第89話:ギルダーツの感謝
ーウィルス視点ー
「ひえー、ひえー。気持ちいぃー」
「良かった。喜んでくれて」
「主からなら、なんへろ、へひきー」
ふにゃ、と顔を緩ませるナーク君。
お風呂でのぼせてたから、出掛ける事は出来なかったけどちゃんとお土産も買ってきた。
今、嬉しそうに食べてるのがそのお土産だ。
熱い日差しの強い南の国。
熱すぎて喉が渇くなんて事は普通だ。だからなのか、朝から夜まで持ち運びが出来る飲み物も含めて、食べ歩きが目的な物が売っている。
ナーク君にお土産にと買ったのが、冷えたジュースをそのまま凍らせた氷菓子。
買った所からお城まで遠くジュースになっちゃったんだ。悪いとは思いつつ、アッシュに頼んでみたら──。
「構いませんよ。彼にお土産なんですよね? ちょっと豪華にしましょうか」
と、喜んでその場で作ってくれた。しかも、ナーク君が食べるまでは絶対に溶けないようにと加工もしてくれた。
……相変わらずコントロールが凄くて感心しちゃう。
持って行ったら、予想通りと言うか凄く喜んでくれた。目を輝かせて、何度も良いの?と聞いてきた位だ。
「食べるのもったいない!!!」
そう言ったけど、私が「美味しかったよ?」と言ったら我慢するみたいに迷い始めた。
うぅー、と唸るように凄く悩んでたけど結局は食べてくれた。今も私の膝を枕代わりにして器用にペロペロと舐めてる状態だ。
甘えてくる事が多くなったと思いつつ、それを嬉しく思うのだがリベリーさん甘やかすなって言われるだろうなと思う。
私的にはナーク君が甘えくれるのは嬉しいんだけど、ダメなのだろうか?
「出かける前にピアスと指輪、付けてなかったよね?」
「つっ……!!!」
ふと、ナーク君からの指摘にボンッと顔に熱が集まる。
……ナーク君鋭い。そう思っていたら「主の事は見てるんだから当たり前」と当然のような答えが返って来た。
うぅ、恥ずかしい。そんなに浮かれてたかな。
「良かったね。似合うよ♪」
「も、もう~~~~」
「はぶっ!!!」
近くにあった枕でナーク君の顔に押し付ける。
氷菓子も食べ終わった所だから汚さない事も確認済みだ。……また顔が熱くなってくる。
う、明日からレントとどう、顔を合わせれば良いのだろうか。
「………はぁ。変な気分」
ナーク君と話してから、彼は国の周囲を見回ると言って姿を消した。
魔獣から来て3日は経ったけど、まだ予断を許さない状況だと言う事で見回りの強化もされている。
レントとナーク君が倒れている間でも見回りは続けていた。
そうラーグナスから説明をされて、今も、部屋まで送って貰っている状態だ。
「ナーク君の事、ありがとうね。エリンスの事もあるのに大変じゃなかった?」
「姫様のと比べれば平気ですよ」
「むっ、それはどういう意味?」
思わずジト目で見るとラーグナスはクスリと笑って何も言わないままだ。
確かに小さい時はよくカルラと散歩して、森に行ったり庭園に行ったりと色んな所に遊びに回った。けど、ちゃんとマナーだって学んでるしダンスだって真剣にやっているのに……あの言い方は無いんじゃないかな。
「カルラ以外に子猫を拾ってきて段々数が増えてきたのは……驚きました」
うぐっ。
思わずじっと見ると、ラーグレスはその時の事を思い出したのか遠い目をしている。
そ、そんなに、増えたかな?
カルラが仲良くなって城に来る? って聞いたら「ミャア!!!」って元気に鳴くんだよ?
瞳をウルウルとさせて「行きたい!!」って言うオーラを出してるのに。
それを、それを……断れと言うの?
「姫様が増やしていくから、俺だけでなく侍女達も大変だったようですよ? 姫様とカルラの言う事は完全に無視していましたし」
「あの子達は賢かったの。それで良いでしょ?」
「えぇ、そう言う事にしておきます」
今日はなんだか意地悪だなと思いつつ歩いていると、ラーグレスは静かに私の事を見たかと思えば「良かったですね」と言って来た。
ピアスと指輪に視線を向けてから、私にふっと笑いそんな事を言う。
ナーク君からも言われたけど。分かってるけど……精神的にダメージがあって、辛い。
「殿下がお2人の事を見張ってくると言っていましたが、すぐに戻って来たので。イーグレット様に渡す物を買って、軽く食べて来たと言っていました。王子とのデートはいつも以上に楽しかったんだなと、勝手な想像ですけどね」
「………」
そ、そんな嬉しそうに言わなくても……。
何で私以上に嬉しそうにしているのだろうか。むむっ、と軽く睨むけどラーグレスの言う通りだ。
楽しかったし。それ以上に……レントからの贈り物が嬉しくでしょうがないのだ。
薬指にある指輪を見る。
他にはない、私だけの指輪。見る角度を傾ければ、レントの瞳の色と私の瞳の色が見え隠れする不思議な加工の宝石。
「姫様はアクセサリーの類は身に付けないですから、それよりも食べ物に目がいくのに……。王子からのだと嬉しいんですね」
「ラーグレス!!!」
食べ物にしか目にいかないは、余計だ!!!
お父様から貰った物の中に髪飾りとか、腕輪とかあるもの。……ん、それよりも他国の特産品の方が多かったような。
珍しい食べ物とか、お菓子とかあったような気が……。
「………。」
「ふふっ、認めた方が良いですよ。どう考えても食べ物にしか興味が無かったんですから」
「意地悪だぁ~~!!!」
反撃とばかりにラーグレスの事を叩く。それはもう、精一杯にこれでもかと言う程のに叩いた。
騎士で体も鍛えているラーグレスだ。
全然、効いていないのは彼の目を見れば明らかだった。それが妙に悔しくて、さらに力を込めても全然聞いていないからもっともっと悔しくなる。
「何してるの? ウィルス」
「うっ………ルベルト様」
ポカポカポカとラーグレスを叩いていたら不思議そうに声を掛けられる。
思わず「うっ」と言ったのは仕方ない。
こんな場面を見られて恥ずかしくなる。熱が集まるのも構わずにラーグレスの後ろに回って、こそっと顔を覗かせる。
「………そんなに警戒しなくても良いのに」
苦笑されるけど、私としては嫌だったのだからと受け取って欲しい。
多分、そういうのも全部ルベルト様から見ればお見通しだと思う。ラーグレスを壁代わりに使うのに、躊躇はなかった。
「ちょっ、姫様っ……」
焦ったように言うけど、構うものか。さっきのお返しだからと気にしないフリをする。
「へぇ……ピアスと指輪。付けていなかったよね? 彼から貰ったんだ」
「そ、そうです。……レントから頂きました」
ナーク君にも言われラーグレスにも言われたんだ。
ルベルト様も鋭い所はあるからもう諦める。別に隠す必要はないから良いんだけど……妙に恥ずかしいのには慣れない。
「今、時間ある? ギルダーツとで話したい事があるんだ」
「ギルダーツ様、と?」
なんだろう。個人的に呼び出すだなんて……。
思わずラーグレスと顔を見合わせたけど、答えは知らないから彼も首を振って分からないと言っている。
まぁ、レントはゆっくりしていいって言われるから時間はあるといえばある。
ルベルト様のお誘いに乗って私は行きますと言う。
ラーグレスも来て良いと言う事だから、そのまま2人でお邪魔する形になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーギルダーツ視点ー
この国の夜は急な冷え込みがある。
国を覆う結界はそう言った面でも、考慮されているから体温調整も出来るようになってはいる。
普通なら息を吐いても冷たい空気は感じられないが、結界の力が徐々に衰えてきているとそうもいかない。今では少しずつ、だけど確実にその調整が難しくなっている。
(見張りの騎士や師団の者達にも、気を付けるようには言っているが……やはり、結界の修復を優先させるべきか)
カルラと3日間過ごして気付いたが、あの子は人の気持ちにかなり敏感だ。俺が気落ちしている時、書類の処理に行き詰った時などによく慰めるようにしてペロッと舐めて来た。
その時の事が妙に懐かしくて……初めてバルム国に行った時にも同じ事をされた。今も舐められた部分が前と同じ所だったと気付く。
偶然だとしても、カルラは俺の事を覚えているようなそんな錯覚を感じた。
「ギルダーツ。連れて来たよ」
「あぁ。悪いな」
ルベルトには前から言ってある。
父がウィルスと話したがっている事。恐らくは自分の妹の娘である彼女と、色々と積もる話があるのだろうと予想出来る。
ラーグレスと共に来たウィルスは戸惑いながらも、ルベルトの後を付いてきていた。
そこで見た3つの宝石の輝き。
ピアスと指輪は、レント王子に頼まれていたものだ。それを彼から受け取ったのだと分かり、俺は嬉しく思った。
「似合っているぞ、ウィルス」
「あ、ありがとう、ございます……」
「え、ちょっ、ウィルス」
お礼を言いつつルベルトの後ろに隠れてしまった。
妙に焦ったルベルトは困ったように頬をかき、俺の前にウィルスを出そうとしているが……逃げられ、追いかけていくの繰り返しだ。
(まぁ、主張は激しいか……)
輝く宝石は小さくとも存在感はある。
レント王子の国で採れるエメラルド。この国で採れるダイヤモンド。この2つを入れて装飾品を作って欲しいと頼まれたのは記憶に新しい。
ルベルトが城に案内してすぐに彼は俺とルベルトに相談してきた。
リグート国とはこれからも良好な関係になりたいと思っていたし、従妹のウィルスの事を本当に大事にしている。それはここに着いても変わらずであり、ルベルトからは「酷い目にあった……」とげんなりした様子。
聞けばウィルスの魅力を1から100まで熱心に伝えて来たんだと言う。
それを嬉々として聞いていたのは従者のナークと副師団長のラーファル、エリンス殿下の護衛であるラーグレスだけ。
ルベルトは巻き込まれてしまって抜け出せずに、同じく抜けられなくなったレーナス、エリンス殿下、リベリーも相当に参った様子だったと聞く。
一番参ったのは、ラーグレスがレント王子の話を折らずにプラスしてエピソードを挟み込んできた事だ。幼い頃からウィルスの傍に居るからか、新たな魅力を語られて誰も止められない……。
やっと止まったのはウィルスがされた枷が外せた、と言う報せだ。
だからあの時、げっそりした上に疲れた様子だったのかと気の毒に思った。でも、それだけ想っているのであれば信用するのに値するから俺としては、安心なのだが……と言えば――。
「じゃあ、ギルダーツも受けてみれば良い。絶対に私と同じようになるから」
……そこまで自信を持って言われると、俺は聞かなくて良かったと心の底から思う。
そう言った事も含めて、俺はレント王子に対してはかなりの好印象を抱いている。彼が困っている事があるのならば、出来る限りの事はしようと決めていたんだ。
「そうだったんですね。じゃあ、これはレントだけでなくてギルダーツ様とルベルト様からの贈り物と言う意味も含むんですね」
「俺達が協力したのは宝石の手配と、レント王子の思うデザインの物を作れる職人だ。彼からはその時の為にと既に値段に見合う物以上のお金を貰っている。……彼からのプレゼントと思って良い」
それでも嬉しそうにしている彼女を見れば協力して良かったと思う。俺はそのまま父がウィルスに会いたがっている事、前にバルム国に訪れて俺とは会っている事を話した。
「え、ギルダーツ様……と?」
父との食事には了承してくれたが、俺と会った事に関してはやはり覚えていないと見える。チラッとラーグレスを見れば、彼は少しだけ迷いながらもウィルスに伝えたのだ。
何度か来ていた時に、ラーグレスとは面識が合ったのだと言う。
「これは国王である父にも母様にも伝えていない事だ。無論、ルベルト達にも伝えていない……俺が体験した事を話す」
そこで俺は語った。
ウィルスと会う前の話。彼女と会って自分が変われるきっかけをくれた事、それに感謝している事を話しだした。




