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携帯おやつ

 三日後、放火犯が捕まった。

 怪しい人物がいるとの通報を受けた警官が駆けつけての現行犯逮捕だったという。

 通報したのは、ノブだ。


 現在取り調べが進んでおり、その過程で余罪が次々と明らかになってきているらしい。


 もしかしたら本当に五年前の事件の犯人なのでは、という疑いを抱いたりもしていたのだけれど、さすがにそんなに都合よくはいかないようだった。


 全くがっかりしなかったと言えば嘘になる。

 けれど、それほどショックを受けなかったのもまた事実だ。

 それはやはり、ノブが傍にいて、励ましてくれたおかげだと思う。


「カナ!」


 黄昏時、いつものように公園の小道を歩いていると、これまたいつものように名前を呼ぶ声が聞こえた。

 顔を上げると、すっかり花の散った枝の上に、いつもとは異なるノブの姿があった。


「え……?」


 驚くわたしの前に、ジャケットをはためかせたノブがひょいと着地した。

 彼が着ているのは、なんとうちの中学の制服だ。


「どうして……?」

「もう、カナには正体がバレたんだから、こそこそする必要ないだろ? これからはもっと近くでおまえを守ろうって決めたんだ」


 ノブが得意そうにへへっ、と笑う。

 その笑顔を見て、わたしは嬉しさのあまり泣きそうになった。


 でも、その感情をぐっと押さえ込む。

 わたしが泣いたら、またノブを困らせてしまうから。

 それに、これ以上甘えるのは、さすがに悪いと思うから。


「……ノブって制服を買うお金とか持ってたんだね。転入のための書類とか、どうするの?」


 つとめて平静を装い、どうでもいい疑問を投げかけると、ノブはがくり、と肩を落とした。


「気になるのはそこかよー。手続きとかは、蛇の道は蛇。手段はいくらでもあるんだよ。それより、もっと感動とかないわけ?」

「それはもちろん嬉しいけど……、でも、わたしは大丈夫だから……」

「嘘だね。ちっとも大丈夫そうに見えねえよ。いいじゃん、俺に頼るくらい。遠慮するなよ。俺は迷惑だとか全然思ってない。むしろやりたいからやってるんだ」

「でも……」


 引き下がらないわたしを見て小さく息を吐き、ノブは頭を掻いた。


「わかった。俺が悪かった。確かに、カナは大丈夫なのかもしれない。でも、俺が大丈夫じゃないんだよ。カナのことが心配でさ。だから傍にいさせてくれ。頼む」


 ノブの視線が、真っ直ぐにわたしを貫く。 

 その視線に動揺したわたしは、これ以上断るための言葉を見つけられず、弱りきってしまった。

 そんなわたしを見て、ノブがにやりと笑う。


「よし、決定」


 勝手に決めてしまう。


「ちょ、ちょっと!」

「俺が傍にいる限り、カナが火を怖がる必要はないからな。おまえを襲う火は全部俺が食ってやる。だから、夢を諦めたりするなよ」


 ノブの言葉に、わたしは息を呑んだ。


「なに驚いてるんだよ。おまえが話してくれたんだろ。あの日以来、おまえがコンロの火ですら怖くなったのも知ってる。今はIHとか増えてるらしいけど、本格的に料理をするのに、火を使わないわけにはいかないもんな。それに、料理を食べさせたかった両親はもういない。だからカナは夢を諦めた」

「ノブ……」


 確かに、わたしは色々なことを話した。

 どうでもいいようなことも、たくさん。

 それなのに、ノブがわたしの夢のことまで、きちんと覚えていてくれたことに驚く。


「でもさ、夢を諦めるには早い。進路だって、いくらでも悩めばいいんじゃないか? カナの伯母さんたちだって、カナのことを迷惑だなんて、絶対思ってないって。むしろ応援してるはずだ。だから、よく考えてみろよ。いろんなこと、諦めるなよ。俺はずっとおまえの傍にいて、応援してやるからさ」


 ノブがわたしの顔をのぞきこむ。 


「あ、ありがとう」


 突然の急接近に、心臓がばくばくと早鐘を打つ。

 かあっと顔が熱くなり、慌てて俯いた。

 薄暗いので目立たないのが幸いだ、と思っていたら、ノブがくすりと笑うのが聞こえた。

 どうやらすっかりお見通しらしい。


「どういたしまして。なあ、今日は送って行ってもいいだろ?」


 返事の代わりに小さく頷うなずき、ノブと並んで一歩を踏み出した。


 ふと気づくと、いつの間に取り出したのか、ノブがふたをしめたままのオイルライターを手の上でくるくると回している。


「ねえ、それって……」


 わたしがノブを放火犯じゃないか、と疑う一因となったのがそのオイルライターだった。


「あ、ごめん。クセでさ。火をつけてなくても怖いか?」

「ううん。そんなことないけど、いつも持ってるなって思って……」

「ああ。これ、俺の携帯食。ライターの火は、おやつみたいなもんだよ」


 おやつ、なんだ……。


 わたしがこんなに怖がっている火が、ノブにとってはただのおやつなんだと思うと、とても不思議な感じがした。


 火は、確かに怖い。

 とても恐ろしい。けれど日常生活では充分に気をつけていれば、それほど怖れるものじゃないというのも、わかっている。頭では。


 今はまだ難しいけれど、ノブが一緒なら、いつか火が怖くなくなる日がくるかもしれない。

 そんな風に思うと、なんだか気持ちがふっと軽くなった。


「ありがとう、ノブ」


 改めてお礼を言うと、ノブは一瞬きょとんとしていたけれど、次いですごく嬉しそうに笑った。


「なんなら、空でも飛んでく? 高いところから飛べば、結構遠くまで行けるんだぜ?」

「素敵だけど、もう遅いし、それはまた今度にしとく」


 答えると、ノブがちょっと残念そうな顔をした。

 空を見上げると、丸い月が浮かんでいる。

 その月の光を浴びながら滑空するノブの背に乗った自分を想像した。


 それも、楽しそうだ。


 いつしか、慢性的になっていた腹痛がすっかりおさまっていた。


                                     了

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