Episode36 "見知らぬ地"
瀬名ジョン並びに花嫁二名が黒渦に呑み込まれたてから数時間、キュベレーは領域全土に千里眼を張り巡らせ‘瀬名’の行方を捜した。だが気配も痕跡も何も見つからずキュベレーはプリギュアをふらふらと歩いていた。
「ジョン.....何処へ....」
精気を失った瞳で城下町を通り過ぎていく。キュベレーが歩く地の周囲は大地母神としての権能が発動し瓦礫たちが元の形へと修復されて行く。
「結界を解くぇ」
キュベレーは城へと辿り着き結界へと手を触れるとガラスの様に砕け散り結界が解かれる。すると城門が開き人民を守っていた親衛隊が姿を現した。
「キュベレー様!ご無事で!」
白衣を纏った美しき母性愛溢れる女性、レートーが出迎える。
「皆は無事ぇ?」
「はい、ですが瀬名様は結界を貼った後に現れた故に....誠に申し訳有りません。」
結界を施し完全に外界から隔離した事によりキュベレーの許可無くては解けなくなっていたのだ。
「知ってるぇ。.......妾は疲れた故に少し休むぇ。後の指揮権は其方に譲るぅ。」
キュベレーはそう言い残すと空間を裂き姿を消した。レートーはキュベレーのみの帰還を受け理解をした。
「......アタランテー様は.....」
涙が頰を伝い空を見上げる。天宮は半数が堕ちたが街並みは常時と同じ景色に戻っていた。レートーと言う名は昔に捨てレーダーと言う名を仮名とし名乗っている筈なのだがキュベレー本人は何時までも本名を呼び続ける。
(......どうか天から我らが幸福を見守り下さい、アタランテー様。)
レートーは涙を手で拭いプリギュアの未来の安寧を守る決意を主神と今は無き盟友へと誓う。
「レーダー様、市民の方々はどういたしましょう?」
鎧をした兵士がレーダーへと指示を仰ぐとレーダーは後ろを振り向き兵士へと指示を送るのであった。
そして時は過ぎ襲撃から一日が過ぎた頃_
「....起きて....バルトロメウス......」
誰かの声が聞こえて来る。
「退いてちょうだい、レシさん。私が直接叩き起こすわ。」
違う声が......違う声が?待て、今なんと?
「水の精よ_大地の恵み_原初の理にて_分け与え給え_球の雫」
この詠唱は確か前にリディアがっ!
「待て!!」バシャン
バルトロメウスの上空に小さな水たまりが出来るとその水たまりが水風船の様に割れバルトロメウスへと降りかかった。
「ふふ、バルトロメウス....濡れ濡れ...」
レシがクスクスと小悪魔の様に笑う。周りを見渡すとどうやらここは個室のようで透明色のカーテンが夕暮れ時の光を伝い部屋を照らしていた。
「お前達だけか?」
「えぇ、セレナさんはまだ眼を覚ましていないわ。」
リディアはそう答えると外の景色へと眼を移す。
「あいつはどうした?」
「....見つからない...この領域に....いない...」
バルトロメウスは眼を見開くとシーツを退けべッドから立ち上がろうとするが。
「っ....」
痛みがバルトロメウスを襲いべッ卜へと腰が落ちる。
「余り無理をしない方がいいわ。貴方、傷だらけの状態で私達を城まで運んだわね?貴方の精霊契約の紐と精神力は既に底をついているの。意識があるだけでも奇跡なのよ、横になりなさい。」
珍しくリディアが人を労わる事にバルトロメウスは驚いた表情をする。
「ならば、もう少し普通には出来ないのか?」
水で起こされるのは瀬名だけで結構と考えるバルトロメウス。
「あら、ジョンのような扱いが貴方の求める物だと思っていたわ。」
「それこそお門違いだ。オレはあれ程ふざけた男ではない。」
そんなやり取りを微笑ましくレシは見守る。が次のバルトロメウスの質問で部屋は静寂へと包まれた。
「領域にいないと言うのはどう言う意味だ?」
リディアはバルトロメウスが横になるべッドに腰掛け言う。
「そのままの意味よ。」
バルトロメウスはもう少し具体的に説明してもらう為レシへと視線を向けると、
「精霊の悪足掻き....ジョンくんは....黒渦に呑み込まれた」
バルトロメウスは理解する。それは瀬名ジョンが乱雑な場所へと飛ばされたのを意味するのだ。
「簡潔に言えば、死んでいる可能性が高いわね。」
バルトロメウスの表情を察したのかリディアが代わりにそう言う。
大概、魔術を使う者の最後と言うのは相手を巻き添えとした自爆魔術、呪術による身体の等価交換による力の増幅、それか自身の身を生贄に相手へと呪いを植え付け絶命をするかだ。そしてもう一つが相手を異空間、危険地区へと飛ばすのだがそれは特定の場所ではなく乱雑な場所へと飛ばされるのだ。
「火山にでもその渦が繋がって入れば確実に助からんな。」
軽く笑いながらバルトロメウスは言うが眼は笑っていなかった。
「.....お前たち、疎通の指輪は使ったのか?」
バルトロメウスは落ち着いた表情で二人に聞くとその質問が以外だったのか眼を見開いた。
「疎通の...指輪...」
レシが自分の手先を見る。
「忘れてた.......試そう」
三人は沈んだ顔から希望に満ちた瞳へと戻っていく。
コンコンっと城内にあるキュベレーの部屋へとノックをする。
「.....」
返事はない。
「エウリュアレー様、困ります!此処は神聖な「レー卜ー、其方もこのような腑抜けた主には仕えたくなかろう?我が此奴を矯正する、退け。」しかしですねぇ、規律と言う物がですね、」
エウリュアレーはレー卜ーの言葉を無視し扉へと手を当てるが鍵がかかっているようで開かなかった。
「仕方がないか。」
そっけなく言うエウリュアレーにレートーはまさかっと思いエウリュアレーに駄目ですぅー!と叫ぶが時すでに遅く扉は破壊されてしまう。
「やぁやぁいらっしゃい。どうしたんだいエウリュアレーさん、こんなところで?」
そこにはキュベレーと狂の神聖を纏う女神が王座のような椅子へと対面に座る形で腰を下ろしていた。
「....アーテー」
忌々しい物を見る様にその狂気の女神を見下す。
「そんな目で見ないでくださいよ?小職はキュベレーちゃんが降りて来てって言うから降りてきたんですよぉ。」
キュベレイーはクスクスと笑う。エウリュアレーの後ろではレートーはあわあわしながらエウリュアレーの後ろにしがみついていた。
「キュベレー貴様、まさかその愚者にそそのかされたのではあるまいなぁ?」
アーテーは十二ある天宮の内の一つの宮にすまう狂神だ。破滅、愚行、妄想を司り、道徳的判断を失わせ盲目的に行動させる狂気の神だ。この神が地上に落とされた事により人間は愚行を繰り返す様になったと言われている。
「はぇ?」
何をこいつは言っているんだと馬鹿にしたように言うキュベレーに怒りが湧くがそれを無視して話を進める。
「バルトロメウスと言う男が眼を覚ました。」
「それでぇ?」
エウリュアレーはどこかキュベレーの様子が可笑しく違和感を感じたが話を続ける。
「あぁ、もしかしたらジョンの居場所が「なんえぇ!!!!」五月蝿いぞ、能面。」
この地主は瀬名による影響からか感情豊かになりさらにウザさに磨きがかかったと感じるエウリュアレー。
「早ょ、説明しなさんし!」
興奮したように席を立ちエウリュアレーの元へと寄り叫ぶ。その反応に少々イラつきを感じるが答える。
「あぁ、貴様の大地母神としての千里眼の能力を疎通の指輪に組み合わせれば会話の可能性が生まれるやも知れぬということだ。もっとも生存していればの話だが。」
「....行くぇ」
要点を言っただけで理解したのかキュベレーはエウリュアレーの手を掴み転移した。そしてその場に取り残されたレートーはひぃぃと声を立てながらその部屋を後にしようとしたがアーテーに話をかけられてしまい足を止める。
「レートー、小職は怖くないですよぉ?何故それほどまでに皆さんは小職を避けるのでしょうか?理解が出来ないですねぇ」
レートーは感じてしまう。この女と話続ければ愚かな過ちを犯してしまうと。それは干渉ではなく自然に起こってしまうように。その愚行への道先へと運命を乗せられように。
「でも残念ですねぇ、キュベレーちゃんが北全土に宣戦布告しようとしてたのになぁ?」
面白そうに話すアーテーの内容に肝が冷えるレートー。
「侵略戦争を起こして領土を広げるって言うんですよぉ。小職笑ってしまいました。あぁ愚行だなぁてね?一人の人間を追うためだけに北の大地全てを神域にするから手を貸せと言うんですよぉ?もしデュスノミアー、ポノス、レーテー、アルゴスにこの話をしたらあの子達は喜んでキュベレーちゃんに手を貸しますねぇ。あぁ、人が、神が、生き物全ては真の道だけでは生きられない。皆平等に間違えを起こすのです。それこそが愚の骨頂、いえ、生を謳歌していると言う行為と同義なのです。」
残る宮の内四人のはみ出者の神達の名を上げていく。天宮に住む神は己の宮が汚されない限り外部とは干渉をしない盟約になっている。レートーは黙って話を聞くことしか出来なかった。そしていかにこの狂神が他とは違う感性、捉え方をしているのかを理解し危惧する。
「あぁ、でもプシューケーは反対するかなぁ?あの子は甘やかされて来ましたからねぇ。」
ふふふと虚空へと話をかけていた。恐怖を感じその場を後にしたレートーだったがその部屋からは一人ブツブツと楽しそうに話すアーテーの声が続いたのだと言う。




