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心のしくみ  作者: ADJ
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第2話(研究の背景)

 田中瑞香がブースのパソコンから端末ソフトを立ち上げ、いくつかのコマンドを叩く。反応無し。パソコンのケーブルを見直し、いくつかのコネクタを挿しなおすともう一度同じコマンドを送る。今度はOK。別室の同僚から確認の言葉が投げられる。

「いきましたかー」

「はーい、繋がりました、ありがとうございまーす」

 瑞香のブースには、2台の端末を兼ねるPCへ別室のミニスパコンの太いケーブルが引き込まれた。瑞香の手伝いをしてくれた同僚は軽く手を振ると自分の仕事に戻る。

 作りかけのテストプログラム、それはあちこちのソースコードを切り張りして、でっち上げた代物だが、テーマの説明にはこの程度で十分である。このテストプログラムでそれなりの結果がでることを証明し、テーマを認めさせなければならない。PCで出来る範囲でもなんとか説得力のある資料は作れるのであるが、少しばかり荷が重いらしく、始めは10分程度の時間がかかった。それが30分、そして1時間となるに至って、ついにぶちきれ、他の研究員が使っていたミニスパコンを借用することにしたのである。

 瑞香が開発中のプログラムを走らせると、ミニスパコンの状況が、2台のPCに分かれて表示され、ミニスパコンの使用メモリ量がぐんぐん伸びていくのがみえる。テラバイトクラスのメモリを積んだミニスパコンは、瑞香のプログラムによってメモリを食いつくされ、やがてメモリ容量切れとなってプログラムが停止する。先ほどからその繰り返しであった。

 「うーん、これでもダメか。まあ、簡単にはいかないと思っていたけど」

 能天気につぶやくが、ミニスパコンにとっては災難である。妙なプログラムを走らせては落ちるまで、無限にデータ要素をコピーするので、当然のことだ。もし、他にこのミニスパコンを使用している人がいれば、今頃は粉砕バットの一つも持って、怒鳴り込んでくるに違いない。彼女にはこんな無茶をする前に、動作中のプロセスを確認することをお勧めしたい。

 

 「エレメントとモデル最適化、修正済みモデルの大量生成が鍵だと思うんだけどな」

 瑞香はプログラムを修正して再度ミニスパコンに送り込む。

 元論文のシステムがどのように変化しているのかは想像しにくいが、最初に目指したモデルアーキテクチャからそう外れた処理ではないはずだ。しかしこの論文では、コアとなるデータ処理エンジンは本当に基本的なデータ処理を繰り返しているに過ぎず、知識処理もモデルデータのひとつとして供給する手法であった。一般的なプログラム領域も大部分はモデルデータの一種として扱うため、ほとんど全てが自律変更可能といってよい。そのため、モデルの変更、修正による自律発展が可能となるが、変化と増殖を繰り返すうちに、そのモデルがどのような働きをするかはやがてわからなくなってしまうのである。いくつかの結果で、“らしき”動きをしているものは散見されたが、それが順調に発展するかどうかはわからない。その成長のためには良質のデータと知識を導入する必要がある。それは莫大な時間と実験、そしておそらくは失敗を必要とするため、テーマが認められ、予算がつくことを待たねばならない。

 

 「さあて、どんなデータをお手本に使おうかな」

 思いつくものは部屋に積み上げられている同人誌やマンガ、小説の山。感情や心理構築の材料としてこれ以上のものはないと固く信じているが、それだけでは使えない。今BLとかFU女子という言葉が聞こえてきたが聞かなかったことにする。

 知識となる一般常識データに使う素材として、残念ながらマンガは論外、今の手持ちの知識と技術ではマンガ画像を認識することは出来ない。普通の写真画像と比べれば、少しは分析はしやすいかもしれないが、分析するソフトウェアはない。いつか作ってやるからな。

 文章データならば文章解析の技術はすでにある程度確立されている。ソースコードが公開されている有名なものもいくつかある。軌道に乗れば商業的なものを導入することも考えられるが、とりあえず、今は公開されているものを使う。それらのデータを元にして、心理分析や知識抽出、論理構築を行わなければならないが、面倒なので細かい内容は省略する。興味があるならば適当な単語でぐぐってくれ。

 

 瑞香はそれらの情報を元に審査のための資料を書き始めた。この手の資料には完成した時のイメージをかなり明確に表さなければならない。心のなかのイメージをお偉方にわかるように、丁寧に説明していく。

 「ずずっ、こくり」

 キーを打つ手を休めて、濃い目に淹れたコーヒーをすする。砂糖もしっかり入っているのでかなり甘い。また、退社時間を過ぎてしまった。集中して考え事をするのにはむしろ人が少なくなったほうが都合がいい。

 「ここは、おねえさんにしようか、おかあさんにしようか」

 出来たときのガイドシステムの擬似人格を考えているようである。

 「あ、それとも、かわいい少年タイプで、ふふっ」

 ノーコメントにさせてくれ...(汗)

 

 「データ構造についてですが、プログラムエレメントとしては、基本プログラムのメソッドエレメントと、リプレース可能なシーケンスエレメント、それに......」

 AI研究室と他部署のお偉方を前にして、審査が始まった。

 瑞香は少し緊張しながら、説明を始める。決して滑らかではないが、誠実な説明はわりと良い印象を与える。もともと、そう技巧を使えるほうではない。人によっては笑いを取ったり、演出に凝ったりするものもいるが、彼女の説明は非常にオーソドックスである。

 「以上、ガイドサポートシステムについての説明を終わらせていただきます。どうもありがとうございました」

 一通り、説明が終わり、周りを見回す。説明が終わってから、誰かが口を開くまでの一瞬はいつも妙に緊張するものである。

 「......」

 誰も口を開かない。

 「......」

 「ごくり」

 いつもは、上司の誰かが口を開くものである。

 「しーん」

 「あ、あの、誰か意見はありませんでしょうか...」

 「......はい」

 散々待たされた挙句、村田専務が手を上げた。専務が見に来るのも珍しいが、発言するのも始めてみた。

 「はい、どうぞ」

 心の中の動揺はとりあえず無かったことにして、にこやかに専務に頭を下げる。

 「えー、僕は計算機の人格ということは専門ではないんですが、それがほんとうに可能かどうかを教えてください。今の説明では出来るようなことをいっていますが、いま実現しているものは非常に単純なものと聞いています。この研究が本当に実現するならば、これは擬似人格じゃなくて本当の人格を作り出そうとしていませんか?」

 うんうんと、何人かの研究員がうなずく。厳しい専務の表情を見て、瑞香の手に汗がにじむ。

 「は、はい、基本的にはユーザーの質問に対して想定される周辺環境を推測します。その推測結果に対して石塚論文やBall&Breeseのモデルを参考にしながら、感情モデルをインプリメントする予定です。その生成過程は決まったものですので、擬似人格といっていいかと思います」

 専務の追及に対して、瑞香が応える。専務の質問は関係するさまざまな部分に飛び、瑞香が余り詳しくない要素にまで広がっていく。

 得意分野でなければうまく受け答えできない。あやふやな知識でなんとかつくろいながら、自分のやっていることが実はとんでもなく広い分野であることを思い知らされる。ついに瑞香は白旗を揚げた。

 「申し訳ありません、そのことについては...正直言ってよくわかりません」

 頭を下げる。それで専務は追及の手を止めた。しばらくの沈黙の後、彼は静かに微笑を浮かべる。

 「よくわかりました、ありがとう」

 専務が、他の参加者を見回す。結構激しいやり取りのため、参加者からも続きの質問が出ない。息をととのえるためか、軽く咳払いしてまた専務が口を開いた。

 「それでは、このプロジェクトについて、どのように分担するかを考えましょう。今の発表でわかるように、田中研究員一人で出来るものではないことは、理解できたと思います。作業分担の計画を考えて、田中瑞香研究員、次回に発表してください」

 「あ、」

 瑞香はぽかんと口を開いたまま、固まっていた。もう質問の途中からだめだなと確信し、次の機会を待つつもりであったから、なんと答えればいいか考えが及ばない。しばらく固まったまま、口をパクパクさせ、さらにいくらかの時間がたってから、やっと声がでる。

 「ど、どうも、ありがとうございます。け、計画については次に説明させていただきます」

 と、なんとか答えたが、そのときにはまだ計画を考える余裕など全くなかった。

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