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終末論者の永遠

作者: 小倉 水月

三作目となります。

ぜひお楽しみください。

 ある日、終末が訪れた。


 なんてことはない。ただ、箱船に乗ったのが自分しかいなかったというだけ。


 まあ箱船なんていっても本当に大きな船を作ってそれに乗ったわけじゃない。僕はふとしたことが原因で死ななくなっているというだけの話だ。


 そう、どんなことがあっても、どれだけの時間が経っても僕は死なないのだ。


 それじゃあ、始めよう。


 死んだ世界で死なない僕の、

 変わりゆく世界で変わらない一つの、

 終わった世界の終わらない物語を。


 世界が終わって三日が過ぎた。まだ世界には少しの人々と、たくさんの放射線が残っている。


 焼かれていない食べ物、汚染されていない水はあちらこちらで奪いあいが起きている。


 スイッチ一つで世界は壊せてしまうのだと、僕はそう知った。


 そういう僕だって、もう丸一日は水を飲んでいない。枯れきった空気は喉に刺さり、痛みが襲ってくる。


 食べ物だって水気のない乾パンのみ、それももうほとんどなくなっている。


 周りからはすすり泣く声、僅かな怒声、あとは力なく土を踏む音が聞こえてくるばかり。かつては車がさかんに通っていた道路も瓦礫で埋め尽くされ、その下には赤色が広がっているところもある。


 道の脇には赤黒くただれたかつての人間が横たわっている。


 僕は何も言わずに、何もできないままにそこを立ち去った。


 核が地球を焼いて十日が経った。


 すでに動けるものはほとんどいない。


 たまに見かける生きた人間も弱々しく水をねだるばかり。


 僕だって水をねだりたいくらいだ。


 首を振って立ち去ろうとすると、その人は嗚咽を漏らして泣き出した。僕に何かができるというわけでもないのに。


 一ヶ月が過ぎた。


 もう生きている人は見かけない。街の喧騒が嘘のようだ。むしろこの終わった世界こそ嘘であってほしい。


 もう何日も飲み食いしていない。放射線や泥、血などに汚染された水など飲めたものではない。


 これが夢なら早く覚めてほしい。いや、むしろ覚めないでもいいから夢であってほしい。


 歩き疲れた僕は適当な場所を探してそこに横になり目を閉じる。次に目を開けた時はベッドの上であることを望んで。


 半年が経った。もう大体のものは腐りきってしまった。


 たまに見かける元の形をわずかにでも残している建物を見ていると、なにかが心に突き刺さるような感じがする。


 懐かしさや寂しさが入り混じったような、そんな感情に襲われて、しかし僕にはもう流すような涙も残ってはいない。


 喉を焼くような空気にも、痛いほどの空腹にも、もう慣れてきた。


 あとは孤独に慣れるだけだと、止めていた足を再び動かす。


 核の威力によって滅びた世界は一年くらいでは再生しない。


 人間はもちろんのこと、動物や植物さえも見かけない。あるのは土とコンクリートの瓦礫だけ。


 荒廃という言葉はこういうものを指すのか、と休みながら僕は思った。


 三年という月日は、思ったよりも長く、そして後から振り返れば短かった。それはその間に何もなかったからだろう。


 ちらほらと植物は見かけるようになった。しかし放射線の影響と、それから一度全部焼かれてなくなったからだろう、それらは見たこともない奇怪な形をしている。


 これからずっと先であろうが、現れる動物たちの姿はどんなものだろうかと、怖くなるのと同時に若干楽しみだとも思ってしまう。むしろそれくらいしか楽しみにできるものがないのだ。


 長いようで短く、しかし長い時間を過ごしてきた。まだまだ世界は崩れたままだ。


 五年の月日で少しは、本当に少しだが世界も再生してきた。


 首を回せばどの方向にも植物を見つけられるようになった。相変わらずそれらは異形という言葉の似合うものではあるが。そもそもあれは植物なのだろうか?習性が似ているので僕は植物と呼んでいるけれど。


 けれどしかし、こんなにナンセンスな生物を果たして植物と呼んでもいいのだろうか。コンクリートに直接根を張るなどという離れ業をやってのけるとは、むしろおもしろいくらいだ。


 久しぶりに何かを口にしたい気分だ。まあ、口にできるくらいまでに味のいいものはまだ現れていないはずだから諦めるしかないだろう。気味の悪い色をしたあの植物は食べられたものではない。一度口に含んでは見たがそれだけで空の胃が内容物を捻り出そうとしたくらいだ。


 三大欲求のうち睡眠欲しか満たせないような、逆に睡眠欲だけは飽きて拒否してでも満たされるような世界でまともな食物が現れるのはいったいいつになるのだろうか。とりあえず今日はもう寝るとしよう。


 十年。長いようで短いなどという御託は抜きにしよう、長かった。


 コンクリートの瓦礫も風化がわずかながら進んでいる。無事、というか元の形を保っている、いや、別の形で元の形からはかけ離れているが風化や浸食がされていないのは例のあの植物が根付いているものだけだ。あの植物には根を張ったものの強度をあげる特性でもあるのだろうか。というよりはなぜコンクリートに根を張ってそれで生きていられるのだろうか、もしかして苔の仲間だったりとか。


 こんなことを考えても世界は再生しないが、それくらいしかすることがない。ああ、こんなことを前にも言っただろうか。まあいい、僕の声を聞くような人間などもう残ってはいないのだから。


 三十年くらいだろうか、最近は虫など、というより虫などに似た生物を見かけるようになった。前の世界で言うところの脊椎動物のようなものはまだ陸上には見ないが。


 そういえば、深海魚などの生物はどうなっているのだろうか。いくら死なない体だからといって水圧の高い深海に赴いて体を潰されながらも確かめに行こうとはどうやっても思えないが。


 春と、それから秋になると謎の植物が花粉だか胞子だかわからない粉のようなものを飛ばすのですこし、いやかなり迷惑だ。最初のほうだとそこまで気にならなかったのだが、三十年も経つと数が増えてピークの時には視界が粉で覆われて外に出られないほどだ。まあそれもあと数年かすれば慣れてしまうのだろう。


 とりあえず今日は外に出ないことにしよう、粉まみれに汚されて、それを汚染された水で流すなんて風流を求めるほどに歪んだお洒落の精神は僕も持ち合わせていない。


 これから三日ほどは家、というより仮の住居としている洞穴からは出ないだろうが、大して問題はない。なんせ死なない体だ。


 こんな体でなければもっと早くにいなくなれて、ずっと楽だったのだろうとは思うが、こんな体でなければここまで変わり果てた世界の超現実的な様子を見ることもできなかったのだろうとも思っている。


 まあ短所と長所はすべての事象に付随するものらしいから甘んじて今の状況を受け入れるとしよう。


 あれから五十年だ。多少の誤差はあるだろうが五十年くらいだ。最近はわけのわからない生き物を目にするようになった。


 おぞましい見た目の生き物が多数いて、というより大方の生き物の見た目は身の毛もよだつようなものだし、度々僕を食べようとする生き物もいるが、それも許容範囲内だ。最初の数年に比べればよっぽどましだと言えよう。


 それに、試したことはないが僕は食べられてもそのうち再生して死ぬことはないだろう。核に焼かれて生きているくらいだし。


 人懐っこい、というよりも警戒心が薄く、僕に近づいてくる可愛らしい仕草をする動物だっている、見た目は語るまでもなくおぞましいが。


 最近は水も少しは綺麗になってきたし、土に直接生えている植物も少しずつだが増えている。自然は回復してきているのだ。


 それに比べて人類は滅びたままだが。今人に会ったとしてもちゃんと会話できるだろうか。


 知性を持った動物に早く現れてほしい。










 あれからどれくらい経っただろうか。五十年と記憶してから一週間くらいしか経っていない気もするし、百年、千年、もしかしたらもっとかもしれない。ただ、瓦礫はほとんどなくなっているから、結構経っているはずだ。


 今では緑に溢れ、動物たちもそこを駆け回っている。地球ももとの姿を取り戻そうとしているのかもしれない。


 ふと見つけた洞穴に入ると、人の形をした骨が二組、寄り添うようにして転がっていた。


 こういうのには見覚えがある。なんというのだったか。確か、前の世界の言葉では…………わからない、でもまあいいか。死ぬわけでもあるまい、そもそも僕は死なないのだから。






………僕?


 そう言えば、僕ってなんだったっけ。


山やオチをつけないのはそっちの方が「日常」や「心情」に近づけることができると思うからです。ちゃんとした物語もそのうち書きます。


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