進路希望調査票と夢
放課後、外階段の掃き掃除をしていると名前を呼ばれた。二階と三階のあいだの手すりから下を見ると、担任が手招きしている。
「なんだ、おまえひとりで掃除してるのか? もしかして、他のやつらに押しつけられたのか?」
掃除を中断して担任のところまで行くと、担任は眉間にしわを寄せながら困ったように訊いてきた。
「いえ、わたしが引き受けたんです。みんな、今日は用事があるということだったので。なにも問題はありませんから」
「そうか。ならいいけどな。そうそう、進路希望調査票、出してないのはおまえだけだぞ。おまえの成績なら悩むことないだろう」
「はい、まあ……」
進路希望調査票の話だろうというのは予測済みだった。
けれどまだ迷っているので、曖昧に返事をしておく。
さっきから感じていたお腹の痛みが、強くなったような気がする。
「明日は持って来いよ」
用件を伝え終えた担任が、じゃあな、と言って去ってゆく。
わたしも掃除に戻ろうと階段に足をかけた時、「そうだ」という担任の声が聞こえた。
まだなにか用が?
面倒だな、と思いながら振り向くと、足を止めてこちらを振り返っていた担任と目がばっちり合ってしまった。
思ったことが顔に出ていなければいいけれど。
「最近、学区内で放火が多発しているらしい。下校途中にもし怪しいやつを見かけたら、通報するように」
「わかりました」
わたしの返事を聞くと、担任は満足そうにひとつ頷いて、今度こそ教務室のある棟へと去って行く。
放火……。
わたしは眩暈を感じて、目を閉じた。
瞼の裏に、真っ赤な炎が見えたような気がして頭を左右に振ると、赤い幻は霧散した。
そのことに、ほっとする。
わたしの両親は火事で死んだ。放火だった。犯人は捕まっていない。
奇跡的に、わたしだけが助かった。
もう、五年も前のことだ。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けると、わたしは今度こそ掃除の続きに取り掛かろうと、のろのろと階段を上り始める。
上りながら、ついさっきの担任との会話を思い出す。
わたしは『なにも問題はない』と答えた。
例えそれが真実でなくても、わたしはいつもそう答えるようにしている。
そう言っておけば、教師はそれ以上立ち入ったことは聞いてこないとわかっているから。
教師だって、学校だって、面倒には関わりたくないのだとよく知っているから。
それに、わたしだって関わってもらいたくなんてない。
教師が介入して、事態がよくなるとは到底思えなかったし、わたしは別に今の状況を耐え難く感じているわけじゃない。
だってわたしは、別に、いじめというほどひどい目にあっているわけじゃない。
クラスに仲がいい友だちがいないのは、たまたま話のあう人がいないだけだし。
どうしてもグループを作らないといけない時はちょっと困るけれど、普段は別にひとりでいたって平気だし。
面倒な役を押しつけられることがよくあるけれど、誰かがやらなければならないことなのだから、だったらわたしがちょっと我慢をすればいいことだと、そう思うから。
その程度のことは我慢できる。
――今はまだ。
卒業まで一年を切った。
でも、そこから更に高校の三年間、今と同じ状況に耐えられる自信はない。
新しい環境に身を置いたからといって、自分が変われるとも思えない。
成績が悪くないのはただ単に勉強意外にやることがないからで、頭のできがいいわけじゃない。
かといって、就職となると――。
将来の夢は?
子どものころはあった夢も、今はなくなった。
『わたしコックさんになるの。それで、お母さんとお父さんに、美味しいものをたくさん、たくさん作ってあげるんだ』
今となっては叶うことのない夢。
かつての無邪気さは懐かしく、けれど胸に痛みを生む。
その痛みに耐えながら、わたしは黙々と箒を動かし続けた。




