第10話:お散歩デート
ーウィルス視点ー
「あははははっ、大変だなここは」
笑いながらも止める気配もなく、楽しんでいるバーナン様。ごめんなさい、リベリーさん。止めたいのにガッシリと押さえつけれて頭とか背中を撫でるから動けないよ。……気持ち良いんだもん、くぅ、止めないといけないのにやらせてくれない。
うぅー、手足をバタつかせてるのに。脱出が出来ない。邪魔しないでよ、バーナン様!!
「笑い事じゃねぇよ!!! マジで死ぬ所!!!」
「ちょっ、待て、抑えろ!!!」
「何があったんだ、レント。止めろって」
「サクッとどうぞレント様」
「こらーーーー!!! 普通に差し出すな!!! やめっ、止めろって、マジだよ!!! マジでこえーーーー!!!」
「あはははははっ、いやーー面白い」
おはようございます。
カルラと同じく不思議に思いながらも、止められないウィルスです。カオス、と言うのかなこの状況は……。
レントのお兄様のバーナン様が執務室に来たら……いえ、着く前から何故かレントはリベリーさんに向けて剣を振り抜いており斬りかかります。
それを必死で止めるバラカンスさんとジークさん。クレールさんは何故か応援してます。……何故かな、しかも笑顔で応援?
私は何度か止めようてしているのにバーナン様が「もうちょっとだけ、この風景見ていたいから」と言われて頭やら背中を撫でてきて動けなくさせる。
うぅ、リベリーさん……2度目のごめんなさいです。
「こんなに笑ったの久々……いやーー、君は凄いね」
「ニャ?」
「ふふっ、退屈しないから良いね。……これで寂しくないかな」
ふと、カルラも含めて私に向けられたような言葉に頷いた。カルラも嬉しそうに鳴いているから多分バーナン様には届いたと思う。優しい手つきで頭を撫でてくれるからやっぱりお兄ちゃんだなって思う。
気持ちよく体を預けていたらヒョイとレントに抱えられた。
……何だろう、怒ってる感じがする。
「妬くなよ。猫を撫でてただけだろ?」
「同時にウィルスでもありますから」
「……おい。だから今は猫だろって」
あのっ、何で2人でバチバチと睨み合うの?
何でなの。ど、どうしよう!?
「レント様、カルラが困ってますよ」
「ごめん……痛くなかった?」
「ニャニャ」
レントと同じで優しいよ?
リベリーさんの所に様子をみたいのに、抱き込まれる。だから何でなの!?
「……お散歩デートしてくる」
「「え……」」
「ニャウ!?」
「行ってらっしゃい、レント様、カルラ」
「と、止めろ……って、の……」
ジークさん、バラカンスさんは呆気にとられてます。うん、私も驚いてるよ。クレールさん、何でそんなに綺麗な笑顔で見送る姿勢なの? 止めないの?
リベリーさん、ボコボコにされてるよ……。バーナン様、笑いを堪えていないで止めてよ。レントがまた怖い顔してるよ、助けてーー!!
「じゃ、お昼には戻るよ。行こうねー、カルラ♪」
「フニャー!!」
待って!! 仕事しようよ、レント。皆、困るからさ。ね?
ねっ?
「レッツゴー!!」
「ニャニャ、ナウーー!!」
無視しないでよ。お願いだからレント。仕事してーーーーー!!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おや、レント王子。王都に行かれるんですか?」
「まあね。カルラと出掛けるんだ」
「ナ、ナァーン」
ぐったりしたカルラはもうレントにされるままです。王都に続く門の前には白いローブに身を包んだ長身の1人の男性がいました。
細い手がまるで女性のように綺麗であり、ローブの下は意外にも筋肉質な体付きなんです。腰には細身の剣がぶら下がり、黒いズボンに青い上着は魔法師団の所属を意味する制服です。
「やぁ、また会ったね。猫ちゃん」
「ニャーン」
薄緑色の髪に黒い瞳。
その美貌に微笑まれたら、多くの女性を虜にする位の魅力があります。私も最初に会った時、顔に熱が集まったし、思わずフイッと顔を逸らした位に恰好が良いから……私にはキツかった。
心臓バクバクだもん。話を聞いたら既婚者だって言うから、思わず「良いな」と口に出したのが懐かしい。
「カルラといつ会ったんです?」
「王子が1週間、彼女に会えていない時にね」
「………」
ペチペチ、とレントの顔を叩く。こら、雰囲気が怖いから。……私も1週間会えないのは寂しかったもん。
「カルラ……!!!」
ん? 何で抱き締められてるの?
頭の中で疑問が浮かぶ中、魔法師団の統括するラーファル・イルスさんからクスリと笑われた。カルラも私と同じくキョトンとしたままレントに抱き締められ、ギュウギュウとされてます。
「王都に行くなら髪と瞳の色を変えておくね。秘密裏に抜け出すんでしょ?」
「ありがとうございます。……ラーファル。本当に、本当にありがとうございます」
「どういたしまして」
あまりラーファルさんから話は聞けていないけど、2人はどんな関係なんだろう。魔法を扱う者同士の師弟関係……とか?
不思議に思いながらも、レントはそのまま王都へ向かうラーファルさんは送り出すようにして手を振ってくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
久々の王都だと思うのは、城に居る時間が長いと思ったからなのか、私は懐かしい気持ちになった。
王都は中心街として屋台や小物店、装飾品店、洋服売り場とか市場が大きく広げられている。ここにもお城で働く兵士さんが巡回しているし、お城の守りを騎士団で固めて常時警備している。
中央に大きな噴水があって、カップルとか迷ったら必ず集まる集合場所としても使われているから、いつにも増して人が多い。時間帯的にはまだ9時前後だけど、武器屋、防具屋もあるからそう言ったお店は早くから開いているし、宿屋も充実している。
レントは軽くジャンプして一気に3階建ての建物の屋根へと足を付ける。魔法を扱える人は貴族の中でも、魔力を扱える家系に限られているらしい。王族でも扱える人と扱えない人がいるから、こればかりは神様のきまぐれらしい。
だからリグート国でも、第1王子と第2王子が魔法を扱えるのは他国も例にない程に珍しいんだって。……その分、色んな方面から狙われるから厄介なんだけどねって前に言ってたなぁ。
「……さて、何処に行くかな」
当の本人はあんまり気にしていない様子なのか、のんびりした感じで王都を見下ろしている。黙っているのが不機嫌に取られたのか頭を撫でてくれる。うーん、どうしよう……どうでもよくなってきた。
「人の行き来が多いな……」
さっきまで楽しそうにしていたのに、いきなり真剣な表情をしてそんな事を言った。不思議そうに思いながらもレントはすぐに静かに降りて中心部へと歩き出していた。何気なくチラチラと様子を見る。
元々、市場も大きいし人の行き来は多い方だ。でも、それも含めてなんだか……目つきが悪い人とかやたら武器をぶら下げた人達が多いなと言う印象。レントはそれらを見ながらも、果汁のジュースと牛の串焼きを食べながら色々と散策してます。
「……あ、ちょっと待っててカルラ。このお店に入るから動かずに居てね」
黙って頷けば偉いと言いながら頭を撫でられる。……うん、やっぱりレントに撫でられるのは好きだなぁ~。
魔法を扱えるようになってからレントはよく王都へと足を運んでいるってジークさんから聞きました。息抜きだからとバラカンスさんもジークさんも、レントが王都に抜け出しているのを知ってて援護している。それで宰相に知られたら説教が待っているんだと。
バラカンスさんのお父さん、やっぱり怖いな……。
「おい、居たか?」
「いいや。見当たらねぇな……」
「ってか、人を見付ける簡単な依頼なのに見当たらないとか……」
「やっぱ他国に居るんじゃねぇか?」
なんだろう……。店の裏路地から聞こえる声に思わずソロリと壁際から覗いた。男性の4人組……それぞれ体格が良い中で一番背の低い男性に目がいった。他の3人は剣とか斧とか持っているのに、その男性……と、言うよりは少年に近いのかな。その子は見た感じ、武器らしい武器は持っているようには見えなかった。
黒髪を短く結んだキリッとした少年。でも、雰囲気が独特と言うより……何だか気配を感じさせないような妙な感じ。そこに居るのに気付いたら消えて居なくなる、そんな……目が離せない少年だ。
「!!」
その少年が途端に私が…カルラが居ると思われる方へと睨んだ。思わずビクリと体を震わしながらも、なんとか「ニャア~~」と声を上げて毛づくろいを始める。気配の正体が猫だと分かったからなのか、途端にその4人組はバラバラに動いてすぐに居なくなった。
(……なんか……気になる少年だったなぁ)
「お待たせ。……どうかしたのカルラ」
そんな事を思っていたらレントが声を掛けてきた。クルっと振り返り何でもないよって意味で首を振れば、肩に乗りグリグリと頭をこすりつける。
「ふふ、どうしたの? 積極的だね。あ、大丈夫だよ」
何だろう? とレントの目をじっと見れば彼は小声で伝えてきた。
「今日の夜、デートしようか。……ねっ、ウィルス」
「フ、フニュウ!?」
ビックリして思わず肩から落ちた。なんとか着地して無事なものの、グルグルとレントの周りを歩き状況を整理する。
え、今日の……夜? わ、私……と?
まだ状況が理会していない私に、レントは分かっているのかいないのかカルラを抱えて嬉しそうに微笑んだ。それが見ていられなくて思わずそっぽを向いた。
なんだか、そんな行動させ……彼にとっては嬉しい反応の様で、ずっと笑顔で楽しそうにしているのが何だか悔しい。
今日の、夜……デート、か。
どうしよう……もう緊張してきた。
……逃げる、と言う選択肢は………ないかな?




