Episode33 "区別と畏怖"
ランパスの握る松明の火だけがこの深淵で唯一輝く光だった。先程まで輝きを放っていた四つの松明には既に闇がかかり視界はランパスの光で何とか保たれている状況だ。
「感覚を研ぎ澄ませのう」
ランパスによるその一言でより一層、深淵の闇へと近づいていく。
「リディア、セレナ、レシ!」
バルトロメウスは声を上げ名を叫ぶが声は返ってこない。
(気配は感じる.....が何処にいるのかまでは分からない、ならば、)
「火の精よ、尊き原初の火をこの手に」
バルトロメウスの第二の精霊契約による恩威は火を司る火精だ。そして詠唱と共に手のヒラに炎が渦巻く筈が現れない。
「くく、わっちのこの世界では精霊の加護も、恩威も、奇跡も、全てが不能になる。いくら頑張ってもぉーームリだよぉーー!」
ランパスの松明の火がバルトロメウスの周りをぐるぐると回る。その間、自槍を持って攻撃を穿っているのだが掠りもせず微かな笑い声が周りを木霊するだけだった。
「冥府の精よ、一体何が目的か!」
このままでは埒が明かないとバルトロメウスは情報を聞き出そうと叫ぶ。
「ランパスの目的ぃー?そんな物など無いに決まっておろうが、かかかっ!笑わせるのぉ小僧。」
松明の火は踊るようにくるくると宙を回りランパスの手元へと向かい落ちる。そして、その行為に遊戯性を見出したのかランパスは火の灯る松明をジャグリングをするが如く回し始めた。
「っ....貴様、ふざけているのか?」
バルトロメウスは歯軋りをしながら頭の中で戦略を立てるが打倒しうる策が思い浮かばない。
「わっちがふざけている?ししし、それは此方の台詞だぞ小僧ぉ。」
「何をっ、」
「此処で貴方は死ぬのにぃー笑わせるなと言いおろうが」
無邪気な表情から冷酷な表情へと声が変わりバルトロメウスにキュベレーの神圧の比ではない重圧がのしかかる。そして膝を地へとつけ何とか松明の火を目で追っていた。
「はあっ、はあっ」
息が荒くなる。
「先ずは一切れかなぁー?」
陽気な声が耳元から聞こえてくるとある違和感がバルトロメウスを襲った。
「うぐっ!!」
「ほお、偉いではないか。痛みを堪えたか。」
松明の火が強くなりランパスの上半身と胴が薄暗くとも何とか見えるくらには明るくなった。松明の火とは別の手にメスのような刃物が握られ血が地面へとポタポタと垂れている事に気付く。そして、重圧に耐えながらもランパスの顔を見上げると、
「ふむ、やはり美味しくは無いなぁ、てか不味いよぉー」
口からは血が肌を伝い流れていた。そしてその口元には、
「......はあっ....はぁっ.....オレの耳....」
痛みが遅れて襲ってくる。
「そろそろかのぉ。」
正面にいた筈のランパスが真横に現れバルトロメウスを横目で見下す。
「恐怖にこそ、人の真理が有るとは思わぬか?」
その一言と共に身体が軽くなるのを感じ身を立ち上がらせランパスへと斬りかかろうするがそこに暗闇は無く燃える民家と共に無数の死体が転がっていた。太陽はなく燃える建物が赤くあたりを照らす。
(此処は......)
見覚えがある。バルトロメウスはそう感じた。
「はあ.....はあ......こっちだ!」
「まっ、待ってお父さん!!」
子供の手を握り燃える民家の一つから姿を現した。
「お母さんがっ!ま、まだ中にいるよぉ!!」
子供は泣き叫びながら父親へと縋りつく。父親は拳を強く握りしめくやしそうな表情をする。
「母さんは......殺されたんだ。」
父親の腰に下がる剣には血がこびりついていた。
「知ってるよ!!でも、でも母さんを「パンッ!!」
唯をこねる子供へと平手打ちをする。父親は自分の手の平を見た後苦悶の表情を浮かべ子供の手を引き歩き出す。
「.........父さんが.....グス....少しでも....早く...」
子供は涙を流しながら父親の手を強く握りしめる。
「分かっている....わかっているんだぁ....」
弱々しく父親は答え、何も言わず先へ先へと進んでいく。燃える街並み、まさに地獄の業火を体現していた。
_オレは何を見せられている?簡単だ、アレはオレだ。
バルトロメウスは親子の向かう先へと足を進ませる。
「貴様たち!女子供は生かせとの事だ。絶対に殺すんじゃねーぞ!」
隊長格らしき男が数十名の兵達へと告げると一斉に周りの住宅へと広がって行った。
「此処も無事ではないか」
父親と子供は建物の物陰に隠れ、様子を伺っていた。
「この町から出なければならない、か」
「.....グス.....ぐす...」
子供は声を漏らさないように口元を押さえながら泣き声を殺していた。
「よし、今だ。」
父親はそう言うと、息子を引っ張り通路を横切り向かいの建物影へと目指そうとしたのだが、
「よお〜、探したぜぇ?」
隊長格の男が姿を現し周りには先程散った筈の兵達により包囲されていた。
「何でって顔をしている様だが、てめえのガキの気配はビンビン感じて来てたんだぜ。」
兵達は隊長格の男の台詞の後、ゲラゲラと笑いだした。
_止めろ、オレに、思い出させるな。
「..........西王アトレウスの差し金か」
父親は上から自分達を見下す隊長格の男を鋭く見つめる。隊長格の男の片目が一瞬ビクつく。
「国を離反したお前には死だとよ。この小せえ町がこんな有様になったのはてめえーの所為なんだぜぇ」
子供は父親の顔を見上げる。
「今の話は.....本当なの?」
父親は子供を無視し隊長格の男へと続けて話を続ける。
「お前達はアトレウスの研究に賛同しているのか!!あれがどれ程、人と言う種、いや生者、死者への冒涜となるのかを!!」
「だからって研究資料を根こそぎ奪うのはぁいけねえんじゃねえのかぁ博士ぇ?」
隊長格の男は手を前へ突き出し兵達へと指示を出す。
「その背に背負う荷は破壊するな、後は殺してしまっても構わねぇ」
そう言うと同時に兵達は父親と子供へ向け剣を振るう。
「舐めるな!」
父親は指先で円を描き透明の障壁を張り斬撃を防ぐがガラスの様に割れてしまった。
「馬鹿がっ!!」
兵の一人が父親の首を目掛け突きを放とうとするが父親は兵の懐へと入り避けそのまま背負い投げをするといつの間にやら手には一振りの剣が握られ、その剣で倒れた兵へと止めを刺す。
「ぐす...ひい」
子供は止めを刺した時に刺し入れた剣の返り血を頰に浴びる。父親は襲い来る何人もの兵達を退けいなしていくが身体中には切り傷や刺し傷が出来、息は既に上がっていた。
「馬鹿な男だ、子を捨て置けば逃げ切れたものを」
隊長格の男は手にモーニングスターを握りその巨体な肉体を地上へと下ろす。
「はあっ.....はあっ.....」
剣を地面へと刺し、それを支えに身を立たせていた。父親は子供へと攻撃が行かぬ様に全ての攻撃を自分へと向かせる様にしていたのだが数の暴力には勝てず既に満身創痍の状態だった。
「お父さん、お父さん!」
子供は父親の裾を掴みながら泣き叫ぶ。数名の兵は父親の力により命を摘まれたが周りには今だ数十人の兵が囲み攻撃が迫ろうとしていた。
「どけっ、バルトロっ!」
息子の身体を地へと伏せさせると父親の身体にはハリネズミの様に剣やら槍やらが突き刺ささった。
「.....おと、おと、お父さん」
下から覗き込んだ父親の顔に既に精気は無く、微笑む様に息子を捉えていた。
「ガキも殺せ」
隊長格の男がつまらなさそうな顔で言う。
_オレは........
「ううううううううう」
涙を流しながら向かいくる刃先をしっかりと捉える。その剣先はまるで時が止まったかの様にゆっくりと迫ってくる。その時、先程まで感じていた恐怖は消え何故か高揚感が子供を襲っていた。
「...............」ドクン
心臓の音が分かる。
(あそこを狙えば死んじゃうかな?)
もう眼球から数センチしかない距離まで剣が迫っていたが子供は冷静に兵の額を見ていた。
「此処だね」
子供が言うと同時に肉へと突き刺さる音がその場を駆け巡る。
「よし、行くぞてめぇーら」
隊長格の男は後ろを振り向き歩き出そうとするが部下の兵達の後を追う足音が聞こえない。不思議と思い振り返るとそこには血溜まりだけが存在していた。
「一体....何が!?」
「お前も死んじゃえば?」ニンマリ
隊長格の男は声がする方向、即ち自分の真下を確認すると先程殺したであろう子供が笑顔を浮かべ自分を見ていたのだ。
「貴様っ」
隊長格の男の頭部から下が消え失せる。落ち行く視界の先には冷たくも冷酷な視線を尖らせる子供の姿。
「あ〜、気持ち悪い」ぶっちっ
床に転がった生首を足で踏んづけそのまま潰す。トマトを潰した時と同じ様に地面は紅く染まった。それと並行して近くの民家へともとうとう火が燃え移る。子供は血溜まりの中から父の残した鞄を拾い上げ中身を確認すると、
「死者の蘇生の呪文.....そして、それの応用....死者の軍勢ねぇ?」
こんな下らない物の為に父親は故郷の町をこんな姿にしたのかと怒り、憎悪、憎しみが心の中で渦巻いた。
「.....殺すよ.....何もかもを.....西国.....アトレウス.....」
乾いた声で笑う子供は資料を破りすて炎火の中へと入っていった。
(.......オレは........)
バルトロメウスは目の前に広がる幼少期の自分の姿に恐怖を覚える。
(何....だ、あの力は.....)
胸を苦しそうに押さえつけその場へとうずくまる。
(......抑えていた物が溢れてくるっ、)
_君が僕を邪険する限り僕は君を蝕み続けるよ
(.........!?)
_何を驚く事があるんだい?何時も君が瀕死の状態から助けて上げたのは誰だい?僕だろう?そう"僕"だ
(........っ....貴様は俺ではないっ....)
_あはは、君らしいね。でも、そろそろ僕の事も認めて欲しいなぁ。そうすれば再びあの時の様に一つになる事が出来るのだがら
「あれれぇー?バルトロメウス君がぁー二人ぃー?もう一人はあの童子のようじゃが。」
ランパスは燃え盛る炎を吹き飛ばし当たり一面を更地にして姿を現した。
「冥府の精.....」
_うふふ、ありがとう!君の世界のおかげで僕と話す事が出来たよぉ!
子供はランパスへ握手をしてにっこりと笑う。
(此奴わっちへと触りようた!?ねぇねぇちょっと危険なんじゃなーい?)
ランパスは少年の行動に眉をビクつかせるが直ぐに表情を戻し何時も通りのニタニタ顔へと戻る。
「童子、貴様は何者也や?」
_見てたなら分かるでしょう?バルトロメウスだよー!
「ほぉ?」
_でも面白いね?この世界って相手の恐怖、トラウマを増幅させてから相手の身体を蝕んでいくんでしょう?でも残念だったねぇ、"僕"には効かないよぉ!
少年はバルトロメウスを起き上がらせようと肩を貸す。
「効かないとな?面白い冗談を言う、ならばこれならどうだ!」
空間が歪み新たな空間を構成しようとするが糸のような物が縫い付けられ止められる。
_神様なら人の話は最後まで聞かなきゃダメって分かるでしょう?ほら、いつまでそうやって惚けているの"僕"、君が僕を受け入れれば冥精の集合体如き敵じゃあ無いんだからぁさぁ、とっとと認めてよね
「....オレは.....」
バルトロメウスはそう言葉に出すと子供はため息を吐きランパスへと顔を向けた。
_しょうがないなぁ〜。"僕"はまだ未熟の様だから今度にしてあげるよぉ。でもねぇ、覚えて置いてね。いつかは君は僕を受け入れ無ければならないんだよ。だって"僕"は、僕達は"世界の...."なんだからね
少年ははにかむ様にそう言葉に出すと空間は歪み世界が崩れ去っていく。
「一体っ「お姉さんは団員達を直ぐに殺さなかったから許してあげる。でも、罪には罰が必要なんじゃあ無いかな?」罪とな、このわっちに?笑わせっ」
銀色の鎖が無数にあらゆる空間から現れランパスを拘束する。
「くっ、何じゃこれは!?」
手元から松明の火が落ち完全に拘束される。
_君とヒュラースと言う男の契約には挟んで置いたよ
「なっ!?ほ、本当に切れてるぅー」
そこまで焦った表情は浮かべないが驚いた表情は見せた。
_君とこの空間を冥府へと“繋い”で置いたから拘束が外れる頃には君は冥府だよ
「何だと?........まぁ良いか、此度は充分楽しめたさ。ヒュラースの事は如何でも良いがアルセイド達が心配だなぁー。」
能天気にランパスは鎖に繋がれた状態で考え事を口に出しながら表情をコロコロ変えていた。
_何時でも僕は君の側にいる。けどね、いつかは君は僕を受け入れて自立しなければ行けないんだよ。僕は君自身だ、そして君が好きだから助ける。でも、君が反抗し続ける限りは僕は僕を侵し続ける。忘れないでね、大きなバルトロメウス
空間の消失と共に少年の姿も消える。バルトロメウスは胸を抑えつけ目を閉じその場へと大の字で寝転がった。周りには傷だらけの三人が倒れていたのだがセレナだけは傷が癒えていく。
「紡ぐ者....か」
運命の三神の一神であるセレナは世界の理により死してもなお蘇るだろう。彼女達がいなければ人という種が成り立たないのだから。
(復讐からか西国の騎士に志願をしたがオレの心は虚空となってしまった)
ヘーラクレースの登場により討つべき敵アトレウスを失ったのだ。これまで、積み上げてきた努力が水の泡へと消えてしまい、なすがままに任務を受け此処まで来てしまった。自身の罪を受け止め自決する覚悟もできていたがそれすらも機会を失ってしまった。
(俺が貴様を受け止め切れるとすれば先の話となるだろう..それまでオレを蝕めばいいさ....それがオレ自身の懺悔となる。)
バルトロメウスはゆっくりと瞼を下ろし意識を失った。




