Episode61 "獣との問答"
「図が高いぞ、人の子よ。妾の寵愛を断ったのだ。地を這うアリの様に平伏さぬか。」
スフィンクスは瀬名の元へと歩き寄る。一方、オルトロスは動かず柱の並ぶ場所で外の景色を見ていた。
「良い、その畏怖、心地が良いわ。だが、実に惜しいな、廃棄物を操る技量、そしてそのまごう事なき美は妾の神官、いや、伴侶に相応しい。あぁ、実に惜しい、惜しいなぁ......」
(.........一旦距離を)
「ぐはっ!」
瀬名は視線を上げスフィンクスを睨みながら足へと強化を流し後方へと倒れた状態で下がろうとするがスフィンクスの獅子が如き腕で跳躍した瞬間に床へと叩きつけられる。
「妾の話は終わっておらんよ、人の子。母からは学ばなかったのか?人の話は最期まで聞けと。」
「あぁ、習ったさ.....」
スフィンクスの腕に拘束されつつも瀬名はレイピアを強く握り締め叫ぶ。
「'人'の話は聞けってなぁ!水禍ッ!!」
水飛沫がレイピアから巻き上がりスフィンクスの獅子の右腕をすっぱりと切断した。そして瀬名は拘束から間逃れ何とか距離を取る事が出来た。
「'あ'ああ'あ'あ'あ'あ'あ'あ'あ'あ'あ'あ'あ'あ'」
スフィンクスは痛ましい叫び声を上げ瀬名を睨み付ける。右腕からは血が大量に流れ出るがスフィンクスは直ぐ様何かしらの魔術を詠唱し傷を塞ぐ。
「.........許さぬ......許さぬぞ、矮小な蟻風情が.......ゆるりゆるりと喰ろうてやろうと思ったが終いだ。四肢を捥ぎ眼球を潰した後に回復魔術を掛けじっくりと料理してやる。」
その台詞と共にスフィンクスの姿は消えると瀬名の頭上に獅子の左腕の鉤爪が迫るのが見えた。
(速い....身体が反応について行けない......なら!)
瀬名は頭の中で言霊を唱えレイピアへと念じる。
(流壁ッ!!)
瀬名の頭上へと水飛沫から生じた水流が水域を展開し牙による攻撃を受け流す。本来ならば全身を包む様に四角の水流による結界が張られるのだが言霊が未熟な為、部分的に今回は展開をされた。
「くっ、忌々しい神打ちし劔を使いよおてぇ、刃先ごと破壊してくれるわ!」
二巡目の攻撃を仕掛けて来ようと高速の突進をして来るがオルトロスによりそれは回避された。
「「グルルルッ」」
(頭を冷やせ、スフィンクス。あの刃へと触れれば貴殿の身体は二つに別れよう。如何した、何時もの貴殿らしくもない。)
オルトロスはスフィンクスから退き思念を送るとスフィンクスはゆっくりと立ち上がり瀬名へと再び対峙する。
「分かっておる......妾は.....」
(右腕を斬られ怒りに我を忘れたのは確かだが、人の子を眼にしてからか動悸がどうにも不愉快だ。何かしらの魔術、いや加護が働いているのか。)
スフィンクスは思慮深く瀬名の特性を考察する。瀬名はネーレイスから教えられた構えを取りながら相手を待っていた。水飛沫は瀬名の周りを重力を無視する様に綺麗に舞う。
「来ないなら.....此方から行く!」
瀬名は二つの怪物にこれ以上、作戦会議をされ不利な状況を作られない様にと構えを解き駆け出した。
「舞え、狂い水ッ!」
レイピアを駆け出しなながら横に振るとネーレイス程では無いが大量の水流がスフィンクスとオルトロスを呑み込んだ。
「小癪な加護よ......オルトロス!!」
水流は柱を全て破壊しスフィンクスとオルトロスをこの最上階の城から流し落とそうとしていた。
「「グルァアアアア!」」
スフィンクスの指示を受けオルトロスは咆哮を上げると彼らの周囲は円を描く様に防壁が張られ水流は全てその円を避ける様に外へと流れ出た。
「その首、貰い受ける!!」
水流が晴れ一番近くにいたオルトロスへとレイピアを水鞭に変え叩きつける。がオルトロスは間一髪でその攻撃を避けた。
(野生の感か!?なら!)
叩きつけた水鞭の軌道を横にずらしオルトロスが避けたであろう方へと追攻撃をするが。
「「グルルルァ!」」
またも攻撃は回避された。
「ふざけんな、その図体でその動きとかチートだろ!」
オルトロスは水流鞭の攻撃を避ける為に後ろへと跳躍し空中で一回転し着地したのだ。
「妾も忘れるな、人の子。」
「なっ!?」
獅子の鉤爪が地面を裂きながら瀬名へと叩き込まれる。瀬名は身体を強化で固めた事で何とか致命傷は間逃れるが深い切り傷が胸部へと残った。
「はぁ......はぁ......痛い......すげぇ痛ぇ......」
瀬名は膝をつき胸元へとレイピアを近づけ切り傷を治す。治すと言っても血を止めるだけなのだが。
(如何する.....オルトロスは敏速な上、獣の感を持ち合わせている。スフィンクスも速い、強化を最大限まで上げて何とか喰らいついてるはいる状態だけど.....)
「「グルアアアア!!」」
瀬名が打開策を考えているとオルトロスが噛み付こうと突進をして来たので空中へと飛びその突進を回避する。がオルトロスのもう片方の頭の口が開き火炎を吐いて来たのだ。
「くっ、流壁ッ!」
瀬名を包む様に水流の壁がレイピアの水飛沫を元に形成をされていくが展開が火炎の迫る速度に間に合わず瀬名は火炎の渦へと呑み込まれる。
「馬鹿者、妾の大切な愛玩物を焼きようて、四肢を噛み千切るだけで良いと言うたろうが!」
スフィンクスはオルトロスへと怒鳴りつけるように叫ぶと瀬名の身体が堕ちた場所へと向かう。
「剣は傷一つ無いか、何とも厄介な物よ。だが終いよな、人の子。」
スフィンクスは全身火傷を追い意識を失い掛けている瀬名の肉体を両翼、両腕で抱える。
「その身体で尚も剣を離さぬか......不屈よな。だが、辛かろう...真に惜しくはあるがその心臓一瞬の内に介錯してくれようぞ。」
スフィンクスの両翼に力が入り瀬名の肉体が軋む音が間に響き渡る。
「.......ぐぐぐ.....まだ、終わっちゃあいねぇーよ.......」
焼けた肌の痛みに耐えつつレイピアを強く握り締めると水飛沫が拘束する両翼を弾き飛ばす。瀬名は地面へと着地するがすぐに膝を着き倒れそうになる。
「せめて....一人倒すまでは耐えてくれ、オレの身体。」
中途半端な加護による回復速度の上昇とレイピアの加護による恩威で死は間逃れるてはいるが瀬名は重症だった。レイピアを地面へと刺しそれを杖代わりに立ち上がる。
「満身創痍で尚も立ち向かうか.......」
スフィンクスは嬉しそうに瀬名の姿を見下すとある提案をする。
「その勇姿に免じて一つの機会をくれてやろう。其方は我の名を知っていると言うことは人の世で何かしらの形で妾の話しを耳にしたのであろう?もっともオルトロスの事は兄のケルベロスと間違うたようだがな、くくく。」
「「グルルルルッ」」
(今こそ、その人間を殺す好機であるぞ。私情を挟むのではないスフィンクス。母との契約を思い出すのだ!)
だがスフィンクスは目もくれる事もなくその忠告を無視し話しを瀬名へと続けた。
「妾は謎解きや遊戯ごとを好む。妾の与える問に答えて見せよ。正解を答えられたのであれば妾は其方を此処から下へと繋がる階層へと道を開いてやろうぞ。」
その言葉を聞きオルトロスはすぐに瀬名へと襲い掛かった。
「「グラアアアアァ!!!」」
瀬名はすかさず小さく叫び言霊を唱える。
「盈盈一水。」
突き刺さるレイピアは水飛沫を上げ瀬名を巻き込みながら後方へと瀬名の身体を飛ばした。オルトロスは突進を外し後を追おうとするがスフィンクスにより組み敷かれる。そしてその際の衝撃で地面へと大きくその巨犬の頭をぶつけ白目を向き意識を失った。
「騒がしい畜生よ。半神半人に棍棒で殴り殺されても変わらぬ短気、成長をせぬ愚か者めが。」
冷たく言うスフィンクスを警戒しながら瀬名は倒れる身体を何とか起き上がらせる。
「見ての通り、今の回避で自分の魔力はほぼ空だ。レイピアの加護はあるとは言え、もう余り動くだけの力はない........意識を失う前に早くお前の問を聞かせてくれ。」
スフィンクスはオルトロスから身を降ろし瀬名の元へと寄ると抱きかかえた。そして不敵な笑みを浮かべながら問う。
「問に答えると答えた貴様は既に妾の盟約に入った。自身の身体に広がる呪印が見えるか、人の子よ。それを解くには正解を出せなければ死に至るぞぉ?おっと、刃を妾に向けても無駄だ。妾が死ねば人の子も死ぬ。楽しもうではないか、くくく。」
瀬名の意識は限界に来ているが虚ろとする目で必死にスフィンクスを睨みつける。その眼光を浴びスフィンクスは口元を吊り上げ口を開く。
「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か?くくく、簡単だろう?もし間違えれば妾は貴様の臓を裂き食しよう。本来であれば答えず去るのならば見逃すのだがな。さぁ、答えを聞かせて貰おうか、人の子よ。」
余談だがこの謎はムーサに教わったとされている。ムーサとは文芸を司る女神達の名だ。ちなみにスフィンクスにまつわる物語は古代ギリシャ三大悲劇詩人の一人であるソポクレスが、紀元前427年ごろに書いた戯曲オイディプス王にて記載をされている。
「余りにも.....有名な話しだな。答えはお前の言った通り簡単だ。」
瀬名はニヤケけながらスフィンクスに言い放つ。
「‘人’だ。」
‘オイディプス王’の主人公オイディプスはそのスフィンクスの問に「人間は赤ん坊の時はハイハイで四つ足、成長して二足、老年で杖をつくから三足だ」と答えられ、岩の台座から飛び降り、海に身を投げて死んだという話しは謎々界に置いては有名な話しだ。
「まさか、二度もこの問の答えに辿り着く人の子がいるとはな、くく、この世も捨てた物ではないな。」
身体からは呪印が消えスフィンクスは満足をした様に瀬名を降ろす。そして間の中心へとオルトロスを引きずり向かうのだが。
「「グラアアアアアァ!!」」
オルトロスの半身であるもう一つの頭がスフィンクスへと噛み付いたのだ。
「ぐはっ!畜生の分際でこの妾を食す気か、下郎めがっ!」
抵抗をするスフィンクスだがガッチリと噛まれ徐々に肉を裂いて行く。
「ぐああああああああああああああ!!!」
叫び声を上げるスフィンクス。瀬名はなけなしの力を使いオルトロスの噛む頭へと強化を掛け跳躍するが蛇へと姿を変えた尾が瀬名を弾き飛ばす。瀬名の身体は地面へと叩きつけられごろごろと回ると壁へとぶつかり口から血を吐きだした。
「ぐっ、此処で......スフィンクスは......失えない」
瀬名は身体を動かそうと力を入れるが動かない。既に身体は限界に達っしていたのだ。
「動け.....動けよ....オレの身体っ!」
叫ぶが身体はピクリとも動かなかった。目の先には胴から下を噛みちぎられ地へと這い蹲るスフィンクスの姿。オルトロスは止めを指す為にスフィンクスの後をゆっくりと近寄って行く。瀬名は唇を噛み締めその姿を見ているとスフィンクスとオルトロスの間に二つの影が現れた。
「お待たせ。」
「ふふ、お待たせしました。」




