レモンの味なんかしない。
ほんのり百合を含みます。
よその子お借りしました。
コーヒー豆の香り、優しい声、ふわりと髪に触れた手が、窓から吹き入れる夏色の風が、私に朝を告げる。
「槐、朝だぞ、起きなさい。」
未だにぼうっとして、視界もはっきりとしない。もやもやした白い何かを背景に、ぐにゃりと歪んでみえた兄の顔はシロクマのようで、うっかり笑みが溢れてしまう。
「まだ眠いよぅ。」
目の前のシロクマは何かを企んでいるかのような顔付きを見せて、目を合わせて、ゆっくりと、こう言った。
「この間の………っていう子が、今、下に居るけど。挨拶しなくていいのか。」
起きました。えぇ、起きましたとも。快調です。おめめぱっちりです。先程まで寝惚けてカーテンと同化する兄がシロクマに見えていたのが信じられない程機敏な動きを見せ、40秒で支度して、転げ落ちそうになりながらも階段を駆け下りました。
見慣れたリビングには
何時もは無い一輪の花が咲いていました。
「あれぇ、そんなに急いでどうしたのぉ?髪の毛、跳ねてるよ?」
綺麗な髪をツインテールに結い上げて、フリルやレースの目立つ洋服に、ビスクドールのような顔。そんな美女が私に微笑んでいる。なんて素晴らしい朝でしょうか。
しかし、自分の身なりがなっていないとは不覚。10秒で直しました。
彼女を見つめながら、同じツインテールなのに、どうしてこんなに格差が生まれるのか…
これが、顔面偏差値の差…?なんて考えていたら、二階から兄がおりてきました。
「改めまして、いらっしゃい、メリーちゃん。コーヒー、お口に合ったかな?」
メリーさんは、恐らくお世辞であろう言葉を、兄に笑顔で言いました。
「はい、とっても美味しかったですよぉ、えんじゅちゃんのお兄さんは、コーヒー淹れるの上手なんですねぇ。」
メリーさんが他の人と、
男の人と、話している。
それが何だか、理由も良く分からないけど嫌で、嫌で仕方なくて。
胸が痛いというより、嫌悪感というか、自分の玩具を取られた子供のような。
おそらく
それは恋心に伴う嫉妬だったのでしょうか。
机の上に置いてある砂糖入れから角砂糖を四つ取り出し、メリーさんの口付けたカップに放り込み、そのまま中味を飲み干してやりました。
その一見無意味な行動で、私の心は何故か満たされていきました。
支配感、のような何かでした。
コーヒーは苦いから、何時もなら飲まないのだけれど。
「こら、人のもの取っちゃ駄目だろ!」
兄は叱りましたがそんなこと知ったこっちゃないです。
その後、槐が苦いもの飲むなんて珍しい、成長したなぁ、なんて誇らしくしてたのも、知ったこっちゃないです。
空になったカップと私の苛立った顔を見比べて、メリーさんは苦いものでも飲んだ様な顔をしていました。
きっと、さっき飲んだコーヒーが、苦かったのでしょう。