序 楽しみな人々
前の投稿からかなり間が空いてしまいましたが、活動再開できるようになりました。
更新は不定期となりますが、よろしくお願いしたします。
~ 数か月前 ~
「ねーねー碧ー。 アレ予約したー?」
「そりゃ急いだもん。 今朝見たらもう予約完売してたじゃん」
「それ! ほんと早かった」
「どうせ後から追加されるだろうけど」
「そりゃこれだけ買えない人が出ると作らざるを得ないでしょ」
ちょうど開いていたSNSは、予約が間に合わなかった人の阿鼻叫喚って感じのポストでいっぱい。 予約開始時間が昼じゃなくて朝だったら私たちも間に合ってなかったかもしれない。
「ああ……、この世の終わりだ……」
「おっすノブ。 そのオーラ、さては逃したな?」
「そういうお前らは予約できたのか。 俺が帰って課題終わらしたときにはもう埋まってたってのに」
「あの状況で課題やるとかアンタ馬鹿なの?」
「親がうるせえからしょうがないんだよ、お前と違ってな」
「両親が真面目だと大変ねえ、ねえ碧?」
「古園君のお家も厳しいとは思うけど、きなこは自由すぎるんじゃないの?」
「そうかなあ? 順番がおかしいだけで、やることはやってるよー?」
「自覚はあるんだ……」
昨日予約が始まった新しいフルダイブ型VR用ハード、NV2。 前作のNV1で使われていた運動信号のトレースに加えて、より精密に神経の状態を掴む技術を確立したおかげでイメージから魔法が使えるようになったとかで、NV1時代はできなかった本物のファンタジーが作れるって話題になっている。 で、それを私たちに布教してきたのが、目の前でうなだれている古園君なわけだけど、自分が買えてないんじゃ本末転倒もいいとこじゃん。
「おはようさん。 その様子だと、可、可、不可、ってとこか?」
「おい義一、もう少し言い方をだな」
「余裕そうにしてるってことは、ギー君は可の方か」
「俺に手抜かりがあるわけないだろ。 少なくともこの手のことに関しては」
「それもそっか」
そういえば、ゲームのレビューブログや実況動画作ってるって言ってたっけ。 見せてもらったことはないけど、そっち方面の友達も多いらしいし、これで昔はウチの道場に通ってたって言うんだから多才というかなんというか。 成績も悪くないし、おまけに顔も平均以上。 天はギー君に何物を与えたんだろうね、幼馴染としてはいつもいつも才能の差を感じてつらいんだけど。
~ 一か月前 ~
「あー、早く来月にならないかなー」
「きなこ最近それしかしゃべってないよ。 少し落ち着こ?」
「もうあたしなんて新作の発売が待ちきれないヲタクbotでいいよ」
「うん、おかしくなってるのは分かったから」
そんな軽口を叩きながら、待ちきれない私がいることも自覚している。 NV1はちょうど受験期で忙しかったから買っていないし、遊んだこともない。 初めてのフルダイブVRがどんな体験になるのか、楽しみにせずにはいられない。
「気持ちは分かるけどいい加減うるさいぞ、キノコ」
「きのこじゃなーい!」
古園君もあの後追加予約受付が始まったお陰で何とか間に合って、これで私たち四人は全員そろって発売当日にログインできることになった。 先週からはパソコンからのオンラインアカウントの作成受付も始まって、サービスインがもう目の前に迫っていることが実感できた。
ちなみに、きなこは大のキノコ嫌いで、古園君はよくああやって弄って遊んでるけど、いつも反撃でひどい目に遭うのにどうして懲りないんだろ。 ……ひょっとしてひょっとするのかな? 妙に息ぴったりだったりするし。
「そういえば忠伸、お前俺ら以外にもゲーム好きだって知り合いに布教して回ってたとか言ってたよな? 他に買った奴いないのか?」
「ああ、あれな。 どーも食いつきが悪くてなあ。 売れたら買う、だってよ」
「それも一つの手ではあるが……随分な金持ちがいたもんだな」
NV1の売り上げがすごいことになって、しばらく手に入らなくなった、っていうニュースはゲーマーなら誰でも知ってるし、そのNV1の出来がよかったからこそ今NV2にものすごい期待がかかってる訳で。
「本当に売れてから買おうと思ったらいつ買えるんだろ」
「三年後とかじゃないの」
「それはさすがに適当すぎでしょ」
「さすがに三年後には買えるだろうが、もしかすると次のハードに変わってるかもな」
そんな冗談を言い合いながら、私たちはその日を待つ。 新しい世界に旅立つ、その日を。
◇ ◇ ◇
~ 一か月前 某所 ~
「いやはや、楽しみで仕方がないよ」
「いいんですか? このゲームであんなキャンペーン打つなんて。 本当のこと知ったらプレイヤーがキレてもうウチのゲーム売れなくなるまでありますよ?」
「君はプレイヤーを舐めてるね。 ウチが全力で集めたデバッガー達すら上回る発想力と変態性、それが、ガチゲーマーたちが多くの人を笑わせ、心を動かす所以じゃあないか」
「まあ、それは、そうですけど」
「騙し討ちだと思うのなら、サービスインした後何が起こるか、じっくり見ておくといい。 彼らが世界は広いのだと教えてくれるよ」
「チーフがそこまで言うなら、楽しみにしてますよ」
この怪しげな計画を知るのは、今のところそのゲームの開発チーム、中でもトップに位置する数名だけだった。
流行りのVRを題材に、でも異世界に飛ばされたり命がけのゲームに巻き込まれたりしないような、ゲーマーの日常系のお話が書きたくて始めました。
そんなわけなので、怪しげな計画、奇妙なキャンペーンというのもそれほど大それたものではありません。
青春真っ只中四人組のゲームな日常、気になった方も、そうでもない方も、続きを読んでいただければ幸いです。