3.コーヒーは3杯必要
「でも、こんなことってあるんですか?真っ白な街に住んでいたって。」
テンコくんと話しているうちに私は気になったことを尋ねる。真っ白な街。この街のことを彼は面白い街だと言った。
店長さんはふむ、と少し考えた様子で口を開く。
「そうですね、あくまでこのカフェが存在するのは来店されるお客様の意識の中ですからね。」
「要するに今のこの街は瑞菜ちゃんの夢の産物ってことだね。」
テンコくんはちゃっかり私の隣に腰をかけている。
店長さんは小さく頷いて続ける。
「『街、と聞いて何を想像するか』と言う問いかけのようなものです。自分の住んでいる街を思い浮かべる方もいるでしょうし、外国の美しい街並みを思い浮かべる方もいるでしょう。それが、瑞菜さんの場合...」
「何もない真っ白な街だった...?」
私はなんだか納得行かないまま、店長さんの言葉を引き継ぐ。
「そういうことです。その辺りは、あなたの記憶、もしくは後悔に関係あるのでしょう。」
「え、でも私は、何も覚えがなくて...。」
私がそう言うと、店長さんは私をじっと見る。私は思わず身体を固くする。
「先ほど申し上げたように、ここは後悔している人が辿り着く『最期の場所』です。例え、覚えてなくてもここに辿り着いたからには何かしら抱えているはずです。」
「だったら...だったら、やっぱり私は死んでるんですか?死んだ衝撃で、何もかも忘れてしまったとか。」
動揺して、私は思わずそんなことをきいてしまう。
でも、店長さんはゆるゆると首を振った。
「それはないです。死ぬとき、そして死んだ後にも残っている強い後悔だからこそ、ここに辿り着いているのですから。」
「逆に言えば軽い後悔くらいじゃこのカフェにはたどり着けないってこと。」
と、テンコくんがまた補足の説明を加えてくれる。
「...。」
私は黙り込む。ここに来る前の、後悔。
何かあるような気もするのに、考えれば考えるほど何も思い浮かばなくって、もどかしさすら感じる。
「そう言えばずっと聞いてこなかったですけど、テンコくんの後悔も何かあるんですか?」
考え込む私から顔を上げて、少しおどけたように店長さんはテンコくんに声をかける。
「え?俺??まあ強いて言うなら昨日賞味期限だったカステラを食べ損ねたことかな。」
「カステラ好きって言うのが意外です。」
「そこに食いついたのが意外だよ。」
「意外と甘党なんですね。コーヒーはブラックでしか飲まないのに。」
「それはお前が砂糖入れたら怒るからだろうがよ。...まあ、俺は別に甘党ではないからな。」
「カステラ好きなのに?」
「そこ引っ張るなよ。カステラは特別なんだ。美味しいだろ?」
気付くと2人の軽口の応酬に耳を傾けていた私はそこで思わずプッと吹き出す。
「瑞菜ちゃんまでそんなに俺のカステラ好きが意外かよ?むしろ死ぬほどの後悔がそれかよって突っ込むところだろうが。」
テンコくんは心底心外そうに私に顔を向ける。
私は笑いながら言う。
「いや、意外と言うか...。まあ意外ですね。」
「結局意外なんじゃねーか。」
「ほらほら、もう直ぐ別のお客様が来られますから2人とも落ち着いて。」
店長さんがなだめるように私たちに声をかける。
「元を辿ればお前のせいだっつーの。」
とテンコくんが言い返し、
「え。別のお客さんがいるんですか?」
と私は驚いた。
「用意したコーヒーは三杯ですから。」
店長さんが不敵に笑う。
「そうだ、ちょっと店の外確認してみなよ。」
テンコくんが私に言う。
「そうですね、お客様が道に迷ってるかもしれない。」
と、店長さんも続ける。
私は言われるままに入り口に向かう。
「そんなやつなかなかいねーよ。」
「テンコくんは優しいですよね。」
「わけわからんこと言うな。」
と、後ろではまた2人の軽口が始まっていた。
私は店の扉を開ける。
走る車と、忙しそうに歩く人。
当たり前の景色。日常の街並み。
でも、見覚えのない街。
「真っ白じゃ...ない?」
私が驚いているといつの間にか隣にきていたテンコくんはクククッと笑う。
「まあ説明を聞いてもいざ見ると驚くよなぁ。」
と言いながら肩をポンと叩く。
店長さんは微笑みながらカップを取り出していた。そして、思い出したように私に声をかける。
「カフェが歩いたんですよ。」
「テキトーなこと言うなよ。」
すかさずテンコくんが呆れながらそう返した。