第9話:猫好き増える
ーレント視点ー
翌朝の事。
私はいつものようにカルラを頭に乗せ、ルンルン気分で執務室に向かっていた時の事だ。宰相に呼び止められたのだ。
「おはようございます、レント王子」
「おはよう。いつも父上がすまないね」
「フニャ~」
「ん、カルラも頑張ってだって」
「……はっ」
仰々しく頭を下げ、カルラの鳴き声を無視てしていなくともチラリと見て私に何かをに告げたそうにしていた。
「あの……レント王子」
「威厳がない、と言うつもりかい?」
さっと顔を青くするかと思っていたが、流石に父の傍にいる上に剣の扱いも長けた宰相だ。顔を上げた時、彼はいつもと変わらない無表情をしていた。
「この事を……国王は知っておられますか?」
「昨日、兄と話しているから知らないけど父に呼び出されたんだってね。今朝、兄からこう言われたよ。……好きにしろって」
「そうですか……」
おや、兄からと言うのは意外だったのかな?
ピクリと眉をひそめたのを見てそう感じた。彼はバラカンスの父親であり、いつも眉間に皺を寄せている。だからなのか父は昔から彼を使ってよく遊ぶ。
イタズラは日時茶飯事。それとなく嫌がらせは必ずされてしまい、離れればいいものを彼は離れる事なく立ち向かっていった、と嬉しそうに語っていたのを思い出す。
「貴方の所為でバラカンスが変わったんだが?」
「え、カルラ?」
「フニュ?」
私の上に乗るカルラが不思議そうに鳴いていた。キョトンとした仕草がウィルスを思わせるのだから、飼い主と似て可愛いなぁもう。
「ニャウーン♪」
ふふっ、気分が良いから擦り寄るんだから……ちょっとくすぐったいな。カルラと少し遊んでいたらコホンと大きめの咳払いをされて軽く睨まれしまった。
……もうちょっと遊んでいたが、これ以上怒らせればバラカンスから抗議される。
「カルラ。先に執務室に行ってて」
「ニャニャー!!」
ー行って来まーす!!ー
あぁ、もう……ウィルス、ダメだって。朝から可愛いな♪
カルラに向けて手を振り宰相に向き直れば、呆れたように私を見る宰相。
何……人の事を珍獣みたいな顔しちゃってさ。
「……息子の言う通りだな。彼女と猫の前だとその変わり様……ギースの奴も昨日と今日と言い緩みっぱなしでだらしない」
ギースとは私と兄の父……つまりは国王だ。まぁ、皆名前なんて覚えずに国王様って統一して呼んでいるんだよね。……それを密かにショックを受けている、なんて口が裂けても言えないよ。
だって大の大人がシクシク泣いているんだよ?
私に怒るよりもまずはそっちだって思わない。酷いよねぇ
「緩みっぱなしで悪いですね」
「……まぁ今までの反動、と言う事であれば致し方ない事。ですが、彼女を保護するのは国王にも言いましたが……リスクがあります」
「………」
無言で思わず睨んでしまった。でも、仕方ないよね? それってウィルスの事を追い出せって……そう言っているんですよね、宰相?
「亡国の姫と言うだけではない。魔女の呪いをその身に受けどんな爆弾を抱えているのか分からない存在。……それに、生きていると分かったら今度はその刃がこの国に向く可能性を忘れないで下さい」
「……ここで言う話? それこそ貴方の部屋なり、個人的な部屋なりで話すべき事だ。彼女は巻き込まれただけだ」
スゥ、と目を細める。
敵意も殺意も怒りも、全てを込める様な視線に流石の宰相も私の怒りに触れたと思ったんだろうね。まだ何か言いたそうだったのを、飲み込んでこちらを凝視していたよ。
「……これは我々の責任でもある。友好国、と言う名の元……駆け付けるのが遅れた。バルム国の王と王妃と私達の王も王妃も仲の良かったと聞いていた。……時間はもう戻らない。彼女には帰る場所も帰れる場所も無いんだ。リグート国を第2の故郷として過ごして貰うのは私達の責任だと思わないか?」
「あれは仕方のない事だ。……私達とて全てを救える訳でもない」
「だとしても。……そうだとしてもだ。私は……彼女の笑顔を奪ってしまったと思う」
互いの両親が15歳になるまでは許嫁としては認められないと言った時は、別に意味で殺気を覚えたけれどね。そんなに私をウィルスと会わせないのかと……無心で剣を振るってジークに「怖いわ!!」と怒られたんだ。
それ位……私は彼女に会うのが楽しみで仕方なかったんだ。
6歳で視察としてバルム国に行ってから……ずっと王としての教育と剣技、魔法を学ばされて時間が足りなかった。1日が過ぎるのが……1年が過ぎるのがとてもじゃないが早いと感じた。
でも、同時に長く待った分のご褒美だと思った。成人年齢の15歳になったその時に、彼女を迎え一生大事にすると決めた。そう心に秘めて、私は夢中で学んだ。
辛くても、上手くいかなくて悔しくても……ウィルスと会えるのを楽しみに、それを楽しみに頑張って来たんだ。でも、間に合わなかったんだ。彼女は怖い思いをして辛い思いも沢山してきたのに私は迎えに行くのが遅れた。
単に遊びで彼女と自分に付けたものが魔法刻印だと気付いたのは、魔法師団の統括を行うラーファルから聞かされてからだ。そこから、私は暇さえあれば王都へと足を運び……カルラを探した。でも、日々の業務もあるし騎士団と訓練する時間にも取られるから頻繁には行けない。
私が城を抜け出すのを黙って見ている程、近衛騎士団の人達も甘くはない。道を防がれて脱出するのが困難になり、どうして良いのか分からずにいてあれから5年が経ったんだ。
無力さを思い知った。
結局、自分は守る為の力すら振るえずに終わるのかと思ったその時に……カルラが自ら私の元に来たんだ。いつもの訓練を終えて、いつもとは違う所で休憩をしようと、兄の執務室の近くにある大木に体を休めた。
驚いたよ。本当に……本当に驚いたよ。
だって、今まで王都に行っても見付からなくて近衛騎士にも邪魔されてイライラしていた。そんな時、救いの手が差し伸べられたようにカルラが現れて倒れてしまって焦ったよ。
でも、その後でウィルスの声を聞いて……刻印が光出したから――確信した。確信できたんだ。
「彼女は……間に合わなかった私に道を示してくれたんだ。手を、伸ばしてくれたんだ。……だから、私は彼女を今度こそ守ると決めたんだ。彼女以外を愛することは絶対にない。これは絶対だし私達の責任を果たす為に……駆け付けられなかった私達の罰として彼女を保護するんだ」
「……」
決意を固めた私の言葉を、目を見た宰相は思い溜め息を吐いた。
その後、親子揃って……と何だか悔しい感じに言ったのがイラッとした。むっとした私に彼はこう言った。
「ギースも同じ事を言っていた。……そして、彼女はもう娘も同然なのだから追い出す真似したら許さない、とまで言われたからな」
「なら何も問題ないよね。じゃ、バラカンス達を待たせているからもう行くよ。クレールの紹介も済んでいないから、2人は驚くだろうから説明しに行かないと」
「……朝から申し訳ありませんでした、王子」
「良いよ。カルラが気分良いから見逃すけど……次は気を付けろよ」
「はっ。心得ました」
無表情で貫かれるような視線を向けて彼を黙らせた。
悪いね、バラカンス。君の父を少しだけイジメたよ。……少し、本当に少しだけど父が彼をイジメたい気持ちが分かった、かな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ー側近、バラカンス視点ー
ビリッと背中に感じた殺気にも似たものに、思わず周りを警戒してしまった。しかし、俺の足元でカルラが「フャウ、ヒャフー」と遊ぶから気のせいだと思って座り直す。
ジークはレントの側近としてここに配属されたクレールを見て……溜め息を吐いた。俺も驚いたよ。執務室に入ったら彼女とカルラが楽し気にしていたのだ。
麗人と評され、男女共に人気のある……あの彼女が、だ。
勝手なイメージで悪いが、俺は常にクールで滅多な事では表情を崩さない女性だと思っていた。しかし、カルラと戯れる彼女を見て、幻想だと思いながらも何故だが妙に似合っているのだから不思議だ。
「……バーナン様の側近はいいの?」
「もう1人居るから平気よ。私はここがいいの。それに表向きはレント様の側近だけど、本命はウィルス様の護衛よ。警戒を強くして問題ないでしょ?」
「まぁ……そうか。男だとどうしても分からない問題とかあるものね」
「ニャニャーーン!!」
俺から離れてすぐにジークへと駆け寄り、肩に乗り顔を寄せてきた。最初は驚いていた様子だったが、レントのを見よう見真似で撫でれば嬉しそうに鳴く。
「……可愛いね」
「でしょ? 猫って可愛いわよね」
「カルラはウィルス様に育てられたから、人をそんなに恐れないんだろう。それで、レントの側近だと言うのも分かっているから全面的に信頼している様子だ。……ウィルス様と意識を共有しているのかも知れないな」
3人とカルラで遊んでいたらレントが入って来た。途端にカルラが嬉しそうに駆け寄るものだから、ウィルス様同様に気に入っているのが分かる。
「遅くなってごめんね。宰相と話をしていたんだ」
「……父と?」
じゃあさっきの寒気は……何を言ったんだ。まさか、なんかレントの逆鱗に触れる様な事でも――
「流石。父親だからよーーーく、分かってるじゃないか。バラカンス」
「申し訳ありませんでした。父の代わり謝罪します」
何を言ったんだ!!
絶対零度の目で俺を見て来るんだけど……くぅ、家に帰ったら問いただす。逃げようとしても絶対に追い詰めて、最初から最後まできっちり聞くからな。
「ニャウ!!」
プニッ、とレントの頬を押し付けているカルラ。猫パンチを繰り出し、何だか抗議しているようにも見える。えっと、庇ったのか?
「ニャーーー!!! ニャウニャウ、フニャーー!!」
ーさっきの事は怒らないの!! 私は大丈夫、怒らないでーーー!!ー
「ニャニャ、フニャニャニャ!!!」
ー彼の、国を思う気持ちなら理解できる!!!ー
何やら興奮しているカルラに暫くレントはキョトンとしていたが、すぐに大声で笑い出した。俺達は思わず3人で顔を見合わせた。だって、未だに怒っている様子のカルラのパンチを受けながらレントは涙目で笑い続けたのだ。
「平気だ。ごめんごめん、ちょっと……ね。あぁ、もう敵わないな」
涙を拭うレントにカルラは頭やら頬にパンチを繰り出していく。すると、今度は気配なく1人の男性が現れた。思わず剣を抜こうとした俺とジークに、クレールが止めるようにと言って来た。
「あー、ごめんね。オレ、第1王子の側近のリベリーです。猫ちゃん、会うような事があったらよろしくね?」
「フニャニャ、ニャーーー!!」
ー昨日ぶりですね、リベリーさん!!ー
黒髪の青い瞳の男性はリベリーと名乗り、クレールが彼の紹介を始めた。だが、俺は見た。彼が現れてから、レントの態度が急激に冷めていくのを。その目は物凄く怒っているのだと気付くのに時間は掛からなかった。
彼とは俺達と同じ……初対面、だよな?
普通に剣に手をかけるな!!!!
何があった、レントーーーー!!!!




