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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

闇の落とし子

作者: 竹輪ヒロ


 闇は、闊歩する。暗く、深く、光を消し。黒く、恐ろしく、火を閉ざす。それは、悪意ではなく。それはあくまで意思である。


 人よ、兼ねてより闇を恐れよ。




 私に過去は無い。私に未来は無い。私に今は無い。永遠を過ごす私たちにとって、時間は無意味なもの。私は死を握り、敵を殺し、世界を闇で優しく包む。それが私。レア・ダークレイスというの少女の使命。

「ぐわぁ!」

 恐ろしい怪物たちと一緒に、人を殺す。すっかり手に馴染んだ二本の剣で皆を殺す。

「ぎゃあ!」

 人は皆怖がるわ。慌てふためき、我先にと逃げていく。勇敢な騎士たちが私たちを殺そうとするけど。

「や、やめ……がっ!」

 それは意味の無いこと。私たちは永遠。死すら存在しない。

「た、助けてくれぇ!」

「もうダメだ! 皆逃げろぉ!」

 ダメよ。そんなこと、皆許さないわ。

 異形の怪物が列を成し、人々を蹂躙する。残虐に、冷酷に、慈悲を持たず、圧倒する。

 でも、これこそが慈悲。あなたたちが掲げる正義は、一方では悪と見られる。そしてその悪は、彼らには正義として見えている。相互理解などもはや不可能。ならば敵を滅ぼすしか道は無い。

 闇にはそんなものは無い。そこには善も悪も無く、全てを等しく包む。

「ま、まさか……闇がここまで勢力を伸ばしていたなんて……」

 さようなら、無謀な人。次は闇の中で会いましょう。




「遅かったか……」

 ベルと呼ばれた国は、もはや原型を留めていなかった。闇と呼ばれる怪物たちの軍勢は、ベルの騎士たちの手には負えず、壊滅の一途を辿っていた。これはもう……いや、初めから戦いなどでは無かった。

 闇は、伝説に語られる存在だった。光を閉ざすもの。命ある者の天敵。意思を持った災厄。語り継がれてきた異名の数々が、その存在の恐ろしさを感じさせる。だが、それを見たことがある者はいないとされていた。

 初めて確認されたのは、トフィロアと呼ばれる国が滅んだという情報からだった。発見したのはその付近の地に住んでいた一人の農民。彼が言うには、「まるで初めから何も無かったかのように真っ暗」だった。

 大多数の国は何かの異常かと思っていたが、一部は、その現象……いや、存在に心当たりがあった。

 闇の伝説が、再び蘇ったのだと。

 ベルも、その伝説を知っていた。だから対策を練っていたのだが、それらは全て無意味。暴力の如き勢力の前では、策など講じるだけ無駄だった。

 もはや戦況を変えることは適わない。彼らには、逃げることしか出来ないのだ。

「最悪のタイミングだ……」

「リヒト隊長! 遠征から、お戻りになられていたのですか!」

「状況を!」

「戦線は、全て壊滅。我々の勝機は、もう……」

「なら、出来ることをするだけだ! ベル各地で生存者を探せ! 闇との戦闘を極力さけつつ、一人でも多く逃がすんだ!」

「は、はっ!」

 彼は……ベルの騎士団隊長の一人である、リヒト・ツラーグは勇敢ではあるが、愚か者ではない。勝ち目が無い戦いには手を出さず、部隊の生存を優先する。

 だが、彼はそれを歯がゆくも感じていた。彼が言った「最悪のタイミング」とは、闇が来てしまったというのに、自分達が遠征に出ていたこと。自分達が居れば、もう少し、何か変わっていたかも知れない。そういう意味だったのだが、実際には、誰が何をしようと戦況は変わらない。彼は、それを理解していた。

 だからこそ、せめて一人でも救うと彼は駆ける。戦場は地獄と化しながらも、諦めず、最後まで抗う。

「誰か! 誰か居ないのか!」

―――恐ろしい。闇とはこれほどのものだったのか。

 街は戦火に包まれてはいた。「いた」のだ。最初は、火が家を焼き、混沌としていたが、先に進むにつれ、火が小さくなっていき、やがて夜空だけが、輝くようになっていた。家が焼け落ちて火が消えたのではない。真っ暗なのだ。ただの燻りさえ確認できない。これが、闇に飲まれるということである。一筋の光さえ閉ざす。一切の認識を遮断する。これはまさしく、災厄だ。

 心が折れそうになる。足が竦んでしまう。今までの、どんな敵より恐ろしい。

 だが、彼は歩みを止めなかった。まだ希望は潰えていない。自分はまだ死んでいない。ならば、出来ることはあるはずだ。

「ぎゃあ!」

「っ! 悲鳴!?」

 遠くだが、悲鳴が聞こえた。まだ戦っている人が居る。リヒトは悲鳴の聞こえた方へ走る。

「や、やめ……がっ!」

「助けてくれぇ!」

「もうダメだ! 皆逃げろぉ!」

 段々と声が大きくなってきた。もう近い。リヒトは腰の剣を抜き、更に足を速める。

―――見えた!

 慌てふためき、逃げ惑う騎士たち。それを追いかける異形の怪物。その中に一人、両手に剣を持った、銀色の髪の少女が居た。あの子は?と疑問に思ったが、それはすぐさま振り払われる。

 騎士の一人が転び、怪物たちに追いつかれてしまう。銀色の髪の少女は、その騎士に向けて、剣を振りかざした。

「ま、まさか……闇がここまで勢力を伸ばしていたなんて……」

 少女は騎士に剣を振り下ろした。ガキィン!と大きい金属音が響き渡る。

「あれ?」

「……リ、リヒト隊長!」

 少女の剣と騎士の間に割り込むように、リヒトは剣を滑り込ませていた。

「間に合ったな……」

 リヒトは少女の剣を弾き、騎士と共に距離を取る。

「隊長、我々は……」

「後悔なら後だ! 今は逃げるぞ!」

「逃がさない」

 リヒトと騎士は逃げ出すが、少女達が後を追う。さっきまで走っていたとは思えないほど、死に物狂いで走るが、少女達はそれよりも速い。やがて追いつかれ、少女は再び斬りかかる。

「ふっ!」

 だが、リヒトが剣を弾く。その都度、怪物達の足は止まり、距離を稼いでいく。

「あいつら、一体……」

「分からん! だが、止まってくれるなら好都合だ!」

 幾度と無く繰り返される攻防。リヒトの剣はボロボロになっていき、あと一度打ち返せるかどうか、怪しかった。

 燃えている街が、闇との境界線に見えた。あそこを通れば、もう少しで他の騎士達と合流できる。馬が使えれば、闇からも逃げ切れるはずだ。

 だが、それはさせないと、少女の表情が険しくなる。少女は怪物達の中で、一際腕が大きい怪物の腕に乗り、怪物は構える。まるで、少女を投げようと。

「やって」

 怪物は少女を投げ飛ばす。大砲のように爆音を立て、少女は風と跳躍する。リヒトとの距離を一瞬で縮め、彼を貫こうとする。

「なっ……!」

 リヒト達にも、音は聞こえた。たまらず、後ろを振り返り、少女が飛んできていると理解した。しかし、それに反応することは出来ない。それはもはや音。人間が反応できる限界をとうに凌駕していた。

 その凶弾を防ぐ術は無い。リヒトは、死を確信した。

「ごふっ……!」

 今度は、甲高い金属音など響かなかった。鎧を切り裂き、肉を穿つ音。血は派手に飛び散り、少女を赤く染めた。リヒトが救おうとした騎士は、リヒトを救おうと、彼の盾になったのだ。

「お、お前……!」

「ご……おぉ……!」

 騎士は苦悶の表情を浮かべ、血が口に溜まる。だが、膝が崩れることは無かった。足を震わせながらも、懸命に立ち続けていた。

「隊長……行って……ください……」

「で、でも、それじゃあ……」

「行ってください! 最後の最後で、あなたが来てくれた……それが、私には嬉しかった……」

「っ……! すまない、ありがとう……!」

 彼に礼を述べ、リヒトは走った。心を押し殺し、リヒトは逃げた。

「愚かな人ね。死を恐れるなら、そのまま逃げようとするんじゃなくて?」

 少女は抑揚の無い声で言い放った。それは別れの言葉であり、少女は剣を抜こうとする。しかし、騎士はそれをさせようとしなかった。剣を掴み、少女を引き留める。

「お前たちには、分からないだろう……」

 血反吐を吐き、想像を絶する苦痛を味わいながらも、騎士は眼前の少女を睨む。

「諦めかけたとき、あの人が来てくれた……あの人が私を救ってくれた……リヒト隊長が、お前たちを討ち滅ぼす希望なのだと感じた気持ちが」

 少女は剣を手放し、騎士の首と頭を掴み、一切の躊躇無く首を捻じ切った。殺される。騎士は、そう思うことすら出来なかっただろう。騎士の最期。激昂の表情が、それを物語っていた。

「えぇ。分からないわ」

 少女は、騎士の首を無造作に投げ捨てた。その瞳には、少しの感情さえ篭っていない。

 リヒトはすでに、燃える街へと逃げていた。少女達は、何故か彼を追うことをしなかった。

「あぁ~らら。逃げられちゃったね」

 何の予兆も見せずに、長身の男が現れた。漆の如く光沢のある黒い髪。体格を隠すような大きいコート。男は跳ねる調子で、少女に話しかけた。

「抵抗された」

「そりゃそうでしょ。彼らは死にたくないんだからね。もしかして、人殺しに快感覚えて遊んじゃった?」

 男の首には、剣が突きつけられていた。音も無く、まさしく一瞬の内に、彼女は動いていた。

「私がそう見える?」

「まさか。君に自由意志が無いのは知ってるよ。闇の落とし子、レア・ダークレイス」

「だったら無駄口を叩かないことね、ヴァルト・ニグラム」

 男……ヴァルトは、闇の溶け込むように消え去り、レアと呼ばれた少女は燃える街へ歩いていく。ゆっくりと、炎は消えていき、闇が街を蝕んでいく。

「お父様……もうすぐよ、もうすぐあなたが生まれるわ……全てを闇が包み、世界はあなたの揺りかごになる……」

 レアの独白に応えるように、遠くから、重い叫び声が聞こえてきた。




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