石の人形
お盆休みは父の実家に行くのが我が家の風習で、今年もその時期が訪れた。 僕はあまり好きではなかった。 おじいさんとおばあさんはすごく優しいし、自然豊かな場所だったが、いとこが嫌いだ。 ベタベタと触ってくるのが生理的に無理ってやつだ。だから今年も実家から抜け出して、近くの森に散歩に行く。 暗くなる前に帰れば怒られない。 怒られたとしてもいとこの世話役よりはマシだった。 森の中はとても静かで、自分の足音しか聞こえなかった。 空気がすごく新鮮でとにかく雰囲気が神秘的だった。 まるでこの世界が自分だけのモノになったかのような感じがした。 …随分と森の奥まで来た。 そこには一本だけ異様な木があった。 周りの木の3倍ほどの木に縄が巻きつけられていた。 その木の辺りの空気はずんと重く、息苦しいほど。 まるでその木が森の支配者であるような、何者も寄せ付けぬような空気。 異常な緊張感。 今すぐその場を離れたくなるような圧迫感。 僕はその異常な大木に近づいてみた。 木の根元に小さなほこらがあった。 中には石の人形。泣いている石の人形だった。 石の人形に意識が吸い込まれそうなほど、釘付けになる。 森の中の石の人形 無意識に手が伸びソレをつかむ、 寸前で不意にスマホが鳴り手を止める。四時にアラームを設定していた。 暗くなる前に帰ろう。 大木から振り返ると、 サッ となにかが後ろの木の影に隠れた気がした。 鳥肌が立つ。 なにかが隠れた木をにらみつける。 10秒間ほど緊張が続く。 ……何もいない。 気のせい?。確かに目の端に動くが目ではとらえることのできない何かがいたはず。ひやりとする。背筋が凍るようだった。… そして我に返る。 実家に帰らなければ暗くなってしまう。 早足で帰る。 実家に帰った時には辺りは暗くなっていた。 おばあさんが作った晩ご飯を家族みんなで食べた。 おじいさんが僕を呼んだ。 おじいさんの部屋に案内された。 「まあ座りな。」 座布団を指さして言った。 僕が座って部屋を見渡した。 机には紙がたくさん散らかっており、本棚にはびっしりと本が積んであった。 しかしどの本も表紙も書かれていない古い本だった。 おじいさんもあぐらをかいて座った。
「今日も森に行ってたんだな。」
おじいさんが聞いてきた。 僕は頷いた。
「森の中で何をみた。」
まっすぐ僕を見ながら言う。その声は深く重い。僕は大木のこと、石の人形のことを教えた。おじいさんは真剣に僕の話を聞いた。しかし石の人形についてしつこく聞いてきた。 ソレを触ったかと何度も繰り返し聞いてきた。 僕はそのたびに触っていないと応えた。おじいさんは最後に「見えぬもの」について聞いた。 「見えぬもの?」と聞くと、おじいさんは本棚の本を一冊出して開いた。 そこには妖怪の説明が書かれていた。
そこに石の人形の説明が書かれていた。
昔イタズラ好きの狐がいた。 ある日イタズラが過ぎた狐を和尚がこらしめた。そして深い森の大木にくくりつけてしまった。狐は深く反省しそれ以来和尚にだけは懐いた。 いつしか和尚が年を重ねひどく弱った。和尚に懐いた狐は和尚が弱っていくのを見守るしか出来なかった。 和尚は天に昇った。 狐は己の無力を恨み大木のもとに行き、石の人形に化けた。 無力な自分をこらしめるために。
おじいさんは本を閉じて言った。
「あの石の人形を触ってはならん。触ってはならんのだ。」
次の日僕たち家族は帰った。高速道路で車の窓の外を見ながら考えていた。 石の人形が狐なのは理解したが、(見えぬもの)については説明がなかった。おそらくあの石の人形の話には続きがあるのだろう。木の陰に隠れたものこそが(見えぬもの)なのだろう。 見えぬものについでは来年にでもおじいさんから聞こう。 気にしても、考えても無駄なことはわかっているのだから。