出会い
八尋が教室に着くと、二人の男子が八尋の机にいた。
「おはよう、ジン、キョーヤ」
「おはよう」
「おう」
向坂仁、このクラスの委員長であり、成績優秀、スポーツ万能、爽やかな顔立ち、というハイスペックを誇っている。だが、仁は大のアニメ好きで女子からはあまり人気がない。
三浦恭也、八尋よりも特に優れているところがないが、彼女持ち。
「なぁ、今日近くのケーキ屋行かない?昨日祐実と一緒に行ったんだけどめっちゃ美味しかったんだよ」
祐実とは、恭也の彼女の名前である。
「悪いな、明日発売される円盤のために無駄な出費はできない」
仁は素っ気無く断った。
「八尋はどうする?」
「ケーキか。最近食べてないからなぁ。そこって本当においしいのか?」
「本当だ。まずかったら俺が代金を払う」
「わかった。それじゃあ放課後に行こう」
「おう」
「なぁ、そんなことよりも昨日俺のおすすめのアニメを見てくれたか?」
「いや」
「見てねぇ」
「おい、恭也はともかく八尋は絶対に見ろ。そして、今のうちに彼女を2次元にしろ」
「なんでそうなる。そもそも俺に彼女ができないという前提で話しをするな」
すると、二人とも鼻で笑った。
「八尋は女の気配が全くない。だから彼女なんて絶対にできないね」
「そもそも、八尋に女の子から好かれる要素が見当たらないのがすごいよ」
「畜生、みんななんでそんな簡単に彼女とかができるんだよ。全く理解できない」
「八尋、一ついいことを教えてやる。高校になって男子だけでなく女子も彼氏が欲しいんだ。だから、ある程度顔見知りなら誰でも告れば付き合ってもらえるぞ。証拠に俺には彼女がいる」
恭也は自慢げに八尋を見た。しかし、八尋にはいまいちピンとこない。
「まぁ、八尋には可愛い妹がいるからな。とりあえず死ね」
仁の唐突な嫌味を聞かされ、八尋は苦笑いを浮かべた。
「そろそろ授業が始まるからどいてくれない?」
そして、仁と恭也は自分の席へと戻っていった。
放課後、八尋は職員室に向かった。クラスのみんなから回収した数学のノートを教科担任の先生に届けるためだ。量が多いので仁と恭也に手伝ってくれと頼んだが、めんどくさいと言われ、断られた。
八尋が廊下の角を曲がり、階段を降りようとした時、上りの方の階段から教材が落ちる音がした。八尋は気になり、音がした方を見た。すると、一人の少女が倒れていて、周りには教材が散らばっていた。
「おい、大丈夫か」
「・・・うっ」
幸い、意識はあり出血はしていないようだった。
「おい、大丈夫か」
「・・・はい。何とか。・・・橘先輩?」
突然、自分のことを呼ばれて少し驚いてしまった。
「そうだけど、何で知って・・・いや、、それよりも怪我はある?」
「っ、いえ、ありません」
彼女は顔を伏せたまま答えた。
「内出血の可能性があるから念のために保健室に行った方がいい。この教材は俺が運んでおく」
「ず、随分とスムーズですね」
「まぁ、中学の時に階段から転げ落ちたことがあるからね」
「ふふっ、橘先輩は中学の時からそうでしたもんね」
「ねぇ、何で君は俺のことを知ってるの?」
「ご、ごめんなさい」
彼女はペコペコ頭を下げた。まるで動く機能付きの人形のように。
「別に謝らなくていいから。それで、この教材はどこに運べばいいの?」
「い、いいです。私がやるので」
彼女は慌てて散らばった教材をまとめようとして立ち上がったが、
「いたっ」
彼女はすぐに床についてしまった。
見かねた八尋は散らばった教材をまとめ、自分が持っていたノートの上に乗せた。
そして、彼女の前でしゃがみ、背中を向けた。
「保健室まで運ぶから乗って」
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。いいですよ、これ以上先輩に迷惑をかけたくないですし」
「俺は君の見苦しいところを見るほうが迷惑だよ。だから乗って」
「は、はい」
「それと、俺は両手が塞がってるからしっかりつかまってね」
「はい」
そして、彼女は八尋の背中に乗った。
放課後ということもあり、誰にも見られずに無事に保健室にたどりつくことができた。
「ありがとうございます。やっぱり橘先輩は優しいですね」
彼女はほんの少しだけ笑った。
「そうか?俺は普通だ。とりあえず、先生を呼んでくるから待ってて」
そして八尋は保健室を出て行った。