲れた。もう疲れた!!!!!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーウィルス視点ー
昨日の夜は、ギルダーツお兄さん達と楽しくお話出来た。すっごく楽しかった。レントが「良いよ♪」と言って良かった。
以前なら自分も行くって言う気迫があったんだ。
でも、うん……甘かった。
戻って来てレントと話していたら、ずっと笑顔で聞いてたんだけどね。
何でか時々、ぎゅって力を込めて抱きしめて来るんだ。……耳元で「楽しかったんだね」って言われたら、言われたら……。
うぎゅううう、って恥ずかしくなる!!!!
全力で逃げたい!!!!
でも逃がしてくれないのは分かってるもん。逃げられない様に既にホールドされてるし「ウィルスは私の事、嫌い?」なんて聞かれたら、そんな捨て猫みたいな目で見つめられたら………
「嫌いじゃない」
って答えるしかないよ。
他に何が、どうやれば良かったの!?
「………災難だったね」
既に目に生気がないルベルト様。
それでもちゃんと答えてくれるんだから、私は嬉しいのに「大変な人を好きになったよね……」って言って労わる様に頭を撫でられてしまった。
………最近のブームなの?
まあ、撫でれるのは好きから全然嬉しいんだけね。
「ねぇ、ウィルス。私の事、兄と呼んで欲しいな。……あ、ルーチェと同じお兄様でも良いよ」
「へうっ!?」
ビックリして動きが止まる。
ルベルト様とは一緒に研究科に向かうから今、一緒に居るのはその為。私達の後ろについている護衛の騎士達も同様にピタリと止まる。
……あ、なんかごめんなさい。
「むしろ、どんな反応するのか楽しみだからそう呼んで欲しいな♪ ギルダーツが」
「え、え、でも……」
「だから私を実験にして慣らして欲しいな」
「うぅ」
今も小声で私に教えてくれるルベルト様。
耳元で教えて来るんだけど、優しい笑顔と風貌がもう王子様って感じで……カッコ良すぎです。
「どうしたの?」
「い、いえっ」
首を傾げて聞いてくるなんて、どんな攻撃ですか。
ギルダーツ様がキリッとしているなら、ルベルト様は癒し系。バーレク様は元気な活発系………うん、見事に別れてるね。
ルーチェちゃんも「バーレク以外のお兄様は本当にカッコよくて妹なのに惚れてしまいますぅ~~~!!!!」って、暴走気味でコソコソと話してたんだけど。
……どうしよう、気持ちが分かってしまう!!!!
あと、ルーチェちゃんのバーレク様の評価が酷すぎる。何であんなにきついんだろう。
「ウィルス。返事は?」
「え、あ、と………」
えっと。話を整理しないと……。
ルベルト様はギルダーツ様に驚いて貰おうと、私を使って「お兄様」呼びを強制をさせようとしている。その目が楽しそうにしているのが分かるのだから、ギルダーツ様で遊びたいのだろうと思う。
………バーナン様もたまにレントを使って遊ぶから、似たような感じなのだろうか?
「な、慣れるように……頑張ります」
思わず勢いでそう言ってしまった。
なんだかニコニコしているのが、ダメだと言うのを拒否している感じに思えたからだ。
なんだろう、このレントと似た感じに思えるのは。
「そ。良かった♪」
ん~~上手く乗せられた感強いけど、やっぱり年上には勝てないな。いや、勝てる要素なんて何処にもないか。
チラッと見れば、ルンルン気分で行くルベルト様。あ、違うか。ルベルトお兄様、お兄様………うっかり、様って呼ぶと怖いかも。
ずっと頭の中で「お兄様」を繰り返し、恐らくは口にも出ていたのだろう。護衛の騎士をしている人からは、不思議そうに見られたに違いない。
そうしている内に、辿り着いたいつもの訓練場所。
ルベルト様はすぐにアーサーさんと、別で話す事があるのか移動してしまった。その際に、私の方に手を振ってくれたから同じように返した。
……何であんなに嬉しそうだったんだろう。
「ルベルト様。今日、機嫌が良いんですね」
「っ、アッシュ……」
「おはようございます」
そこに私の隣に来て説明してくれたアッシュ。
なんだか、幼い時にもすっと隣で待機していたからつい……記憶が戻ったかなと思ったんだけど、気のせいだね。
「おはよう、アッシュ」
笑顔で答えたら何だか驚かれた……。あれ、何かおかしい?
「あ、いえ……何でもないです。すみません」
「ううん。ねぇ、アッシュは昨日何していたの?」
魔物の動きを封じたり、昨日のリベリーさんみたいな薬も作るのだから結構忙しいのだと思った。そしてたら「昨日はここに泊まっていました」と笑顔で返されて、動きが止まる。
「え………」
「あ、いえ……。別に部屋がないと言う訳では無いんです。その、城の一室を自分の部屋として使うんですが……広すぎて落ち着かなくて」
彼の話では部屋の周りには物がないとダメらしい。
そう言えば、バルム国でも彼の部屋や働いている場所は、資料で埋め尽くされていたような気がする。
それでいつもラーグナスが整理しに来ているから、よっぽど仲が良いんだと思う。私が突然来て、予想もつかなくなったから最初は片付けていた。
カルラが遊び場みたいに資料を漁ったりするから諦めた、と言っていたのを思い出す。
(カルラもカルラで、カーラスと仲良かったし……だから、最初にバレた時に甘えたんだよね)
記憶が無くてもナーク君の言う様に、体が記憶を蓄積しているから所々は覚えているのだろう。……早く戻っては欲しいけど、焦らせたら本人に負担になるよね。
「あの……」
気付いたら、私はアッシュの事を撫でていた。
なんだか今日は撫で祭りな気がするから、私も誰かを撫でようかなって思ったんだ。
私がえへっと笑うと、アッシュもつられて笑って来る。
うん……アッシュでもカーラスでも、やっぱり笑顔は彼のまま。笑顔が優しくて氷の魔法を扱うカッコイイ魔法の先生。
(うん。また……魔法について教えて欲しいな)
幼い時に私に魔法の素晴らしさを教えてくれた。
魔法を希望の象徴だと言い、素敵な力なのだと教えてくれた。
だから私は祈った。
アッシュの記憶が戻る様にと願うけど、きっと苦しい事だけではないようにって。
また笑い合えると思って私はアッシュの頭を撫で続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
コツ、コツ、と城の廊下を歩くのはルベルト王子。
周りに護衛は居ない。彼は向かっているのは、魔獣に憑依された者達が居る部屋だ。
魔法での解除をしているのは、もし暴れられた場合騎士だけで取り押さえるのは難しいと言う判断で全ての管理を魔法で行っている。
唯一外すのは食事を運ぶ時にだけ。
これは師団の者と侍女だけと言う徹底ぶり。ルベルトが夜、この部屋を訪れたのにはある報告を聞いたからだ。
『夜の時間になると、獣のような声が聞こえてくる時がある』
全てではない。朝と昼に様子を見ても、見た目では寝ているようにしか見えないと聞く。
一応、食事も置いてはいるが減った様子はないという。
彼も仕事が終わり様子を見るのに、時間を割くがどうしても夜の時間帯になってしまう。
今も、ここに向かう前にウィルスやルーチェと話して来たばかり。家族と過ごす時間があっと言う間過ぎて楽しいと思ってしまう。
(憑依をされたのは男性……。未だに目を覚まさないのは、何か理由があるのか)
ギィ、と扉を開ければベッドが5つあり横たわっている5人の人物。上半身が裸だったと言うのもあり、身に付けている物は少ない。何かあれば……と思い手の平の大きさで光を生み辺りを照す。
「ん?」
ふと、ベッドの間に何か落ちているのが見えそれを拾い上げる。
黄色の布、もしくはバンダナの切れ端……?
ルベルトがそう思って屈んで拾い上げる。何も手がかりがないよりはマシか……とギルダーツに報告しようと念話を開始した時だった。
「ッ」
振り向きざまに掠めた何か。
壁に刺さった何かを確かめる間もなく、ルベルトは即座に距離を詰められる。自分に防御の魔法をかけ、咄嗟に分厚い本で盾代わりにしようと魔力を込めた時――刃が彼の腹部を貫いた。
「ぐっ……」
「流石にしぶとい、な……」
ルベルトは一瞬で光で部屋を満たす。洞窟に入った時に照らす魔法で、光の調整は出来る。目くらましにも使える為、その要領で部屋全体を照らす。
「ちっ……」
襲撃者の舌打ちを聞いてる暇もなく、ルベルトは出口を目指す。しかし、そこに別の襲撃者がいる事に彼は驚いて足を一瞬だけ止める。
パキン、と空気中で新たに生み出されるのは剣。
(氷……だと!?)
驚愕に目を見開く内、ルベルトは2撃目を喰らう。
ボタボタと流れ出る自分の血。相手にも血が付いている事から、氷を刃を直接、手で触れているのだと判断した。同じ場所を2回も刺され、気が遠くなるのを必死で抑える。
《ルベルト? どうした》
ギルダーツの声が、ルベルトに届く。
だが今、彼は自分が逃げる為の体力と報告する為に頭を巡らせている。
自分が念話をしている最中だと言う事を忘れている。
「氷……か」
ゴホッ、と咳き込めば血が流れる。
ギリッと奥歯を噛みしめ、ルベルトはもう一度部屋を光で満たした。
(海に!!!)
咄嗟に海に近かった事を記憶し窓を突き破る。その際、肩や脇腹に氷柱が刺さったがそのまま海へと飛び込んだ。
《おい、ルベルト? なんだ、何が起きた!?》
焦った声のギルダーツを最後にルベルトの意識は何とか保っていた。
(ギル……ごめ……)
戻ったらまた「兄様」と昔みたいに呼ぼうと考えていた。
あまり本音を言わない兄を引き出して、ちゃんと言わせるのが自分の役目だから。
ルベルトは自分の命も危ういと言うのに、思い出されるのは家族の事。そして従妹のウィルスの笑顔。
薄れていく意識の中、彼が最後に心の中で呼んだのは兄の名前だった。




