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ノブの正体

「カナ! カナ、大丈夫か?」


 すぐ傍で聞こえる声に、わたしは目をあけた。

 弱々しい外灯の光を背に、ノブがわたしの顔をのぞきこんでいた。


「ノブ……」

「大丈夫か? おまえ、まだ火がダメなんだろ?」

「ノブ、あなた……」


 まさか、という思いが強い。

 でもさっき、ノブはゴミ箱から迫り出してきた炎を確かに吸い込んだ。


 はっと視線をゴミ箱に向けると、焦げ臭いにおいこそ残っているものの、既に火の気はなかった。

 よかった、と心の底から安堵し、再びノブを見る。


 五年前、わたしを助けてくれた、火を食べる大きなリス。

 わたしを運んでくれた少年。

 そのイメージが、ノブと重なる。


「別に、隠すつもりはなかったんだ。カナは火事のことなんて思い出したくないだろうと思ってさ……。ただ、最近あまりにも体調が悪そうだから心配になって、この姿なら気づかれずにすむかと思ったから……」


 ノブが目を泳がせながら訥々と話す。


「ノブの正体は、あの時の大きなリスなの?」


 半信半疑で問うと、ノブが微かに眉をしかめた。


「リスじゃない、リスじゃ。リスは飛べないだろ。俺はムササビだよ。ちょっと長生きしたもんだから、こうして人間の姿に変身することができたり、火を食ったりするようになっちまったけど」

「……妖怪?」

「俺みたいなのを、野衾(のぶすま)っていうらしいぜ」

「のぶすま……あっ!」

「そ。ノブって名前はそこからとったわけ」


 うなずくノブを前に、わたしはようやく五年前の体験が現実だったのだと実感できた。

 その後、公園で見かけるリスはあまりにも普通のリスで、話したり大きくなったりすることはなかったから、いつしか、リスに助けられたのは夢だったんじゃないかと、自分でも思い始めていた。


 でも、夢じゃなかった。


 今、わたしの目の前にいるこの少年は、どこからどう見ても普通の人間にしか見えない。

 けれどわたしは自分でも驚くほどすんなりと、この少年が妖怪であるという事実を受け入れていた。


「あの、ありがとう」


 五年遅れの礼を告げると、ノブは目をみはり、それから首を横に振った。


「いや。悪かったな。おまえの家族までは救えなかった……」

「ううん。それはノブのせいじゃない」


 わたしの両親は放火犯に殺された。

 未だにつかまっていない、その犯人に。

 そこまで考えて、わたしはあることに気づいた。


「あれ、じゃあ、この公園が縄張りだって言ってたのは……」

「ずっとここに棲んでるんだから、当然、ここは俺の縄張りだろ」


 確かに、そうだ。

 ノブが言った縄張りというのは、普通の、動物の行動範囲的な意味に過ぎなかったわけだ。


「じゃあ、放火犯のことも知ってるの?」

「いや。それは俺もまだわからない。でも、放火が多いって話は、日中公園に散歩に来た人たちが話しているのを聞いて知ってたんだ。それに、実はこの公園内に火をつけられたことも、一度や二度じゃない」

「そうだったの!?」


 今回遭遇したのはたまたまかと思っていたけれど、頻繁に出没しているのだとしたら、これまでに放火犯と鉢合わせしていてもおかしくはなかったということになる。


「火に気づいたらすぐに食うようにしてるから、大きな被害は出てないけどな。ただ、犯人を捕まえるとなるとなかなか難しくてさ。この公園がもうちょっと狭ければ、重点的に見張ることもできるんだけど、これだけ広いとなかなか目がいき届かなくて……」


 ノブが悔しそうに言う。


 オイルライター片手にこの近辺に出没していたノブを、わたしは放火犯かと疑った。

 けれどノブは燃える炎を食べて火を消していただけだった。


 放火犯は、別にいるんだ――。


 胸に、ノブが犯人でなくてほっとする気持ちと、犯人がわたしの行動圏内をうろついているという恐怖が同時に湧き上がってくる。


「わたし、ちっとも知らなかった……」

「犯人は必ず捕まえる。今回の放火犯が五年前の犯人と同一人物かどうかはわからない。けれど、俺は放火するようなヤツを許せない」

「ノブ……」


「俺、カナには、笑っていてほしいんだ。昔みたいに。五年前、強い妖怪に襲われて死にかけてた俺を、カナは助けてくれた。あの時決めたんだ。俺はカナのためにできることは、なんでもするって」 


 まっすぐに見つめられて、わたしの心臓が大きく跳ねた。

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