第86話:彼女と彼等の3日間
ーウィルス視点ー
「フニュー……ミャアァ……」
カルラが大きな欠伸をして思い切り伸びをする。ウトウトしているから、昼の時間かなとふと思った。
「眠いのか」
すっと優しく撫でられ、ウトウトしていたカルラがカクンと力が抜ける。ギルダーツ様がしまった…みたいな顔をしているのがちょっと笑えた。
ルベルト様も笑いを堪えている感じだから、多分思う事は同じなんだろう。
「……んー。前もカルラが眠そうにしていた時に、同じ事が起きたな。タイミングが全てダメなのか」
「寝そうな猫に対してあんな優しい撫でられたら、夢心地まっしぐらだよ。……ま、自分で言っているようにタイミングが悪いんだよ」
ルベルト様に言われたからなのか、ギルダーツ様がむっとした表情をする。カルラは寝てるけど、私が眠くなるのはいつも通りの夜の時。
だから、2人の会話を盗み聞くみたいになるけど……。こればかりはしょうがない。
カルラだって、私が表で動いている時には寝ている感覚がする。寝てても嫌いな人、苦手な人の気配は分かるのがピンと耳が立つんだ。
ま、まぁ、そんな感じに思えるんだ。
ほぼ、リベリーさんなんだけどね。なんでかな?
そんなに………嫌いなのかな。
「さて、猫と戯れるのはこれ位にして……。ルベルト、この報告書の手直しから入ってくれ」
「っ……容赦ないな」
「仕事を早めに片付けて少しでも、情報をかき集める。……ついで、ルーチェとバーレクの見張りもするぞ」
「えぇ~~」
「………やらないのか?」
ギロリと迫力ある睨みにルベルト様は少しだけ黙る。
でも、ふぅ……と軽く息を吐いてから「分かった……」と言いつつ報告書に手を伸ばして処理を始めていく。
お兄さんに逆らえないのはレントも同じだ。ルベルト様とレントが仲が良くなるのは必然だったのかも知れない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ、次はもう少し力を込めてみようか」
「ミャミャ!!!」
元気に鳴いてから、ラーファルさんの前に置かれた水晶に両手をかざす。ちょっと不安定だけど、プルプルと足がなるけどそこは気合で……。
「…………」
急に黙ったラーファルさんは、きっと真剣な表情なんだと思う。水晶の中にある小さな光、その流れを見ている。
ギルダーツ様の自室で寝る事になって2日目。
ルベルト様と遊ぶようになり、妹のルーチェ様、弟のバーレク様とも遊ぶようになってカルラは結構楽しんでいる。そんな時、ラーファルさんが私……と言うかカルラの事を探している所に出くわした。
その表情が、実に申し訳なさそうにしていた。
思わずルーチェ様がカルラを抱き抱えて「……どうする気ですか」と、絶対に離さないと言う感じで聞いてくる。
「……すみません、そのぉ……師団長の言う様にその状態でも魔法を扱えるように、と」
ルーチェ様の睨みに負けた様子ではないが、ラーファルさんは珍しく弱気な感じだ。不思議に思っていると別の人が後ろからこちらを見ておりバチリと目が合った。
「………。」
「ウゥ~~~~」
カルラが思い切り警戒を示している。
それもその筈。ラーファルさんから少し離れた所で、こちらを見ているのは……私が怖いと思った人だから。
ラーファルさんの上司、レーナスさんだ。
「えっと、前に師団長が言ってたの覚えてるかな? 姫猫ちゃんでも、猫の状態でも魔法は使える様にって言われていたの。……あれ、実行しろってうるさいんだよねぇ。………師団長に」
ボソッ、と最後の方は小声だった。
あれですか、こそこそっとレーナスさんが付いてきているからですか。試しにラーファルさんの肩越しから見れば、カルラに気付いたのかさっと姿を隠すレーナスさん。
「………ミュ」
「どうしたの?」
「フミャミャ、ミャー」
「誰も居ないよ?」
ググッ、とカルラがレーナスさんの居る方角へと手を伸ばすけど綺麗にラーファルさんは無視した。……分かってるんですね。だから、最後の方は小声だったんですね?
思わず隠れている方角をじっと見つめる。不思議な人と言う印象は拭えない。
ただ、研究熱心過ぎて周りが見えていないだけで……。あ、いや、もう少し周りは見て欲しいかな。最初は怖かったんだもの。いきなり質問されてすぐには答えられないし……あんなに一杯されたら誰でも困るよね。
そんな事をぼんやりと考えている内に、第3魔法師団へと辿り着いていた。そのままアーサーさんの仕事場へと直行。
今も水晶に魔力を流す、と言う作業を続けてる。
初めは上手くやれているのか? とも思った。
ラーファルさんは「出来ているから平気だよ」と教えてくれたから、それが嬉しくて調子に乗ったと自分でも思う。
「フニュウ………」
「お疲れ様」
グッタリと一歩も動きたくないと言った感じ。
それでもラーファルさんは、優しく抱き上げて撫でてくれる。
うぅ、ギルダーツ様のも思ったけど、夢心地になりそう……。
「……レントとナーク君の事。嫌いにならないでね」
「……。」
ピクリと耳が動く。
すぐにブスッとなるカルラは聞こえないフリをする。カルラは私が怒ってないから、代わりにすごーく怒っているんだよね。
レントもナーク君も、私が前に出ないように出さないようにしている。ワザワザ危険に飛び込まなくても良いようにしている。
でも……。
私だってレントやナーク君だけじゃない。皆に怪我をして欲しくないと思ってる。私しか出来ない事があるなら、それで皆が怪我をしないなら……辛くたって耐えられる。
相談なく行っちゃう2人に怒ってるし、私も危ない事をしようとしている。
だから、カルラは私達3人に怒っているんだよね?
「ミャミャ!!」
「……? 許してくれるの?」
「………ミャ……フミャン」
私の思っている事はカルラにも通じているから、返事をしたのは私に対して。ラーファルさんにされた質問は微妙な感じで返事をする。無視をしない辺りカルラなりに考えてくれているんだと思う。
「私は仲が良いのが好きだから、喧嘩はあんまりしないでね?」
「………」
「今度、カルラの好きな物一杯上げるよ?」
「ミャーーン♪」
こら。そんなに目を輝かせないの。
食べ物で釣られるなんて誰に………。いや、私か。私がいけないのか。
「ニャニャ!!!」
……なんだろう、今絶対に「そうだ!!!」みたいに聞こえてきた。
よ、よし。このままラーファルさんの言う様に練習して、少しでも2人の為に頑張らないと。
この3日間で出来た事は、前よりも魔力の流れを読む事が出来るようになった事。自分の中に流れる魔力の流れも分かって来た事で、自分の周りには常にレントの魔力が感じられる事も実感できた。
……私、レントに守られているんだなって改めて思った。
今も好きなんだけど……。どうしよう、もっと、もっと好きになっちゃた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ーエリンス視点ー
「うぅ、ウィルス………ウィルス」
………誰かこの馬鹿を正気に戻して欲しい。思わずラーグレスにそう視線を送れば慌てて首を横に振られ拒否をしてきた。その必死さから、自分は関わりたくないと言わんばかりの態度だ。
「お前……しつこいぞ」
「………ウィルス………」
「愛想尽かされたんじゃないか?」
「うっ………」
ガクリとさらにテンションが下がるレント。
だから言ったろ。相談なり報告はしておけって……。俺の忠告無視した結果がこれだよ。
「………私は、ただ……ウィルスに危ない事はさせられなくて………」
「そう言うのも込みで話しておけっての。俺やイーグレットみたいに、事前にこうするからって」
「君等のを参考にしろと?」
「参考にしなかった結果はどうなんだよ………」
「……………ウィルス~~~」
はあ……同室にさせられる俺の身にもなれって。
本当ならイーグレットに似合う物とか買いたいのに、何でレントの世話なんかをみないといけない。
落ち込んでいるのが目に見えて分かるし、ちょっと離れた所ではナークが同じようにうな垂れているし。
思わず様子を見ているリベリーに視線を合わせたらお手上げ状態だって言われた。
この2人、ウィルス以外に考える事はないのかよ。
「主………主……」
「ウィルス……ごめん~~~」
症状が同じな2人の処理って言う大変なものを押し付けおいて……。俺は吐きたくない溜め息を吐く。リベリーも同じような反応だから、困ってるんだろうな。
………これがあと3日も続くって辛いぞ、なかなか。
「はあ………だったら喜んで貰えるように、プレゼントとか用意して仲直りすればいいだろ。好みは分かるんだろ?」
ピタッと2人の声が聞こえなくなる。
さっと起き上がって「「魔物狩り!!!」」と変な事を言い出した。俺達が思わず「は?」と言ったのはしょうがない。
いや、何でいきなり魔物狩り?
そっから1日、2人は帰って来なくて俺達はちょっと心配になったが……アッシュが駆け込んできてビビらされた。
「炎天下の中、魔物狩りしてれば倒れても仕方ないですよ!!! どんな教育しているんですか!!!」
はぁーー。え、バカなのか、バカなのかあの2人!!!
くっそ、尻拭いさせられるのはいつも俺だよ。ったく、何でこんな事ばっかり………面倒だから、喧嘩とか変なことするなよ。
こっちに被害が来るんだから……。
「殿下。気持ちは分かりますが……」
ラーグレスが呼んでいるから行くけどよ……。
頼む、ウィルス。
仲良くしてくれ。テンション下がったレントの世話なんかしたくないんだ。これならまだ惚気話を聞いている方が……いや、それもダメだ。
でも、まだ……まだウィルスと居る時の方が普通なんだ。
頼むからレントの世話をしてくれ。手に負えないから……。




