再会
公園に踏み込む時、一瞬どうしようか迷ったけれど、結局迂回せずいつもの道を通ることにした。
普段はうつむきがちに歩くわたしだけれど、今日はいつの間にか視線が上を向いていることを自覚していた。
別に、彼がいることを期待しているわけじゃない。
ただ……ただ、そう。もしいたら、気づかれる前に引き返したほうがいい。
そのために警戒しているだけ。
わたしはその理由に納得し、心のどこかで安堵する。
掃除のあと、図書館で勉強をしてから帰ってきた。
図書館に寄るのはもう日課になっているので、ここを通るのはどうしてもこのくらいの時間――日暮れ時になってしまう。
公園内は、相変わらず人気が少ない。
頭上でガサガサッと音がして、驚いて見上げたけれど、そこには少年どころかネコの一匹もいなかった。
木の多いこの公園にはたくさんの動物が棲んでいる。
昔、弱っている大きなリスを助けたこともある。
今も時々見かけるから、そのリスかもしれない。
もちろん、リスだけじゃなくてネコや鳥も多いし、池の中には鯉や亀だっている。
再び歩き始めると、昨日、彼がいた桜の木が見えてきた。
目を凝らしてみたけれど、そこには誰の姿もない。
思わずため息をつき、自分ががっかりしていることに気づいて、その事実に驚く。
昨日会ったばかりの、ストーカーかもしれない少年がいないからって気落ちする理由はないはずなのに……。
「なにやってんの?」
「きゃあああああっ!!」
突然背後から投げかけられた声に、わたしは思わず悲鳴を上げた。
驚きのあまり破裂しそうな心臓をなだめつつ振り替えると、予想したとおりの顔がそこにあった。
「あっ、あな、あなたっ……」
さっきまで、誰もいなかったはずなのに。
「よ。今日も相変わらず顔色悪いなぁ。たまには早く帰ってゆっくり休めよ」
少年は昨日のことには触れず、またわたしの体調を心配する言葉をかける。
「おっ、大きなお世話よ。それより、あなたこそこんなところでなにをやってるわけ?」
大きな悲鳴を上げてしまったことが恥ずかしく、それを誤魔化すように少しきつい口調で少年に訊いた。
「散歩……かな。この辺は俺の縄張りみたいなもんだから」
明らかに未成年に見える少年は、今日も器用にオイルライターを回転させている。
縄張りというと、不良同士の抗争とかと関係があるのかな、なんて勘繰ってしまう。
一見したところ、この少年はどちらかといえば草食系で、喧嘩とは縁遠そうなイメージだ。
未成年+煙草=不良という考え方は、昭和とか、昔の時代の遺物かもしれないけれど……。
体育館のトイレの掃除当番だった時、偶然、煙草を吸っている生徒を見かけたことがある。
同じクラスの、髪も染めていない、普通の女子だった。
内緒にしてと頼まれたし、もちろんわたしも誰かに話すつもりはなかったけれど、驚いた。
今だってもちろん、未成年の喫煙は禁止されている。
それどころか、大人の喫煙者だって肩身の狭い時代だ。
昔とは違って、認証カードがなければ煙草は買えないはずなのに、未成年はいったいどこで調達するのだろう、とちょっと不思議に思ったけれど、蛇の道は蛇、わたしなんかにはわからない入手ルートがあったりするのかもしれない。
……煙草の入手ルートの件はともかく、目の前の少年がただのストーカーでなく、不良でストーカーなのだとしたら、更に危険度が増す、ような気がする。
煙草を吸っているところを見たわけじゃないけれど。
わたしは念のため持ち歩いている防犯ベルの存在を意識した。
もし身の危険を感じたら、すぐにそれを鳴らそう。
そんなことまで考えているのに、即座に逃げ出さないのは、この少年からは危険な雰囲気が感じられないからかもしれない。
「よくこの辺に来るの?」
「まあね」
「なんで、わたしなんかの心配をしてくれるの?」
警戒を解かずに、問いかける。
「なんであんたの心配をするのかって……いつも体調悪そうにふらふら歩いてる人間がいたら、そりゃあ心配にもなるだろ」
少年は軽く肩をすくめてみせた。
つまり、いつもわたしがふらふら歩いているところを、この人は見ていたということだ。
やっぱりストーカー?
疑いの目で見られていることを知ってか知らずか、少年が「家まで送ってってやるよ」と言い出した。
「いい。ひとりで大丈夫だから」
「最近物騒だし、ひとりだと危険だろ。遠慮すんなよ。あ、俺の名前、ノブね」
「いや、遠慮じゃないから」と断ったのに、ノブは納得しない。
押し問答に疲れたわたしがノブに背を向けて歩き出すと、わたしのあとについて来る。立ち止まって、また押し問答。
そうこうしているうちに、またしてもすっかり日が沈んでしまった。
これ以上粘っても無駄かもしれない、とノブと別れるのを諦め、ついてくるノブの足音を聞きながら再び歩き出す。
近くに交番ってあったっけ?
そんなことを考えながら、早く公園から出ようと足を速めたその時、なにかの焦げるようなにおいがした。
不意に、放火が多発しているという担任の言葉を思い出す。
それに続いて、ノブがいつも持っているオイルライターが思い浮かぶ。
そしてよくこの辺に来るというノブの言葉……。
もしかして、ノブが……?
わたしと遭遇したのが、放火の帰りだったのだとしたら?
振り返ると、ノブが険しい顔をして舌打ちをしていた。
「悪い。俺、行くわ」
「え?」
「おまえは気をつけて帰れ」
言い置いて、あっという間に暗闇へと姿を消す。引きとめる隙もなかった。




